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第一次カイウイ海峡海戦 ~海防戦艦奮闘~

 荒井郁之助が城代を勤めるニホア城、……城と呼べる程の構造物ではないが、そこにジョン・オーウェン・アイモク・ドミニスら、複数の王族関係者が避難して来た。

 ハワイ王国はアメリカ合衆国との戦争で、敗北する可能性も考え、王族をハワイ島やイギリス、そしてニホア島等に少数ずつ疎開させていた。

 ジョン・オーウェン・アイモク・ドミニスは、リリウオカラニ女王の夫であったジョン・ドミニスと召使のメアリー・パーディ・ラミキ・エイモクとの間に生まれた不義の子である。

 しかしリリウオカラニは夫の不倫を繕う為、この子を養子にして育てた。

 現在王位継承者はイギリス留学中のカイウラニ王女だが、このアイモク・ドミニスも有力な継承候補者である。

(序列2位のクヒオ王子は、軍閥であるホノルル幕府を継いだ事で王位を辞退した。

 権威と権力の再統合を防ぐ意味がある)

 海洋と気象関係の施設しか無い城に、有力な王位継承候補者を招き入れる事を荒井は恐縮したが、戦時中故我慢して貰う事とし、さらにニホア島にも危険が迫った場合の脱出について検討を始めた。


 ホノルル幕府の方も、勝利するという確信は無い。

 単独で対抗するとなれば、国力差から見て勝ち目が無い。

 そこで、外交方老中榎本武揚がヨーロッパを歴訪し、対策をする事になった。

 榎本は8月12日の「イオラニ宮殿の惨劇」を見届けると、イギリス商船でヨーロッパに旅立った。

 最初の目的地はスペインである。

 スペインは米西戦争の敗者である。

 だが、まだ和平条約は結ばれていない。

 同盟は無理でも、少しでも嫌がらせに手を貸してくれれば、ハワイは少しばかり有利になる。


 このように敗戦も視野に入れて動いているハワイに対し、勝利前提のアメリカは、緒戦で敗れ、真珠湾内海戦で1隻大破、1隻喪失という被害を受けたにも関わらず、未だに詳細な戦略を練ってはいなかった。

 キューバからの引き上げ兵が凱旋する。

 叙勲も政府の仕事である。

 そんな中、セオドア・ルーズベルトのラフ・ライダーズだけが次なる戦場を求めていた。

「いいのかね?

