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ハーグ宣言 ~アメリカ撤退~

 オランダ王国ハーグ。

 松平容保は何する事も無くお茶を飲んでいた。

 お茶は、ある時期まではオランダ東インド会社の独占交易物で、オランダに莫大な富をもたらした。

 なので、急須やら茶器も揃っている。

「ここの茶器は安物だぞ」

 と、目利きでもうるさい徳川慶喜が言っていたが、外交というより工作活動の為に欧州に居た榎本武揚が取った安宿に押し掛けて来たのは慶喜の方だった。

 オランダ政府が「ケイキ・トクガワ」の名を見て仰天し、日本政府に問い合わせた所、日本政府も把握して無かったようで、慌てて宿舎の手配をしていた。

 そして手配が出来たようで、

「明日から別なホテルのスイートルームに泊まって頂きます」

 というオランダ政府の使者を、容保は慶喜の従者たちと受けた所であった。


 しばらくして榎本武揚が戻って来た。

 彼は彼で忙しい。

 スペイン大使とドイツ大使に会って来たという。


「なあ、榎本よ。

 余はどうしてここに居るのだろう?

 余は真面目に御家の為に働いていたのだ。

 それが気がついたら京都守護職にさせられ、帝の信任を得たのに、いつの間にか逆賊。

 城を落とされ、謹慎しておったらハワイに行け。

 ハワイは余が決めた事ゆえ家臣の為にも真面目に働いた。

 そうしたら日本に帰って来い、と。

 帰ったら余は異人斬りの英雄扱いで、華族になった。

 何もかも煩わしく、願い出て東照宮の宮司になったら、上様が遊びに来るようになった。

 そして今回の洋行じゃ。

 余は何か前世で悪い事でもしたのか?」

 周りに会津藩士が居ないせいか、愚痴が重い。

 榎本も迂闊には返事を出来ない。

 考えて出した答えは

「会津様は悪くありません。

 上様も悪い訳ではありません。

 ただ、この御二方が交わると悪縁になるかと。

 お互い無害な薬でも、飲み合わせると毒になるものも有りますゆえ」

 容保は思わず天を仰いだ。


 そこに慶喜が戻って来た。

 この人、ひと月もしない間に、相手から四頭立ての馬車で送迎されるようになっている。

「榎本、上手くいったか?」

「はっ、両国とも手を打つとの事でした」

「よろしい」

「怖れながら上様」

「会津殿、相変わらず固い!」

それがしはどうして欧州に連れて来られたのでしょう?

 何も仕事は無いようですし、連れて来る必要は無かったのでは」

「仕事なら有る、と思う。

 来月には会議が始まるゆえ、それまで楽しんでおけ」

「仕事?

 どのような?」

「話の持って行き方次第じゃな。

 会津殿には今迄の苦難を語って貰う事になる」




 1899年7月、月内のハーグ陸戦条約締結を目指し、会合が始まった。

 並行してアメリカの太平洋地域での活動に関する会議も別場所で開かれる。

 議長国のロシアが張り切っていた。


 まずフランスより、アメリカの太平洋地域での侵略行動は、旧弊なスペインの植民地支配からの解放を説いた米西戦争の精神に悖り、パリ条約を仲介したフランスの信用にも傷をつけるものだと発言された。

