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日本人部隊分散論議

 ハワイの信仰に「霊格(マナ)」というのがある。

 王族なら高く、平民は低い。

 王族でも正月(マカヒキ)に殺生をする等、禁忌(タブー)に触れる行為をするとマナは下がる。

 マナは男系、女系どちらからでも高める事が出来る。

 古代エジプトの神聖性と同じようなものだ。

 そして、霊格を保ち合う為に同族結婚が多くなったのも、古代エジプトと似たところである。

 カメハメハ大王というのは、元々非常にマナの低い家柄であった。

 ゆえに王族とは言え、(アリイ)の親衛隊長にしかなれなかった。

 それがハワイ島の王・キワラオを倒し、その妹を正室にして自己のマナを上昇させた。

 ……もっとも、この妻からは相当に見下されていたようだが。

 その後、ハワイ8島の内の7島の王カヘキリの妹が支配するラナイ島を征服し、その孫娘を妻としてさらにマナを高めた。

 このような家柄であった。


 マナによる家格がどうこうというのは、カメハメハ大王死後、摂政となった愛妻(正妻に非ず)カアフマヌが改めた。

 キリスト教カルヴァン派を信仰した彼女は、キリスト教的価値観を強要し、一夫多妻制も、その逆も、マナ維持の為の近親婚も禁止した。

 それ以前は、例えばカメハメハ2世の妻は異母妹だったりした。

 だが、このマナによる差別は消えなかった。

 ウィリアム・ルナリロの母が死んだ時、国王家の墓・ロイヤル・モザリアムを造ったカメハメハ5世は言った。

「お前の母親はマナの低い家系だから、ロイヤル・モザリアムに葬るわけにはいかない」

 と。

 これが後の6代目国王とカメハメハ5世の不仲を決定的にしたという。


 それでなくとも、西洋の教養を身につけたルナリロと、反米なカメハメハ5世は対立した。

 ルナリロは二院制の上院にあたる貴族院の取り纏め役であったが、カメハメハ5世は王の独裁権を強めようと、二院制を改めて一院制にした。

 ルナリロは伝統的なカルヴァン派であったが、カメハメハ5世は「国王が離婚したいから宗教改革をした」というイギリス国教会に改宗して、そちらを優遇している。

 砂糖交易の安定が国の利益になると考えるルナリロに対し、カメハメハ5世はいまだ捕鯨利権中心に考えていた。

 ルナリロの周囲にはアメリカ系白人の砂糖農園主が集まり、カメハメハ5世の周囲には欧州系白人が集まった。


 ここに第三勢力として日系人というのが現れた。

 カメハメハ5世は、徹底的に優遇して自分の陣営に引き込んだ。

 日系人たちはハワイの情勢をよく知らず、当然国王であるカメハメハ5世の庇護を受けた。

 彼等は「ハワイ王国王家の敵を攘夷する」という訳分からない正義を掲げていた為、白人たちの意見は2分された。

 だが、アメリカ系は「どうも自分たちは敵視されている」と感じ、暗闘が始まっていた。

 アメリカ社会も発展ばかりではない。

 ゴールドラッシュで西海岸諸州に住み着いたものの、金が採れなくなって「西部劇(ウェスタン)」のような無法地帯が出来たりした。

 南北戦争で南部連合諸州を戦略的に荒らし回る、荒くれ者たちの部隊が出来たりした。

 それが南部で、食えないから犯罪に手を染める者を発生させただけでなく、自らも軍解散後に食いっぱぐれた。

 そういう本土の荒くれ者を金で雇い、日系人にちょっかいを出したものの、日系人の「シンセングミ」という連中は遥かに危険だった。

 西部劇(ウェスタン)では「先に抜け」と言う。

 先に銃を抜いた者に対し、後から抜いた者が殺し勝っても正当防衛成立なのだ。

 だがシンセングミというのはそんな倫理は無い。

 警備行動中に悪戯でもしようものなら、いきなり切り殺される。

 荒くれ者たちも拳銃を持って反撃するのだが、彼等は群れでやって来て、平気で後ろから刺す。

 さらに強いと思われる者は、予備動作(モーション)が読めない。

 罵声を飛ばしていたその首が、次の瞬間には気道を切り開かれ、頸動脈から噴水のように血を噴き出している事もある。

 暗い瞳に殺気が走るのは弱いシンセングミで、強い奴は瞳の奥底に何の感情があるのか分からないまま、ただ「死」だけが突然やって来る。

 法的には荒くれ者の方が弱い。

 市内警察活動中の治安部隊に、わざわざ喧嘩を吹っ掛けて殺されてるのだから、法的に警察側が優位なのは当然だ。

 しかも国王カメハメハ5世の直属部隊であり、本格的に喧嘩するとなると国を相手にする事になる。


 だが、状況は一気に変わった。

 カメハメハ5世は死に、アメリカ系の希望の星・ルナリロが王となった。

 ルナリロは早速、新撰組を王直属から内務省の一部局・警察の一部門に格下げし、行動範囲を領域的にも権限的にも縮小してくれた。

 新撰組への報復はいずれするとして、問題は他のカメハメハ5世の遺産の解体である。

 一番は、5世時代に悪化したアメリカ本国との通商問題、50%もの関税をどうにかする事だが、これは王一人でどうにか出来る問題ではない。

 王は外交の最重要課題として取り組むとしているが、時間がかかるだろう。

 そこで、王の権限でどうにかなる軍制の正常化をして貰うことにした。




 カメハメハ大王の8島征服期、人口40万人を数えたハワイは、2万人に届こうかという軍隊を動員出来た。

 前時代的な軍とは言え、それだけの兵力がかつては存在した。

 カメハメハ大王は、その兵力が王権を脅かす事を恐れ、各酋長の持つ兵力を儀式的な数に削減し、銃や砲を持つ近代軍は王国政府のみの所有とした。

 それでもカアフマヌの禁忌(タブー)廃止路線への反発からハワイ島で反乱が起き、急過ぎる宗教改革への不満からカウアイ島でも反乱が起きる等、ハワイ王国軍は内乱鎮圧軍として出動していった、……アメリカの宣教師を軍事司令官として。

