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再侵攻 ~マウイ島上陸作戦~

・装甲巡洋艦ニューヨーク 8,150t、21ノット、8インチ砲連装×2、単装×2、4インチ砲12門

・装甲巡洋艦ブルックリン 9,215t、20ノット、8インチ砲連装×4、5インチ砲12門

 両艦から片舷11門の8インチ砲がラハイナの町に放たれる。

 中立を宣言した都市に、停戦期間を破っての攻撃であった。

 イギリス資本が投下され、小イングランドとなっていた町に悲鳴が上がる。

 港に停泊している船に砲弾が浴びせられ、次々と炎上する。

 プウノアを発進した水雷戦隊と小型砲艇が2隻の装甲巡洋艦に迫るが、両艦とも5インチ砲や4インチ砲を乱射して攻撃を防ぐ。

 そうしている内に、小舟に分乗したアメリカ兵がどんどんとラハイナ港に上陸していく。

 ラハイナ港は真珠湾やホノルル港のような入り組んだ地形をしていない為、横一列に小舟を進めて何ヶ所からでも上陸出来る。


 リリウオカラニ女王は、養魚池の中のモクウラ島に建てられた宮殿にいる筈だった。

 ハワイ王国第三代国王カメハメハ3世は、首都をホノルルに移したが、それでも旧都ラハイナの静けさを好み、この養魚池モクヒニア池の中の1エーカーの土地に宮殿を作って、しばしば住んだ。

 そこを目指してアメリカ兵は進む。


 養魚池が堀となった宮殿は、攻めるのに中々難しかった。

 しかもそこを守る兵士は、やたら射撃が達者で、戦い方が上手い。

 双眼鏡で確認してみると

「白人だ! 白人の部隊だ!」

 と分かって騒然となった。

 彼等は今まで、日本人かハワイ人の兵としか戦って来なかったからだ。

 さらにラハイナ各地で反撃が始まる。

 議会前には日本人の部隊が陣を張り、必死に防衛をしている。

 日系人部隊 九十九(つくも)大隊初の実戦であった。


「我々はアメリカ合衆国陸軍である。

 宮殿を守る白人部隊の指揮官に告げる。

 同じキリスト教徒の誼だ、降伏し給え。

 寛大な処置を約束する。

 もしくは黙ってそこを退去しなさい。

 有色人種の王族に仕えても何も良い事は無いだろう?

 傭兵契約ならば給金は我々が立て替えるから、それでどうだろう?」


 その呼び掛けに対する回答は


「我々はアメリカ合衆国国籍を持つ者だ。

 宗派どころか国籍すら同じだ。

 しかし、我が祖国はここまで腐ったのか?

 今はまだ休戦期間中ではないか!

 それにハワイ王室は中立を宣言した。

 このような攻撃は非道で認められない!」


 というものであった。


「貴官の非難は後で聞く。

 攻撃前に貴官の名を聞かせて欲しい」

「良いだろう、弾丸でもって非難してやろう。

 我が名はアシュフォード。

 ヴォルニー・アシュフォード元合衆国陸軍中佐、現在は議会防衛隊准将である」


 アメリカ軍は攻撃を中止した。

 元合衆国陸軍の士官が指揮しているとなると、気を引き締めてかからないと大変だ。

 なにせ、アメリカの教育を受けた士官なのだから。

 経歴書を読む。

 カナダ出身のイギリス人で、南北戦争時に北軍に加わる。

 専攻は騎兵で、南北戦争後は除隊する。

 ハワイに招かれ、民兵組織ホノルル・ライフルズの司令官となる。

 1887年の内戦の際はホノルル・ライフルズを率いて3倍の幕府陸軍を阻止する戦いを見せる。

 1892年の内戦の時は、ラナイ島の地主であるギブソン家を助けて戦い、やはり数倍のハワイ共和国軍を撃退する。

 優秀な男のようだ。

 出来れば味方につけたい。


「アシュフォード准将、どうだろう、我々の味方をしないか?」

「ほう? 何をしろと言うのか?」

「リリウオカラニ女王を連れて来て欲しい」

「そう言うだろうと思ったよ。

 それは出来ないな、私が神でも無い限り」

「それはどういう事だ?」

「女王陛下はこの宮殿にはいらっしゃらない。

 貴官たち、とんだ無駄足だったな」

「嘘を吐くな!」

「嘘ではない。

 数日前にどことは教えられないが、側近を連れて脱出された。

 そこは艦砲は届かん場所だ。

 こんなところで油を売っている場合ではなかろう」

「それは本当の事なのか?」

「本当だ。

 だから、一刻も早くラハイナから兵を退け!

