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林忠崇の権謀術数

 ホノルルで事件が起きた。

 現在民兵として戦いに参加し、真珠湾のアメリカ海軍施設に逃げ隠れている農園主の元で働いていた日系人ヨサク・イマダという男が、巡洋艦「浪速」に駆け込んで来た。

 居留民保護の観点から、東郷艦長はイマダを艦に留め置く。

 農園主はハワイ共和国に国籍を移していた事もあり、ハワイ共和国の官憲と称する者がイマダの引き渡しを求めた。

 その官憲が言うには、イマダは農園で事件を起こして逃げたと言う。

 犯人の引き渡しを求められたが、東郷は

「日本はハワイ共和国を認めてなく、犯人引き渡し協定も無い。

 引き渡しに応じられもはん」

 そう言って断った。

 自称官憲は怒り、捨て台詞を残し「浪速」を去る。

 次はアメリカ大使館員と共にやって来て、再度犯人引き渡しを求める。

 東郷は

「ハワイで起きた事件にアメリカが口を挟む事が理解出来もはん。

 それと、犯人引き渡し協定については前と同じごわす」

 と突っぱねる。

 今度は幕府の人間が、自分たちがオアフ島の統治を委任されているから、犯人を渡して欲しいとやって来た。

 東郷はこれにも

「ホノルル幕府という存在も日本は認めていない。

 犯人引き渡し協定を結んでいない相手にイマダは渡せない。

 国際法に則った行動を取るよう、榎本さんに伝えて欲しか」

 と断った。

 最後にハワイ王国の政府役人の身分証明書を持った警察に、イマダを引き渡した。

 イマダは長い事自分を守ってくれた東郷に感謝したと言う。




「日本人は早起きで面倒臭い」

 とアメリカ人ながらホノルル幕府の老中に抜擢されたバーニス・ビショップは嘆いていた。

 大君と老中の会議は朝6時から9時まで行われる。

 朝5時には起きて準備しないと間に合わない。

 その分、朝10時からはホノルル商工会議所頭取としての仕事が出来る為、眠いのを除けば本業に支障は出ないメリットはある。


 この日の朝議のテーマは、モロカイ島のハワイ共和国攻撃についてであった。

 彼等の命運は早晩尽きるだろう、とビショップは反逆者を哀れんだ。

 しかし、議事は意外な方に流れる。


「攻めるなとはどういう事か?」

 軍事方老中酒井玄蕃が、政治方老中林忠崇に詰め寄る。


「先に政治が必要って事です」


 林忠崇は、東郷の行為を見てもホノルル幕府は対外的に認められていない、と言う。

「それがどうした?

 外国がどう思おうが構う事はないだろう」

「では言い方を変えましょう。

 我々はハワイ国内ですら認められてはいません」

「どういう事か?」

「我々はハワイ人から見れば、ハワイの為に戦っているとは言え、所詮は外国人が王族の権利を奪って立てた政権に過ぎません」

「まあ、事実ゆえ仕方ないな」

「それではダメです。

 ハワイの国民一体となって、幕府と共存して貰わねばなりません」

「そんな事が出来るのか?」

「出来ます。

 共に祭りをするのです」

「先王カラカウア陛下のように、大規模な祭りをしようというのか?

 そんな事は戦が終わってからで良かろう」

 酒井玄蕃の言に林は冷たく

「祭りと言っても血祭りですよ。

 ハワイ共和国を生贄とする、神殺し神事です」


 思わず酒井玄蕃も息を飲んだ。


「徳川家は一度この神殺しをしています」

「知らぬぞ、そのような事は」

「殺したではないですか、豊国大明神を」

「そうか、大坂の陣!」

「左様、あの戦は豊家というかつての主を、全ての大名で攻め滅ぼしましたな。

 罪と功は皆で分かち合うものです」

「つまり、ハワイの酋長たちや味方となる白人たちを総動員し、ハワイ共和国を共に滅ぼす事で一体となろうというのだな」

「その通り。

 それに、酋長たちが功績を上げれば、堂々と白人の農園を恩賞として与える事も可能です。

 先の戦では、余りにもハワイ人たちは他人事でした。

 戦ってもいないのに、和平に反対し、土地を何故くれないのか?等と言ってました。

 逆に白人たちは、本当に自分たちの土地が保護されるのか疑っていました。

 こういう者どもを全て巻き込みましょうぞ」


 酒井玄蕃が溜息をついた。

「白人たちはともかく、酋長たちが手柄を立てられるとは思えぬ。

 良くてゲベール銃しか持っておらぬぞ」

「我々の旧式銃、シャスポー銃やグラース銃を渡しましょう。

 そして訓練するのです。

 来年の春ならものになりましょう」

「なるほど、来年の春ならベルタン殿が設計した魚雷艇の数も揃います」

 海軍離れ出来ない外国方老中榎本武揚が口を挟む。


「榎本殿には海軍に関わっている暇はありませんぞ。

 ハワイ共和国の者どもを来年の春まで油断させる仕事があります」

「俺……じゃなく(それがし)は大坂方を直前までもてなした権現様の役割ですか。

 荷が重いですな」


「では皆々の意思を確認したい。

 今すぐ共和国を攻めず、時を稼いでハワイ一丸で攻める林の案で良いか?

