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ハワイ再侵攻計画

 ハーグ宣言を受け、アメリカ合衆国はハワイとサモアについては一旦手を引く事にした。

 多大な人的な損害について、恨みは残っている。

 しかし、今はフィリピンに専念すべきであった。

 アーサー・マッカーサーJr.からは援軍要請が来ている。

 彼は対アギナルド政権とスールー戦争という二正面作戦を余儀なくされている。

 アギナルド政権との戦いは何とか勝てているが、スールー戦争は泥沼化している。

 大砲以外の手持ちの武器が、裸族相手に通じないのだ。

 「敵を1人殺さないと天国には行けない」という信仰により、モロ族は撃っても撃っても死なない。

 38口径拳銃弾を使う拳銃やカービン銃ではなく、ボルトアクションの小銃を!

 蛮刀を振りかざして突撃するモロ族を退ける機関銃を!


 スールー戦争が泥沼化すればする程、中継地としてのハワイの価値の重要さが思い知らされる。

 アメリカ本土からアジアにアプローチするには、丁度良い距離にあるのだ。

 それが戦争の結果、使用不能となってしまった。

 スールー戦争でマシなのは、彼等は海軍を持っていない事だ。

 艦艇の損傷も、輸送船の洋上攻撃も無い。

 それでも座礁等の損害があった場合、本国に戻るか、香港で金を出して修理する事になる。

 現在アメリカは急ピッチでグアム島を基地化している。

 しかし、その基地化の資材を運ぶとフィリピンへの輸送量が減る。

 隣のサイパン島にはドイツ軍が居る為、基地化は必要である。

 太平上の拠点の一つミッドウェー島にも給炭設備を作っているが、既に1871年に失敗した事でもあり、上手くいかない。

 大体無人島のこの環礁では、ホノルルを有する真珠湾とでは、補給能力もその他の物資の購入等、比較にならない。

 ハワイだと、真珠湾に寄港した兵士や人員を上陸させ、ホノルル市内でリフレッシュさせる事も出来る。

 病人が出た場合は当地の病院に入れ、人員が足りなくなったらそこで募集も出来る。

 有人である事は重要なのだ。


 アメリカ陸軍や商船の組合等から、ハワイ再侵攻の要望が出て来ていた。




 戦争が一時中断、講和条約を結ぶようにという国際社会からの宣言を引き出せた榎本武揚が帰国した。

 彼は本会議である陸戦条約のセッションにおいて、松平容保が演説する事になった為、その手伝いの為にハーグに残っていた。

 演説を終え、ぐったりした会津公を帰国便に乗せ、見送ってから帰って来たのだ。

 その事は特に問題にはされなかった。

 松平容保はハワイの為に働いてくれた功労者で、その手伝いは当然の事だ。

 帰国後に問題となったのは、講和条約の条件である。

 ハーグ宣言は「戦闘の停止」と「講和条約締結」を求めただけで、具体的な条件は規定されていない。

 アメリカが交渉上手なのは、1887年のクーデターの後の交渉でも分かっている。

 榎本はその時の講和条約で、味方から不満を持たれた。

 余りに譲歩し過ぎたのだ。

 誰が交渉担当となるか。

「上様を頼ってみるか?」

 上様とはハーグ会議で活躍した徳川慶喜の事である。

 榎本はそのペテン師のような場のコントロールを間近で見ていた。

 だが、彼は残念な言伝を貰っていた。

「上様は『もう余の出番は終わった故、今後は頼まれても出て来ぬ』と仰せられてました」

 幕府閣僚が静まり返る。

「……頼んでない時は現れて、必要な時は知らぬと言われるのか」

「いや、それでこそ上様らしいぞ」

「確かに上様らしいへそ曲がりぶりだ」

 結局、居ない人間に頼る事も出来ないので、榎本外国掛老中とビショップ勝手掛老中の2人が代表となる事に決まった。

 ハワイ王国からも首相が出て来るだろう。


 条件として賠償金はどうしても取りたい。

 軍艦の損傷、ホノルル及びラハイナの焼き討ちされた分の再建費、ラハイナの経済陣が出した軍費の返済で、何よりも賠償金が必要であった。

 その概算と、プラスアルファでどれくらい取れるかの試算はビショップがする事になる。


 一方、リリウオカラニ女王のハワイ王国政府でも講和条約について話し合いが行われていた。

 問題は

・真珠湾貸与、独占使用権

・米布互恵条約(保護国及び農作物の輸出における国内扱い)

・通貨(ドル基軸)