 女王陛下不在な以上、もう用は無いだろう。

 それにここは中立都市だ!

 イギリス、フランス、イタリア、更にアメリカ資本も入った町だ。

 お前らが破壊すればする程、本国にツケが回るぞ。

 余計な裁判を起こされた、と本国から召還されないか、楽しみだ」


 そう言われても、黙って撤退するような大人しい軍隊では無い。

 守備兵を500人程残し、これ以上の攻撃をしないという約束だけしてから引き上げて行った。


「将軍、何故我々は彼等を攻撃しないのですか?

 応戦だけでなく、守備兵を殺し、追撃をしましょう」

 そう言う部下に対し

「まだ女王陛下から出動命令が出ていない。

 議会からの出動命令もだ。

 宣戦布告もまだだ。

 今可能なのは防衛戦だけである。

 こちらから先に手を出すと、どういう扱いをされるか、君もアメリカ人なら分かるだろう?」

 そう答えた。


 一方でアシュフォードは、守備隊に同情していた。

(ここは魔都だ、少数の彼等が明日からどんな運命を辿るか、目に見えるようだ……)

 アシュフォードはこの地の裏の顔の恐ろしさを知っている。


 果たして翌日から、毎日1人か2人、多い時は10人くらい、阿片を吸ったとか、下戸なのに急に度数の高いアルコールを飲んだとか、ハワイの麻酔のような飲料を加減を知らずに飲んだとかとされるアメリカ兵が、運河や溜池や養魚池、ラハイナ港に浮かぶようになった。

 売春宿でめった刺しにされ身ぐるみ奪われる兵とか、酒場で突然何者かに撃たれるとか、犯罪に巻き込まれた体で殺される兵も出た。

 戦闘以外での死を嫌がったアメリカ兵は、接収した倉庫に立て籠もり、必要以外の外出をしないようになる。

 占領軍から、基地に立て籠もる孤軍に堕ちていった。




 ラハイナは小さな町であり、アメリカ軍はそこに3千人の兵を向けたに過ぎない。

 マウイ島のハナ、カフルイという町も落とすべく残り2千人ずつを振り分けた。

 完全に奇襲であった今回の上陸作戦は成功し、両地ともアメリカが占領する。


 順調に見えたマウイ侵攻軍に急報が入る。

 本来の予定なら5月1日までの入港予定で、どちらかの装甲巡洋艦で迎える筈だった輸送船団が、ヒロ沖で幕府艦隊の襲撃を受けて3隻が沈没し、乗っていた兵員の内、泳いでヒロに辿り着けたのは数十人という惨事が起きた。

 海軍省は勝手に持ち場を離れたシュレイ少将に激怒していると言う。


 数日前ホノルルを出港し、西に向かった通報艦「デュラハン」は、カウアイ島の北で水雷母艦「ハウメア」と落ち合う。

 「ハウメア」は三浦功大佐が艦長として転任していた。

 航海の名手と言われる彼は、偵察の為に先行した「デュラハン」と上手く連携を取り、かつ航路を外して行き交う商船に見つからないようにヒロ沖に移動した。

 5月1日の停戦明けに、アメリカ軍は何らかの行動を起こすと見て、先回りした筈だった。

 しかし協定破りのイーガン准将の部隊は、三浦隊が到着する前に入れ違いで出港した。

 代わりに三浦隊の視界に入ったのは、6千の兵員と物資を乗せた輸送船3隻だった。

 改装後の「デュラハン」は4門の12cm砲、「ハウメア」は10cm速射砲を8門搭載する。

 商船相手には十分な攻撃力であった。

 こうして「本来なら装甲巡洋艦が出迎えに来ていたら何事も無く入港出来た筈」の輸送船団は、何も出来なかった陸軍兵士共々海に沈んでいった。


 その後、幕府艦の消息は不明である。

 また輸送船を沈められるかもしれない。

 次の輸送船を護衛する為、2隻の装甲巡洋艦はヒロでの待機を命じられた。

 マウイ島のアメリカ軍は、海上からの支援を受けられなくなった。

 イーガン准将は

(それならそれで構わん!