 異論はあるか?」

 徳川定敬が朝議を纏める。

 異議は無く、方針は定まった。




「何の御用かな、榎本」

 スティーブンス大使は不機嫌を隠そうとしない。

 彼にとって重大な事態がアメリカ本国で発生していた。

 後ろ盾であるブレイン国務長官が辞任してしまったのだ。

 有能だが、剛腕に過ぎ、汚職も激しいブレインは政敵も多い。

 何があったかは不明だが、突如共和党大会前日にブレインは辞表を提出し、政界引退した。

 スティーブンスも自分の座が危うくなったのを感じていた。


「大使閣下にはお願いがありまして」

「何かね?」

「ハワイ共和国との講和を取り持っていただきたいのです」

「は???」

「ハワイ共和国に対し、閣下の口から停戦と和平の……」

「待て待て待て、貴殿は一体何を言ってるのか?」

「私はおかしな事は言っていませんよ。

 私は戦火をこれ以上拡大したくないのです。

 アメリカにも色々な意見があるでしょうが、これ以上は自国民の命が脅かされるのは望まないでしょう?」

 榎本の言葉を聞きながら

(この男は相変わらず御しやすい)

 そうスティーブンスは思う。

(軍事的にも政治的にも上手くいかなかったが、外交で一発逆転が可能かもしれない。

 体制と兵力を温存出来れば、次の機会を狙える)

 様々に考え、スティーブンスは

「よろしい。

 ただし君たちが兵を退くのが先だ。

 真珠湾の海軍施設に逃げ込んだ者たちへの危害を加えぬ事。

 これが守れるなら、和平を取り持つ」

「ありがとうございます」

 両者、笑いながら握手をした。




 ラナイ島のアシュフォード大佐の元にも、来年春のモロカイ島総攻撃の情報が届けられた。

「そうか……。

 同胞としては悲しいが、二度も反乱を起こした以上、命を取られても仕方ないだろう」


 大鳥圭介はアシュフォードの諦観に対し、

「それでは困るな。

 次の戦いは殲滅戦になるから、君が活躍して君が捕虜を取らないと、連中皆殺しになるぞ。

 かつての君の部下もいるだろう?

 友人もいるかもしれないだろ?

 君が捕虜にしないと、彼等は助からない」

 そう伝えた。

「そうか、私が勝利し、捕虜とした者は助けられるのだな。

 言葉に偽りは無いな?」

「無い。

 捕虜の処遇は君に一任する。

 ただし、他の者が捕虜にした者については、君と言えど口出しは出来ないぞ」

「……分かった。

 より多くを助けられるよう、努力しよう」

 引き続きアシュフォード大佐はラナイ島の民兵と、増援の幕府兵2個中隊を指揮する。




 マウイ島東部には、マウイ島出身のロバート・ウィルコックス中佐が派遣された。

 彼は伝手を使って酋長たちに会い、村々から兵士を出し訓練させるように頼んだ。

 この場合、何と言っても効いたのは

白人(ハオレ)を倒せば、そいつの持つ土地は討った者の土地となる」

 という言葉である。

 カメハメハ3世の治世以来、土地を奪われ続けて来たハワイ人たちはいきり立った。


 オアフ島の旧知の白人農園主に対しては、林忠崇が説得に当たった。

「次の戦争では、中立は難しい。

 多くのハワイ人が参戦するから、彼等は恩賞に土地を求める。

 その中に『戦争に参加しなかった』のを理由に君たちの土地も含まれるかもしれない。

 だったら共に戦おう。

 そうすれば土地は安堵されるだけでなく、功績次第では反乱参加者の土地も貰えるかもしれない。

 不道徳的だって?

 今は戦時中なんだ、そんな綺麗事は通らないよ」


 一方で敵に対してはあえて弱腰であたり、ハワイ共和国参加者が増える事を妨げなかった。

 敵は多い方が後々楽になる。

 ラハイナの闇社会の住人たちが、見返り目的で散々投資をして来る。

 こいつらに与える財の為にも、後で奪う土地は多い方が良い。


 なお、ラハイナの住人を焚き付けたのはリリウオカラニ女王と言われる。

「あんたらが待っていた書き入れ時が来た!

 ケチケチしないで、勝つ側に金を出しなさい!」

 そう発破をかけたそうで、現在幕府は軍資金に困っていない。


 防諜は第三大隊の今井信郎と、酒井玄蕃の部下が行っていた。

 特に酒井玄蕃の部下については、正体を誰も知らない。

 昔、江戸で放火や狼藉をした薩摩の手下を倒した組織だとか、庄内藩の忍びの者だとか、修験道の者だとか、様々に噂をされているが、確かな事は分からない。

 とりあえず酒井玄蕃は

「退屈でたまらない。

 やりたい事は分かるが、それでも我が隊だけで勝てるのだ」

 と扇子で顔を煽いでいた。


 大隊長や中隊長ながら参謀役も兼ねる山川浩、立見尚文、梅沢道治らが補給計画やら部隊展開やら書類仕事やらを行っている。

 彼等にしても

「我々の戦争はこの準備で終わりだな。

 我々が立案した計画と彼我の戦力差、負ける方が難しい」

 と言っている。


 徳川定敬は、クヒオ王子と甥の松平容大に声をかけている。

「初陣になるが、所詮我等は神輿、功を焦って前に出ると家臣たちが迷惑する。

 焦らず騒がず、そして余り後ろにも退かず、程好い場所で督戦するが良い」


 こうして各自が準備を進めていった。

 1893年の正月(マカヒキ)には、多くの者たちがホノルルに集結した。

 正月(マカヒキ)が明けると共にモロカイ島を攻める、その軍の長たちの顔合わせであった。


 ハワイ共和国に新年の使者を送り、食料や酒をプレゼントしていたホノルル幕府外国方老中榎本武揚から、突然信じられない程強硬な通達が送られた。


『ハワイ共和国を解散し、国外に退去せよ。

 その際に一切の財産の持ち出しを禁止する。

 出国後は再入国を認めない。

 1893年5月1日に残留している者は、実力をもって収監する』


 278年前に大坂城に送られた書状より、もっと受け入れ難いものであった。

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