 である。

 リリウオカラニもハワイ人も、最早真珠湾を貸したくは無い。

 1892年の巡洋艦「ボストン」との戦闘や先年の幕府との戦争と、二度も真珠湾を拠点としたハワイ攻撃が行われたのだ。

 もうアメリカを信用して港湾を貸すわけにはいかない。

 しかし議会は女王に「そこを何とか」と言う。

 議会は「砂糖貴族」ことアメリカ系砂糖農園主が多く議席を持っている。

 比率は下がったが、同様に事業主、法律家、宣教師もいる。

 併合派や反王政派は絶滅し切ってはいないが、彼等が夢に見てうなされる「断罪者(ウリエル)土方の日本刀(サムライソード)」で多数が失われた。

 議会にいる農園主から宣教師まで、モロカイ夏の陣で幕府軍に味方して戦ったり、議会防衛軍に籍を置いたりする王国派である。

 その王国派の彼等からしても、最大の交易相手であるアメリカと縁を切ってはならない、そういう経済的な主張があり、女王と対立している。

 ハワイ人の中でも政治経験者は、真珠湾の賃貸料は国家収入として莫大である事を知っていて、アメリカとの絶縁には反対であった。

 ラハイナの黒い経済陣は、自分たちが真珠湾にも関わる事で更に儲けられると思い、互恵条約や使用権について女王と意見を異とする。

 要は上流階級に属するハワイ人、白人その他はアメリカとの関係維持を、酋長社会や低賃金労働者のハワイ人や日本人、ポルトガル人等はアメリカを叩き出せと考える、階級対立が起きてしまった。

 困った事にリリウオカラニ女王は下級階層寄りの意見である。

 もしかしたら違うのかもしれないが、女王として最大多数の国民の意見を代表しているかもしれない。

 ジョセフ・ナワフ首相は、アメリカとの講和条約締結の為の王国政府・議会の代表に決まっているが、この意見対立には頭を悩ませていた。

「昔、林議員に日本の話を聞いた事がある」

 首相は秘書に話す。

 林議員とは、ホノルル幕府政務掛老中の林忠崇である。

 今は「兼任が難しい」と議員辞職している。

「林が話した日本も、政府は開国して貿易し、経済的な利益を優先する考えをしていた。

 しかしそれとは無縁の下級階層のサムライたちが反対し、多くの外国人を襲ったそうだ。

 そして最上位の皇帝が、一番の外国嫌いで開国を許さなかった。

 林たちの政府は上と下から攻撃されたそうだ。

 遠い国の話として聞いていたが、同じ状況になるとはなあ……」

「それで、日本はどうなったんですか?」

「政府は上も下も纏め切れず、結局上に政権を返上したそうだ。

 政権を返上された皇帝と、革命に関わった下級サムライたちだが、自分たちが担当になると結局開国しか無いと分かったそうだ」

「では、我々も倣いますか?」

「その話にはまだ続きがある。

 皇帝はともかく、下級サムライたちは同じ意見を持つサムライたちから裏切り者とされた。

 政府に参加出来なかった者も多い。

 そういう者たちによる暗殺事件が相次いだそうだ。

 他人事なら良いが、標的が自分だとするなら笑ってられんよ」

「全くですな……」

 



 国内の意見対立はハワイだけでなく、アメリカでも起きていた。


 アメリカでは、帰国した兵の戦時神経症(ヒジカタシンドローム)が酷いものになっていた。

 ある者は暗闇を恐れ、一晩中照明を点けてでないと眠れなくなった。

 ある者は毎晩北斗七星の横の星が見えるか気にするようになり、曇ったりして見えないと叫び声を上げて怯えるようになった。

 ある者はサーベルを見ただけで真っ青になって倒れてしまった。

 ある者は逆に、ハワイの神を庭に建て、「どうか救って下さい」と毎日拝むようになった。

 このような神経症に冒された身内を見た者たちは、これでもハワイ再侵攻は必要なのか? と疑問視する。

 今迄平和にハワイの港湾を使用して来たではないか。

 敢えて戦争を起こす必要があるのか?

 壊れてしまった身内を見るに、不憫に思えてならない。

 そういう意見が、エリート輩出層から出ている。

 その意見を民主党が取り込んでいく。


『真珠湾問題の平和的解決』

『太平洋政策の見直し』

 これを公約とする。


 一方の共和党は

『フィリピンでの戦争に勝利する』

『その為に必要な真珠湾の奪取』

 と言っている。


 対立しているようだが、根っこは同じなのだ。

・真珠湾は何としても確保する。

 その手段として交渉をするか軍事力を使用するか?


・太平洋への進出は行う。

 そのやり方は今迄通りか、見直しをするか?


 共和党の問題は、現職のマッキンリー大統領の支持率が極めて低い事である。


 こうしてアメリカは1900年大統領選挙を迎える。

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