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酒井家とデーヴィッド・カラカウア

 庄内藩本間家、それは近代に繋がるローソク足チャートを考え出した商人の家。

 日本最大級の地主であり、多くの小作人を持つ豪農。

 米生産が正道と考えていたのだが、「商いの正道ではない」で否定された米投機においても上のローソク足チャート、酒田五法等を駆使して巨万の富を築いていた。

 その富を得た本間宗久は、富を投げ打って植林事業や灌漑事業を行った。

 酒田本間家は大名貸しや北前船による交易も行い、三井・住友家に劣らぬ江戸時代を代表する大商家となった。


 その本間家の分家が、酒田を含む庄内一帯を治めた酒井家家老の酒井玄蕃に、半分以上刀ずくの依頼を受けてカウアイ島に移住し、ホンマ・カンパニーを開業した。

 やってる事は、

 ・ホノルルを中心にハワイ各島を巡る廻船交易

 ・カウアイ島の酒井家領土で小作人を雇い、米の生産

 ・その米や砂糖やカウアイ島の香木等を使った投機

 ・得られた富を枯渇した白檀等の植林、雨の多いカウアイ島の灌漑事業に使用

 ・酋長たちへの金の貸付と資産運用の相談

 ……酒田に居た時と大体同じ事だった。


 そのホンマ・カンパニーは様々な投機に手を伸ばしていたが、その商人ゆえの勘が危険を知らせて来た。

 どうも砂糖と英ポンドの動きがおかしい。

 彼等は間もなく訪れる金融危機の匂いを察知していた。

 だが、その物語は後に回す。


 北前船を扱っていた本間家だったが、ここハワイでは船を変えている。

 帆柱は2本のスクーナー「君沢型」に似ているが、船体自体は和船としていた。

 この「合いの子船」は安く大量に造れた上に、日本政府の規制も潜り抜けられた。

 帝の発案にも関わらず、ハワイの幕臣たちを敵視する新政府だったが、北海道の開拓地に大量に米を輸送してくれるホンマ・カンパニー船は止める事が出来なかった。

 一応「北海道だけ寄港を認める」としたが、本土用にはきちんとした西洋船を使う為、旧幕臣には嫌がらせをしたい新政府も、商人には手が出せなかった。

 ホンマ・カンパニーの北海道直送貿易は、カウアイ島の白人農場主、まだ没落し切っていないハワイ人酋長たちを惹き付けた。

 金儲けが出来る為、彼等はホンマの本社に商談を持ち込んだ。

 ……そのホンマ本社は、酒井家領土内にある為、今だに月代(さかやき)を剃り、大小を差す侍がうろつく中での商談となる為、彼等も緊張感を持ち、一方的に騙すような話は持ち込まなかった。

 そんな恐ろしい酒井家だったが、次第にホンマ・カンパニーを接着剤とし、彼等はカウアイ島の白人・ハワイ人たちとの共存共栄関係となっていく。

 この中には当然、アメリカ系白人農園主も含まれている。




 正月(マカヒキ)いっぱいオアフ島に滞在していたカウアイ酒井家当主・酒井玄蕃が戻って来た。

「殿におかれましては、ご無事のお帰り祝着至極に存知奉ります」

 家臣一同と本間家の番頭たちの座礼での挨拶を受ける。

 酒井家は、日本以来の封建制を未だに崩してはいないが、それを白人やハワイ人に強制はしない。

 日本人の方が、今までの方がしっくり来るからそうしているだけで、意図的に旧制を維持しているわけではない。

 玄蕃はホノルル滞在中、カウアイ島とゆかりのあるカピオラニという女性に会った事を話した。

「話を聞きたい。儂の帰着祝いと称し、近場の酋長たちと酒宴を開く。支度をせい」

 家臣は微妙な表情をした。

「どうした?」

「この国の者は、酒害で命を縮める者も多うございます。

 酒宴は如何なものかと思いますが」

「日本国の酒であれば問題なかろう!!」

 ……酒飲みの屁理屈だったが、主君の命でもあり、上質の日本酒を用意し、酋長たちを招いた。

 カウアイ島の酋長たちは酒宴を喜び、多くの土産を持ってやって来た。

 彼等から聞いたカピオラニとは、中々波乱万丈な女性と言えた。


 カピオラニは、カウアイ島の王にして、カメハメハ大王最後の敵・カウムアリイの孫である。

 だが、彼女はカウアイ島から引き離されたハワイ島ヒロで生まれ、コナに移されて育てられた。

 成長し、オアフ島ホノルルに移されると、18歳でベネット・ナマケハという男と結婚させられる。

 ベネット・ナマケハはカウアイ島の酋長の1人で、二院制時代の上院・貴族院の議員だった。

 当時30歳で、結婚は3度目だった。

 ナマケハとの間の子を流産し、やがてナマケハも病死する。

 子を失い、未亡人となった彼女は、カメハメハ4世とエンマ王女の子・アルバート王子の乳母に抜擢される。

 だが、このアルバート王子もまた病死してしまう。

 その頃、彼女はカラカウアという王族と出会い、結婚をする。

 しかしその時期が最悪であった。

 カメハメハ4世が喘息で死亡し、その喪中であったのだ。

 彼女たちの結婚式は、ごく控えめで隠れて行われたものであったのだが、散々に批判された。

 特に未亡人となったエンマ王女の怒りは凄まじいものであったという。


 その配偶者であり、今回の王位継承選挙の対立候補だったカラカウアとは?

