ハワイにて攘夷戦争を行うこと
ある晩、帝、明治天皇と後に呼ばれるお方の夢枕に、先代孝明天皇が立った。
『御父様、そちらはどなたであらしゃいますか?』
それに対し孝明帝は
『こちらは崇徳院にあらせられます』
と答えた。
帝は起き上がり、伏せた。
崇徳院は本朝最高の怨霊とされる。
帝は先年、崇徳院が流された讃岐国から京の都に戻す儀式をしたばかりであった。
怨霊とは思われない穏やかな顔立ちの崇徳院が、頭の中に語り掛けた。
『”皇を取って民とし民を皇となさん”、朕はかつてそのように申したとされておる。
さて、今まさに”皇を取って民とし民を皇となさん”とされよる国あり。
君はそれを防ぐべく尽くすように。
左に非ざれば、この国で再び皇が皇たる事なかるべし』
つまりは、日本で天皇を「皇」として相応しくさせる代わりに、これから皇が地位を失い、民に乗っ取られるであろう国を救えということであった。
『崇徳院に伺います。
それは如何なる国にございましょうや?』
崇徳院は答えない。
代わりに亡き父は口を開いた。
『朕の忠臣を助けよ。
徳川内府、会津中将、桑名少将を助けよ。
その臣どもも生かすよう。
夷狄によって我が国が侵されること無きが如く、同じう国を夷狄に奪われんとする国を助けよ。
その国は日の本より南にあり、火を噴く島に住まう肌黒き者の国である。
その為に、朕の忠臣たちの力を借りよ。
ゆめゆめ忘るるべからず』
帝は目覚めた。
恐ろしい夢であり、側近に意見を聞いた。
かつてアメリカに派遣された幕臣に聞き取り、ハワイという国が当てはまることが分かった。
しかし、それ以上は何もしなかった。
戊辰の戦は帝が細かく決める事ではなく、新政府の者たちが勝手に進めていたからだ。
しかし、周囲の公家たちが急病に倒れ、帝は戦慄した。
さらに王政復古に協力したり、今まさに旧幕府軍と戦っている兵たちの所属する大名までも倒れ始め、帝は祟りを恐れた。
直ちに戦を停止し、朝敵となった者も処罰しないよう申しつけた。
新政府が一向に聞こうとしなかった為、ついに「勅」を発した。
「勅」が出た時、戊辰戦争は既に終了目前、奥羽の戦は新政府軍の勝利に終わり、残るは箱館五稜郭に篭る旧幕府軍の掃討のみであった。
ここに至ってそんな「勅」に構っていられないと、新政府軍参謀の大村益次郎は激怒した。
しかし同じ参謀の西郷吉之助が
「天子様は五稜郭の者をハワイに島流しにせいって仰せじゃ。
島には俺いも二度ばかり流されたこつごわず。
はあ、中々に厳しい場所でありもした。
じゃっで、島に流すとあらば、それで良かごわはんか?」
こう言った為、寛大論が持ち上がり、やがて薩摩兵は戦を停止し始めた。
その西郷吉之助が、軍艦「春日丸」で箱館に到着した。
五稜郭側も約束を守る事にした。
榎本武揚と永井玄蕃が東京に向かい出発した。
「おかしな場所で会うな、西郷サンよぉ」
敵意むき出しで土方歳三が西郷の前に立った。
一番厄介な土方歳三が西郷の護衛役として選ばれたのだ。
周囲の思惑は……そういう仕事に任命されたら、よもや西郷を暗殺しようなどと思わないだろう、それに個人戦最強の土方が守る西郷には誰も手出しは出来ないだろう、そういう事であった。
「土方サァ、よろしくお頼み申します」
西郷は悠然としていた。
「もしも榎本さんに何かあったら、俺があんたを切るからな」
「ご随意に。まあ、何もなかごわそう」
やはり西郷は悠然としていた。
東京に出た榎本武揚と永井玄蕃は、再び東京に移って来た帝に拝謁した。
帝は人払いをし、その夢について語った。
最近見た夢では、穏やかな顔をしていた崇徳院と先帝の表情が、険しいものに変わって来ていたという。
さらに帝は、ハワイ王国についても聞き取りをしていた。
この国は、かつては元々の住民たちの国であったのだが、欧米の白人が現れ、彼等が持ち込んだ疫病によって多くの民が死んだという。
そしてその穴を埋めるべく多くの白人が住み着き、今では多くの土地を所有し、政府高官を出し、やがては「アメリカに併合しよう」という運動を行っていたという。
幸か不幸か、アメリカが南北戦争に突入し、ハワイという国に関わっている余裕も無く、彼等は猶予期間を得た。
だが白人の伸長は日に日に増大している。
このままではいかんと思った国王は、日本人の移民を求めたという。
榎本は分からなかった。
なぜそのハワイの王は、わざわざ日本人を名指しで移民要請していたのだろうか?
