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ホノルル幕府戦争準備

 ホノルル幕府が発注していた艦艇が、続々とホノルルに到着している。

 しかし、一部の軍艦に海軍関係者は頭を抱えた。

 イギリス海軍関係者が見たら「実に典型的なフランス式設計だね」と皮肉交じりに批評されるだろう。


 装甲艦「カヘキリ」を継承した海防戦艦「カヘキリ二世」と、ハワイ王国宰相の名を冠した同型艦「ボキ」だが、24cm砲を全て前方に配置し、後甲板に水雷艇を搭載する設計が裏目に出た。

 砲塔1基に砲郭に1門ずつ左右に配置、そして正面に衝角(ラム)と戦艦未満装甲巡洋艦以上の装甲を貼る。

 後甲板の水雷艇を発進させると前後のバランスが崩れてしまい、前側に傾いてしまった。

 その為、水雷艇を下ろした状態で全速航行すると、艦首が沈み込み、波を被ってしまった。

 さらにフランス軍艦に見られるタンブルフォームが、余計に動きをピーキーにさせていた。

 上甲板を絞り込むスタイルのタンブルフォームで水雷艇を搭載すると、艦の横に天秤棒のようにアームが飛び出し、そこに水雷艇を吊るしている。

 吊るした水雷艇を下から支える可動式のビームがあるが、要はこの突き出た重量物がバランスを取っている為、水雷艇発進後は重心が中心寄りになる。

 すると、ローリングが大きく、酷く傾いては急復元する起き上がり小法師のような艦に変わってしまう。


「水雷艇は発進させず、搭載したままで使おう」

「或いは水雷艇発進後の海防戦艦は低速で、後方支援用に使おう」

 と、本来予定していた大小連携した海上戦闘を放棄せざるを得なかった。


 ハワイ海軍では最大となる六千トン級の水雷母艦「ハウメア」は、水雷艇6隻を搭載、整備可能という触れ込みであったが、それは旧型艇の場合で、新型水雷艇だと4隻しか搭載出来なかった。

 この艦は後に、別の使い方をされる事になる。


 一方、イギリスは中々使い勝手の良い艦を送って来た。

 水雷砲艦「ドライアド」級エクストラナンバー「トレント」と、もう一隻「デュラハン」という同型艦である。

 最高速力20ノットの安定した航洋性能は幕府海軍を喜ばせる。

 しかし……

「『デュラハン』って何ですか?」

「あちらの伝説に出て来る首無し騎士で、観た者は死ぬとか」

「……厭味か?」

「それが、そういう訳ではない。

 彼等の趣味なようだ。

 縁起でも無い名前も、彼等にはカッコ良いようだ」

 実際にイギリス大使に聞いてみると

「その艦を見た敵は確実に死ぬのだろう、実に兵器として素晴らしい名前ではないか!」

 と褒めたという。

「よく理解出来んが、まあ名前で戦う訳ではないし、使えるなら良しとするか」


 ウィルコックス大佐や、ラハイナのイタリア人に頼まれて発注した砲艦も到着した。

「随分癖の強い軍艦だなぁ……」

 それはフランス艦以上に個性的だった。

 細長い艦形は23ノットという高速を出す。

 特徴的な二本の煙突とそれに挟まれた一本マストの外見に、前方にアームストロング 28cm砲を限定旋回の露天砲として一門のみ搭載している。

 後甲板には8cm速射砲が一門のみ。

 排水量千トンも無い艦が4隻届いたが……

「どう使おうか……」

 と出羽重遠を悩ませた。

 この艦、足は速いのだが舵の効きがもっさりしていて、旋回半径も大きい。

 それでいて主砲は半固定で前方30度程度しか動かせない。

 小回りが利けば、正面の強力な砲を活かした運用が出来るのだが……。

「一体どうしてこんな設計に?」

 に対しイタリア側は

「『砲艦』『出来る限り高速で航続距離はそこそこ』という条件は満たしています」

 という回答だった。

 長所としては、半固定式砲架は頑丈で、高射角からの長距離砲撃が可能な事だった。

「必要な場所に急行し、陸上砲撃に使用」

「または海防戦艦のさらに後ろに配置し、長射程での砲撃に限定」

「あるいは速力を活かして肉薄し、至近距離から巨砲を叩き込む」

 レンデル式砲艦と分類されるこの艦を、出羽は内海艦隊に配備する事にした。

 その他にイギリスとイタリアから一隻ずつ機雷敷設艦が届けられた。


 ホノルル港を護る内海艦隊第1戦隊は、海防戦艦1、レンデル砲艦2の編制とし、これに4隻の水雷艇から成る第1水雷戦隊と2隻の機雷敷設艦が付属する。

 ラハイナの内海艦隊第2戦隊も全く同じ編制とされた。

 そして外洋艦隊は防護巡洋艦2、水雷砲艦2に、水雷母艦1から編制された。


 アメリカ海軍相手に見劣りする陣容だが、幕府海軍最大の強みは、「青年学派」の理想を体現した水雷戦隊の充実である。

 初期型の50トン級、沿岸使用の航続距離の短いタイプが4隻で一個戦隊、それが4個戦隊居た。

 後期型の、海峡一帯をカバー出来る80から120トンで22ノットを出す水雷艇は、8個戦隊作られている。

 艦載型や魚雷の代わりに臼砲を乗せた砲艦タイプも併せ、70隻以上の水雷艇部隊に、アメリカはどう対抗するだろうか。


 陸上でも装備が新しくされていた。

 イギリスよりマキシム機関銃、フランスよりオチキス機関銃が購入される。

 酒井玄蕃、立見尚文、梅沢道治といった指揮官は火力重視で、これら新型機関銃でミトライユーズやガトリング砲という旧式機関砲を置き換えた。

 またオチキス社からは47mm砲も購入する。

 この砲は本来艦載砲なのだが、速射性能の良さから主要設備の要塞砲として設置する。

 出来る準備は可能な限りしておく。




 この軍事費を捻出するラハイナの黒い面々は、最初は金を出し渋った。

 軍事費というのは回収の困難な投資で、そこから発展性は無いからだ。

 だがリリウオカラニ女王は一喝する。

「あんたら、腹括れぇや!

