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ハワイ島戦線(前編) ~ルーズベルト対立見尚文~

 セオドア・ルーズベルトの作戦行動は、立見尚文の防衛計画の裏をかいた。

 立見は、アメリカからハワイ島を狙うとするならヒロを上陸地点にするだろうと、そこに一個大隊と水雷戦隊を置いた。

 コナ付近、キャプテン・クック上陸地点も無視してはいなかったが、こちらは要塞がある為、迎撃可能である。

 ホノルル幕府もアメリカの情報を欠いていた。

 デューイ艦隊とルーズベルト軍が北ライン諸島キングマンリーフで合流し、南から来るとは想定外だった。

 新兵主体とはいえ、総兵力1万3千人以上のカウアイ島は、三ヶ所想定された上陸地点全てに警戒部隊を置き、どこから来ても対応可能となっていた。

 それでも海峡側に配置した水雷戦隊は無駄となった。


 立見は江戸時代後期の佐久間象山や村田蔵六(大村益次郎)の論を思い出していた。

 無二念異国船打払令において、老中水野忠邦から砲台での国防について意見を求められた佐久間象山は、国が全て海岸線で覆われている以上、砲台は莫大な数を必要とし、その方式では防御不可能と結論を出した。

 後の兵部卿大村益次郎こと、江戸幕府蕃書調所教授方村田蔵六も、四方皆海の日本で砲台(台場)建設は全域を守り切れない上に、完成までに時間がかかり、出来た時には性能上昇した艦隊の砲撃力に対応出来ず、予算の無駄と言った。

 ハワイにおいて、台場に相当するのが水雷戦隊である。

 日本と同じく四方皆海のハワイでは、担当範囲の小さい水雷戦隊が幾ら有っても足りない。

 それを補う為に内海艦隊の機動部隊や、外洋艦隊がいる訳だが、実際の戦争となった今、主戦場以外ではその構想は機能していない。


(フランスの海軍戦略は間違っているのではないか?)


 陸軍の戦争の達人が真っ先に気づいた。


 ハワイ島防衛ではもう一つ想定外があった。

 長らくハワイ島を守備していた相棒の山川浩少将が、この2月病死した事である。

 会津藩家老の出で、比呂松平家にあっても家老、比呂城代であり、陸軍でも第九大隊長から開幕後は二代目第三旅団長となっていた。

 若年の松平容大が幕閣としてホノルルに詰めている為、当主代行としてハワイ島の酋長社会の纏め役、日本人社会の政治責任者、軍事の司令官を務めていた。

 山川が生きていれば、彼を要塞に置いて統括役、自らは遊撃部隊を率いる、或いはその逆でも良かった。

 山川が居ない以上、立見は要塞を動けない。

 だが彼は楽観的だった。

(慌てて状況が改善される事も無い。

 不利なら不利で、そう念頭に置いて戦えば良いだけだ。

 負ける……とは不思議に思わん)




 要塞の裏に上陸しながら遠回りしてヒロを目指すルーズベルトには、立見の裏をかくのが目的ではなく、もっと真っ当な理由があった。

 キャプテン・クック上陸地点等、軍隊の上陸地点には良いが、大規模に物資を揚陸するには適していない。

 港湾設備が整ったヒロこそ最適である。

 だが敵もそれは分かっているから、海から攻めれば阻止砲撃や水雷艇や砲艇の攻撃で、上陸前に犠牲を出す事になりかねない。

 だから、安全な場所に上陸して、陸からヒロを攻略するつもりだった。

 さらにそこには東洋式城郭があり、陥落させて見せしめにも最適である。

 途中途中で馬を調達しながら、1万のラフ・ライダーズはヒロへ進軍する。


 ヒロには、旧会津藩兵主体の第九大隊と、その先代たち予備役兵たちの後備歩兵第九大隊、比呂山林兵戦隊(日本人とハワイ人の林業従事者による民兵部隊)、それに水雷戦隊が駐留していた。

 通報により、陸から大軍が接近している事、威力偵察したところ三千人は軽く超えている上に練度も高い事が確認された。

 軍議を開き、電話で立見少将の許可を得てから軍使を遣わす。


「ヒロ守備隊は、町を無用な戦火から守るべく、比呂城に撤退する。

 貴官には無辜の市民を攻める事無きを希望する」


 ルーズベルトの周囲は無血占領を喜んだ。

 ルーズベルトは申入れを受け入れつつ、別な笑いを浮かべていた。


(日本人の間抜けめぇ!

