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論功行賞〜外国編

 クヒオ王子から「ヒジカタ神」というトーテムの話を聞かされた榎本武揚は大爆笑していたが、その笑いが一気に引く事案が舞い込んだ。


 フランス大使と会った時の事である。

「ムッシュー・榎本、反乱阻止成功おめでとうございます」

「ありがとうございます。

 幕閣一同を代表し、お国のご協力にも感謝いたします」

「うむ。

 我がフランスとしては北太平洋の要衝がアメリカの手に落ちて欲しくは無かった故、協力したのも当然ではある。

 だが、それでも求めたいものはある」

「そう来ましたか。

 我々も愚か者ではありません。

 フランスが我々に好意的な事は承知し、有り難く思っていました。

 しかし、如何に友達であろうと全てが無償な訳は無い。

 取るべきを取らないと、国として問題が生じる。

 それくらい分かっています。

 だから、腹の探り合い無しで話していただきたい」

「ムッシューは話が早いようだ。

 ではフランス共和国はハワイ王国に対価を求める」

 そう言って書類が渡された。

・有人の島一つ、もしくは代替として納得のいく無人島複数

・新たな公共事業の優先入札権

・借款の一部返済


 後者二つについては問題無かった。

 フランス大使も、内戦前に銃や港湾整備事業への前倒しした支払いが無かったら、借款の返済についてもっと過酷になっただろう、と言っている。

 問題は領土の割譲についてだった。


 江戸幕府のやり様はこうである。

 話を聞くだけ聞く。

 そして朝廷の承認が必要だと言う。

 日本の朝廷は決して許可しない。

 事実ではあるが、朝廷との交渉に難航し、説得に時間がかかるから待って欲しいと外国に頼む。

 長引いている内に、立ち消えになる事を望む。


 フランス大使にかつてはそうでした、と伝えた上で榎本は

「ハワイ王国にあっても外交の最終決定権は国王にあります。

 だから国王の決定無しに話は進められません。

 しかし、女王陛下はすぐ近くにいらっしゃる。

 女王陛下本人か、王国政府の決定権を持つ者を同席させるから、会談は明日に延期して欲しい。

 要望書はこちらで預かりたい」

 フランス大使は軽く驚いたようだ。

「明日で良いのかね?

 日本では来月とか言い出すと資料で読んだが」

「明日で良い」

「そうか、良い結果を期待している」

「残念だが、結果については保証出来ないよ」

 そう言って両者は別れた。


 榎本武揚はかつてリリウオカラニ女王との不倫の噂を流された。

 それくらいに親密で、話し合う機会も多い。

 榎本は徳川定敬に報告を入れ、無人島の方で話を進める方針への承諾を得た。


「もしも女王陛下が、領土は寸土たりとも渡せないと言い出したら、どうする?」

「その時は、幕府の権限でどうにかします」

 定敬の問いに対する榎本の解である。

 小国を見返りも無しで救う国など無い。

 来るべき時が来て、ツケも支払うべき時が来てしまったのだ。

 逃げては通れない道なのだ。


 イオラニ宮殿にリリウオカラニ女王を訪ねた榎本は、フランスの要望書を手渡す。

 リリウオカラニも覚悟はしていたようだ。

 彼女はため息を一つ吐いた上で呟いた。

「私は最近、兄は随分偉大だったと感じています」

「とおっしゃいますと?」

「創世神話『クムリポ』、あれを周知させた事は私たちを楽にしてくれました」

「??」

「神がハワイとして創りしは、ハワイ島からニイハウ島の有人8島と、ネッカー島、ニホア島のみ。

 あとは例え切り捨てても、固有の領土を売った事にはなりません」

「では、北西ハワイ諸島を割譲する、と」

「全部ではありませんが、そうしましょう」

「ですが、アメリカとの互恵条約でアメリカ以外の国に領土を売れない規定になっています。

 条約が生きている以上、それは無視出来ません」

「租借という形にします。

 貸すも売るも似たようなものですがね」

「分かりました。

 その線で進めましょう」


 翌日、リリウオカラニ臨席でフランス大使と榎本武揚の第二回交渉が行われた。

「フレンチ・フリゲート環礁、レイサン島、ガードナー尖礁とマロ環礁、そしてその周辺海域ですか。

 ふふふ……貴方たちも随分人が悪い」

「何か不足が有るのですか?」

「色々有るけど、一番は、この海域はアメリカと領有権争いをしているって事ですな。

 我々を巻き込む気ですか?」

「その通り」

 榎本でなくリリウオカラニが答える。

「今迄だって巻き込まれてない、いや、我々を対米の最前線として使っていないとでもお思いですか?

