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新艦隊

 ホノルル幕府海軍奉行は澤太郎左衛門に引き継がれた。

 澤は長崎海軍伝習所の卒業生で、経歴は古い。

 それだけに彼は新しい海軍については若手に任せ、自分は役人としての仕事に専念しようと考えた。

 そして海軍の重鎮となったのは、出羽重遠大佐である。


 元会津藩白虎隊士だった出羽は、ハワイに移った後は海軍に転じた。

 榎本武揚や他の海軍幹部たちも出羽の才能を認め、ヨーロッパ各国に留学させる。

 このように方針を決めない留学は、各国の海軍事情の違いによって支離滅裂になる可能性があった。

 しかし出羽は上手く整合して頭に収め、艦艇の運用方式は世界最優秀のイギリス海軍のものをマスターしつつ、戦略思想としてはフランスの「青年学派」のものも、後の「大艦巨砲主義」に繋がるものも学び、習得した。

 幕府は数え39歳の出羽に、かつての榎本のように長く海軍を任せたいと考えている。


 出羽から見て、青年学派の考え方「攻めない以上、沿岸を守る小型艦と敵の通商破壊をする小型巡洋艦で良い」や「水雷艇といった小型高速で強力な武装を持つものが勝利する」というものは、ハワイの実情に合っていつつ、それでは足りないものがあると感じている。

 ハワイの経済力、工業力からいって、確かに水雷艇を建造するのが精一杯で、他は輸入に頼る事になる。

だが水雷艇と、これを改造した小型砲艦には致命的な欠点があった。

 航続距離が短いのである。

 沿岸を守るだけだからそれで十分、確かに正しい。

 しかしハワイは8つの主要な島とその付属島嶼からなり、担当海域が広過ぎるのだ。

 そうなると要所に絞るにしても、ホノルル、ラハイナ、ヒロ、ワイメアに1個戦隊ずつ水雷隊を置く事になる。

 それでも足りない。

 水雷艇8隻と巡洋艦1隻なら五分の戦いも想像出来る。

 しかし工業力の差から水雷艇8隻対巡洋艦8隻の戦いとなったなら?

 さらに敵も艦載水雷艇を展開したならば?

 希望としては

・もっと航続距離が長く、必要時にハワイのどこにでも集結可能な艦種

・水雷艇を搭載して運搬する艦種

 が欲しい、出羽はそう考えた。


 出羽から澤に上申され、澤からフランスのエミール・ベルタンに相談がいく。

 ベルタンは水雷艇の航続距離を増すよう設計をし直すという。

 また、自国の水雷母艦「フードル」の同型艦を建造し、それを贈ると言ってきた。

 水雷母艦は、水雷艇を収容し、運搬したり補給・修理を行える艦種である。

 3年後の1898年までには到着する予定だ。


 幕府海軍は長年のフランスの支援に感謝している。

 しかし、フランスの、さらに青年学派一本でやっていく事に不安もあった。

 方針として大型艦は持てない、それを踏まえてイギリスとイタリアにも軍艦を発注していた。

 そしてイギリスがそれに応え、一隻の軍艦を格安で提供しにホノルルに回航して来た。


「水雷砲艦『ドライアド』級エクストラナンバー、『トレント』を出羽提督にプレゼントします」

 出羽も澤も聞き慣れない単語に首を傾げる。


「無学なものでして、『ドライアド』というものを知りません。

 何の名前でしょうか?」

 艦引き渡しに立ち合ったイギリス大使に出羽は聞いた。

「神話に出て来る樹木の精霊ですよ。

 美しい女性の姿をしている」

「なるほど、それでは『トレント』とは?」

「我がイングランドを流れる川の名前だ」

「……精霊の姉妹艦が川ですか?

 統一感がありませんね」

「ふむ。

 では『トレント』は『ドライアド』の眷族である樹木人間、とかの方が座りが良かったかね?」


 聞くと、「ドライアド」級は「ハザード」(障害)、「ハリアー」(猛禽類のチュウヒ)、「ハルシオン」(カワセミ)、「フッサー」(ユッサール騎兵)と、まるで一貫してない命名だそうだ。

 では「ドライアド」級はどのような艦なのか?

 水雷砲艦という艦種とは?

 千トン級の高速艦に複数の魚雷管を搭載した艦が水雷砲艦である。

 航続距離の長さと、水雷艇を撃退可能な砲戦能力と、大型艦を撃沈可能な雷撃力を持つ。

 運用方針が合っている事から、ホノルル幕府は感謝して受け取り、艦列に加えた。


 ホノルルのレストランで回航して来た艦長とイギリス大使が会食をしている。

「しかし軍艦一隻、予備の部品で組み上げたエクストラナンバーとは言え、安くプレゼントしたものだな」

 大使の感想に、艦長は海軍の事情を淡々と話す。

「水雷砲艦という艦種が既に時代遅れになってしまったので、無料でも良いくらいです」

「『ドライアド』級は全艦去年完成した最新鋭艦じゃなかったのかね?」

「フィッシャー提督とアームストロング社で、水雷艇より高速で砲戦能力が高く、水雷砲艦より小さくて数を揃えやすい新型の水雷攻撃型艦種、水雷艇駆逐艦が完成しています。

 水雷砲艦はあれでも大型過ぎて、水雷艇に追い付けないという欠点がありますからね」


 水雷艇駆逐艦、やがて単に駆逐艦と呼ばれる艦種の誕生である。


「では大君たちは使えない艦をプレゼントされたのかね?」

「我がイギリスの軍艦に限って使えないものはありませんよ。

 航洋能力も欲しがっていた彼らには、極めて扱いやすい軍艦です。

 砲艦というより小型巡洋艦です。

 『ドライアド』級もそういう特性を生かし、通報艦としての使用に切り替わる予定です。

 何より、フランス製から乗り換えさせるには、実際に使って貰わないと分からない。

 フランス製はカタログスペックだけは素晴らしいからな」

 対抗心を剥き出しにする。

「確かに日本人は、『機関が好調な時を基準にせず、不調の時を念頭に作戦を立てろ』とか、『艦固有の舵の癖や直進性能の無さを体に染みつかせろ』とか言ってるそうだからな」