 市民を守る為とか、戦略を知らぬものの綺麗事よ。

 私の狙いは港湾施設なのだ。

 もし敵将がこのテディならば、市民を巻き込んで血みどろの市街戦の挙げ句、港湾に火を放ってから撤退するわ!

 無血以上に、無傷である事が上々の成果よ!)

 その一方で

(この高潔さ、南北戦争で都市を破壊し尽くした我々に足りぬものやも知れぬ。

 アメリカが一段上の国家に生まれ変わるには、奴等のブシドーとやらも学ぶ必要があるかも知れぬな)

 そうも考えていた。


 何にせよヒロを無血で奪取したルーズベルトは、ここに司令部を置き、電話を使って増援を要請した。

 知らせはキングマンリーフのデューイ艦隊にも届き、艦隊は何も無い環礁を離れ、策源地と化したヒロ港を目指した。


 ルーズベルトも本土の戦争指揮者も知らぬ事ではあったが、ヒロを無血占領した日の晩、カウアイ島ではアメリカ軍が酒井玄蕃隊による夜襲を受けていた。

 それから2日に渡る追撃戦で、外傷以上に深刻なトラウマを刻まれてしまう。


 ルーズベルトはヒロでの略奪を禁止した。

 アイビーリーグの仲間という、アメリカでも高学歴な層から成るこの部隊は、他の南北戦争やインディアン戦争の野蛮な司令官とは違い、紳士的に振る舞った。


 ……一方でカウアイ島では、アイビーリーグ卒のアメリカの頭脳が多数失われたり、一生消えないトラウマにより、毎夜北斗七星に魘される困った事態になったのだが。


 味方が橋頭堡に押し返され、断罪者ウリエル土方とか北斗七星に怯えているのを知らず、ルーズベルトは二週間をヒロでゆったりと過ごした。

 デューイ艦隊の入港、本国からの増援を待ち、英気を養ってから比呂城攻略に出た。


 比呂城は城主不在で、今の城代家老の梶原平馬と老人から成る玄武隊が城を守っていた。

 だが平馬と比呂玄武隊は、

「近代軍に長らく関わっていない自分たちより、若い者に指揮を任せる」

 と言い、自らは一兵卒として働くと告げた。

「儂が身を引いた以上、絶対に城を落とされてはならぬ。

 会津は既に一度落城の屈辱を味わっておる。

 もう二度と落とされてはならぬ。

 前回は守り抜いた。

 此度、敵は更に強いが、それでも落とされてはならぬ。

 ならぬものはならぬ。

 にしゃも会津武士の子なら、分かんべ?」

 戊辰は遠くなったが、会津者は会津者だった。

「大殿、若殿に恥かかす訳にゃいかんべ!」

「死んでも守っぞ!」


 比呂城は会津若松城の縮小コピーである。

 天守閣を狙えば簡単に砲撃出来る、砲撃を考慮した設計で弱点もそのままだが、強力な部分もそのままである。

 戊辰戦争で敵指揮官を何人も射殺した北出丸、通称「みなごろし丸」と二の丸の十字砲火クロスファイアポイントは、サーストンのクーデターにおいても併合派の軍を撃退した。

 そしてそこは、更に強力に改造されていた。


 砲撃で比呂城をボロボロに叩き、ルーズベルトは歩兵突撃を命じる。

 しかし、完全にトーチカ状に改造された北出丸と二の丸銃座は無傷であった。

 そこに設置された一門ずつのマキシム機関銃が火を噴く。

 十字砲火を浴びる場所で、水冷機関銃の絶え間無い銃撃を浴びたアメリカ軍は思ってもみなかった損害を出した。

 ルーズベルトは驚き、損害を拡大させない為に即座に後退を命じる。

 そこに玄武隊の老武士が

