真珠湾内海戦 ~水雷艇部隊の活躍~
ハワイ王国の人口は多くても60万人。
スペイン領キューバの人口は約160万人。
スペイン領フィリピンの人口、統計が正確ではないが約800万人。
アメリカ合衆国人口約7600万人。
ハワイ攻略をアメリカが楽観視したのも無理は無い。
キューバでもフィリピンでもスペイン軍を破り、数ヶ月で勝利したのだ。
アメリカ軍の初動は、この楽勝ムードで軍を動かした事による、かの国らしからぬ雑さ、無能さが見られた。
先制攻撃をし、メディアに撮影されながらも蛮行をしたのは、そうやったってどうせ勝つから、という奢りがあった。
その奢りに対し、鉄槌が下る。
日本とは、時に源義経や楠木正成の伝説、時に厳島合戦、桶狭間合戦、沖田畷合戦、泗川の戦いのように少数が多数を圧する戦闘を行う歴史を持つ。
その国の武士と言われる者たちが移住しているのだ。
大概は大軍が勝つが、時々とんでもない結果が出る事もあるのだ。
アメリカ巡洋艦「フィラデルフィア」は、ハワイをそのまま制圧する任務を帯びて1898年7月2日にサンフランシスコを出発していた。
途中で足の遅いスループ「モヒカン」と合流し、両艦の砲撃力を持ってホノルル幕府とやらを倒そうとしていた。
アメリカにとって幕府とは、煮え切らない態度、有耶無耶な返事しかしない無能な政権で、強気で押せば崩れてしまう組織でしかない。
生温い態度でいたから、銃が刀に負けて首を晒されるなんて恥をかいたのだ。
ペリーの「サスケハナ」より強い、最新鋭艦の力を持って頭を上から殴り付ければあとは腰砕けとなろう。
そう自信を持つアメリカ艦隊は
・防護巡洋艦「フィラデルフィア」4,324トン 19ノット 6インチ(15cm)砲12門
・スループ「モヒカン」1,900トン 10.65ノット 8インチ(20cm)砲1門、9インチ(23cm)砲8門
というスペックである。
「モヒカン」は南北戦争型の3本マスト、前装砲ではあるが、砲力は十分にある。
この2隻はサンフランシスコから真珠湾までの最短コース、カイウイ海峡(モロカイ海峡)を抜ける航路で進んでいる。
海戦は真珠湾の外、カイウイ海峡から始まった。
接近する黒煙を見て、出羽重遠提督の防護巡洋艦「マウナロア」「マウナケア」水雷砲艦「トレント」「デュラハン」が出撃する。
4年前の日清戦争黄海海戦の教訓から、世界各国は単縦陣を取る。
出羽艦隊も同様に、旗艦「マウナロア」を先頭に、4隻が1列に並ぶ。
「フィラデルフィア」は速度を上げて突っ込んで来た。
鈍足の「モヒカン」はそのまま真珠湾を目指す。
出羽艦隊と「フィラデルフィア」の距離が約3千メートルとなった時、双方の15cm砲が火を噴いた。
前進中で前を向いている「フィラデルフィア」よりも、舷側を見せて迎撃に当たる出羽艦隊の2隻の巡洋艦の方が砲数が多い。
「フィラデルフィア」は至近弾数発を浴び、不利を悟る。
(なんだ、連中砲撃精度が良いな。
少しナメていた。
「モヒカン」を先行させたし、ここは幕府艦隊とやらの足止めをして、適当なタイミングで我々も真珠湾に入ろう)
そう考えを改めた。
距離2千メートルを切ると、出羽艦隊の砲が命中し始めた。
この海峡は波が高く、航行はしていても海戦の訓練をしていないアメリカ艦隊にはやや難しい海域だ。
「フィラデルフィア」が当てられず、出羽艦隊の攻撃ばかり当たるのを見て、艦長は離脱を決断する。
全速19ノットを出して、距離を取り始めた。
日本の「畝傍」の同型艦である「マウナロア」と「マウナケア」は18.5ノット、イギリスの「ドライアド」級のエクストラナンバー「トレント」と「デュラハン」は18.2ノット、追撃に入られると「フィラデルフィア」も中々突き放せない。
そこで「フィラデルフィア」は偽装航路を取り、真珠湾ではなくホノルル港への突入を図ろうとした。
出羽艦隊は「フィラデルフィア」の頭を抑えるべく、進路を変える。
「馬鹿が、引っ掛かりやがった!」
艦長はそう言うと進路を元の真珠湾に戻し、全速を出す。
アメリカ艦は無理すれば、19ノット以上は出せる。
カタログデータが18.5ノットだが、時々13ノットまでしか出せなくなるフランス製の缶搭載艦からしたら羨ましい限りだ。
真珠湾の湾口を潜った「フィラデルフィア」は、驚くべき光景を目の当たりにする。
「モヒカン」は炎上しながら盛んに回避行動を取っていたが、もう持ちそうにない。
周囲を見ると、多数の小型艦艇が群がっていた。
「水雷艇か!?」
真珠湾は入り組んだ地形をしている。
待ち伏せをするには最適な海域である。
カメハメハ大王の時代、原住民を殺戮した商船「フェア・アメリカン」が真珠湾に停泊中、カメハメハの伯父であるカメイアイモク酋長は入り組んだ地形を活かして奇襲をかけ、船員を皆殺しにした。
この戦いでカメハメハ軍は「フェア・アメリカン」号を接収し、自軍の軍艦として使用した。