 余り勝手な事ばかりやっていると叙勲は後回し、場合によっては取消も有り得るぞ」

 という政府からの忠告に対しても

「そんなものはどうでも良い。

 このテディが求めているのは、私が英雄と成れる場なのだ。

 歴史を切り拓いていくのだよ。

 その栄光に比べれば勲章だの賞状だのは取るに足らん!!」

 と切り捨てている。


 このようなアメリカの空気と違い、ハワイに近づいているジョージ・デューイ提督は油断をしていなかった。

 フィリピンの治安維持の為に巡洋艦「ボストン」を残し、足の遅さから砲艦「ペトレル」を置いて、彼の艦隊は

・防護巡洋艦オリンピア 5,870t、19ノット、8インチ砲4門、5インチ速射砲10門

・防護巡洋艦ボルチモア 4,413t、19ノット、8インチ砲4門、6インチ砲6門

・防護巡洋艦ローリー 3,213t、19ノット、6インチ砲1門、5インチ砲10門

・砲艦コンコード 1,710t、16.8ノット、6インチ砲6門

 であった。


「ハワイの艦隊について復習しようじゃないか」

 デューイ少将は参謀たちを呼ぶと、そう言った。

「我が軍の資料によりますと、3,700トン級の防護巡洋艦2隻を基軸としていますが、最近イギリスから1,000トン級の通報艦2隻を購入したそうです」

「艦級は分かるかね?」

「『ドライアド』級です。

 排水量1,070トン、速力18.2ノット、5インチ砲が2門です」

「分かった。

 主力にはなり得ないな。

 では主力の方はどうか?」

日本(ジャパン)の『ウネビ』(タイプ)のコピーシップです。

 ただし『ウネビ』自体は海難事故で喪失し、先の黄海海戦(バトルオブヤールー)でのデータはありません。

 1892年に我が『USSボストン』が交戦しています。

 年鑑によると『マウナロア』は排水量3,615トン、速力18.5ノット、主砲9.5インチ砲4門、他に6インチ砲が7門です。

 『マウナケア』は帆走能力強化の為に軽量化し、排水量3,222トン、速力19ノット、主砲9.5インチ砲4門、他に6インチ砲が5門、そして艦載水雷艇2隻です」

「主砲が大きいね」

「はい、提督。

 しかし黄海海戦(バトルオブヤールー)で、12.6インチ砲を積んだ『マツシマ』も、10インチ砲を積んだ『ナニワ』も、大口径砲での戦果は挙げていません。

 専ら速射砲による戦果です」

「当たったら被害は大きい。

 注意は欠かさないように。

 だが、他はホノルル幕府(ショーグネイト)の母国、日本(ジャパン)の戦い方に倣おう。

 単縦陣で舷側砲の連射で戦力を奪う。

 沈める必要は無い、戦えなくすればそれで良い。

 制海権の確保こそが重要と心得給え」

「はい提督!」

 会議(ブリーフィング)は終了した。

 あとは実戦で(まみ)えるのみ。




 8月29日、デューイ艦隊はハワイ王国の海域に到着する。

 真珠湾入港にはオアフ島とモロカイ島の間のカイウイ海峡という波の高い水路を通る。

 オアフ島とカウアイ島との間のカイエイエワホ海峡は遠回りになる。

 今回の任務は艦隊撃滅と制海権確保であるから、敵が待っている海域に突入すれば良い。


 旗艦「オリンピア」を先頭に、巡洋艦3、砲艦1の艦隊が海峡に突入する。


「ハワイ艦隊発見、こちらに向かって来ます」

 監視員(ウォッチャー)が報告を入れる。

 見ると、ハワイの艦隊も巡洋艦を先頭に4隻が向かって来る。


「右舷砲戦用意」

 デューイ提督はそれだけ命じ、司令塔に入った。

 ハワイの出羽艦隊とアメリカのデューイ艦隊との距離は急速に狭まる。


「どうも反航戦になりそうだね」

 出羽艦隊の動きを見ると、すれ違い様の一会戦となりそうだ。

 双眼鏡を渡し、参謀長も確認する。

「どう思うかね、参謀長?」

「ハワイの決戦兵器は水雷艇と聞いています。

 おそらく我々を真珠湾に追い込み、中で待ち伏せする水雷艇に攻撃させるつもりでしょう。

 ですが我々の目的は真珠湾入港ではありません。

 無論、海戦後には入港しますが、今は違います」

「そうだな。

 真珠湾に我々を追い込む為、すれ違ったら回頭し、我々を後ろから攻めるつもりだろう。

 であれば我々は、全速で敵との距離を引き離し、敵の射程外で回頭して再戦しよう」


 北東に向かう出羽艦隊と、南西に向かうデューイ艦隊は、距離4,000メートルで砲撃を開始した。

 波が高く、しかもすれ違う反航戦では砲弾は当たらない。

 そのまま双方被害無くすれ違う。

 デューイ艦隊から見て後方8,000メートルでハワイ艦隊は回頭を始めた。


(妥当なとこだな)

