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いや、国作るぞ!~ホノルル幕府物語~  作者: ほうこうおんち
変わりゆく取り巻く状況
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幕臣、大名たちの殖産興業

 新撰組がその男に会ったのは、全くの偶然からだった。

 屯所としている建物の修繕を、現地人の大工に頼んだ。

 大工が作業しながら歌を歌ったりするのは、この国ではよくある事だった。

 だが、ある男の歌に原田左之助は驚き、警戒した。

「土佐の~コーヒーの~qwerty橋でええ~♪

 フォースがカンザシ、カイオーダ~♪」

 歌詞は思いっきり無茶苦茶だが、これは「よさこい節」だった。

 そう、彼が京都で活動していた時、警戒すべき攘夷志士の一派・土佐脱藩、彼等が酒を飲むと口ずさんでいた歌だ。

 原田は、その男を「気に入ったから、酒でも飲もうか」と誘った。

「酒は嫌いです」

 と言われたが、家に誘われて食事する事になった。


 その男の家には、相当に現地化していたが、顔の作りからして日本人が居て、酒を飲んでいた。

 それは彼が警戒した、土佐浪人にはとても見えなかった。

「パパ、日本のサムライだよ。お客さんだよ」

 そう紹介されたが、男は妙にオドオドしていた。

「もう徳川様の世じゃないろぉ聞いちゅうが、ホンマですろおかの?」

「ほーじゃが」

「?? 訛り聞くに四国の方ですろぉか?」

「わしゃ、伊予松山ぞな。おどれは土佐モンかの?」

「……捕まらん?」

「?? 悪い事でもしよったか?」

「うんにゃ! わしは天保十二年に沖に流されて、アメリカ商船に助けられて、ここに住み着いたきに。

 ほじゃけど、徳川様の世じゃと海を渡れば罰せられる。

 まあ、仲間も万次郎がその徳川様に雇われたチ聞いちゅう。

 もうそんあ事ぁ無いろうが、そいでもわしぁ、怖くての」

 そう言って男は酒をグビグビ飲んでいた。

 彼の子の大工がそれを悲しそうに見ている。


 その日の事を、原田は土方に報告した。

「中浜万次郎のツレか! ここに居たんだな……」

 有名人のジョン・万次郎を土方は知っていた。

「その息子の大工は、日本語を話せるのか?」

「土佐弁なら多少話せるぞ」

「……それでは使えんな……。

 だが、一度会いたい。俺に紹介してくれんか?」


 土方は、土佐の漁師・寅衛門の一家に会った。

 そして、大工をしている長男ではなく、その手伝いをしている弟の方を気に入った。

 彼を誘い、ハワイ人の使えそうな者を集めさせ、彼等を密偵として雇った。

 寅衛門の次男には「虎二(とらじ)」という仮の名を与え、新撰組諸士調役兼監察として密偵の情報収集役に任じた。


 それが昨年の話で、ハワイ人の密偵はハワイ中の噂話を拾い集めていた。

 専門の諜報員で無い彼等には、危険な目に遭わせると辞めてしまう事も考えられる為、市井に流れている噂や港で外国人が話している事等を聞き取るに留めていた。

 そうして集めた話を「虎二」が報告して来る。


 今年になって虎二が集めた情報は、新撰組の扱う範囲外のものだが、聞くに深刻なものだった。


『捕鯨船の数が減り、船の底を修理する仕事が暇で困ってる』


『ある酋長が白檀を売ろうとしたが、山の奥に行っても、もう約束した数は生えていなかった。

 約束破ったとして、その酋長の土地が白人(ハオレ)に獲られた』


『サトウキビが売れない、売れないと、雇い主の白人(ハオレ)が頭を抱えていた』


白人(ハオレ)たちが王様に、アメリカと交渉しろと言ってるが、王様は無視してるみたい』


 要は、景気は悪くなっている兆候が出ている。

 カメハメハ5世は、郵便局を立て、王宮を建造し、と湯水の如く金を使っている。

 数年前に津波災害で被災した孤児たちを育てる為の資金も出している。

 ハワイは

 ・港湾の使用料

 ・捕鯨船がひっきりなしに入港する事で落ちる港町の収入

 ・捕鯨船や商船の船底を掃除する潜水士としての現地人の収入

 ・砂糖の輸出による収入

 ・白檀の輸出による収入

 で経済的に潤っていて、そこから集まる税金で王家も豊かだった。

 だが、そこにどうも不況の気配が忍び寄って来た。


 土方は国王直属の治安部隊司令官であったが、経済関係は口出しする立場にない。

 そこにはイギリス系白人と、如何に王が嫌おうともアメリカ系白人がいて、財政を行っていた。

 嫌な気配はするが、専門家で無い為に土方には、はっきりした事は言えない。

 彼は、かつての知り合いたちを訪ねた。




 永井玄蕃や松平太郎たちの農園は順調なようだった。

 ここの日本人は、厳しい主従関係に置かれていたが、それでもまだ多少は裕福そうだった。

 土方は挨拶を交わし、幕末以来のかつての上司に話を聞く。

 実は彼等も景気の悪化を感じ取っていたようだ。

「ここでは、国王の命令によってサトウキビも植えている。

 我々が食うのは米だから、食っていくには困らない。

 酒も米から作るから問題無い。

 だが、税を払う為には砂糖を売らねばならぬ。

 用人たちが言うに、元より白人たちの力が強く、新参者の我等の物は売れなかったが、最近はさらに売れぬようだ。

 アメリカに売っている商人たちの蔵には、売れない砂糖が山と積まれていて、我々新参者から買うどころではないそうだ。

