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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
変わりゆく取り巻く状況
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好意的な白人

 ハワイは暑く、アロハシャツをもって公用着とする事も可である。

 だがこの日、榎本武揚は海軍の長袖の軍服を着て、礼装をもって人と会った。

 ハワイ王国財務大臣ジョン・モット・スミス、

 ハワイ王国内務大臣フェルディナンド・ウィリアム・ハッチソン、

 ハワイ王国最高裁判所所属ハーマン・A・ワイドマン、

 その他フランス系、イギリス系の政府要人である。


 榎本は己れに課せられた「裏の任務」を、彼等に正直に話す事とした。

 ハワイ王国では、日本という北太平洋の島国で政権闘争に敗れた守旧派が、亡命して来て生計を立てると共に、体裁だけ「亡命政権」を立てて本国への反攻を企てている、そう解釈されていた。


 こういう事はヨーロッパでは割とある。

 政争に敗れた貴族が亡命して来て、持参した莫大な資金で(以前よりは落ちるが)良い生活をし、パーティ等に参加しながら、祖国への反攻を上辺だけは見せる。

 無論、本気だと亡命を認めた方が困る。

 誇りの為にそう言ってるだけだが、時折そう言っていた事が実を結ぶ時がある。

 両国が戦争となり、亡命した国が勝った時に、時には賠償金支払いを速やかに行わせる為、時には更なる混乱を起こさせる為に、祖国にひも付きで復帰するのだ。

 80年程前のフランス革命の時は、多くのフランス貴族がイギリスやロシアに亡命した。

 ナポレオン1世の敗北後、彼等はフランスに帰国し、戦勝国間で扱いやすい旧体制(アンシャンレジーム)にした。

 亡命者は時に、母国の優れた文化を持って来たりもする。

 イギリス料理の不味さがジョークにされるようになったのは、亡命フランス人料理人が、それまで宮廷で磨いていた技術を一般向けの店で使ったことで「フランス料理はイギリス料理より上」となった事が始まり、とする話もある。

 フランス料理は、それまでは大皿で一気に食卓に提供していたが、ロシアに亡命した料理人がそれだと冷めてしまう事から、出来立てを一皿ずつ配膳する方式にし、それを持ち帰って今のスタイルになったともされる。

 亡命者を受け容れる事には、それなりのメリットもあるのだ。


 ところが、日本という国から来た亡命者たちは異質であった。

 軍事訓練をしているが、それは軍事力の弱いハワイ王国の為であった。

 無償の治療をしているが、それも免疫の弱いハワイ人たちの事を思っての事のようだ。

 彼等を追い出した母国に対し、形式的にも敵意を見せない。

 どちらかと言うと、ハワイ王国の敵、それが何かは分からないが、その為に軍事力を蓄え、農作物を育て、病人を治療しているように見えるのだ。

 ハワイの敵ではないが、真意が見えない。

 選挙権を放棄し、政治に参画しようとせず、その代わりに集団として分散されないよう、弱体化しないように努めている。

 10年という期日を切ってはいるが、更新する事も可能で、おそらく彼等は一個の集団として何かを戦おうとしている。

 それが王国にとってマイナスにならねば良いのだが……。


 そんな危惧を抱く人々に、榎本はそもそも何故この国に来る事になったのかを語った。

 聞き終えた白人要人たちは、困った顔で笑っていた。

 国王や国に仇なす敵を倒し、国を守る、…………そういう事は母国でやれ、と。

 その母国の方は、ほとんど接触を持って来ない。

 白人たちにはよく分からない話だ。


 榎本はさらに話を続ける。

 西洋人のよく分からない「攘夷」という思想についてだ。

 元々、中国は宋国が北半分を異民族に奪われた時に生まれた思想で、「尊皇」と1セットである。

 つまり「皇帝を敬い、天に正義を示し、夷狄を(うちはら)え」というものだ。

 その宋の学問である朱子学を国の学問とした時、それまでは外国と普通に付き合っていた江戸幕府日本に、外国と付き合うなという感情が生まれた。

 朱子学とは秩序を大事にする学問である。

 本来、皇帝がいて官吏がいて軍人がいて人民がいる、このような序列なのに日本では軍人が最高位に立っていた。

 これは「皇帝がその昔に徳を失い、天が徳のあった武士に大政を委任した」という論理で説明された。

 すると「もし、天子が徳を取り戻したなら、武士は速やかに大政を奉還しなければならない」という理屈になる。

 この大政奉還論の前に、尊皇・勤皇の思想と、アメリカ船来航によって俄に沸き上がった攘夷が結びついて、「尊皇攘夷」「尊皇討幕」という流れが生まれた。

 榎本たちは、尊皇を否定するものではない。

 一般論としての「外国人に国を奪われない為」の攘夷も、幕臣の中にあった。

 ゆえに「尊皇佐幕」「大攘夷の為に開国して力をつける」というのが幕臣たちの思想であった。

 この2つがぶつかって幕府側は敗れたが、両方「尊皇」である事に変わりはない。

 天皇が「南の島に行き、その国を攘夷を以て守れ」と言われたなら、それに従う。

 従わないと、榎本の旧同僚たちや領民に迷惑が及ぶかもしれない。


 だが、いざハワイに来てみると、自分たちこそが外国人で、場合によっては侵略者となろう。

 ハワイ人が(うちはら)うべき夷狄とは自分たちになるかもしれない。

 だから、何が敵か分かるまで、血の気の多い侍たちを束ね、堕落しないように努めている。

 「南の島で攘夷」等と言っても、西洋人を排除する事など最早不可能であり、彼等と協調、というよりもその下で生きる場所を見つけるのが本来の移民の在り方だろう、それは自分たちは分かっているのだ。

 その上で……榎本は言った。

「その上でですがね、一部の貴方たちのお仲間は、この国を本気で売ろうとしていませんか?

