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正月休戦

 ワシントンD.C.ホワイトハウス。

 大西洋艦隊司令官ハンプトン提督、遊撃艦隊司令官シュレイ提督、海軍戦略研究の大家マハン大佐がマッキンリー大統領に呼ばれていた。

 大統領の隣には海軍長官デイビスが居る。

 話題はハワイへの侵攻についてであった。


 マハンは

「我々はハワイに対し、スペインに対してのものと逆の事をした。

 スペインに対しては過大評価を、ハワイに対して過小評価を。

 元々太平洋に居た戦艦『オレゴン』をキューバに回航し、再度太平洋に戻す無駄な事をした。

 この往復の数ヶ月が無駄だった。

 この無駄を取り戻す必要だが、私は必要無いと考える。

 『オレゴン』と『ブルックリン』に加えて、装甲巡洋艦『ニューヨーク』を予定通り太平洋戦隊に配属すれば足りる。

 無意味に大西洋艦隊や遊撃艦隊を動かすと、今度は大西洋が手薄になる。

 艦隊を無駄に動かすだけで、我々は軍事的空白を作ってしまう」

 マハンの言に、現役の提督2人も同意した。


 大統領はやや不満だったが、それで行く事に決めた。




 数日後、1899年ニューイヤー。

 大統領がまた悩む知らせがもたらされた。

 フィリピンでエミリオ・アギナルドがフィリピン共和国成立を宣言していた。


 アメリカはアギナルドを裏切った。

 スペインとの戦争において、アギナルド率いる独立軍を利用した。

 その後、アメリカはスペインからフィリピンを購入、新領土とした。

 アギナルドの独立宣言は、このアメリカの背信に対する宣戦布告と言って良いだろう。

 アーサー・マッカーサーJr.から

「合衆国としてはフィリピン独立は認められない。

 しかし、叩き潰すにしても、我が軍は昨年から補給を受けていない。

 補給と増援を!」


 補給物資の集積地であり、輸送船の拠点である真珠湾が現在使えないのだ。

 マッカーサーには関係ない話なので

「何とかしろ、この無能が!

 去年の夏までは普通に使えてただろ!」

 となる。


 そのハワイからは、リリウオカラニ女王の名前で、

正月マカヒキが来たので停戦しましょう」

 という気の抜けた申し出が来た。

 ハワイではプレアデス星団が見える4ヶ月程はマカヒキと言い、血を流す戦いはしないという。

(遅れた国はこれだから……)

 と言いたかったが、アギナルドのフィリピン共和国を先に片付けるには都合が良かった。


 マッキンリーは停戦を受け入れる。


 しかし、これは狡猾な罠だった。

 女王の指示で、ハワイ王国の下のホノルル幕府とアメリカ合衆国が停戦する、随分と格落ちしたものである。

 ヨーロッパ各国は嘲笑う。

 大統領は悔やんだが、もう今はフィリピンを先に片付ける事に専念する他ない。

 ヒロの防衛には装甲巡洋艦「ブルックリン」を残す。

 戦艦「オレゴン」の艦首の応急修理は済んだが、本格修理の為にサンフランシスコに戻す。

 同様に防護巡洋艦「オリンピア」と「フィラデルフィア」も修理に回す。

 防護巡洋艦「ボストン」「ボルチモア」は護衛をしながらサンフランシスコに一旦帰港し、補給と整備を受ける。

 その後に、先に修理を受けていた防護巡洋艦「ローリー」と共に戦隊を組み、フィリピンへの補給船団護衛の為に出撃する。

 マハンは必要無いし回航中の時間だけ軍事的空白を作ると言っていたが、明らかに手が足りない為、大西洋から装甲艦を太平洋に回す。

 4ヶ月の休戦期間中に全てをやっておく必要があろう。

 大統領は新年の祝いは返上して、陸海軍と協議を続ける。


 アメリカ国内では、マッキンリーの戦争指導力を疑う声が出ていた。

 鉄鋼王アンドリュー・カーネギー、小説家で新聞記者のマーク・トウェイン、前大統領のグローバー・クリーブランドらの一団からである。

 彼等もこのまま敗北は認めないが、それにしても

・なし崩し的に戦略も無しにハワイと戦争になった

・しかもハワイは敵対国ではなく、友好国で、何もしなければそのまま真珠湾は使用出来た

・方針も無く行き当たりばったりだった為、ルーズベルト氏という有能な人材を失った

・十分な戦力を用意しなかった為、既に巡洋艦1隻を失い、戦艦を中破させられた

・そして現在、太平洋上の重要な拠点真珠湾は使用不能となってしまった

 というのは戦争計画の杜撰さを示す格好の証拠である。


 フィリピンへの対策も

・そもそもフィリピンはスペインの手から解放するのが目的だった

・スペインからアメリカへと統治国が変わるだけなら、米西戦争の意義に反する

・アギナルドを利用し、裏切ったのはアメリカで正義に悖る

・ハワイを敵に回した為、フィリピンに勝つとしても、途中の中継地はミッドウェー島とグアムしか無く心許無い

 と批判する。


 戦争を煽ったマスコミは、今は掌を返して、マッキンリー政権の批判に明け暮れていた。




 ヨーロッパの社交界にて。

「親愛なるビクトリア、ご機嫌よう」

 このビクトリアは英国女王ではない。

 ハワイ王女カイウラニのファーストネームである。

 彼女の正式な名乗りはビクトリア・カウェキウ・ルナリオ・カラニヌイアヒラパラパ・カイウラニ・クレゴーン。

 スコットランド人アーチボルド・クレゴーンが父親である。

 彼女は最近健康を害していたが、多くのイギリス人上流階級から愛されていて、しかも米布戦争におけるハワイ側の代弁者である為、新年のパーティや大使館主催の式典には顔を出していた。

