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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
変わりゆく取り巻く状況
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黒駒の勝蔵

 マウイ島ラハイナ。

 ハワイ王国の旧都である。

 石油の利用が始まり捕鯨船の数が激減したが、それでも港湾都市としての価値はあった。

 港湾労働者として華僑、日系人、ハワイ人が白人に使用されていた。

 労働者の権利とかが無いに等しい時代であり、契約外の労働に駆り出されたりする者も数多かった。

 今日起きている騒動も、そう言った契約外の労働絡みのものだった。


「なあ(あん)さん、お(まん)のやってる事は証文のどこにも書いていねえ、非道な事じゃんけ。

 おっと、イングリッシュで言わんと分からんかね?」

「なんだこの中国人は? 俺に喧嘩でも売ってるのか?」

「こいつ、俺たちが雇った労働者を鞭打ったのが気に入らねえらしいぞ」

「おい調子に乗るな、中国人! 契約書にサインを書いた以上、こいつの仕事は俺が決めていいんだよ!」

「そんな奴隷契約は違法だな」

 中国人と呼ばれた男に、別な白人が味方し、そう反論した。

「おい、あの人、ここの港の顔役だぞ」

「あの中国人、なんで奴と組んでるんだ?」

「おい、(あん)さんたち、ひそひそ話してないで、この人たちをちゃんと扱う事を約束しなよ。

 この人と、このわし、カツゾー・ブラックの前に」

「カツゾー・ブラック? お前一体何者なんだよ? 中国人風情が!」

「わしは日本人(ジャパニーズ)じゃ。間違わんで貰おうか」

 2人の荷主の周りを、不穏な東洋人たちが囲んでいた。

「こいつら、わしの一家(ファミリー)ずら。文句があるなら、皆で聞くわ」

 白人2人はバツが悪そうに逃げていった。

 鞭打たれていた中国人苦力が礼を言う。

「礼とか要らんわ。わしは正義の味方じゃない。

 それよりも兄さんたち、そこの顔役さんのとこに遊びに来んか?

 賭博(カジノ)が開かれるずら。

 破産しないよう、小銭だけ持って遊びに来てな。

 いや、銭が無くても顔だけ出せば、あの人への礼になるからの」

 そう言って華僑たちを送り出した。




 黒駒勝蔵は新政府に脅され、居場所を奪われ、ハワイに送り込まれた。

 なんでもハワイで一旗揚げようとしている旧幕府勢力と戦え、とか言われた。

 尊皇の元官軍なら、見過ごせないだろ?と。


 だが勝蔵はそれに唯々諾々と従う気は無かった。

 旧幕府勢力と戦え? ああ、戦ってやるよ、だがわしのやり方でな。

 わしは博徒で侠客だから、そういう戦いしか出来んが、そんなわしを選んだお前らが悪い。


 勝蔵は元の黒駒一家に声を掛けた。

 かつての子分たちが、身分を隠して勝蔵に従った。

 彼等はホノルルで合流すると、手頃な根城を探した。

 どうも、衰退しつつあるマウイ島ラハイナの港は、注目されなくなっていて手頃だった。

 そしてラハイナに渡った彼等は、その港の顔役であるアメリカ白人と繋がった。

 人種差別を隠さない、白人至上主義の男だったが、密かに賭博場を開いたり裏稼業で儲けさせてくれるなら、相手が何者でも利用するだけだ。

 お互い利用し合う関係で、短期間に繋がりを強めた。

 そこには黒駒勝蔵という人間の魅力も有ったのかもしれない。

 短期間の内に、表向きはその顔役の用心棒で、不当な労働を強いられる者たちに救いの手を差し伸べる者、裏では非合法な商売を行い、顔役に責任が及ばないようにしながら、利益をもたらす者となっていた。

 金と部下と頭脳と度胸、そして運に恵まれ、ラハイナの暗黒街を支配しようとしていた。


 勝蔵は新参の日本人である事を承知し、決して1番になろうとしなかった。

 表向きには顔役の商人を立て、裏でも胴元は昔からラハイナに沈没していた不良白人らにした。

 勝蔵自身に金は入らないが、金を分け与える事で白人たちを味方につけた。

 どうしても彼に従わない白人は、密かに殺害し、その縄張りを分捕った。

 表と裏の立場を利用し、マウイ島で経営する白人農園主にも、少しずつ浸透しつつあった。




「あんたが黒駒の勝蔵か? 顔は知らなかったから、見つけるのに苦労したよ。

 俺は平間重助と言う。こっちは伊牟田尚平殿。そしてこちらは…」

「おいお前……、白人に尻尾振って銭を稼いで恥ずかしくないのか?」

「ちょっと、神代(こうじろ)先生……」

 神代先生こと「人斬り」の神代直人が黒駒勝蔵に殺意を向けていた。

 名の聞こえた大侠客は、殺気を受け止めてもたじろがなかった。

「下らんケチつけるなら、帰って貰おうか。

 わしはわしのやり方でやるずら。あんたらとは考えが違いそうだし、つるめんのお」

「そう言ってもなあ、俺たちもこのラハイナが根城なんだよ。

 ホノルルは新撰組が目を光らせている」

「そうだろう。弱い内は潜んで、力を蓄えるのが一番ずら」

「弱いとは何だ? 本当に弱いか、お前で試してやろうか?」

「黙っとれ、だアホが! 本当に強いんなら、ホノルル行って王様の首でも獲ったらどうだ!?