「……間違ってはいないが、好不調の幅の大きいフランス製に飼い慣らされているなぁ……。

 工業製品でなく、工芸品だからな、あの国のは」

「サンプルを気に入って貰い、今後は我々から艦艇を買って欲しいものだ」





 攻撃において、黒色火薬から無煙火薬に変わるエポックメーキングがあったように、装甲の世界でもエポックメーキングがあった。

 新型鋼としてニッケル鋼、クルップ鋼、ハーヴェイ鋼といったものが開発された。

 強度が従来の鋼鉄に勝る新型鋼だと、艦船に貼る時に従来より薄くても強度において従来に勝り、軽量でも防御力が高い軍艦が造れる。

 この鋼は砲や機関にも使用され、砲はより大口径、長砲身化し、機関もより高圧な蒸気に耐えられるようになる。

 こうした技術の革新期に、大金を払ったとは言え、新型軍艦を発注出来たハワイは運に恵まれていたかもしれない。

 フランスでは海防戦艦が2隻建造されている。

 榎本武揚時代の要望で、「マウナロア」級と同じ24cm砲を使い、砲弾は同じものを使うが、砲塔と砲郭に収められた主砲は新型鋼に堅く護られている。

 後ろ甲板には水雷艇を2隻搭載出来る。

 航続距離をハワイ近海活動用に設定した為、小型化も出来た。

 サイズ的に「マウナロア」級と大差ないが、遥かに強力な艦、小型戦艦として完成する予定である。

 だが、完成はやはり1年少し後で、試験運転後に回航される。

 全て揃うのは数年後だ。


 榎本武揚以来のハワイ海軍は以下のような構想で編制されている。

 ハワイ各島を結ぶ海峡や海域を守る「内海艦隊」。

 内海艦隊はこれまでは帆船が担っていたが、現在は各島に配備された水雷艇・小型砲艦と、今後配備予定の海防戦艦で編制する。

 ハワイより外洋に出て、侵攻する敵艦隊を迎撃したり、敵の商船を拿捕する「通商破壊」を行う「外洋艦隊」。

 外洋艦隊は幸か不幸か、そのような使われ方をした事は今迄は無い。

 外洋艦隊は内海艦隊の任務も行う事が出来る為、これまでは兵員の輸送や陸上を砲撃する等のハワイ海域内の戦いをして来た。

 そして実は名前以上に任務の多い「練習艦隊」。

 海軍軍人を教育する練習艦1隻か2隻で成る部隊だが、必要時は王族ヨットとして、あるいは外国までの移動手段として、さらには航路の警備目的に使用される。

 手頃な艦で、かつ予定が空いている事が多い為、多目的に使用された。

 そしてポリネシアンカヌーやダブルヨットから蒸気船まで雑多な船で構成される「警備艦隊」。

 海軍と内務省とで運用する海上警察である。

 ハワイ人にも悪人はいるし、彼等は泳いで逃げる為、艇よりも小さい船、いや舟くらいで丁度良かった。

 また、座礁した外国船を救助する時も、舟で漕ぎ出して接舷して救う。

 まさにフランスの青年学派の実験場としては最適の環境と言えた。

 フランス式海軍の欠点は、出羽が気づいている「ハワイは担当海域が広過ぎる」事と、イギリスから皮肉られている「好不調の波があり、性能を100%発揮出来ない事が多い『工芸品』」な事である。

 それを補完すべく、他国にも軍艦を発注出来るようになったのは、ハワイの経済が好転したからだ。

 それと海軍の借金返済先延ばしで自由に使える金が出来た事も大きい。

 無論、大国よりも遥かに弱小な経済だが、フランスやイギリスの好意もあって格安で軍艦を揃えられるくらいには回復している。


 イギリスもフランスも自国製の軍艦や武器を提供しながら、じっと眺めていた。

 アメリカは決して諦めないだろう。

 政権が代わればまたハワイに手を出して来るかもしれない。

 その時彼等が戦争を生き延びられたら、我々は太平洋にこれ以上アメリカの勢力を拡大させない為にも、ハワイを保護してやろう。

 生き延びられないならそれまでの事だ。

 軍艦発注を巡ってはライバル関係の両国だが、実は裏では手を結び、アメリカ大陸を隔てた太平洋の戦略を練っていたのだった。

えー、ドライアドにトレントと、「なろう」小説の「ハイファンタジー」っぽい名前を出したのは、半分作者のお遊びです。

ですが、水雷砲艦「ドライアド」級は実在します。

後の時代ですが、イタリアに重巡洋艦「トレント」というのもありますので。

(実在したから遊べました)

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