 カピオラニがカウアイ島の関係者で、好意的に語られたのに対し、ハワイ島の王族であるカラカウアの評判はそれ程でもなかった。

 カメハメハ大王の叔父の子孫であるカラカウアは、法学、裁判を学んだ後に軍人となった。

 彼はプロイセン軍人フランツ・ファンク少佐の下で軍事を学び、カメハメハ4世の軍事補佐官となり、大佐に昇進している。

 しかし彼が指揮したのは240人程の民兵等であり、二千人程の伝習隊を率いて実戦を経験した大鳥圭介等には及ばない。

 その後、貴族院の議員となるが、無口であまり発言しなかった。

 そして件のカピオラニとの喪中の結婚で批判にさらされた。

 先ほどの選挙において、ルナリロが11000票以上獲得したのに対し、カラカウアはわずか12票だった。

 そんな男だが、ルナリロ政権の軍事補佐官で、階級はやはり大佐であった。




 酒宴が終わり、情報収集も無事済むと、玄蕃は家臣やホンマ・カンパニーの面々を集めた。

 オアフ島に居た時のカピオラニの政治家たる仕草も話し、彼等に聞いた。

「さて、我々はこのカラカウア・カピオラニの一党と如何に付き合うべきか?」


 一人が口を開いた。

「カラカウアという男、大佐と申されましたな。

 されば旅団の大鳥殿と同じ階級。

 王族であり、国軍と旅団は別な軍である以上、何かと諍いが起きましょうや」

「それがそうではなくなった」

 玄蕃と同行した家臣は知っていたが、日本人旅団はハワイ王国軍の下に正式に所属する事になった。

 だがその代わり、「俺たちを指揮するのに十分な体制を整えましょうね、人を軍閥とか言った以上!」というにこやかな脅しがかけられ、ハワイ王国は参謀本部という軍事の専門家組織を置き、王が補佐官に問い合わせて指揮をするのではなく、王を含めた総司令部というものが指揮を執る組織に変わる事になった。

 玄蕃もまた庄内軍の指揮官だった経歴から、大佐もしくは准将の階級と、参謀への任官が求められているが、受けるかどうかは決めていない。


 先ほどの家臣が再度言上した。

「されば、(それがし)の申し上げる事は真逆と相成りました。

 おそらく、カラカウアも大佐なれば参謀本部に抜擢されましょう。

 指揮権を巡る鞘当てが無いのであれば、味方につける事も可能です。

 酒井家の兵4個大隊! 実際にこの地まで来たのは僅かで実質は1個大隊程度なれど、再び武士として戦場に戻る為にも、王族の軍人とは親しくしておくに損はありますまい」

「如何様!」

「左様!」

「よく申された!」

 家臣たちが快哉を叫ぶ。


「本間家の者たちは如何考えるか?」

 玄蕃の質問に、番頭は頭を上げずに答える。

「我らが商いの為には、このカウアイ島の和が肝要でございます。

 さらにルナリロ新王の心象も大事でございます。

 お心の中は存知ませんが、この酒井家と本間家は白人地主とも争わず、ともにこの地を開墾しております。

 なれば、ルナリロ王の軍事顧問であるカラカウア様や、カウアイ島と縁浅からぬカピオラニ様と昵懇にし、新王陛下や他の島の白人農園主とも争わぬ事を示せば、我らのみならず古奈や比呂の松平家等も益多いかと存じます」

 そう言う番頭に、玄蕃は重ねて聞く。

「その方は、ホノルルの榎本たちをどう思うか?」

「恐れながら、榎本様はともかく、土方様はやり過ぎでございます。

 榎本様はお手元の船を貸し、商いをさせている関係から、あまり無闇に敵を作らぬよう心掛けておられます。

 しかし、商い等頭にない土方様は、どうにも……」

 玄蕃はしばらく口を噤んだ。

 そして番頭に重ねて問うた。

「我々の本意は攘夷である。

 攘夷とはこの国に仇なすモノを打ち払う事である。

 それは心得ての言葉であろうな?」

 番頭は頭を上げた。

 玄蕃の目を見据えて言上した。

「それは心得ております。

 なれど、商家には商家なりの物の見方がございます。

 このカウアイ島にいる白人地主たちの全てが敵になりましょうや?

 商いによって結び付けば、半分はお味方になりましょう。

 そうなるよう、無闇に敵を作らず、お味方を増やす事がよろしいかと」


 ややイラっとしている家臣の数名を目で黙らせ、玄蕃は最後の質問をする。

「戊辰の折、近隣で仲良くまではいかぬが、争わぬよう、礼儀正しく付き合っていた大名家も、官軍という名に釣られて多くが我らが敵となった事は覚えておろう。

 所詮我らと白人とは異なる者。

 国王討伐の命が本国より出れば、これまでの和、虚しく敵となろう。

 さすれば如何する?」


 本間の番頭はやはり目を見て

「その時は、本間の一統、いや、ホンマ・カンパニーの全てを酒井のお殿様に捧げ、合戦に協力いたします。

 戊辰の時のように、思う存分戦って下さいませ」

「おお!」

「本間も流石は庄内の者! よく言った!」


 玄蕃は今後の方針について一同に伝えた。

「我が酒井家は、カラカウア殿、カピオラニ殿と昵懇にし、カウアイ島とハワイ王国内の和を図る。

 そうすれば榎本殿も、両松平殿も、林殿や永井殿たちもかえって動きやすくなるやもしれん。

 だが忘れるなかれ!

 これは王国が安泰である為の方策であり、もしこの中に王国に仇為す者あらば、親しき者であろうが戦うものなり。

 本間よ、我等は左様決する故、その方らは己の才覚を以て白人やハワイ人を相手に良く商いをし、富を蓄えるべし」

「はい、ありがとうございます」


 酒井家とカラカウア家の親睦が始まった。

 それは思わぬ形で実を結ぶことになる。

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