 こんなとこでこそこそやってる時点でお前も弱いんじゃ。

 分かったらクソして寝てろ!」

「何じゃと? こんにゃろうが!」

 だが、神代が刀に手をかけようとした時、彼の本能が闇に潜む人数を察知した。

 奴らは短刀(ドス)だけでなく、拳銃(ピストル)をも持って、こちらを狙っていた。


「はっはっはっは! 神代どん、今日のとこは帰ろうかい!

 喧嘩は売りもしたし、同じ敵バ相手にする日本人同士で殺し合う(こつ)無か」

 伊牟田尚平が勝蔵と神代の間に入り、神代に引くよう求めた。

(洋夷と手を組む、腐った日本人! いずれ殺す)

 そう思いながら神代は立ち去った。


「あれは何だ? あんな狂犬、役に立つのか?

 鉄砲玉にしたって、もっとまともなのを使うぞ」

 勝蔵の苦情に平間は顔をしかめた。

 あんな反応は予想外だった。

 まったく、陰謀を企む新政府の連中も、もっとまともな人間を送って来い、そう思った。

 それはともかく、折角会った黒駒の勝蔵とは繋ぎをつけておきたい。


「黒駒の。あんたの狙いは一体何だ? ラハイナに賭場を作って、何を考えている?」

 それに対し勝蔵は呆れた顔で平間を見た。

「何をって、博徒は常に賭場と縄張りと銭金を増やす事を考えてんのさ。

 縄張りに住まう人は皆、お客さんよ。

 白人もハワイ人も清人も関係ないずら。

 人が居れば、商売も物の往復も、あるいは喧嘩の仲裁すら必要になるなあ。

 そんなもんじゃ」

 平間の納得しない顔に、勝蔵はもう少しだけ説明してみる気になった。

「あんた、国定忠治を知っていなさるかい?

 上州は赤城の山に立て籠もり、役人相手に切った張ったの大勝負をしなすった……」

 平間重助はそれを聞いて思い当たった。

「黒駒の……、あんたもこの国の中に、国を作ろうとしているのか?」

 それに対し勝蔵はニヤリと笑い、

「国を作るなんて、お侍の発想だね。そんな大それた事はする気ねえずら。

 言っただろ、博徒には縄張りが命だと。

 あんたの敵の幕府の連中が何かを起こそうとした時に、あんな人斬りが何人居たって足りゃしねえもんさ。

 銭金、人の和や恩義で結びついた者がいてこそ、国定忠治のように戦えるってもんでさ。

 まあ、戦うのはわしらじゃなく、賭場から上がる儲けを失う白人たちや、俺たちに苦しい生活を救って貰った貧しい人たちって寸法さ。

 国なんて面倒臭えものは要らねえ、人と人が仁義と打算で結びつけば、それで十分ずら。

 それが侠ってもんでさぁ」


 平間は唸った。

 なるほど、彼は武士の理論とは違う生き方、やり方をしている。

 「官軍として幕府と戦った侠客」という一面しか見ていない新政府の莫迦どもが、とんでもない怪物を南の島に放ってしまったようだ。

 ヤクザ者は、鉄砲玉として手下に短刀一本持たせ、殺し屋を絶えず送り込んで幕臣どもと渡り合う、平間ですらそう考えていた。

 だが勝蔵は、ここに自身を中心とした経済圏を作り、その経済圏の利権を持って白人だろうがハワイ人だろうが、彼の作った天国を命掛けで守ろうとする手下に変えようとしている。

 人は強制的に命令されると、当然反発をする。

 だが、この人の為、と思ったなら命を捨てて戦う。


 そう考えると、新政府の大久保やら岩倉やらは、陰謀を考えるのは得意だが、実行は下手くそである。

 人望が無く、彼等の為に死ぬ者が居ないのだ。

 西郷吉之助、名を改めて西郷隆盛という漢の場合、彼の為に命を捨てて戦う者が多数いる。

 大政奉還後、王政復古の小御所会議や江戸の放火騒動、偽官軍の始末等は西郷が行った陰謀である。

 彼の為に死ぬ者がいるからこそ成功したのだ。

 そういう視点で見ると、黒駒の勝蔵という侠客の為に死ぬ子分は多い。

 そして、その人たらしを南の島でも存分に行っている。

 縄張りが完成したら、それを奪うのは至難の業だろう。

 彼だけでなく、白人のシンジケートすら形成されつつあるのだから。


 平間は、黒駒の勝蔵の化け物っぷりを飲み込んだ上で、頼んでみた。

「俺らもラハイナが根城だ。共に戦おうとは言わんが、居る事は認めて欲しい。

 それに何かあったら、子分も貸して欲しい。

 虫の良い話かもしれんが、頼れるのは黒駒の親分しかいないんでね」

「へへへ、お侍の旦那が黒駒の親分とは、ねえ。

 用心棒、腕貸しの浪人でも、もうちょっと偉そうにしてたんで、調子狂いますさ。

 まあ、ええです。わしもあんたも、新政府に追い出された口だろうからね。

 一個、条件はありますがね」

「伺おう」

「あの神代という人斬り、奴の手綱をきちっと握っていて下せえよ。

 危なっかしくて、出来れば近くに居て欲しくねえんですがね」

「承知した。あの人は我々で抑える。それでよろしいな?

 事の起きる日まで、我等はこの町で機を待ち、力を溜める事とする」

「勝手にしなせえ。わしはわしのやり方でやる」


 マウイ島に新撰組や幕臣たちの目は届いていない。

 幕臣に仇なさんとする者たちは、そこにしばし潜む事になる。

 組織化されつつある闇組織の庇護の下に……。

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