 アメリカは反論するも、確かに帝国主義を前提としているし、英仏独もやっているだろ?的な言い分では、一度綺麗事を口にした以上、説得力が無かった。

 そこでアメリカは、各地での反乱について、鎮圧の必要性を言い出した。

 フィリピンでは反乱組織と蛮族の国が、ハワイでは異民族の封建国家が、サモアでは先代国王に敵対する酋長が、それぞれ治安を脅かしたと説明。

「アメリカ側の発言だけではなく、相手からの釈明も聞く必要があります」

 とロシア代表が発言し、室内に2人の関係者が招き入れられる。

 一人はホノルル幕府代理人の徳川慶喜。

 もう一人はサモアのイオセフォ酋長。


 榎本武揚が先日動いていたのは、関係者全部集めろ、という事だった。

 ドイツは意図を理解し、イオセフォを連れて来た。

 だがスペインは、アギナルドもスールー国王も説得に失敗した。

 両者はヨーロッパ社会を信用していない。

 慶喜にはこうなる事もほぼ予想通りだったようだ。

 関係者全てに釈明の機会を与える。

 これで自分が悪目立ちしなくて済む。

 アメリカの落とし所も必要だが、恐らくどこかは来ないだろう。

 機会を与えたのにそれを捨てるというは、侵略されようが仲裁は頼まないよ、と国際社会で表明したようなものだ。


 会議は、フィリピンの2勢力欠席で、反論に入る。

 イオセフォは、かつてアメリカが自分を担ぎ出しておきながら、妥協してラウペパ前大酋長を再任し、自分を亡命させたアメリカの不実と不信を暴露。

 ラウペパが死んだ以上、自分が大酋長たるべきだ、と説得力には乏しいが、アメリカの背信外交を詰っていた。

 続いてイギリスの代表が、ハワイ王国の代理人として発言。

 相手国の承認も無いニューランズ法は、国際法的に無効であるとした。

 また、軍事的挑発、休戦協定破り、中立都市への侵攻、我が国のメディア関係者暴行と、アメリカこそ他国を野蛮と罵る資格無し、と言った。


 続いて発言の機会を与えられた徳川慶喜は、日本史を滔々と語り始めた。

 征夷大将軍と言うは、侵略する外敵と戦う役職である。

 日本の歴史上、征夷大将軍率いる幕府が、外国に侵攻した事は一度も無い。

 朝鮮を攻めた豊臣秀吉は将軍では無く、関白リジョントも辞めた、ただの独裁者であった事を語った。

 当然反論が出る。

 アメリカ、イギリス、フランス、ロシアほとんどが攘夷というテロ行為を受けた。

 ホノルル幕府の国是が攘夷なら危険では無いのか?

 慶喜は説明する。

 防衛力が弱かった日本において、国の安泰の為に外国を追い払えという「攘夷思想」が生まれた。

 その中の大攘夷というのは「防衛力とそれを支える経済力をつければ、弱者を植民地化しようと狙う国も、上手く取引をしようと方針を変える」というもの。

 それは今の日本政府がやった事だ。

 徳川幕府はそうしようとしていた。

 だが、それを間怠っこしいとする庶民は、単純に外国人を斬って追い払えと言い、その小攘夷を望む声に幕府を倒したい勢力が乗った。

 イギリスはそれを知っている筈だ。

 単純な人斬りで交易商人を殺され、戦争までしておきながら、幕府を倒す為にその勢力と手を組んだ。

 その勢力が日本の新政府となり、先程言った国力をつけて外国と対等に付き合おうとしている様を見ている。

 それについて、何も悪いとは言っていない。

 あの当時の無能な幕府より、新しい勢力の方が貴国からしたら信用に値しただろう。

 フランスも、無能な幕府の方が手玉に取りやすく、後で色々と奪えただろう。

 それも悪い事では無い。

 良い悪いではなく、攘夷というのは所詮は方便、それを唱える事よりやったかやらないかが問題だ、と。


 アメリカはまだ納得しない。

「では断罪者ウリエル土方とは何か?

 あれこそ日本人が危険な証ではないか?」

 慶喜はニヤリとする。

「土方はアメリカ人を斬ったのですか?」

「その通りだ」

「ハワイ人ではないのですか?

 ハワイ人なら警察権の行使に過ぎませんよ」

「アメリカ人だ! 白人だ!!」

「ではアメリカは遥か前から、アメリカの意志でハワイ征服を狙っていたという事ですな。

 ハワイ人の意志で併合を打診した事は一度も無い訳ですな」

(しまった)