 そこで我が方としては、エゲレスやフランスの方に売る船商人と懇意にしておる」

 永井が語った。

 イギリス系商人と近づいた事で、この農園にはもう一つ産業が生まれつつあった。

「エゲレス人は茶をよく飲む。

 そこで茶木を取り寄せてな、植えてみることにした。

 それと、書状を送って本土より瀬戸物職人を呼んだ。

 茶器も作らせようと思う。

 エゲレス商人も多いなら、売れるかと思うての」

 この窯業には水田の土が有効だが、そうなるまでには十年以上必要である。

「そうしたら、思ったよりも炭が必要となった。

 炭焼きや木こり仕事もさせる事になる。

 色々とやらねば、我々も生き抜く事が出来ぬ。

 ……ついて来た者どもを食わせてやらねばならぬからな」


 旗本連合農園を辞した翌日、土方は比呂藩ホノルル家老の西郷頼母を訪ねた。

「おお、土方殿。お久しゅうございます」

「会津様には何かとお世話になっております。

 先だっても佐川殿他、剣術の達人を与力して下さり、真に感謝しております。

 土方が礼を言っていたと、会津の大殿にお伝え下さい」

「承りました。時に佐川殿は達者でいられますか?

 佐川殿はそれがしには会う気など無いでしょうが」

「市中見回り役なれど、『武士に戻れたわい』、と喜んでいましたぞ。

 折を見て、頼母殿に会うように言ってみましょうか?」

「いやいや、お構いなさいますな」


 挨拶を終え、本題である「比呂松平家は不況の気配を感じているか?」と「何か手を打っているか?」を聞いてみた。

「いや……。どうも都を離れてしまいますと、世の中の事に疎くなりますようで。

 会津におった時は、それがしが国家老、皆が京都守護職で逆でしたが。

 さて、比呂にて採れた物を売る蔵屋敷の役割をこの上屋敷で行っておりますが、如何様(いかさま)売れぬようになって参りましたな。

 しかしながら、比呂のご家中は様々な工夫をしておりますぞ。

 家に一本、果物の樹を植え、育てておりますそうで。

 また、先日の新たな移民で、斗南や会津より身内を呼び寄せましたが、その時にカラムシの種を持って参りました」

「カラムシ? はて?」

青苧(あおそ)を作る草です。

 この国は余り布を作ってはおらぬようで、青苧も作れば売れましょう。

 蚕も持って来たようですが、はてさて、この地で上手くいくかは試しものです。

 (はぜ)の木も持って来たので、ロウソクを作る事も出来ましょう」

 さらに紅花、藍、綿の種も持って来て、育つかどうか試すと言う。

 そう話す西郷の表情はどこかほろ苦かった。

 土方がそれを指摘すると、苦笑いしつつ

「これは我等が天保の頃に、余りにも借財だらけだったので、お勝手(財政)を立て直す為に既にやった事なのです。

 お陰で会津は立ち直る事が出来申した。

 しかし、それが良くなかったやもしれませぬ。

 蓄えがあり、しかも家中の忠義が強く、武芸も盛んだった会津には、それ蝦夷地の警固だ、それ房総の見回りだとご公儀からお役目を与えられるようになりましてな。

 挙句の果てが京都守護職です……」

(聞くんじゃなかった)

 土方はそう思った。

 彼の新撰組の給金、結構な大金は、そういう会津から支払われていたのだった。

 そして、京都守護職を務めた数年で、会津の財政は徹底的に悪化し、百姓たちに重税を課していたのだ。

「今度こそは、我々の金は我々の為に使いたいものです」

 そういう西郷に、土方は苦笑を返す以外出来なかった。




 数日後、土方は榎本武揚の執務室に顔を出した。

 彼はカメハメハ5世の元に赴いたり、日本人部隊を整備する榎本武揚・大鳥圭介と相談したりと、やや政治的な仕事が多く「総裁」という職に就いていた。

 純粋に隊士を統率する「局長や副長に戻りてえ」とボヤくものの、現局長相馬主計からしたら

「奉行並のお役目の方が、何かあれば刀を持って切り込んでいくとか、いい加減にして欲しい」

 らしい(笑)。


 仕事の話を済ませ、幹部たちは茶を飲んだ。

 その時、土方は旗本の農場で茶栽培を始めようとしている事、元会津の比呂では「天保の改革」を再度行い、殖産興業をしようとしている話をした。

「そういう地道な方が良いのかな。

 俺は造船所とか蒸気機関を造る機械工業を考えていたが」

「榎本さん、それは無理あります。

 ハワイの人口は外国人も合わせて約十万人。

 大体十万石から二十万石の大名並の人手しか無いのですから」

「そういえば、訓練航海で隣のカウアイ島に行き、酒井様とお会いしましたが、あそこでは漁業もはじめたそうです。

 本土の商人とも手を組んで、本土に香木等を売り込んでいるそうです」

「日本か? 金回りは今、どうなんだ?」

「分かりませんが、香木等の欲しがる者は、大枚はたいてでも買う為、酒井家、いや本間家ですかね?

 そこは十分に儲けを出しているようですよ」


 様々な情報が飛び交った。

 幕臣・佐幕派大名はハワイで生き残る為、様々に産業を作ろうとしていた。

(石田散薬ハワイ店でも作ろうかな……)

 そう思っては、否定する土方であった。


 全てが失敗したわけではなく、全てが成功したわけでもない。

 この時始めたいくつかの産業は、ハワイ王国に根付き、国の経済を支える事になる。

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