 だったら、この件でアメリカと対立しても大して変わらないでしょう」

「思った事をはっきり言うお方ですね。

 ムッシューは苦労されてませんか?」

「まあ……」

「よろしい。

 フランスはレディに優しいので、陛下の主張を呑みましょう。

 ただ、追加で条件を付けます」

「伺いましょう」

「まずこの件で、フランスが領有を宣言した等と責任を押し付けず、ハワイ王国が割譲したとはっきり宣言する事です。

 責任は貴国こそが負うべきです」

「分かりました。

 他は?」

「どの島でも良いので、人を移住させて有人島の形にして欲しい。

 それに、ただの無人島では価値が無いから、港湾施設くらいは整備するように」

「榎本、そうしなさい」

「ではレイサン島になるでしょう。

 温泉スパが有るとかで、平和になったら幕府でも整備しようかと話が出ていました」

「温泉ねえ……。

 我々はそんなに風呂好きでは無いのですが……。

 まあ、他国の船乗りには好まれるかもしれないな。

 よろしい、それでいきましょう」

 大使は榎本と握手し、リリウオカラニの手を取りキスをしようとする。


「お待ちなさい、フランス大使。

 まだこちらに頼み事が有ります」

「何でしょうか?」

 緊張するフランス大使にリリウオカラニはニッコリと笑いかける。

「大した事ではありません。

 これからアメリカ大使と話し合いをします。

 それに同席して下さいませんか」





 功が有れば罪もある。

 アメリカ合衆国は全権大使がハワイ王国を転覆させる陰謀を企んだ、とんでもない過失が有った。

 大統領の謝罪の書簡を持ち、新任のアルバート・ウィルツ公使がホノルルを訪れている。

 ウィルツ公使は、巡洋艦「ボストン」のギルバート・ウィルツ艦長とは無関係の人物である。


「大統領閣下の謝罪、承りました。

 ですが、何のペナルティも無しだとは、公使殿も思ってはいないでしょう?」

「そうですね。

 多少厳しい事を言われるのは覚悟しております」


 ウィルツは、真珠湾の独占使用権だけは死守せよと命じられていた。

 それが守れるなら、アメリカ・ハワイ互恵条約をハワイ側有利にするのは止む無し。

 しかし、真珠湾については一切譲るな、譲るくらいなら謝罪を撤回し、戦争をもちらつかせろとも厳命されている。

 だが、一人面倒臭い人が挟まった。

 立会人であろう、フランス大使である。

 列強の一角の前で恫喝や脅迫の類の無様な外交は出来ない。

 ハワイ側は立会人とは一言も言わず、

「終わったなら皆さんで食事をしましょう。

 ご迷惑をおかけしますが、フランス大使館にご招待いただき、とてもとても美味しい料理をいただきたいと思います」


 フランス大使の驚いた顔と、褒められて誇らしげな顔が見えた。

 女王の独断なのだろう。


 女王はアメリカに条件を伝えた。

 それは驚く事に、たった一つだった。

 その一つは、それだけで十分驚くに足る内容だった。


「真珠湾はこれまで通り貸しますが、使用料を今までの10倍にします」


 ウィルツは頭の中で様々に考えを巡らせた。

 真珠湾の使用については訓令通り、一歩も引いてはいない。

 しかし、使用料がここまで値上げされるとは。

 むしろ決裂を狙ってこんな阿漕な事を言っているのか?

 そこにいる榎本という男が属するホノルル幕府というものがハワイ共和国を粉砕したと聞くが、それに驕ってアメリカ合衆国に喧嘩を売る気か?


 一方で、払えない額では無い、とも思う。

 ペナルティとして足元を見られるのは屈辱だが、理由あっての経費なら払えなくは無い。

 その心を見越したように、リリウオカラニは表情を緩めて内情を話す。


 先の内戦は、関税法で不況に陥った砂糖農園主が焦って起こしたものだ。

 たった3年で撤回されたアメリカの法で、アメリカ国籍を持つ農園主が踊らされたのだ。

 ハワイに他の産業が有れば良かったが、今すぐはまだ無い。

 そこで、今後何らかの砂糖不況が有った場合、彼らが求めた救済基金を作りたい、その為の使用料値上げの意味もある。

 真珠湾を使用する側としては、何度も何度も内戦を起こされたくは無い筈だ。

 王国の治世が理由の内戦なら、任せていられないと併合(リリウオカラニはあえてここを強調した、イヤミである)も仕方ないと思うだろう。

 だが、問題を起こしたのは2回ともアメリカ人である。

 これ以上名誉を傷つけない為にも、万が一の際の救済金は出しても良いのではないか?


(結構詭弁じみてるな)

 と榎本、フランス大使は感じる。

 だが今回は、条件一個だけだし、理由も説明されたし、アメリカ側は呑むだろう。


 ウィルツ公使は即答せず

「本国と相談し、近日中に回答します」

 と答えたが、


(勝負あったな)


 と榎本は感じた。


「では皆さんで夕食を共に取りましょう」

 と微笑むリリウオカラニは、

(使用料だってアメリカの金、関税法同様アメリカの都合でどうにでも止められる。

 振り込まれてる内に、これを投資や運用して儲け、国の富にしておかないと)

 そう博徒めいた考えをしていた。


 そんな女王を見て、次に榎本を見たフランス大使は、榎本の肩を叩いて言った。

「君はきっと、これからも苦労するだろうねえ」

榎本とハワイ王族の関係は「完璧に上手くいった公武合体政権」みたいなものです。

主導権争いとか志士とか無い世界で、完璧に役割分担して意思疎通出来て信頼してる感じです。

でもまあ、明治天皇といい、皇帝/王って結構我が強い人出ますからねえ。

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