ワイカプ会戦 ~アシュフォード将軍参戦~
アシュフォード准将が現在手持ちの部隊は、
・議会防衛軍 120人(アメリカ人主体)
・ラハイナ守備隊 200人(ハワイ人主体)
・九十九大隊 2,240人(日系人部隊)
・フランス外人部隊「ガリバルディ」大隊 560人(イタリア人部隊)
の約3千人である。
人数としてはまあまあだが、寄せ集めも良いとこだ。
特に最大の人数である九十九大隊は、新兵を体良く押し付けられたようなものだ。
どこまで使えるか自信が無い。
ただ、日本人の習性なのか、極めて命令に従順で逃げたりする事も無い。
だからアシュフォードは、九十九大隊に地味だが重要な仕事を任せた。
「諸君たちは鉄道沿線に展開し、鉄道を敵から守れ。
鉄道だけではない。
停車地に物資・弾薬を集積する。
この物資も守る上に、連絡があり次第前線に補給せよ。
それと、一部は先にカフルイの終点に行って、大砲の受け取りと組み立てをして欲しい。
命令である」
九十九大隊長は黙って拝命した。
「地理に不案内なガリバルディ大隊も、鉄道でカフルイまで行って欲しい。
そこに集結してから西方に向かい、ワイルクの味方を支援して欲しい。
送った大砲は、組み立てが済み次第、運んで行って使用せよ」
「分かりました」
ガリバルディ家の一族の者が指揮官を勤めている。
彼は短く返答した。
「残った議会防衛軍とラハイナ守備隊は、途中まで鉄道で行き、ワイカプの前で降りて戦場に向かう。
良いな」
「オオーーー!」
「イヤッホォーーー!」
アメリカ人の反応が一番大袈裟だ。
黙っていた日系人部隊の隊長が挙手する。
「質問です」
「何かね?」
「停車場で大砲を組み立てる兵は、全部終わったらどうしたら良いですか?
そちらのガリバルディ大隊に加わりますか?」
アシュフォードは少々考えた。
そして
「君はイタリア語は分かるかね?」
「うんにゃ、さっぱり分かりません」
「ではフランス語は?」
「聞いた事もねえです」
「では、鉄道に乗って戻って来て、ワイカプの私の下に来たまえ。
言葉が分からないんじゃ、ガリバルディ隊長も苦労するだろう。
英語で指揮するが、それなら大丈夫だよな?」
「大丈夫です。
それと、停車場からわざわざ戦場まで行くより、仕事が終わったらワイルクの臨時停車場を守る部隊に連絡を入れて、そちらが戦場に行き、戻った兵が代わりに守備に回った方が良いですな」
「その辺は隊長である君の判断に委ねる」
そう言いながら
(案外頭が良い連中だな)
と感心していた。
正義感が強く、有能なアシュフォードでもこの当時の人種差別意識はあって、ハワイ人を見て「怠惰なとこがある」、幕臣を見て「頑迷で旧習に縛られる」と感じていたが、同じ黄色人種・日本人でもこちらは結構柔軟な思考をする。
まずは日系人部隊が大砲を搭載した鉄道に、鈴なりに掴まって出動した。
……客車には大砲で、人間は降りやすいよう客車の外にしがみ付き、機関車の煤煙を浴び続ける。
怒っても良いとこだが、彼等は黙って従う。
客車には、砲組み立てを指揮する白人士官が乗っているのだから、差別的だと言われても仕方ないが、日系人部隊は黙って従うだけだった。
各地に設けられた防衛地点で日本人は鉄道から降りる。
そして手持ちのシャベルで土を掘って土嚢を作り、それを積んで防御陣地を築く。
終点まで行った日系人は、指導士官の命令に従い、大砲を下ろしては組み立てていく。
鉄道は折り返し、次はイタリア人部隊を運ぶ。
最後はアシュフォード直卒の部隊が乗り込み、予定の場所で降りる。
「さあ、戦場は近くだ!
