通商・通貨問題交渉
ウィリアム・ルナリロは親米派とは言え、ハワイの国王である。
彼は国民を非常に愛していた。
アメリカ合衆国上院議員ジョン・モーガンとの会談も、決してアメリカに阿る為のものではない。
ルナリロはモーガンと握手を交わし、交渉に入った。
まず、反米的な政策を停止し、親米的な政策を行っている事、アメリカ白人の砂糖農園を優遇している事を説明する。
モーガンは、それはハワイ王国とアメリカとの関係から言って、当然の事だと返す。
だがルナリロは、閣僚の多くがアメリカ人、しかも国籍を維持したままで登用している事を説明。
通商問題は、閣僚や砂糖農園主たちにしたら母国との交渉であり、母国が彼等を制裁するというのはおかしくないか?と問う。
モーガンは「それはもっともだ」とし、関税の緩和を認めると発言する。
と同時に「これで譲歩した以上、今後もアメリカ人をお国の閣僚に、引き続き登用して欲しい」と要求。
さらに
「閣僚も農園主もアメリカ人である以上、アメリカは彼等に可能な限り便宜を図るつもりである。
だが、それが覆ってはたまらない。
そこで、ハワイは今後、アメリカ人以外の者に土地を譲渡・売買してはならない、として欲しい」
と要求した。
ルナリロはそれは保留した。
別に他に売りたい国があるわけではないが、譲歩の度が過ぎると判断したのだ。
ルナリロは次に、最も重要な要求をする。
「アメリカは、閣僚や農園主の為に可能な限りの便宜を図ると仰られたな」
「左様」
「では彼等が、今起きているポンド下落に伴い、富を半減させて困窮している事はご存知か?」
「知っているが、それは決済通貨をポンドにしたお国の問題。
合衆国としてどうこう出来る問題ではありませんぞ」
「いや、アメリカにしか出来ない事がある」
「ほお?」
「現在、ハワイ王国が保有している全ポンドを、全てドルに換えて欲しい」
「はっ!???」
モーガンも思わず奇声を挙げてしまった。
しかもこの国王、暴落前のレートで変換しろ、分割ではなく大量に一気に、と言って来た。
「それは自分の一存では決められない。
ドルの暴落を招く危険性がある」
汗を拭きながら、モーガンは会談の延期を申し出た。
退出しながら、
(この男、中々タフな交渉人だな)
と気を引き締めていた。
さて、この交渉が行われてる直前、ホンマ・カンパニーの日本行交易船に乗り込んだ黒駒勝蔵の子分たちは、同じく貴金属を集める本間家の人間と時に競合し、時に共闘しながら、結構な量の小判や丁銀を集めてラハイナに戻って来た。
勝蔵は金銀を前に舌なめずりをし、さらに子分たちに命じた。
「この金銀を、可能な限りポンドに換えて来い!」
子分たちは驚いた。
ポンドという銭は、次第に価値を失っている。
今日交換したレートから、明日は更に値下がりしているかもしれない。
だから貴金属を貯め込むものだと、皆は思っていた。
「そうだ、ポンドは安くなっている。
そこを買い叩け! 相手が手離したいのを読んで、金銀と交換して来い。
出来るだけ安く、大量に買って来るんだ!」
「お! 親分! どうしちゃったんですかい?
こんな銭いくら貯めても、何の足しにもなりゃしませんぜ」
「うるせーな! 俺の博打なんだよ! ポンドはいつか化ける。
だから、元手が手に入った以上、ここは一気に買いだ。
中途半端は許さねえ!」
「わ、分かりやした、親分。
けど、博打がハズれたどうすんですかい?」
「一文無しからやり直しだよ、それでいいじゃねえか。
俺ぁそうやってのし上がって来た」
「合点……」
子分たちは、まだ不信げながらも勝蔵の指示に従った。
ラハイナの白人たちは、オリエンタルな楕円形の金貨や、形の一定してない銀の塊などをコレクションとしても喜び、大量のポンドで購入した。
子分のやくざたちは
「そんな値段じゃ売れませんねえ」
と吹っ掛けるのだが、ポンドを早く処分したい白人たちは、ぼったくられる形でポンドを貴金属に換え、裏で
「あの猿たちは何も分かってないなぁ。あんな屑よりも、今は貴金属の方が大事だって言うのに(笑)」
と嘲っていた。
さて、合衆国政府とハワイ王国の交渉に戻る。
アメリカはハワイのポンドを、全てルナリロの言い値のレートで換える事を認めた。
代わりに、今後のハワイの決済通貨を全てドルにする事、ハワイはアメリカの保護国となる事、アメリカ以外の国への土地売買を禁止する事、ハワイ王国としての輸出品は全てアメリカが独占取引する事、等を呑ませた。
ポンドが買い叩かれずに、真っ当な額のドルに換わる事でハワイの経済は生き返る。
アメリカとしては、そのドルを無闇に放出されては困る為、自国との取引だけに遣わせれば良いという考えに至った。
そして、交易と通貨において完全にハワイを支配下に置いた。
ルナリロは議会に諮ってから、と条件をつけたが、道筋は書き上がった。
通貨問題の解決後は、関税問題である。
全ての輸出をアメリカに限定ならば、そもそも関税自体不要ではないだろうか?
