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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
最終章:大いなる樹は残った
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16インチ砲搭載艦問題

 ワイキキの高級ホテルにおいて、5ヶ国の海軍関係者による軍縮会議が始まった。

 クヒオが睨んだ、日本を納得させれば会議はすんなり纏まる、それは半分当たり、半分外れた。

 アメリカ代表チャールズ・エヴァンズ・ヒューズ国務長官の言う

「旧型艦だけ廃棄しよう」

 という提案に、日本は猛反発した。

 圧倒的に新造艦の予定数の多いアメリカ有利だからである。

 同じくイギリスも難を示す。

 そのイギリスから、総トン比で

 イギリス:5

 アメリカ:5

 日本:3

 フランス:2

 イタリア:1

 という比率案が出される。

 日本はこれにも反発した。

 日本の比率をもっと増やして欲しいと言う事である。

 落としどころは「対米7割」と既にクヒオは聞いていた。

 また、イタリアも反発した。

 フランスと同程度は欲しい。

 イギリスは既に、旧式艦・廃棄が決まった艦も含む総トン数からある程度の腹案を決めている。

 そしてクヒオと相談して出した新たな比率が

 イギリス:5

 アメリカ:4.5

 日本:3

 フランス:1.75

 イタリア:1.75

 であった。

 フランスがやや文句を言ったが、ここは一番財政難に苦しんでいる為、強くは出ない。

 日本は、対米6割から対米7割5分に上がり、文句は無い。

 アメリカは、既に12インチ砲搭載のド級戦艦には見切りをつけ「デラウェア」級、「フロリダ」級、「ワイオミング」級まで廃棄しても良いと考えていた為、異存は無かった。

 むしろ超ド級戦艦だけに統一出来るなら、運用上都合が良い。

 アメリカは対英で海軍戦力互角を考えていたが、対英9割であればそれ程文句も無かった。


 ここまでは想定通りの展開だったが、日本が何としても譲ろうとしない問題が発生する。

 現在艤装中の16インチ砲搭載艦、戦艦「長門」級2番艦「陸奥」の廃棄についてであった。


 16インチ砲、メートル法では41cm砲は現在世界最大の艦砲である。

 この巨砲を搭載している完成艦は日本の戦艦「長門」とアメリカの戦艦「メリーランド」の2隻しか無い。

 「陸奥」を加えると、日本が圧倒的に有利になってしまう。

 アメリカもイギリスも「陸奥」廃棄を訴えるが、日本はガンとして言う事を聞かない。

 日本全権代表の加藤友三郎は話が分かる人物に見えるが、こうまで頑なになる理由が分からない。

 クヒオは、とある日本人に目をつけ、彼から事情を聞き出す事にした。

 徳川家達貴族院議長、徳川宗家第十六代当主である。

 彼と、徳川家第十五代当主慶喜の養子である徳川定敬の子、松平定唐とで会談をさせた。

 「南洋の徳川一門会談」と呼ばれる情報交換が始まった。




「お初にお目にかかります。

 松平定唐に御座います。

 御宗家様への拝謁適い、恐悦至極に存じ奉ります」

「お初にお目にかかります。

 大日本帝国貴族院議長徳川家達で御座います。

 源氏長者(うじのかみ)殿とこのような場でお会い出来るとは思ってもおりませんでした」

 片や徳川の長、片や源氏の長で、お互い江戸時代とも異なる言葉使いで会話をしている。

 お互い(いみな)を口にし合うというのも、明治維新以降の事だが、不思議な感じだ。

 官名で呼び合うにしても、駿府中将や三位様は正式に先帝より賜ったものだが、松平定唐の「左近衛権少将」は、かつて父が名乗っていたもので、お下がりの私称に過ぎない。

 日本から来た宗家は洋服を着て、ハワイで迎える氏長者が和服姿、そして椰子の木の見える和室で、お互い上座を譲り合った結果、対等に並び、浅黒いハワイ人が茶を交換する為に出入りしながらの会談となった。