諸君、行くぞ!」
アシュフォードの号令で300人の歩兵、120人の騎兵、砲4門、ガトリング砲2門が移動する。
後ろを見ると、日系人が客車の砲の重さで壊れた場所を修理したり、馬糞を外に運び、薄い布で客車のあちこちを拭いていた。
(几帳面な連中だなあ)
と、次第に彼の中の日本人の印象が良くなっていった。
余談だが、武士中心の幕府軍は上記のような事はしない。
言われればしなくも無いが、自分から進んでやる事はまず無い。
時々従者に命じて清掃や修繕させているのを見て「封建的だ」とアシュフォードは思っていた。
戦線膠着して3日目、ワイルク(北)とワイカプ(中部)にハワイ軍増援が到着した。
何よりもウィルコックスに有難かったのは大砲である。
イタリアで砲兵を学んだウィルコックスは、やっと本領を発揮出来る。
また、イタリアで軍事を学んだウィルコックスの実際の語学力を聞き、ガリバルディ大隊はウィルコックスの指揮下に入る事を認めた。
言葉が通じないなら勝手にやらせて貰うくらいの勢いだったが、言葉が通じるならば統一された指揮系統の方が強いのは確かだ。
人数的に圧倒した訳では無いが、砲撃力が劇的に上昇した事で、アメリカ軍は苦戦していく。
アシュフォード、ウィルコックス共に砲兵を有効活用し、アメリカ軍陣地の要所を次々と破壊していく。
だがアメリカ兵も粘り強い。
アメリカ南北戦争について、北軍による南部の戦略破壊ばかり注目したが、実は南北戦争は第一次世界大戦に先駆けて長大な塹壕戦と陣地の取り合いになった戦争でもあった。
古くは古代中国趙の李牧、日本では織豊による陣城による防衛線と、塹壕戦的な要素は世界各地にあったが、近代的な火砲が充実してから直近は南北戦争だろう。
アメリカ兵も陣地戦は苦手でなく、一個取られても次の線に移り、反撃して奪い返し、修復して再利用する。
アシュフォード准将も1887年の内戦では、ワイキキ方面から攻める幕府軍を、そういう陣地戦で足止めし、ついに本隊は市内に入れる事なく戦い終えた。
真珠湾外の陣地戦においても、数の有利はあったが、アメリカ軍は梅沢道治准将の築いた防衛線を突破している。
さらにその後の幕府軍主力との戦いで、肉弾戦になると押し切っている。
敗れたのは、陣地を攻めた際に十字砲火地点に誘い込まれた場合や、地理に不慣れな山岳森林での戦い、それに怒りのスイッチを押してしまったクリスマスの日の夜戦くらいだ。
機関銃で防御された陣地への突撃失敗は、この後1914年までに世界のあらゆる国が経験する事になる為、アメリカ固有の弱さではない。
アメリカ軍としては、山岳森林の戦いが最も苦手と言えた。
だがこのマウイ島の戦場は、アメリカ軍の方が陣地に籠り、苦手とする程の鬱蒼とした森林は無く、山裾での戦いである。
攻めるハワイ軍の側がやや不利だ。
アシュフォードは、状況を打開する為に迂回奇襲作戦を考える。
一旦南に下り、ワイカプ渓流を渡って山林地帯を突破し、丘陵のアメリカ軍陣地を背後から攻撃するものである。
これが出来るのは、山林での戦いが得意なハワイ人部隊である。
しかし、奇襲部隊を抜擢すると、その人数分戦線に穴が開く。
その穴を、大砲組み立て任務の終わった日系人部隊に埋めて貰う。
日系人部隊は重要局面に投入された。
アメリカ軍は、新規投入された兵士に向かって銃撃を集中して来た。
先のラハイナ奇襲戦では、逃げはしないが、頭を低くして反撃に出ない兵士も居たと聞いたが、二度目の戦闘では頭上を弾丸が掠めても動じず、黙々と銃を撃ち続ける。