カヌーでさえそれくらいの事が出来るのだ。
20ノットを出す水雷艇が12隻、それと水雷艇を改造し、魚雷の代わりに砲を積んだ小型砲艇が8隻、「モヒカン」を襲撃した。
「フィラデルフィア」は「モヒカン」を救出すべく、蚊のようにまとわりつく小型艦に砲撃を始めた。
「モヒカン」を襲撃していた部隊は、既に魚雷を撃ち尽くしていたので撤退する。
その水雷艇を追いかけたのが最大の失敗だった。
新手の水雷艇8隻がどこからともなく現れた。
完全に罠にハマった形となった。
アメリカ海軍は、キューバでの戦いでも同じような目に遭っている。
大型の戦艦が、スペイン海軍の小型駆逐艦に纏わりつかれ、被害を出していた。
アメリカ海軍が小型艦艇の価値を見直す事になる戦いであった。
それは太平洋方面には伝わっていない。
有効な戦訓も活かせぬまま、水雷艇の肉薄を許してしまった。
「取り舵! かわせー!」
ハワイ軍の水雷艇から放たれた魚雷を見て、「フィラデルフィア」操舵手は回避行動に移る。
この頃の魚雷の射程距離は、わずかに700メートル。
だがそこまで肉薄されたら、まずかわす事は出来ない。
反撃の機関砲攻撃で2隻の水雷艇が木っ端微塵に吹っ飛んだが、「フィラデルフィア」もまた魚雷1発を食らい、大穴を空けられてしまった。
纏わりつく水雷艇の内、1隻を魚雷発射前に破壊し、もう1隻から放たれた魚雷は幸運にも不発、さらに2隻の魚雷は外れてしまった為、「フィラデルフィア」は港湾設備のある辺りに移動しようと、必死にダメージコントロールしながら進んだ。
そこに絶望的なものが見えてしまった。
真珠湾湾口付近に、巡洋艦サイズの艦が停泊している。
それは水雷母艦「ハウメア」であった。
排水量は約6千トンで、水雷艇を4~6隻搭載出来る。
今回は新型の水雷艇を搭載していた為、4隻が「ハウメア」から発進して来た。
爆発音がした為「モヒカン」を見ると、巨大な水柱が立って、崩れて消えようとしていた。
水雷砲艦「トレント」と「デュラハン」が持つ魚雷発射管は5基。
そこから放たれた複数の魚雷が命中し、「モヒカン」にとどめを刺した。
「フィラデルフィア」は水線下の破孔から大量の海水が流れ込み、速力が出ない。
4隻の水雷艇は上手い事左右に回り込んで、魚雷を放った。
2発は艦よりも深いところを通り過ぎたが、1発はスクリューを破壊、もう1発は艦底部を破壊した。
「フィラデルフィア」の命運は尽きた。
だが、港湾施設の方まで移動していたのが幸いする。
真珠湾の水深はそれ程深くは無い。
最後の力で岩礁と言える場所に乗り上げ、沈没は防いだ。
そして
「総員退艦、缶の火を落とせ。
水兵は持てる限りの武器を持って上陸しろ。
泳げる者は岸まで泳げ!
ここは大して深くないから安心しろ!」
艦長は最後の命令を出した。
総員が「フィラデルフィア」を退去したのを見届け、艦長も待っていた短艇で脱出した。
港湾施設近くではなく、沖合に近いとこで沈没した「モヒカン」は悲惨な運命を辿る。
かつて海に浮かぶ敵兵を銃で殺して遊んで、後でこっぴどく叱られた水雷戦隊は、同じ愚は犯さなかった。
しかし、助けにも行かなかった。
何故か?
「この時間になると、サメが来るからなあ」
サメはハワイの神話において「亜神」であり、恐れ、敬われる存在なのだ。
その神の食事を、ハワイ人は積極的に妨げるつもりはなかった。
気の毒に思ったのか、葬式の歌を歌うだけで、血を流して海に漂うアメリカ水兵を助けにはいかない。
こればかりは幕府も「サメを排除して敵を助けろとも言えん」と諦めていた。
水雷砲艦「トレント」と「デュラハン」のとこまで泳ぎついた者は救助されたが、他はサメのご馳走となり、真珠湾を赤く染めた……。
陸上から海戦を見ていたアメリカ兵は、がっくりと肩を落とす。
救援に来た艦隊が、よりによって目の前で破壊されたのだ。
そして意図的に包囲だけされ、兵糧攻めに遭っている彼等に、また人数だけは増えてしまったのだ。
それでも「フィラデルフィア」艦長の言葉に希望を見出す。
「我々は第一陣だった。
第二陣として、『マニラ湾海戦の英雄』デューイ提督率いる艦隊が来る。
デューイ提督なら、日本人の艦隊を壊滅し、制海権を確保出来る。
そうすれば本国やフィリピンから多数の兵が来援するぞ!」
同様の情報を「トレント」で救助した捕虜から聞き出した出羽は、デューイ艦隊迎撃計画を立てる。
今回の海戦の英雄は、内海艦隊司令ロバート・ナプウアコ・ボイド少将であった。
先代カラカウア王に見出され、イタリア・リボルノの王立海軍士官学校で学んだ彼は、政治的な事情もあって有力な艦隊の1つ、内海艦隊を任されたが、指揮能力の方もそれなりあった為幕府も重用している。
そのボイド少将を訪れた出羽少将は、握手を交わすといきなり次の戦闘の話に入った。
「次は海防戦艦を借りたい。
準備をさせておいてくれ」




