アメリカ合衆国参戦
話をアメリカ合衆国に移す。
現在の大統領は民主党のウッドロー・ウィルソンである。
理想主義者で平和主義者の彼が大統領ではあるが、やってる事は余り変わらない。
フィリピンでのスールー戦争は、1913年にやっと完全に終結させられた。
一方でアメリカはラテン・アメリカにも手を出している。
パナマ運河掘削を巡って、パナマ共和国を独立させた件は既に触れた。
次の相手はメキシコである。
メキシコは多くの武装勢力による内戦中である。
駐メキシコ米大使ヘンリー・ウィルソンは、その革命に介入していた。
この辺、ハワイ王国で独立勢力(併合派)に海兵隊を協力させた、かつてのスティーブンス大使と変わらない事をやっている。
ウッドロー・ウィルソン大統領は、勝手に一勢力であるビクトリアーノ・ウエルタに肩入れするヘンリー・ウィルソン大使を解任し、改めて護憲革命軍のベヌスティアーノ・カランサを支援する。
なんとかカランサ政権樹立に漕ぎ付けそうであった。
そんな中、1914年に欧州大戦勃発。
アメリカはモンロー主義発動。
"旧大陸には手出しをしない、その代わり新大陸に手出しをするな"
というものである。
そんなアメリカの中で、ウィルソン大統領だけは和平仲介の夢を抱いていた。
ウィルソンは度々大戦関係国に和平を呼びかけていたが、利害が絡み合って単独での離脱を許さない欧州情勢に仲介は進展しなかった。
そんな中、イギリス客船「ルシタニア」がドイツのUボートに沈められ、アメリカ人に被害が出る事態が発生した。
イエロージャーナリズムはドイツの悪を書き立てるが、国民は戦争に向かわなかった。
いい加減、米西戦争で慣れてしまったのもあった。
ウィルソンがドイツに猛烈な抗議をし、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が
「潜水艦による攻撃は、浮上しての攻撃のみとする」
と決めた事で世論は落ち着いた。
ドイツ海軍にとって、これは有り得ない。
潜水艦の速度は商船より遅い。
潜水して接近しなければ、発見された時点で逃げられてしまう。
1915年に出された「無制限潜水艦作戦中止令」は同年中に撤回された。
1916年にも「無制限潜水艦作戦中止令」が出て、撤回される。
アメリカはこの間にも、大戦の講和仲介に動いていたが、イギリスもフランスもロシアも相手にしない。
最初は和平の仲介役としてアメリカに期待していたドイツだが、次第にアメリカの事を甘く考え始めた。
アメリカに仲介能力は無い。
アメリカはドイツの潜水艦には文句を言うが、イギリスの海上封鎖には何も言わない。
アメリカは英仏に物資を売ってるから、それを沈められたら困るだけだろう。
アメリカは常備軍も持たない民兵中心の軍隊で、ハワイに負け、フィリピンの裸族との戦いは10年も掛かり、メキシコの山賊相手に未だに勝てていない。
アメリカに気を使う必要が有るのか??
とは言え、無駄に敵を増やす必要は無い。
万が一、アメリカが参戦した場合の作戦について、ドイツはメキシコの自国領事館に指示を出す。
これをイギリスが盗聴した。
ドイツの電信の内容は
『アメリカが参戦したらメキシコはドイツ側に立って参戦するよう手を打つ。
米墨戦争でアメリカに奪われたカリフォルニアとアリゾナはメキシコに返す。
日本も説得する』
というものだった。
イギリスから情報提供されたウィルソンだが、その内容を怪しんだ。
現在3つの革命勢力に分かれて内戦中のメキシコがアメリカ相手に戦争等出来る訳が無い。
日本は大戦の初めからイギリスと組んで青島を落としている。
メキシコと日本が手を組んでアメリカを牽制する等、出来っこない陰謀と言って良い。
こんな幼稚な陰謀をドイツが考えるだろうか?