ただ、銃撃は下手くそだった。
アシュフォードにしたら、戦線を維持してくれたらそれで良かったが。
夕方までかかったが、ハワイ人奇襲部隊は敵の後方に回り込んだ。
そして喊声を上げながら突撃をする。
その喊声をきっかけに、アシュフォードは自軍にも前進を命じた。
挟み撃ちに遭ったアメリカ軍も粘ったが、夜半までには北のワイルクを目指して撤退していった。
アシュフォードは120人の議会守備軍・白人騎兵部隊に命じて追撃する。
この騎兵による追撃が勝利の決め手となった。
壊乱したアメリカ兵がワイルクの自軍陣地に走って行った所、敵襲と勘違いした守備兵が発砲し、同士討ちが発生。
その隙を逃がさず、ガリバルディ大隊が突撃し、陣地を奪取。
その象徴である赤シャツを旗先につけて高く掲げた。
アシュフォードは北方の勝利を見届けると、馬首を返し南で戦う味方の元に急行する。
途中でワイカプの自軍と合流し、南方のアメリカ軍を半包囲した。
不利を悟ったアメリカ軍は白旗を掲げて降伏する。
敵将は同じアメリカ人だ、この辺有色人種への降伏と被る恥辱や感情は異なるようだ。
多数の捕虜を得て、アシュフォードの勝利が確定した。
だが、ウィルコックスの戦いはまだ終わらない。
ワイルクの敵を撃破すると同時に、いまだ戦場に来ない徒歩移動の第12大隊を救援すべく、東進して山地を目指す。
そこで交戦状態にある第12大隊とアメリカ軍を発見し、急進して横撃を掛けた。
これでハナを発進したアメリカ軍も崩れ、降伏した。
マウイ島戦役はこうしてハワイ軍の勝利となった。
ワイルクの戦線ではイーガン准将をも捕虜とする完全勝利である。
アシュフォード准将の勇名は世界に知れ渡った。
アメリカにとっての救いは、敗れたのは同じアメリカ人が将軍を勤める部隊だった事だ。
さらに麾下にイタリアで勇名を馳せた「赤シャツ」隊も居た事から、「なんだ、白人に敗れたのか、まあ仕方ないな」と自分たちを慰めていた。
……そして、「有色人種が白人に勝った戦い」という名誉は別な戦争に譲る事になる。
捕虜を引き連れての帰路、アシュフォードはいまだに鉄道警備を続ける日系人部隊を見る。
直ちに隊長を呼んで、任務の解除とラハイナへの帰還を命じた。
(命令に忠実、一歩も引かぬ粘り強さ、中々良い軍隊だ。
私が鍛えればもっと強くなるが、大鳥が言うには戦争が終わったら除隊させ、元の生活に戻すそうだ。
勿体無いなあ)
これが戦役最後のアシュフォード准将が日系人に対して持った感想であった。
このマウイ島戦役は、ホノルル幕府の関わりの少ない戦闘であった。
アシュフォード准将は王国政府所属の議会に属する軍であり、ラハイナ守備隊も九十九大隊も王国陸軍所属である。
ガリバルディ大隊は外国からの義勇軍で、ウィルコックス隊だけが幕府軍である。
ただウィルコックス隊も「日本人何するものぞ、本来の守護者は我々だ」という気概が強く、兵員のほとんどはハワイ島出身のハワイ人だった。
幕府以外でも戦える部隊が出来たのである。
そういう存在は、本来なら軍閥は嫌がる筈だが、幕府の願いは「自分たちが居なくても戦えるハワイ王国」なので、この結果を聞いた将軍たちは大いに喜んだ。
ラハイナに凱旋したアシュフォードは、無数の握手攻めに遭う。
だが一方で、仮王宮や議会には半旗が掲げられているのを見た。
誰か重要人物が死亡したのだろうか?
そんな中、ナワフ首相から新しい情報を聞かされる。
既にハーグにおいて停戦交渉が始まった、と。