 形式的な事はお互い首を傾げながらとなったが、重要なのは戦艦「陸奥」に関する情報交換であった。


「『陸奥』は進水式に皇后陛下、皇太子殿下、秩父宮殿下、加藤海軍大臣の他、多数の皇族、政界財界陸海軍の大物が立ち会いました。

 確かにまだ艤装中です。

 されど昨年既に進水式を終えていて、多くの人は完成したものと見ています。

 私も個人的ながら、あそこまで完成した戦艦を破棄する事には抵抗を覚えます」

「左様で御座いまするか。

 しかし、摂政(クヒオ)が申すには、『陸奥』を認めると米英も同じ艦を認めろと言い出すであろうとの事です」

「それはおかしいですな。

 未完成の艦は廃棄するというのがこの会議の約束。

 『陸奥』はほぼ完成した艦で、これを認める代わりに米英は未完成の艦を認めろと言うのは、筋が通らぬでは無いですか」

「米英は未完成だと主張しておるとの事に御座います。

 それにアメリカの戦艦『コロラド』はこの会議より前の三月に進水式を終えております。

 『陸奥』を認めれば、最低『コロラド』も認めなければなりませぬが、如何に?」

「うむ、認めれば良いのではないか」

 そこに松平定唐の側近の者が耳打ちする。

「御宗家、アメリカは戦艦『ウェスト・ヴァージニア』も今月進水させたそうに御座います」

「それでは割に合わない。

 今月進水した艦が認められるとあらば、我が戦艦『加賀』も認められるべきであろう」

「御宗家、斯様にあれもこれもとなると、軍縮会議の意味を為さなくなります。

 どこかで歯止めをせねばなりますまい」

源氏長者(うじのかみ)殿、そなたも半分は日本人であろう?

 『陸奥』を認め、『コロラド』とやらも認めるが、それ以外は認めぬというように日本の為にと考えては呉れぬか?」

「御宗家、(それがし)はハワイの者に御座います。

 この国は小さく、諸外国の均衡の上に国を維持しております。

 我が国が望むのは太平洋の平和に御座います。

 太平洋が戦乱に在れば、我が国はたちまち存亡の危機に陥ります。

 このような小さな国が五大国の話し合う会議の議長国を努める等分不相応に御座いまする。

 されど、太平洋の平和は我が国の望む物なれば、多少の苦労は本望で御座います。

 どうかこの気持ちを汲んで頂き、共に平和を模索致しませぬか?」

 徳川家達はしばらく考え込み、

「欧州大戦も終わったばかり、世界が平和を望む声は分かる。

 日本とて平和を願っておる」

 そう答えた。


 しばしの沈黙の後、徳川家達が質問をする。

「もしも『陸奥』の廃棄は認められぬとなれば、どうなると思うか?」

「先程申し上げました通り、アメリカとイギリスは同じく16インチ砲を搭載した戦艦を造る事を求めるでしょう。

 そしてそれは通るでしょう」

「では、『陸奥』を廃棄するなら何が得られる?」

「米英のこれ以上の建艦が止まります」

「それでは足りぬのじゃ」

 徳川家達はそう断言する。

 ほぼ完成した「陸奥」を破棄した成果が、未完成の艦の建造中止では割に合わないと、国民は考えるだろう。

 もっと成果が欲しいとこである。

「日本としては、『陸奥』を認めさせ、代わりに米英に相応の戦艦建造を認める方がまだマシである。

 『陸奥』放棄ならば、もっと土産が欲しい。

 海軍も国民も納得するだけのな」

「承知仕りました。

 されば、それが有るか否か、次迄に伺って参ります」

「忝い、さればまた会いましょう」

 こうして第1回徳川一門会談は終わった。




 会議の議長クヒオは頭を抱えていた。

 アメリカと日本の保有率を5:3から4.5:3にしただけでも相当にアメリカを我慢させた。

 この上まだ、新型戦艦を欲張るか?