 功績は全て自分の物で、不名誉な称号もこれで拭い去れる)

 と思っていた。




 リリウオカラニ女王は豪運だったと言って良い。

 或いは何者かに守護されているのか。

 彼女は最初から

(アメリカは停戦協定を守る意思は有るのかしら?)

 と疑問を持っていた。

 幕府からの依頼で正月(マカヒキ)停戦を呼び掛けたものの、1887年は夜間に銃剣を持って宮殿を襲い、1892年は嫌がらせの限りと唐突な独立宣言をした相手の親玉である。

 休戦破りくらい有るだろうと思っていた。

 だがそれを態度に表す事は無く、ずっとラハイナの仮王宮で黒人脈と金儲けの企みをしていた。

 それが数日前、急に

「別荘地に行きたくなりました。

 ここに居る全員、お供をしなさい!

 議員たちも来られる者は皆、着いて来て下さい。

 ラハイナに残ると、きっと後悔します」

 そう言ってアシュフォードに留守を任せると、慌ただしく出かけてしまった。


「リリウ姐さんには、アメリカの動きが読めていたんですか?」

 銭金面での側近の黒服が聞く。

「いいえ、虫の知らせというか、超常現象みたいなものでしたわ」

「よろしければお聞かせ下さい」


 リリウオカラニはその日、寝付けなく、随分と汗をかいたそうだ。

 ふと窓辺を見ると、8年前に亡くなった兄のデーヴィッド・カラカウアが立っていたという。

 リリウオカラニが知っていた兄の顔とは違い、血の気が引き、目に緊張感があった。

 声をかけようとしたら、スーッと消えてしまったという。


「それで、何か有るんじゃないかと思って、急いで移動したんです」

「へええーー」

「呆れてますね」

「呆れますよ。

 悪夢を見ただけでこんな大移動、どうにかしてますよ」

「逆に聞きますが、もし貴方が同じような夢で、『断罪者(ウリエル)土方』が出て来たら、どうします?」

「…………怖い話しないで下さい。

 夢の話とはいえ、ゾッとします」

「私はそのゾッとした感性に従って行動しました。

 まあ、今回はそういう事でよろしいのではありませんか?

 外れていたら恥をかいたのは私ですし、私自身よく説明出来ないのですから」

 そこで、別の側近である内務省の相馬主計の姿が目に入った。

 彼はその話を聞いても何も言わない。

 新撰組が築いた諜報網を引き継いだ彼が全く焦ってなく、涼しい顔をしているという事は、そういう事なのだろう。

 黒服は含みを持ってこう呟いた。

「やはり姐さんは運がお強いのかもしれませんねえ」


 リリウオカラニ謎の脱出は、結局理由の説明がつかないという事になった。

 直感が冴え渡ったという事だ。

 王家にはマナという霊力があるとされる為、庶民は「カラカウア家は西洋化して霊力を失ったのではなく、まだマナや神々の加護を持っていたのだ」となり、改めてカラカウア家を崇拝するようになる。


 一方、霊力とか夢見とか、そんなオカルトの入る余地が少ない軍事において。

 ヒロ沖を脱した三浦分艦隊は、ハワイ島を時計回りに移動し、コナに到着した。

 ここで輸送船とも合流し、ロバート・ウィルコックス大佐率いる部隊をマウイ島に運ぶ事になっている。


 イタリアで軍事教育を受けたマウイ島出身の将ウィルコックスは

「我が故郷を土足で踏みにじる輩め、許さん!」

 と腕を撫していた。

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