だがドイツは疑惑に対し
「間違い無く自分たちの電文だ」
と答えた。
アメリカが参戦しなければ何もしない、という但し書きは、もうウィルソンとアメリカ国民の耳には届かない。
アメリカ財界は、投資した金を無駄にしない為、連合国側で参戦し、勝ちを確定させる事を望んだ。
政・財・民全てが対ドイツ戦争で一致した。
ウィルソンは南北戦争以来久々に徴兵を復活させる。
そして動員した兵力は180万人。
存在自体反則国家が動き出した。
ウィルソンは榎本武揚が見た通り、理想を裏切られるとひっくり返って好戦的になった。
アメリカが参戦を決めた1917年、ホノルル幕府海軍外洋艦隊は、巡洋艦、駆逐艦、通報艦、潜水母艦、更に補給艦までがシンガポールに集められた。
イギリス海軍による、潜水艦対策のレクチャーを受ける為である。
この時期、潜水している潜水艦と戦う術は無い。
1917年になり、やっと聴音機と爆雷という対潜兵器が揃ったが、生産が追いついていない。
だが、この時期の潜水艦にも弱みは有る。
長時間潜っていられない。
魚雷は高価な上に搭載数が少ない。
そこで潜水艦は、商船相手なら潜水して接近し、浮上して砲撃する。
そこを攻撃するのだ。
方法は
・体当たり
・速射砲を撃つ
・雷撃する
となる。
潜水艦は僅かな傷でも潜航不可能となる。
10cm以上の砲より、4cmくらいの機関砲で艦体に穴でも空けるのが良い。
ハワイ海軍は人手不足だから、砲手節約の為にそういう小口径砲は撤去していたが、再度搭載する事になった。
雷撃は、浮上中の潜水艦を味方の潜水艦で狙うというものである。
或いは潜望鏡深度でも良い。
潜水艦も潜水艦を見つけるのは難しい。
中々成功率は低いが、方法が少ない以上、覚えておいて良い。
(この潜水艦による潜水艦雷撃で、ドイツ海軍は大戦を通じて10隻を沈められる事になる)
そして、商船や護衛艦の足の速さを活かし、潜水艦が浮上中または潜水の最中に、艦橋辺りに衝突するやり方も有効だ。
イギリスは、浮上中もしくは潜望鏡を発見し、いち早く船団を逃す、或いは先制攻撃を掛ける為、護送船団を編成した。
まだ、どれくらいの規模、護衛艦の比率の最適値を求める程に戦術は熟練していない。
まずは集められるだけ護衛艦を集めて、船団に貼り付けたい。
ハワイ海軍の艦艇はイギリスが造り、それを供与したものである。
イギリスはハワイ海軍を人員ごと借りた。
イギリス製軍艦を、イギリスの訓練を受けた兵が操る、あとは大西洋の戦いで対潜戦闘の経験を積んだイギリス海軍士官が指揮する。
座学もそこそこに、マラッカ海峡で訓練をし、そのままインド洋からアラビア湾に向かい、アデン湾から紅海までを担当する。
この方面にUボートの出現は報告されていない。
しかし、オスマン帝国が中央同盟側で参戦している為、油断は禁物だろう。
外洋艦隊は、敵が居るか居ないか分からず、戦力を割きたく無いイギリス海軍の、体の良い使い走りとして護衛任務を任された。
しかも各艦にはイギリス士官が乗り組み、指導の名の元に威張り腐る。
それでも北太平洋でしか活動して来なかった出羽重遠と外洋艦隊は、この任務で多くの経験を積む。
さて、潜水艦の脅威に晒されるようになったこの1917年、アメリカ合衆国はハワイ王国及びパール市国にとある提案をする。
アメリカは180万人もの兵力を動員したが、編制も訓練もこれからだ。
ヨーロッパに送る事が出来るのは、早くて1918年5月になろう 。
そんな悠長な事はせず、今送れる兵力を送りたい。
そこで、即応で4個師団を送るが、ハワイも一緒に派遣しないか?というものであった。
ハワイは大戦1年目に多くの志願兵が集まった。
