カウアイ島戦線 ~鬼玄蕃の采配~
カウアイ島に上陸したアメリカ軍7千人は、進軍早々に幕府軍の攻撃を受けた。
キューバで実戦を経験して来たこの軍は冷静に隊列を組み、反撃の砲撃を開始、銃撃と移動で幕府軍を逆に撃ち返せる位置に移動、そして撃退に成功した。
だが幕府軍は執拗だった。
翌日もその翌日も、日に数度は襲撃があり、数十分から数時間の短い戦闘をしては撃退される。
アメリカ軍はその度に勝利を収め、喜ぶものの、余りにも度重なる攻撃に辟易し始めていた。
輸送船から十分な数の大砲も大量の弾薬も持って来たものの、そう何度も何度も使っていると消耗する。
上陸4日後には、上陸軍は方針の立て直しを図る。
一向に心が折れない敵軍だが、攻撃して来るのは少数の部隊で、本隊ではない。
本隊は事前の情報通りワイメア要塞という場所にいる。
少数の部隊は消耗狙いで、本隊によって制御されているから、撃退を繰り返せど攻撃は続く。
だったら急行し、要塞に籠る本隊を叩くべきであろう。
別な意見もあった。
この敵の練度から見ても警戒すべきである。
上陸地点を維持し、後続を待つべし。
それには多くが消極的に過ぎると言う。
事前情報で、このカウアイ島を守るのは幕府軍第二旅団とやらで、3個大隊、約2千人である。
幕府の旅団は4個大隊編制だが、カウアイ島とハワイ島のそれは1個大隊欠で3個大隊編制なのだ。
平時の予算削減の為である。
戦時の今、仮に予備役を招集して4個大隊編制にしたとしても、兵力は3千人に届かない。
最大の兵力と見てもアメリカ軍は幕府軍の2.5倍、要塞を攻めるのに必要とされる3倍には足りないが、まあやれない兵力ではない。
意見を戦わせた後、全軍で要塞を強襲するという事に決まった。
橋頭保を守る兵力を残すと、要塞を攻めるには兵力が不足する。
キューバで敵の要地を1日で奪った戦いのように、全軍一丸となって当たろう。
そう決まり、アメリカ軍は古い地図を元に、酒井家邸宅と要塞とがあるワイメア峡谷を目指し、進軍する。
途中やはり少数の幕府軍から攻撃を受けるが、無視するか、軽く反撃して一蹴する。
この要塞外に配置されている兵力は全部で千人程にもなる。
要塞には半数の兵しか居ない。
つまり幕府軍は、要塞の外と中で連携して戦うつもりだったのだろう。
諜報員からの急報も無い。
このまま攻めよう。
ワイメア峡谷の酒井邸。
ここには多くの国の従軍記者が詰めている。
「諸君、おはよう」
「酒井中将、おはようございます」
「明日、要塞への攻撃があるだろう。
諸君らは特等席で観戦して欲しい」
「では私は中将の司令部に居たいのですが」
「よかろう。
外だから、流れ弾に気をつけてな」
「え? 要塞内に行くのではないのですか?」
「ひよっこどもも大分戦に慣れたようだ。
だが、勇敢な軍に仕上げるには、あと一仕事必要だからな。
で、それでも君は司令部に来るかね?」
「ええ、お願いします」
「君は勇敢だな。
我が軍に入らんか?」
笑いが起こる。
今までアメリカ軍を攻撃していたのは、酒井玄蕃が預かっていた新兵だった。
猛訓練で戦えるレベルにはなったが、実戦はまだ無かったので、慣れさせる為にちょっとずつ戦闘を経験させていたのだった。
彼らは山林の移動は得意だったので、危険と見たら隊長の判断で後退を許可していた。
代わりに交代部隊に連絡を入れ、攻撃を引き継がせる。
このように実地訓練に投入されていたのは計6千人に上る。
そう、カウアイ島には現在1万3千人という兵力が居たのだ。
「ところで、あのクラークとか言う通信社の記者はどこにいった?」
「さあ?」
記者たちは周りを見渡す。
カウアイ島で酒井玄蕃から作戦や陣容、実際の兵力等を聞かされて以来、毎日のように記者が抜け出して居なくなる。
毎日だから、記者もいい加減慣れてしまっていた。
「酒井中将、質問があります」
「何だね?」
「日本には忍者とかいう秘密部隊が居て、それが密偵を刈っていると聞いたのですが」
「草?? ああ、伊賀者、甲賀者の事か。
他に乱破とか素っ破とかとも言うねえ。
うん、そういう者は居たよ。
それが何か?」
「逃げ出した記者はスパイで、中将のクサが始末しているのではないでしょうか?」
「はっはっはっ!