 アメリカ代表は失言を悟った。

 今迄アメリカは「住民のアメリカ併合への意思を尊重して、併合した」という立場を取っていた。

 それがハワイでは当て嵌まらないと、発言してしまった。

 併合の根拠が崩れ、ただの侵略に変わる。

 自分たちが侵略者であると、アメリカ人は認めたがらない。

 さらに、土方の蛮行を責めようとしても、「彼等だけの仕業だ」と切り離されるだろう。

 既に土方は死んだのだから、如何に罪を押し付けられようと、最早痛くも痒くも無い。


 だがまだ反論は続く。

 別に幕府で無くても、ハワイ防衛は出来るではないか? アメリカがやっても良いと。

 慶喜はアシュフォード将軍の名を挙げ

「既に他の軍もあるし、お互いを監視している。

 今更何を言われている?」

 そう反論。

 真珠湾の使用費が高額化したと詰るが、これにはハワイ王国代理人のイギリスが

「これ迄の内戦が全てアメリカ人によるもの、ハワイ人のものでないなら、その措置は当然だろう。

 内乱はアメリカ人がやったと、先程貴殿が言いましたな」

 と返す。

 日本人がハワイ人を圧迫し、良い生活をしている、とアメリカの砂糖貴族を棚の上に置いて非難すると、慶喜は苦笑いし

「参考人を呼びたいがよろしいか?」

 と言い、松平容保を呼んだ。


 容保が来る迄の間、徳川慶喜はアメリカ以外の各国代表から話し掛けられる。

 征夷大将軍時代もそうだが、社交性が恐ろしく高い。

 アメリカ代表は苦虫を噛み潰している。


(自己主張が苦手で、社交界で通じるような教養に乏しく、雄弁という面で素質がまるで無い日本人の中にこのような男が居たのか……。

 この男は旧体制の指導者だったから、今の政府は要職に起用しないという。

 外交の場に出て来ないのが幸いだ)


 やがて松平容保が到着し、茶休憩ティーブレイクは終了した。

 松平容保は、ハワイ有数の大酋長格だった。

 その生活を語る。

 砂糖のモノカルチャーを強要された中で、米を栽培し、独自の販路を開拓した事。

 それでも足りず、かつて暮らした会津から職人を呼び、特産品を開発した事。

 新政府により寒冷地に追いやられた半数の家臣の為、仕送りをし続けた事。

 余力が出た後は現地人を雇った事。

 大名であった自分の為、家臣たちが城を造ってくれたが、これが火山噴火時に家を失ったハワイ人を収容、仮住居で生活させるのに役立った事。

 等等を、慶喜のような流暢なフランス語ではなく、日本語で訥々と話した。

 雄弁過ぎて逆に胡散臭い感じもする慶喜と違い、聞き辛いが真実の重みが感じられる容保の言であった。


 ハワイについては決着したと言って良かった。

 サモアについても同様である。

 自分たちのルールで動く国際社会は、結局代表を出さなかったフィリピンについてはアメリカの主張を全面的に呑む事になった。


 かくして太平洋地域におけるハーグ宣言が纏められる。


・アメリカとハワイの戦争は終了とする。

・アメリカ、ハワイは講和条約を結ぶ。

・サモアはイオセフォ体制を承認する。

・フィリピン以外の太平洋の領土は現状維持。

・フィリピンのアギナルド体制は政権と認めない。

・スールー王国とアメリカの戦争は正当行為とする。





 この報せはハワイ王国、ホノルル幕府、ヒロのアメリカ軍に届いた。

 アメリカ陸軍、海軍からも命令が届き、ヒロのアメリカ軍は撤退という事になった。

 シュレイ提督はアメリカ軍代表としてヒロ知事、幕府、王国政府と交渉し、撤退を前提とした休戦を成立させた。


「やられました」

 シュレイ少将の発言に、リリウオカラニ女王は

「私の養女が生命と引き換えに作った機会でした」

 と涙ながらに語った。

 大御所徳川定敬は無言である。

(やられたのはこっちも同じだ。

 被害はこちらの方が大きい。

 それに、ヨーロッパで勝ちを決定づけたのは、上様の舌先三寸だ。

 余は未だに、上様の掌の上で踊らされてるだけかも知れぬ)

 その思いが彼を無言にさせる。


 ホノルル幕府からは、カウアイ島、ヒロ沖海戦、マウイ島で捕虜となった者が解放された。

 ラハイナの倉庫に籠りっきりであった部隊も、半軟禁状態を解かれ、帰国となる。

 彼等は様々な感情を胸にアメリカに帰国して行った。

 ……深刻なトラウマを抱えた者も多く含んで……。




 ハーグでは榎本武揚が祝杯を上げている。

 慶喜、容保に留学中知ったレストランでもてなしをしていた。

 料理の蘊蓄も相当な慶喜だが、無闇矢鱈と披歴して場を白けさせるような人物では無い。

 素直に榎本に馳走になった。


「上様、お伺いします」

「何か?」

「上様は、どうしてあそこまで我々の事情を知っていたのですか?