しかし、疫病で激減し、10万人を割り込んでいた状態から50万人近くまで復活させたハワイ人を殺されたくなかったホノルル幕府が、フランスの招きに応じる形で先行して渡欧した。
そして、西部戦線の過酷な戦いで消耗し、壊滅した。
ハワイ最強の軍が数ヶ月で半減する凄惨さに、ハワイたちは怖気付いた。
そして、大戦中故に訓練は続けつつも、戦わずに温存しながら2年半を無為に過ごして来た。
この無意味な日々は、犠牲を出したく無いホノルル幕府には、出した被害に見合う成果と言える。
イギリスもフランスも、補給部門が無い完全に遠征を考えていない軍にこれ以上期待はしていない。
むしろアントワープとイーペルの危機に駆けつけて来た事が奇跡と言えた。
以降は太平洋の番人であってくれたら良かった。
それをアメリカは……。
ハワイ人には、2年前の幕府陸軍の悲惨な凱旋は、もう過去の話である。
今では、折角集まったのに戦わずして終わりたくない、となっていた。
このハワイ軍もまた、補給部門を持っていない。
どんなに頑張ってもハワイ軍は遠征可能な師団を持てないのだ。
それに対してアメリカは、自国の兵站を貸すと言うのだ。
アメリカ合衆国の二個連隊とハワイの一個連隊で一個師団とする。
ハワイ軍は現在6個連隊が即応態勢にあるが、この内4個連隊を出して合同師団が4個出来る。
これとホノルル幕府の全軍を併せてハワイ・アメリカ軍団としてヨーロッパに送ろうと言うのだ。
アメリカ合衆国大陸派遣軍の司令官はパーシング将軍と決まっているから、ハワイ・アメリカ軍団の軍団長にはクヒオ王子を、と言うのだ。
幕府は基本的に反対、王国政府も反対、しかし国民は参戦希望という捻れが起きていた。
アメリカは幕府も説得に掛かっている。
大西洋を渡るアメリカは、ドイツのUボートの攻撃を受ける。
そこで対潜訓練を受けつつ、潜水艦が居るか居ないか分からない航路を守る「無駄使い」されている幕府海軍外洋艦隊を、兵員輸送の護衛に付けて欲しいのだ。
イギリスはこの件を既に承認し、インド洋航路の護衛の礼を言うと、代わりにアメリカ海軍と共同して大西洋の兵員輸送船団護衛任務に就いて欲しいと言って来た。
海軍建造に力を入れていた政治家・セオドア・ルーズベルトを失って以降、アメリカの海軍増強は計画見直しや規模縮小をしていた。
参戦が決まり、戦艦10隻、巡洋戦艦6隻の建造予算が下りた。
補助艦艇も同様である。
しかし、軍艦は予算が下りてすぐに完成する代物では無い。
差し当たりの戦力は欲しいのだ。
しかも熟練しているなら、その方が望ましい。
それが幕府艦隊を求めた理由であった。
(戦艦10隻、巡洋戦艦6隻を一気に造る?
存在自体反則にも程が有るぞ。
18年前、我々はよくこいつらを撃退出来たものだ……)
出羽は冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
そんな存在自体反則に貸しを作れるなら、それは国益になるのではないか、と出羽は思う。
問題は、アメリカ嫌いのリリウオカラニ女王が何と言うか、だ。
最近は病気が重く、行事への出席は次期国王たるカラカウア少年が代行し、政務は議会任せにしていると言う。
陸軍も海軍も、病床の女王が反対してこの話はすんなりとは通らないだろうと予想していた。
しかし、それは違った。
リリウオカラニはアッサリと全軍出撃を許可する。
それが26年に渡るリリウオカラニ女王の治世最後の判断となった。
自分は色々架空戦記のアイディアを考えるのですが、この時期以降のアメリカに勝つ方法が思い付きません。
この欧州大戦時のアメリカは、まだ後に比べりゃ変態じゃないですからね。
この国、目覚めさせたらならなかったんです。
民兵組織中心で、原住民やメキシコのゲリラと戦ってるくらいの引きこもりでいてくれれば……。