 その後、急速なハワイ人の人口低下が起きてしまい、装備の関係から数千人になっていた王国軍も、カメハメハ5世の時代には二千人に届かない程度にまで減っていた。

 そこに日系人が現れた。

 彼等は銃器どころか蒸気軍艦まで持って現れ、歩兵の兵力は第一陣の時点で二千人はいた。

 ハワイ軍が一気に、何の手間も無しに2倍になった。

 その軍は5世に忠誠を誓い、一団となって行動する。

 最近では800人規模の歩兵大隊を4個と、400人規模の予備役歩兵大隊2個、司令部付砲兵隊と工兵を有した1個旅団として真珠湾に司令部を置いている。

 さらにフランス製蒸気軍艦2隻を主力とし、1隻の小型蒸気艦、3隻の通報艦、1隻の蒸気練習艦を持つ「外洋艦隊」まで編制している。

 今までその軍が敵対行為を採った事は無いが、精々二百人の新撰組にすら散々な目に遭わされた以上、彼等もまた分散し、縮小させた方が今後の為だ。

 アメリカ系はルナリロ王に働きかけ、日本人部隊を解体しようとした。




「『10年は人事権を代将(コモドーア)エノモト、大佐(カーネル)オートリに委ね、国王や議会と言えども分散配置をしない。

 それは戦力を維持するだけでなく、現在激減したハワイ軍立て直しに必要な措置である。

 10年を一区切りとして、国軍総司令官である国王が以下の事を認めた場合、この協定は解消される。

 その1:ハワイ軍が戦力として日本人部隊を凌駕し、彼等を指揮・統率出来る練度に達した場合

 その2:日本人部隊の軍規が悪く、ハワイ王国に害を為す場合

 その3:ハワイ軍成長途上であっても、ハワイ人日本人混在の部隊の方が戦力として良いと判断された場合

 等等』と、ここに国王の署名入りの契約書があります」

 榎本武揚が連れて来た、アメリカ人弁護士のこの発言で、ルナリロは日本人部隊解隊の不可を悟った。

 同席した内務大臣も嫌な顔をした。

 まったく、同じアメリカ人なんだからこっちの味方をしろ、とその弁護士に言いたかった。


 だがルナリロは粘る。

「制度上、国軍と別個の軍隊が存在するというのはおかしいから、貴兄の軍を国軍指揮下に置きたい」

「この榎本の軍と仰る? 実に不本意です。これは日本から来た個々の義勇軍が、自らをハワイ王家に献上し、その差配を任されただけです」

「であるならば、国王の命令には従うということだな」

 これには弁護士が反論する。

「その個々の部隊をまとめるに当たり、当面10年間は国王と言えども介入しないというのが契約書だったのです」

「おかしい! そんな契約書が通るわけないだろ!」

「さて? 先の国王はピアノと多少のお金で、ニイハウ島をイギリス人女性に譲渡なされたお方でしたし、この契約書程度なら通りますな」

「では現国王として、その契約書の無効を宣言する」

 そう言った瞬間、外相が慌てて声をかけた。

「国王が代替わりしたからと言って、国の印が捺された契約を否定すると、外交的な信用が全く無くなります。

 これから砂糖の関税交渉に行くのに、それは大きな障害になります。

 国のした契約は連続しないと、国としての信用が失われます」

 ルナリロは言ってる事を理解し、無効は撤回した。

 この榎本という男は、武人ぽく言葉少なに、必要な事のみ言って命令に従った土方という男とは違う。

 サムライとは土方のような無口で高貴な野蛮人かと思っていたが、榎本はヨーロッパの外交官程ではないにせよ、狡猾だし場慣れしている。


「これはハワイ王国内に軍閥を作る行為と見て良いな。

 日本人はハワイ王国に従う気は無い、内なる外国であると」

 ルナリロは別な手で脅しにかかった。

 命令系統が異なる事を理由に、お前は敵だ!と断ずる。

 それに対する弁解がどんどん自陣営を有利にする。

 だが榎本はあっさり返した。

「軍閥等と仰るなら、外洋艦隊、日本人旅団ともに王国軍の指揮下に入りますよ。

 我々は人事において分散配置をされなければ、今再建途中のハワイ軍の代替防衛という役目を果たせますので、上に誰が居ようが関係ありません。

 どうぞ、国王軍の指揮下に編入して下さい」

 胸に手を当てて、仰々しく礼をした。

 弁護士も