「おそれながら……」
と尋ねると、帝の回答は簡単であった。
「勝安房守に聞くべし」
「ふーーーーーん、天子サマは俺らには肝心な事は言わず、質問ばかりしていたが、そういう事だったのかい」
勝安房はキセルを吸いながら、2人の客人に応じた。
勝安房守こと勝海舟は、かつて万延遣米使節の副使として、太平洋を往復した事があった。
行きは、福沢諭吉に笑いものにされた程
『艦長の勝安房は船酔い、他の日本人も物の役に立たず』
という惨憺たるものだったが、帰路は日本人だけで何とかした。
その帰路で、勝海舟が艦長を勤める「咸臨丸」はハワイに寄航した。
ハワイ王国には、万延遣米使節の正使が往路で寄航していた。
正使は国書を間違いなく届ける必要があり、日本人はアメリカ船の乗客であった。
ハワイではそのような光景は見慣れていたものだった。
だが、「咸臨丸」は違った。
白人でない人が、蒸気船を操っているのを見たハワイ国王カメハメハ4世とエンマ女王夫妻は驚いた。
(このような国があるのか!)
そして国王夫妻は、白人の目を盗んで提督・木村摂津守、艦長・勝海舟らの使節団に接触した。
彼等は日本人に協力を要請したのだった。
「その話を持って帰ったんだけど、ご老中方にそんな気は無かったのさ」
勝はハワイの協力に応える気が全くなかった幕府の内情を話した。
実際、幕府は公武合体、和宮降嫁で忙しく、その後は外国に構っている余裕は無かったのだ。
「榎本、あんたは『開陽丸』回航して来た時、ハワイには寄らなかったんだよな」
「左様。俺はオランダ領東インドの方からだから、ハワイには行ってねえ」
「ハワイはその後、カメハメハ4世が亡くなられてなあ、兄の5世が王様になった」
「待て。なんで弟が先で兄が後なのだ? 側室の子ってやつか?」
「ハワイは大分前から一夫一妻制だよ。
兄の方はなあ……例えて言うなら水戸のご老公のようなお人なのさ」
水戸のご老公とは、安政年間に亡くなった徳川斉昭の事である。
極度の外国人嫌い、それは良いが、時に実現不可能な攘夷論を唱え幕府を悩ませた人物である。
大老井伊直弼との政争に敗れた後は、朝廷から攘夷の密勅を得て幕府に揺さぶりをかけようとした、
そう信じた井伊大老による弾圧”安政の大獄”から幕末は始まったのかもしれない。
「4世と5世はエゲレスに行った時は貴族として遇されたそうだ。
だがアメリカに行った時、奴隷と同じ扱いを受けて、以降アメリカ嫌いになっちまった。
弟の方は、それでも過激な事を言わずに収める事が出来たらしい。
だから、兄を差し置いて先に国王になったって寸法よ。
だけど兄の方も、水戸様同様頭の切れる人でね。
ハワイの大臣とかをして、弟の為に働いていたんだ。
そして弟が亡くなったので、カメハメハ王家、こっちで言えば徳川家の最後の血筋ってことで即位した。
弟が会った日本人の事は頭にあったようで、もう一回移民要請をして来た。
そして明治元年に最初の移民がハワイに向かった。
まあ、俺らが知ってるのはここまでだよ。
俺らもジョン万、中浜万次郎に教えて貰ったことだから、もっと詳しく聞きたかったら紹介状書くぜ」
榎本と永井は、中浜万次郎ことジョン万次郎への紹介は断った。
今聞いた話で十分に理解出来た。
つまりはカメハメハ王家は、戦力としての日本人、機械を動かせる人材としての日本人が欲しいのだ。
アメリカ白人と戦える日本人が欲しいのだ。
南の島で、攘夷をしたいのだ。
攘夷をしたいのだが、かつての朝廷同様軍事力が無い。
だから日本人を軍隊として欲しいのだ。
そう理解した。
榎本、永井は箱館に帰還した。
土方が悔しがっていたが、西郷は無傷で帰途についた。
「では諸君、俺が聞いてきた事を話そうと思う……」
榎本が言ったのを遮り、大鳥圭介が言上した。
「実は我々も西郷から色々伺いました。
なんですか? 南の島の国王が白人によって下克上されようとしている。
我々に行けというのは、夷狄ことアメリカ人と戦う為だ、とね。
それが本当なら、大体意見はまとまってますよ」
聞くに、もっと戦いたい、あるいは「新政府には従えない」という者はハワイに行くという。
一方で、南の島になど行けない、捕縛されても良いから日本に残りたいという者もいる。
おおよそ半々だそうだ。
「総裁、如何に?」
榎本は、西郷が彼等に語った事が事実だと言った。
そして速やかに新政府に返答が送られた。
和議を受諾する。
五稜郭を退去する。
軍艦、輸送船はハワイまで持って行く。
半数は捕虜となり残るゆえ、寛大な処置をお願いする。
ここに箱館戦争は終結した。