儂はそんな者は飼っておらんよ。
断言するよ、儂の元に忍びの者はおらん」
記者たちは信じてはいないようだ。
(儂は嘘は吐いておらんぞ。
幕末の頃から儂を助けてくれてるのは、忍びでは無い、違う者たちだ)
会津藩預かりに新撰組があったように、庄内藩にもそういう部隊はあったのだ。
アメリカ軍は密林を駆け抜け、ワイメア要塞に辿り着いた。
砲兵の到着を待って攻撃を開始し、歩兵が強襲突撃する。
オチキス機関銃やマキシム機関銃、47mm砲が火を噴き、反撃を開始する。
アメリカ軍は、この後に同じように要塞を相手にする日本人やドイツ人より柔軟であった。
機関銃の前に歩兵強襲は被害を増大させるとすぐに悟り、攻撃を中止。
サンチャゴ要塞の時と同じように、高所を抑えてそこから砲撃するように切り替えた。
戦術思考は柔軟だったが、問題は情報不足であった。
2千人ずつ、2ヶ所の要地を攻めるが、敵が要塞外に出している兵力が千人程なら逆襲されても対処出来ると考えていた。
要塞内に4千人、要塞外に9千人が配置されていると知っていたら、別な結論になっただろう。
その要塞外の兵力は確かに新兵主体だったが、ハワイ人の応募兵からなるこの部隊は、山林の移動と輸送は熟練兵顔負けであったのだ。
司令部が要塞外にあった為、酒井玄蕃の判断は早かった。
部隊を集中させ、アメリカ別動隊を攻撃させた。
「なんでここにこんな兵力がいるんだ?」
と文句を言いながら、アメリカ軍は中々精強であった。
1.5倍3千人のハワイ軍相手に、逆に押し始めていた。
「諸君、どうやら儂が出ないとならないようだね。
我が部隊は出動する!」
そして破軍星旗が掲げられた。
「あの旗には何の意味があるのか?」
イギリス人記者がフランス人記者に聞く。
「中国人から聞いたが、大熊座の7つの星、北斗七星は死を司る星のようだ。
逆に射手座にある6つの星は南斗六星といって生を司る星だ」
「物騒だね」
「さらにもう一つ、敵軍を打ち破る星、我々で言うとこの火星に当たる意味もあるようだ」
「ほお、ではあの旗を見た軍は……」
「ああ、今まであれに勝った軍は無い……」
フランス人記者の言ったように、北斗七星の旗「破軍星旗」を掲げて攻撃して来る酒井玄蕃本隊を防げる部隊は居なかった。
直属部隊は一個大隊640人なのだが、火力の集中、十字砲火の作り方が上手い。
その部隊が加わった新兵部隊も、酒井玄蕃の直接指揮を受けて、戦い方が上達する。
アメリカ軍は、気づいたら押されていた。
一個の別動隊が壊走し、もう一個の別動隊にも攻撃を加えて多大な犠牲を出させる。
「一度後退する。
ここからでは夜襲は困難だ」
酒井玄蕃の命令で戦闘を中止し、夜間は足を取られる高地から日がある内に低地に移動する。
「ふっ、ここは酒井の庭ぞ。
案内無しに客が気まま出来ると思うな」
そして夜。
要塞正面で待機しているアメリカ軍野営地にて。
「なあ、あの低いとこに北斗七星見えるだろ?」
「ああ、見えるな」
「星が何個見える?」
「あっ? あれは7個に決まってるだろ?」
「え? お前、脇にある小さい星見た事無いの?」
「ああ、そう言えば有るな。
うん、見えたぞ。
それがどうした?」
「俺、今日は見えないんだよ」
「はあ?」
「北斗七星の横にある小さな星が、今日は見えないんだ」
「それがどうしたってんだよ!」
「昔、聞いた事があるんだ。
アラビアの軍隊は北斗七星を見て、その星が見える兵士を残すそうだ。
その星が見えなくなった兵士は、死ぬ可能性が高いから除隊させるそうだ」
「そりゃあ、視力が弱くなったら星も見えなくなるし、軍隊に置いていても死ぬ確率上がるよな。
だから何なんだよ」
「…………」
「だから何なんだよ、おい!」
同僚の兵の肩を叩くと、その兵はバッタリと倒れた。
その眉間には穴が開き、血が流れていた。
「敵襲!!」
警報のラッパが吹かれ、野営地がパニックに陥る。
同僚の死を見てしまった兵は腰を抜かす。
その耳元を弾丸が掠める。
北斗七星の横の小さな星が見えたその目には、接近して来る幕府軍の姿が見えた。
側面に回り込んでいる姿も。
彼は夜目が効くのを良い事に、幕府軍が見えない所を探して逃げた。
逃げる途中、幕府軍の旗が見えた。
「北斗七星の旗!!」
彼は死んだ同僚との話を思い出し、ぞーっとしながら兎に角逃げまくった。
北斗七星の横の星が見えたその男は生き延びられた。
真っ直ぐ逃げた同僚たちの目に、北斗七星の横の星は見えたのだろうか? 見えないのだろうか?