「さあ、儂を殺してみろ!!」

 と叫びながら突撃をかけて来た。


 ルーズベルト自らピストルを撃ち、馬上からサーベルを叩きつけて防戦し、全軍を機関銃射程外に後退させる事に成功した。


「城は見た目、廃墟になったな」

「ええ、見た目は……」

「ここにはヒロの町と、城兵を防ぐだけの兵力を残し、他はハワイ島各地を転戦しよう」

「どういう事だ、テディ?」

「私が甘かったよ。

 あいつらはキューバで戦ったスペイン軍より強い。

 所詮他人の土地である植民地を守る部隊とは比較にならない。

 城は簡単には落ちない」

「そうだな」

「ハワイ人への宣伝で、城は落ちた事にする。

 だが、それだけだといずれ真相はバレる。

 そこで各地で少数の迎撃部隊を叩きまくり、何度も敗北を味わわせる事で負け犬とし、我々の恐怖を刻み込むのだ。

 敵の士気が高いこのままでは城も要塞も落とせない」

「焦るなよ、テディ。

 来月には2万人の増援が来るだろ?」


(だからこそ戦果を挙げておきたいんだよ!)

 と大統領を視野に入れている政治家軍人は考える。


 故に遊撃隊の指揮を誰かに委ねる事も考えてはいなかった。

 ルーズベルト中佐は、協力者で上位指揮官であるレナード・ウッド准将にヒロを任せると、友人たち3,500人程を率いて出撃した。


 余談だが、ハワイ王国でも辺境に当たるこの地域に、ほとんどの国は観戦武官を出していない。

 唯一、スネル兄弟が会津藩時代に武器取引をしていた縁で、ドイツ帝国だけが武官を派遣していた。

 彼は戦闘終了後、見舞いと称して酒を持参して比呂城に入る。

 そして、北出丸と二の丸の十字砲火構造を見て舌を巻く。

(機関銃は敵正面に置いて敵を食い止めるのに用いるより、側面に置いて、十字砲火を以って敵を鏖殺するのが有効な使用法であろう)

 彼はドイツ陸軍参謀本部に報告書を送った。




「ウィルコックス大佐、よく来た」

 マウイ島守備に回っていたウィルコックスを立見は呼び寄せていた。

「呼んでおいて留守番とはなんだ!

 俺に戦わせろ!」

 相変わらず戦意旺盛で頼もしい。


「戦争はまだ始まったばかりだ。

 君が鍛えている純ハワイ人部隊も、まだ訓練途上だろ。

 ここは訓練がてら、要塞の設備や新装備に慣らしておいてくれ。

 今回は俺が出る」


 立見尚文は2個大隊と騎兵1個中隊を率いて出撃した。

 兵力は1,700人程度。

 アメリカ軍に比べて圧倒的に少ない。

 だが、フランス人軍事顧問をして「ナポレオン時代に生まれていたなら、二十代で将軍になっていただろう」と言わしめた天才は、ミトライユーズやガトリング砲の頃から、如何に機関銃を歩兵や騎兵に随伴させるかを研究していた。

 そして、水冷式のマキシム機関銃ではなく、それより軽い空冷式のオチキス機関銃を、銃身と二脚部と弾薬とに分けて騎兵に運ばせていた。

 山砲も同じく分解して馬載した。

 騎兵指揮官からしたら馬鹿にされたと思うだろうが、立見は騎兵を偵察任務と「分解可能な火器の運搬手段」とに使用している。


 ルーズベルトの前に、フランス人から見ても「戦争の名人」と言われた男が立ちはだかろうとしていた。

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