ハワイ王国側は、関税0%を主張した。
アメリカは、それでは自国内の砂糖農家や米農家に被害が出るとして、一定の関税を主張した。
だが、「アメリカは、閣僚や農園主の為に可能な限りの便宜を図る」とした為、ハワイのアメリカ人農園主やアメリカ商社に押し切られる形で、関税を撤廃した。
ハワイ王国側は歓喜した。
経済的に完全にアメリカ支配下に入ったとは言え、その中で十分にやっていけるだけの資金と特権を手に出来たのだ。
ここでモーガンは頼みという形である事を口にする。
「正直、ここまで譲歩したとあっては、私は議会に責任を問われるかもしれない。
そこで、ハワイからの譲歩という形である場所を租借したい」
ルナリロの予定には無かった交渉であった。
「どの場所なのか?」
「それは真珠湾である」
真珠湾には、現在榎本武揚の外洋艦隊基地、それを守る中島三郎助の基地要塞があった。
ルナリロは、とりあえず彼等が自分の指揮下にいる事を思い出した。
彼等にはどこかに移って貰おう。
問題は、土地を簡単に他国に渡すと、議会の反発を食らう事だ。
だが……
ルナリロは真珠湾貸与を、賃料を受け取る形で約束した。
予想通り議会での反発が大きかったが、やはり道筋は示された。
ポンド-ドルの一括交換成立の報に、黒駒勝蔵は狂喜乱舞した。
安値、捨て値、価値はゴミ同然なものを大量に集めた。
それらが一気に価値のある貨幣に戻ったのだ。
「親分、恐れ入りました」
「お見それいたしやした」
「もう一生ついていきます」
子分たちが平伏する。
余りに一人が大量に交換すると怪しまれるから、馴染みの白人を使って交換し、手数料と称して相当な額を握らせた。
もう「猿」「東洋人」「中国人」と嘲っていた白人たちも、彼の子分に収まってしまい、事ある毎に顔を見に来ては儲け話の有無を聞こうとした。
ハワイ全体が一時的だが活気づいた事と、胴元が莫大な金を持った事で、勝蔵の賭場は盛況となった。
勝蔵は一定以上は金に拘らない。
手下に手加減させ、勝たせてやった。
それが撒き餌となり、さらに客が増えていった。
そんな美味しい場に近づく怪しい連中を、時には身内に引き込み、時には抹殺して手下を奪い、一味を拡大させていった。
「親分は、どうしてポンドが高値でドルに換わるって分かったんですかい?」
子分の質問を「さあね? 俺ぁ博徒だから、勘だよ、勘」とはぐらかしていた。
だが勝蔵には覚えがあった。
(俺を脱走の罪とかで捕らえていた頃だが、新政府は各地の困った大名家から、藩札を一気に買って商いを落ち着かせた。
銭ってのは、一回不安になると安く買われるけど、元々商売するのに十分な価値があったものだ。
だから、安いまま放置すると自殺ものだ。
高値で買い上げ、銭金の信頼を戻さないと商いは上手くいかねえ。
土佐の、誰って言ったかな?
藩札を高く買う時期を新政府の野郎から聞き出し、それまでに紙屑同然の藩札を集めまくり、巨万の富を築いたのがいたとか。
時期こそ読めねえが、それに倣って正解だったな)
黒駒勝蔵は回想を終えると、加えていた爪楊枝を吹いて、子分たちを下がらせた。