 具体的にはアメリカです。全員が全員では無いですが……。

 一部、そういうものが見て取れますが、如何でしょうか?」


 白人たちは黙った。

 アメリカ人は1840年代から、アメリカ本国に「ハワイはアメリカに併合されたがっている」と報告を送っている。

 特にカルヴァン派の宣教師が先頭に立っている。

 実行されていないのは、古くはアメリカ合衆国がいまだ太平洋にまで力を及ぼせなかったこと、次いで南北戦争でそれどころでは無かったこと、最近も国内の原住民(ネイティブアメリカン)との戦争が続いている為で、いわばハワイ王国のボーナスステージだったからに過ぎない。

 そのボーナスステージの間に、アメリカがテキサス等で使用した、議会による「アメリカへの併合を議決」という業を防ぐ、国王権限の圧倒的に強い憲法に変えたのはカメハメハ5世の功績だろう。

 今ここで榎本とひざを突き合わせて会談しているのは、その5世を主とし、彼を擁護する白人たちではあったが、彼等とて「アメリカが本気になった時に、全身全霊で助けてやる」程ではない。

 同じ白人国家、先進国であり、余計な軋轢は生みたくはない。

 だが、日本人が代理戦争をしてくれるのならば、それはそれで乗ってみるのも有りだ。

 勝敗は神の知るところ。

 あとは、どちらが不正義かで勝ち負けに関係なく、不正義な方を非難すれば良い。

 結果が悪い方に出たなら、帰国すれば良いのだ。


 食えない白人たちは、素直な返事はしなかった。

「アメリカの特に宣教師たちが何か企んではいるが、それでこの国が揺らぐ事もない。

 以前、来航した軍艦に何度か国を奪われかけたが、それでもこの国は正義の下に甦った。

 そうであるなら、私たちはむしろ君たちに聞きたい。

 いくら待ってもアメリカ人にその動きが無い時、君たちはいつまでも独自の武装をしたまま、この国に半独立国を作っているのかね?」

「うむ。私たちはむしろ君たちに好意を持っているが、君たちを警戒する者に言わせたら『議会の統制下にない軍隊や自治体を作った日本人こそ、ハワイ征服の野心を持っている』となる」

 榎本はそれに対する返答を既に持っていた。

「本来、ハワイを護るのはハワイ人がすべき事です。

 我々がそれを代行するというのは、おかしな事なのです。

 確かに我々こそが野心ありと言われておかしくありません。

 だから、我々はハワイ人がこれ以上減るのを防ぎ、ハワイ人が手に武器を持って自らを護れるようになったら、この国に溶けて消え去るつもりです」

 この回答に白人たちは驚いた。

 野心があって当然、隙あらば国を奪おうとする者こそ、この時代は多い。

 日本人は選挙権を投げ打ってまで、彼等が分散される事を嫌った。

 だから、彼等が自ら「この国の中に溶けて消える」という事を言ったのは、意外でしか無かった。

 そんなに他人の為に働ける者たちが存在するのか……。


 この日は白人たちは、日系人に国を乗っ取る野心無き事、10年という期日を切って、やがてはハワイの中の一民族となる事、そして何か事があったら先頭に立って戦う意思がある事を確認し、後は和やかにパーティとなった。

 留学経験のある榎本は、この辺手慣れたものだった。

 それでも胸中に去来するのは

(俺も政治家になっちまったなぁ。俺は元々、海軍関係の仕事で出世しようと思っていたのにな。

 蝦夷共和国の総裁といい、旧幕府軍移民団の代表といい、違う方面で周旋をしている……)




 いつぞや彼は夢を見た。

 彼を追い出した明治新政府から、五稜郭を攻めた黒田了介という男から誘われて出仕し、やがて外務大臣としてロシアと交渉したり、条約改正交渉をしたりしていた夢。

(俺にそんな才能があるのかは分からんが、やれるだけやってみようか)

 そう思った。

 どうも同じような夢は大鳥圭介も見たようで、

「俺はずっと軍人をやっていたいのに、新政府に仕えて、軍人ではなく技術者として扱われたり、どっかに公使として難しい外交をやらされた夢を見たよ。

 あれって、俺の願望なのかね? それとも、別な未来だったのかね?

 ま、夢は夢であって現実じゃない。

 現実はここで編制だの兵器調達だので書付仕事している俺さ」

 そう言って、カラカラ笑っていた。

 

 

 榎本と話した白人たちは、政府高官でありカメハメハ5世とはよく会う。

 彼等は王に榎本の話をしてみた。

「それは願ってもない、嬉しい事だ」

 5世は笑った。

「私は、議会の下にはなく、国王直属の兵力が手に入った事で、いつかアメリカ人が牙をむいた時に役立つだろうと思っていた。

 彼等の方が、それをしっかり理解した上で私に仕えようとしている。

 そして、私の悲願であるハワイ人の復興を、言われずともしているだけでなく、いずれは彼等の武器をハワイ人に渡し、彼等はハワイの一部となるなど、私の思いの通りではないか。

 ……だが、何故だ?

 この世界に、そんな私心の無い者どもが居たというのが不思議だ。

 どう思う?」


 白人たちはサムライというものの性質をよく知らない。

 そして「自分は既に死んでいた身」と割り切ったサムライの精神など知らなかった。

 彼等は理屈はどっかに捨てて、何故生きているかの意味を見つけ、それに殉じようと思っている。

 この精神は、日系人に好意的なカメハメハ5世でもよく分からなかった。

 他の者ならなおさらであろう…………。

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