「摂政殿下、顔色が悪う御座いますな」

 最近クヒオは体調を崩している。

 思えば、1917年の欧州大戦への再出陣以降、彼はこのように各国の代表団や首脳と会談したり、交渉したりを繰り返し、気が休まっていない。

 どうも胃の辺りがムカムカし、よく吐き戻すようになった。

 体重もじわじわとだが減少している。


「何故、日本はあそこまで対米比率や新型戦艦に拘るのか?」

 クヒオの疑問に、出羽重遠が答える。

「日本領台湾のすぐ先にアメリカ領フィリピンが在ります。

 日本領南洋諸島の中に、アメリカ領グアムが在ります。

 これが怖いのでしょう」

「アメリカはフィリピン・グアム・アリューシャン諸島の要塞化禁止を呑むと言っている。

 それでも怖いと思うのでしょうか?」

「そうなると、ここです」

「ここ?」

「そう、太平洋の要・真珠湾。

 ここに大艦隊を置いて、有事にはグアムを経由しフィリピンに向かえば、日本は相当に本土に近い距離で迎え撃つ事になりましょう。

 日露戦争において、日本はヨーロッパから遠征して来た艦隊を、その疲労のピークで迎撃しました。

 しかしフィリピンに根拠地を作られたら、あの日本海海戦のような完勝は難しい。

 フィリピンが要塞化していなくとも、真珠湾から一気に大艦隊が押し寄せたら同じ事です」

「つまり、我々が真珠湾という切り札を握っている、そういう事ではないか!」

「御意」


 クヒオはアメリカのヒューズ国務長官に面会を申し込み、真珠湾についての交渉を行った。

 アメリカは相当に渋った。

 だが、クヒオの説得ともう一つの思惑の為に、条件を呑んだ。

 更にイギリスとも話し合う。

 イギリスはその予定が元々無かったせいか、あっさりとクヒオの条件に頷いた。


「定唐殿、もう一度徳川公と会談を持って欲しい。

 『陸奥』廃棄の条件にアメリカは真珠湾への主力艦常駐をしない。

 唯一の16インチ砲戦艦『メリーランド』は大西洋に置く。

 イギリスも本来条項の対象外であるシンガポールに主力艦を常駐させない。

 この条件ならどうか? と」




 第2回徳川一門会談において示された米英の譲歩に、徳川家達は思わず手を打った。

 この条件だと、北太平洋・アジア一帯に恐れるべき敵は皆無となる。

 対米7割5分獲得と言い、外交的に大勝利とも言える。

 第2回会談で、徳川家達はこの条件で加藤友三郎に話をしてみると言った。

 その後、加藤友三郎も満足出来る話であると語り、本国に照会を入れた。


 その後、徳川家達から伝えられた返答は残念なものであった。

「……戦艦『陸奥』は廃棄出来ない。

 国民が納得しない。

 海軍が『陸奥を守れ』と宣伝した結果、国民がそれに乗り、引っ込みがつかなくなった。

 それでも総理が、原総理が居たなら不満を抑え込めただろう。

 しかし原総理はこの会議が始まる直前に暗殺された……。

 高橋是清内閣では、国民感情を抑えきれないようだ」


 会議はまた暗礁に乗り上げつつあった。

アメリカの譲歩が過ぎるようにも思いましたが、一人目のルーズベルトが志半ばに死し、二人目のルーズベルトが登場前ならこんな感じかと見ました。

それに「基地?戦艦?いつでも造れるよ」という余裕が有ります。

太平洋方面と真珠湾が超強化されるのは、二人目のルーズベルトが力を持ってからになります。

もっとも、二人目のルーズベルトが後に

「太平洋から手を引き過ぎだ」

と批判しますが、そこからの軍備強化は、より時間が掛かるので、戦うにせよ武力を見せての外交をするにせよ、時間を稼ぐ必要があります。

それが、以前書いたコーデル・ハルによって為されます。

……って事で以前書いた伏線回収しときます。

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