 デューイは出羽の行動をそう判断する。

 射程距離内で回頭行動等、停止しているように見える為、砲撃を集中されてしまう。

 距離を置いて旋回するのが正解なのだ。

 この時期はそれが常識である。


「進路このまま。

 距離10,000から12,000メートルで我々も左舷回頭。

 敵艦隊ともう一度ぶつかるぞ」

 巡洋艦「オリンピア」以下4隻が真珠湾に近づく。

 そして回頭しようとした時、監視員(ウォッチャー)が叫ぶ。

「進路前方に煙!」


 アメリカ海軍は、ホノルル幕府をある程度正当に分析していた。

 それ故、主力の外洋艦隊についての情報は集めていた。

 王国政府なのか、幕府なのか、どちら所属か分からない内海艦隊は無視をしていた。

 それもやむを得ないかもしれない。

 昨年までは小型砲艦「カイミロア」と水雷艇、小型砲艇しか無い、湾内でしか活動出来ないような部隊だったからだ。

 1898年に入り、海防戦艦2隻がフランスから引き渡されたが、高速航行時の使い勝手の悪さから内海艦隊に所属させた。

 さらにアメリカの掴んでいなかった、イタリアから砲艦購入もあった。

 本来この砲艦は、1896年と97年に2隻ずつ引き渡される予定だったのだが、イタリア企業の納期遅れの為、開戦数ヶ月前の引き渡しとなった。

 そしてこの砲艦も、中々使い勝手が悪い。

 限定的な使用をする内海艦隊に配属された為、内海艦隊は知らない間に装甲艦2隻と巨砲を持つ砲艦2隻から成るそこそこ強力な艦隊に成長していたのだった。


 内海艦隊司令ボイド少将は、癖の強い艦と、引き渡されて数ヶ月の低練度の艦隊を無難に使いこなした。

 彼の才は、海戦の上手さよりも、こういう癖のある部隊をまともに運用出来るとこにあったのかもしれない。

 ボイド少将は、黄海海戦で廃れた単横陣に海防戦艦2隻を並べ、さらにそれより後方に砲艦を配置し、低速でデューイ艦隊に向かう。


 デューイ提督は、ここで回頭すると前方の艦隊から攻撃されると判断し、そのまま直進し、前方の艦隊を攻撃する事に方針を変えた。

 そして砲塔式でなく、前方への攻撃には使いづらい8インチ砲の砲撃を指示した。

 低速の敵艦に、初弾が命中した。


 しかし

「効果無し!」

 と監視員(ウォッチャー)が報告する。


 フランスの海防戦艦「ジュマプ」級をベースに設計された「カヘキリ2世」は、排水量4,600トンと、アメリカの「オリンピア」の5,870トンよりも小さい。

 しかし装甲は、「オリンピア」の最大120mmに対し、「カヘキリ2世」は330mmである。

 「ジュマプ」は自分の主砲である34サンチ砲にどうにか耐える460mmの装甲だったが、「カヘキリ2世」は主砲を24サンチ砲としたいハワイからの要望で、それよりは薄い330mmで自分の砲撃に何とか耐えられる仕様だった。

 長距離からの8インチ砲(20cm砲)にならば十分耐えられる。

 そして敵を接近させ、距離2,500メートルまで耐えてから、ボイド提督は24サンチ砲の発射を命じた。

 1発が「オリンピア」に命中し、装甲を貫いて炎上させた。

 もう1発は「ローリー」に命中し、これは舷側に大穴を空けて浸水させる。

 命中弾はこの2発だけだったが、デューイ艦隊は深刻な状態となった。


「後方にあと2隻います」

 監視員(ウォッチャー)が今更な事を言う。

 小さい癖に、その砲撃音はやたら大きく、着水した後の水柱が巨大な奴が居たのは、砲戦をしていたらよく分かった。

「あの小型艦、主砲は何だ? 10インチ砲か?」

「いえ、もっと大きい12インチ砲かと」

「戦艦クラスか……、危険だ」

 実際にはその中間の11インチ(28cm)砲だった。

 この砲が砲艦「コンコード」の艦橋に命中した。

 艦長と操舵手を失った「コンコード」は単縦陣を乱して、外によろめく。


「提督、『コンコード』が!」

「捨て置け!」

「ですが!」

「後ろを見ろ、巡洋艦部隊が追い付いて来ている。

 『オリンピア』と『ローリー』がこの有様では戦えん」

「ではどうしますか?」

「責任は私が負うから、このまま海峡を抜けて脱出する」

「しかし、本土までたどり着ける石炭はありません」

「本国に補給を要望しろ」

「我々はどこに向かうのですか?」

 デューイ提督は海図を開く。

 ハワイ諸島より南に島々が連なる。

 そこは北ライン諸島と言う。

「ここだ。

 名前はキングマン・リーフ。

 歴としたアメリカ合衆国領だ」


 デューイ艦隊は速力が落ちたものの、出羽艦隊を振り切って脱出出来た。


(おかしい、『ローリー』は浸水が酷く、15ノットまで速度が落ちた。

 それなのに18ノットを出せる敵艦隊が追い付けなかった。

 彼等の性能には、数値に現れない何かが有るのではないか?)


 デューイ提督はそう考える。

 だが、今しなければならないのは、『ローリー』の応急修理とキングマン・リーフの会合ポイントへの移動であった。


 砲艦『コンコード』は、出羽艦隊から集中攻撃を受けた。

 『コンコード』の装甲は9.5mmと、無いに等しい。

 『マウナロア』らの15cm砲、『トレント』らの12cm砲を受けて炎上し、海没した。

 出羽艦隊及びボイド艦隊は短艇(カッター)を下ろして、敵艦の生存者を救助した。


 第二戦もハワイ艦隊が勝利した。

 欧州メディアは大々的に報道し、アメリカをイラつかせた。




「やはりここはこのテディが!

 セオドア・ルーズベルトこそが出るしか無い!

 諸君らはそうは思わんか?」

 ルーズベルトが兵士を前に演説する。

 アメリカ政府はついにルーズベルトの言う通りにした。

 約1万7千人のラフ・ライダーズを含むキューバ帰還部隊がハワイに派遣される事が決まった。

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