 アメリカがこの国全て支配したら、今までの投資も失われる。

 味方につけたいから甘い事言ってくるだろうが、アメリカは全ての財を奪いたいのだ。

 だったら腹括って、博徒(ギャンブラー)らしく賭けてみたらどうだ?

 勝って賠償金を得て回収するか、負けて全部失って国を去るか。

 無論、アメリカの勝ちに張るのもアリですね。

 それで勝って、どれくらい儲けられるか考えてみよう。

 アメリカはアメリカ国籍を持つ者以外に親切するとは考えられないんですけどね」

 ギャングも黒紳士もヤクザも、こういう姐御肌の女性は何となく好きである。

 それで彼等は幕府勝利に賭けてみる事にした。


「という訳なので、是非勝って、賠償金がっぽり取りましょうね」

 リリウオカラニが電話口で資金の不安が無くなった事を告げつつ、発破をかける。


 ハワイにはアメリカの野心が速報で伝わって来ている。

 1898年6月15日、ハワイを勝手にアメリカの準州とする新領土(ニューランズ)決議が下院を通過した。

 ハワイ政府及びホノルル幕府はアメリカ公使に拒絶と抗議の意思を伝えるも、受け流されただけだった。

 セオドア・ルーズベルトが活躍したサンフアン・ヒルの戦いの5日後、ニューランズ決議は上院も通過。

 翌7日にはマッキンリー大統領は連邦議会におけるハワイ併合決議案に署名した。

 これを受けてハワイ政府及びホノルル幕府はアメリカとの友好条約等を一時凍結。

 真珠湾も使用禁止を通達した。

 しかしアメリカは意に介せず、真珠湾で武器を搭載した船を行き来させ、兵士を上陸させている。


 ハワイは各国大使館を訪れて外交上の協力を依頼した。

 各国大使は協力を約束するも、それは軍事上の勝利の見込みがあってこそ担保されるもの。

 最初から外交任せでは、この時代は通用しない。


 ホノルル幕府はラハイナの議会に要請を出し、臨時で軍の拡大を行って貰った。

 不満も多数出たものの、国の危機という事で急ぎ議会を通過する。

 ハワイ人を中心に兵への応募があり、新兵は1万人に膨れ上がった。

 だが、訓練をしなければ兵は使い物にならない。

 彼等はカウアイ島に移動し、鬼玄蕃の訓練を速成で受ける。


 ハワイの軍拡に対しアメリカは平和を乱すものだと非難声明を出す。

 ハワイはアメリカに対し、不安無く国家運営出来ている独立国に対する侵略であると、ニューランズ決議の一方的な決定を非難する。

 アメリカはホノルル幕府は軍事政権で、国民に多大な犠牲を強いていると非難。

 ホノルル幕府はアメリカの態度を「紳士の美意識(エレガントさ)の欠片も無い、田舎者(イモ)の覇権主義、一度マキャベリか韓非子の著作でも読んでセンスを磨いて来い」と侮辱する。

 榎本武揚は「関ヶ原の前、このような書状もありましたなあ」と、知り合いのフランス人やオランダ人、ロシア人宛に直江状よろしく、マッキンリーの駄目出しを長々厭味ったらしく書き綴って送り付けた。


『戦争の為に軍港を借りておきながら、軍港ごと国まで奪おうとする強欲。

 強欲グリードは7つの大罪として忌むべきものに非ずや?』


『マッキンリー大統領はまだ幸せかもしれない。

 彼が落ちるのは賓客を裏切ったトロメアと謂ふ地獄。

 まだ下にジュデッカと謂ふ地獄が在るのだから』


『そもそもマッキンリー大統領は関税法なる誤法を行なってアメリカ国を混乱せしめた勘定に疎き者である。

 その男が外国侵略に活路を見出したようだが、同じ過ちで国を損なわぬか、他人事ながら心配である』


『聞くにマッキンリー大統領はスペインとの戦争前に一度は躊躇ったという。

 彼に良心が残っていた証拠なり。

 危きは、良心を悪魔に売り渡した者であろう。

 まるで良心があった時期が嘘かのように、より恥知らずに生きるのは東西変わらぬ真理であろうや』


 等等。


 ジョン万次郎は「榎本さん、いつも弱腰やち文句言われちゅうが、その腹いせか、いつにのう生き生きしちゅうのぉ」と呆れていた。

 この榎本状はイギリスの新聞にも掲載された。

 ブリティッシュ・ジョークの琴線に触れたのか、各紙榎本の皮肉たっぷりの文章を褒め称え、アメリカの田舎者丸出しなやり様を小馬鹿にする。

 当然それはアメリカ人の目にも触れ、彼等を憤慨させる。

 この辺、かつてナポレオン・ボナパルトを「寝取られ(コキュ)」と書いて激怒させただけあり、容赦が無い。

 このように外交的に非難や罵倒や宣伝の応酬は始まっていた。

 世界各国は、あとはいつ戦端が開かれるかを、固唾を飲んで見守っていた。


 アメリカとハワイは一触即発の状態に、急に推移した。

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