幕府軍によって彼等は追い立てられていく。
ハワイ人は星空の下での行動は得意である。
山林、木の根とかがうねる土地での移動も得意である。
そういうのが苦手な上に、地理にも不案内なアメリカ兵に追いつき、銃剣で突き殺していった。
これは酒井玄蕃の指示による。
銃のマズルフラッシュや爆音は敵に位置を教える事になる。
可能な限り声も出さず、銃剣で刺し殺せ、と。
ハワイ人の気性に合っていたようで、彼等は軍靴を脱ぎ、裸足で音を立てぬように移動した。
銃剣の他、蛮刀、ナイフ、日本人から貰った脇差等も使った。
必要な場合は銃撃も可であったが、手製の弓矢や銛を使うものもいた。
そして体力が続く限り追撃し、アメリカ兵を殺しまくった。
追撃戦は2日に渡り、残兵の山狩りはそれからさらに5日続けられた。
アメリカ軍7千人の兵の内、戦死約700人、捕虜約200人、重傷約1,200人、行方不明約100人だった。
負傷者の数は更に多い。
上陸地点に戻り、構築していた野戦陣地に籠って守りを固める事にした。
先に逃げていた別動隊は被害が多少だが少ない。
本隊からは、作戦失敗したなら何故連絡しない?と文句を言われる。
「いや、我々はちゃんと作戦失敗の伝令を出したぞ」
「嘘を吐くな! 誰も来なかったぞ」
「伝令は1人じゃなく、10人程出した。
誰も来なかったというのか?」
怒鳴り合っている中、他の兵が聞いた。
「伝令はカウボーイのウェインか?」
「そうだが、会ったのか?」
「ああ会ったぞ、刀でズタズタに切り刻まれた死体とな……」
「なんだと……」
「あと、イェール大を出て弁護士やってたピートもだな」
「まさか、ピートも?」
「ああ、斬殺されていた」
「糞っ、ハワイの黒人どもが!」
「黒人の蛮刀じゃないと思うな」
「何? どういう事だ?」
「噂に聞く日本刀……」
「断罪者ヒジカタ……」
誰かがそう言って怯え始めた。
「おい、誰か、その臆病者を連れて来い。
なんだそのウリエルってのは?」
「俺はハワイから追放された奴と話した事があるんだ。
そいつは言ってたよ、俺は運が良かった、ヒジカタに殺されずに済んだのだから、と。
ウリエル・ヒジカタって何か聞いたら、日本刀を持ち、ただの一撃で首を刎ね飛ばす悪魔だって……。
そのウリエルが率いるシンセングミっていう特殊部隊も危険な連中だ。
室内や暗闇での戦闘、いや、殺害を得意として音も無く刺し殺されるとか。
俺もただの怪談だと思っていたのだが……」
「士気を落とすような事を言うな!」
「ひいいいいいいい」
また別なとこから悲鳴が聞こえる。
「敵襲か?」
「違います、ケントの奴が空を見て怯えやがったんです」
「一体どうした?」
「北斗七星! 北斗七星が見える!
やめろ! もう来るんじゃねえ!
誰か俺を明るい場所に連れて行ってくれ!
暗い、怖い、誰かあの北斗七星を消してくれ!!」
「おい、落ち着けよ、お前は誇りあるプリンストン大学を出たエリートだろ!
夜空に怯えるなんて、恥ずかしいと思わないのか!
敵が怖いのか?」
「敵? ハワイ人なんて怖くないよ。
北斗七星の旗の連中は恐ろしい。
あ……あれは悪魔だ……。
俺が見ている中、友の首が一瞬の光と共に跳ね飛ばされたんだ。
人間業じゃねえよ……。
暗い、暗い、怖い……」
陣中がザワザワして来る。
「ウ……ウリエルだ、断罪者ヒジカタはやっぱりいるんじゃねえか!」
野戦陣地内は恐慌状態に陥った。
アメリカ軍指揮官は、兵士たちに負傷以上に深刻な傷が心に刻み込まれたのを悟り、頭を抱えた。
シミュレータで星空見てみたら、ハワイでも北斗七星見えたので、この話が成立しました。