 最近では外交慣れしたもので、アメリカ大使とあってもニコやかに微笑みかけて握手を交わす。

 紳士的な相手には

「お国との間の蟠りが、一刻も早く無くなるようお互い努力しましょう」

 と言い、挑発的な相手には

「それがアメリカンの礼儀なのですね、よく理解出来ました。

 ですがここはヨーロッパです。

 田舎臭い作法はお国の中だけに留めておいた方が、国の恥になりませんわよ。

 無論、ハワイにも持ち込まないで下さいね」

 と厭味で返す。

 英国紳士淑女は、嫌な奴に痛快に言い返す者に拍手喝采を送る。


「プリンセス、聞きましたよ。

 昨年のクリスマスの戦いで、ハワイ軍が見事な勝利を収めたようですね」

「そのようですね。

 私はあまり血腥い事に詳しく無いので、詳しい事情は答える事が出来ませんわ」

「気に障るかもしれませんが、私どもはハワイが無事に今年を迎えられるとは思っていませんでした。

 お許し下さい。

 ハワイ軍の強さに乾杯いたしましょう」

「その前にお聞きしたい事がございます」

「何でしょうか?」

「一体いくら、お賭けになりました?

 私でも当事者で無かったらハワイが負ける方に賭けますわよ」

「ハハハ、プリンセス、残念ながら戦争に賭ける事とイカサマは紳士はしない事です」

「そうですか。

 では1ポンドの損もしていないのですね?」

Exactlyそのとおりでございます!」

「では心置きなく乾杯が出来ますね」


 カイウラニの周囲には人だかりが出来ている。

 立ち話に花が咲く。

「プリンセス、私はハワイについて怖い噂を聞いたのですが?」

「まあ、何でしょうか?」

「『断罪者(ウリエル)ヒジカタ』って何ですか?

 『切り裂きジャック』と同じようなものですか?」

 カイウラニは吹き出しそうになったが、何とか堪えた。

「そんな怪談上の人物ではありませんわ。

 人間ですよ。

 意外にハンサムな殿方です」

「ほほお、そう言えばプリンセスは日本人との婚約話があったとか聞きましたよ」

「そうですねえ。

 あの時はそれこそ『断罪者(ウリエル)ヒジカタ』の全盛期でしたからねえ。

 私、日本人は皆『首置いてけ~』と刀を振るう蛮族と勘違いしていましたから、泣いて嫌がったものでした」

 爆笑が起こる。

 こういう事を地道に繰り返し、カイウラニはハワイシンパを作っていった。


 同じく1899年1月1日、ドイツ帝国ベルリン。

 ドイツはフランスと敵対している為、イギリスの伝手で榎本武揚はドイツ入りしていた。

 ある海軍将校の客人として榎本はパーティに参加している。

 酒はほとんど飲まず、ある時点で別室に移動した。


「確認するが、我がドイツ帝国はハワイとは同盟関係に無い」

「承知しています」

「我々の行動はあくまでも我々の為である。

 そこを承知の上で話し給え、ヘル榎本」

「私はドイツに何かをして貰おうと、頼みに来たのではありません。

 だから、私の言う事が得になると判断したら動いて下さい」

「うむ」

 榎本はドイツに現在のアメリカ海軍太平洋上の展開を図で説明した。

 ドイツにはまだ情報が届いていない為、彼がスペインで仕入れたフィリピンのアギナルドによる独立宣言は「おそらく今日にも起こるだろう」という説明になっている。

 榎本は戦艦「オレゴン」の損傷具合を正確に把握していない為、そこも隠さず話した。

 ドイツ海軍将校に混じり、ドイツ陸軍参謀本部所属の軍人も話を聞き、地図を見つめていた。




 ハワイ王国ラハイナ。

 イオラニ宮殿が一部焼損していたり、戦時用のバリケードを作ったりと見苦しい為、大君徳川定敬と将軍クヒオはラハイナの仮王宮を訪ね、新年の祝いをしていた。

 ラハイナは、アシュフォード准将及び議会からの「当市は戦争に関与しない」という声明がアメリカに届いたせいか、アメリカの戦略上の理由か、戦火に見舞われていない。

 故にここにはまだ各国の資本がある。

 女王、大君、将軍、そして議会の議長は形式である式典を終えると、現実的な話し合いに入った。

 具体的にはアメリカ軍に焼かれたホノルル復興計画である。

 結局、最も金を持っているラハイナ資本がホノルルを侵食する事になるが、それはやむを得ない。

 黒駒勝蔵はラハイナの金でハワイ全土と幕府を「買う」と豪語していたが、今でもその流れは変わっていないようだ。

 カリスマ指導者が居ないから、利権だけが問題で、政策や軍事行動に制約を受けないというのが黒駒死亡の最大の受益項目である。


「早く戦争を終わらせろ、予定なら来年からワイキキのリゾート開発で一儲けするんじゃ!と五月蠅いので、テイケー公、クヒオ、出来るだけ早く戦争を終えて下さい」

「恐れ入り奉る。

 老中榎本も、カイウラニ殿下も欧州において精励している様子。

 我々も負けず、討ち払いを成功させる所存で御座います」

「義母上、今年は昨年より厳しい戦いと、外交の舵取りが求められるでしょう。

 ハワイ王国存続の為、命を賭する覚悟に御座います」


 幕府軍は休戦4ヶ月がそのまま守られるとお人よしな考えはしていない。

 だが、アメリカの事情的にも1月中は動けないと見ていた。

 その間に陸海軍とも立て直しをせねばならぬ。


 こうして1899年は明けた。

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