「本契約は、ハワイ軍再建の為、ハワイ軍が自力で王国を守れるようになるまでの戦力維持として、旅団及び艦隊の戦力を政治的事情で分散されないのが目的ですので、旅団及び艦隊の指揮官自体は国王のもので間違いありません」

 そう言った。

 ルナリロは『何か引っかかる、何かをこいつらは企んでいる……』そう思った。

 それは誤りではなかったようで、榎本は次の矢を放った。


「それで、我々の上官にはどなたがなるのでしょう?」


 痛いところだった。

 アメリカのまともな軍人は、ハワイ王国に来てはいない。

 派遣を願っても本国は今、原住民(ネイティブアメリカン)戦争中で、余裕が無い。

 となるとイギリス人、ドイツ人、フランス人辺りになるが、それだと政権交代の意味が無くなる。

 では軍など知らない文民を上に置いたならば?

 この場合、『軍政』書類仕事の長としては良いが、『軍務』においては結局は下の旅団長や艦隊司令に指揮を一任する事になる。

 文民が軍人の上長として振る舞えるのは人事権が有ればこそで、それを持たない文民司令官はただの行政書士に過ぎない。

 そうなると切り札は一つ。


「私が君たちの上官となる、私がハワイ王国国軍司令官である」

 ルナリロは、

(これではカメハメハ5世が自分の直属としたのと全く変わらない……)

 と思いながらも、そう言わざるを得なかった。

 俺がお前らの上だ!とマウンティングしただけの現状維持……。

 情けなかったが、それで良しとしよう。


「それでよろしゅうございますが、一つ提案があります」

 今まで黙っていた大鳥圭介が口を開いた。

「何かね?」

「国王が直接指揮をなさるにせよ、それを補佐する参謀(ミリタリースタッフ)というのが必要です。

 参謀は、補給を整える後方参謀、王に敵や味方の事を知らせる情報参謀、戦う方法を教える作戦参謀、各部隊との連携を取る通信参謀、他にもいますがこれらをまとめる総参謀長。

 総司令官の予定を調整する副官に、どのような武器を調達するかを決める調達部、訓練を行う部門に、兵士が悪事をした場合に備えた軍事警察等も必要です。

 これらを組織化しないとなりませんが、お心当たりは?」


 大鳥は普仏戦争以降、プロイセンの参謀本部について研究をしていた。

 皇帝が何でも判断するフランス式であっても参謀は必要だった。

 まして、文民が選挙で国王になったルナリロには、軍事的な知識は欠けていた。

 ハワイの軍制改革をするならこの機しかない。

 ハワイ王国軍は、カメハメハ1世以来の「国王の私兵」から国家の軍に改革せねばならない。


 逆襲されたルナリロは、榎本の連れて来た弁護士に聞いてみた。

「先王の時はその辺どうなっていたんだ?」

「『旅団、艦隊内部の作戦計画や調達計画については、予算の関係上報告・承認を必要とする』

 『緊急時、特に戦時の作戦行動については現場の判断を優先し、王国政府へは事後報告で良い』

 『国王の信頼の下この条件を認め、司令官は国王への忠勤を以て応える』

 となっています」

「…………それで良い」

「なりませんな!」

 榎本、大鳥が声を揃えた。

「この榎本の私兵のように仰られた、軍閥とまで言われた、それに対し今まで通りで良い等おかしい事です」

「先王陛下との契約時と世界の軍事情勢は変わりました。

 10年後の1889年を見据えて、今からでも参謀本部の設置、後方司令部の設置等軍制改革が必要なのです」


 白人閣僚たちは、してやられたと思った。

 この国に彼等以上の軍事の専門家はいない。

 アメリカ本国からはしばらく呼べない。

 欧州から呼んでも彼等の味方になるだろう。

 日本人は「軍事官僚」として逆に王国政府に食い込んで来たのだ。

 彼等を解体するどころか、懐に集団で入り込まれる。


 忌々しい表情で誰かが言った。

「全く狡猾な猿どもだ。この国をそうやって奪っていくつもりなのだろう?」

 大鳥はニッコリ笑った。

「代償に選挙権を放棄している我々を、どうしてそのように恐れるのでしょう?」

 彼等は政治にはタッチしないと表明しているのだが……

 やはり軍事力を持った頭のキレる奴は恐ろしいものだ。


 アメリカ系は、かえって日系人への警戒を強める事となった。

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