 まるでずっと共にホノルルに居たかのようではありませんか」

 慶喜は静かに笑う。

「万次郎よ」

「何と!」

「病に倒れた中浜万次郎を説いて、其方たちの元に送ったのは余なのだ。

 万次郎は随分と役に立ったろう?」

「まさか、ジョン万次郎先生が、上様の手先だったとは……」

「手先とは随分な言いようじゃの。

 余とて、万次郎から相談を受け、策を授けていたのじゃぞ」

「…………」

 榎本には思い当たる事が多々有った。

 病床で新聞を読み、情報分析が主な仕事であった万次郎にしては、随分と策が多かった。

 彼で無ければ出来ないものも有ったが、漁師上がりで技術専門の万次郎がよく思いついたと感心する策も有った。

 後ろにこの人が居たなら納得である。


「上様、もう一つお伺いいたします」

「何か?」

「帰国便ですが、オランダ政府が用意するとの事。

 よもや、サイコロで決めるとか、シベリア鉄道乗りたいとか我儘は言っておられませんな?」

「安心致せ。

 予定より長くハーグに滞在する事になった。

 それ故、帰路で各地を巡る時間も無くなった。

 オランダ政府の好意に甘える事とする」

 安堵の表情を見せる容保と榎本。

「でしたら、帰国までの余暇、美術館等を案内しましょうか?

 此度のお勤め、御二方の労を労わねばなりませぬ故」

「そのような暇が有るとは思えんな」

「と、仰せられますと?」

「ハーグ陸戦条約では、負傷したりして戦闘能力を失った兵士、落ち武者対策が話し合われている」

「左様聞いております」

「ハワイにはママラホエ・カナヴィという、同様の規則があるそうじゃのお。

 それについて、会津殿に講演して貰う。

 余が各国大使との食事会で話したら、随分と興味持たれてのお。

 会津殿は講演演説の草案を考えるように。

 和泉守、其方は会津殿を助ける資料を纏めるように」


 松平容保と榎本武揚は、持っていたナイフとフォークを思わず手から落としてしまった。

徳川慶喜という人の話です。

ハワイ王国存続というテーマの他に「活躍出来なかったモノを活躍させたい」というテーマもあるのですが、そこにどう慶喜を絡めるか最初悩んでました。

慶喜はハワイにも幕臣にも興味持たないのでは無いか、と。

あと、キャラ的にもシニカルな現実主義者、世を捨てた趣味人、では活躍出来ません。

その内、似た架空のキャラを見つけました。

コードギアスのシュナイゼル・エル・ブリタニア。

「心が無い」「先読みが異常に凄い」「チェス等でまず負けない」「どこか自分をも駒として見ている」「執着というものが無い」この辺共通点かもしれません。

慶喜もどこか「常に負けないところで勝負している」部分があります。

大政奉還も明治維新も、慶喜にとっては負けなのか?

負けとは会津みたいな悲惨なもので、慶喜は明治以降の方が気楽そうにも感じられる。

こんな「虚無」を伴った天才趣味人が、今が自分を駒として使うのに最高の場であると判断し、チート能力をフルに発揮したなら。

その使い場所はハーグ会議と思いました。


多分慶喜は出番終了です。

出て来ても名前だけでしょう。

ラスボス級のチートだが、やる気は余り無いので、また趣味生活に戻るとの事です。


あと、ヒジカタ神だけは慶喜も計算してません!

彼の構想的にその役を充てるのは東照宮になる筈だったのですが、まあ1616年に死んだ人よりもつい最近猛威を振るった人の方が祟り神として怖いですからねえ……。

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