表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/190

防護巡洋艦の時代

 防護巡洋艦マウナロア 排水量3,615トン 速力18.5ノット 備砲24cm単装砲4門、15cm単装砲7門

 防護巡洋艦ボストン  排水量3,189トン 速力13ノット  備砲20cm単装砲2門、15cm単装砲6門

 両者を比べると、ハワイ海軍の「マウナロア」がやや勝っている。

 「ボストン」の真珠湾出港が手間取った関係で、ホノルル港に戻る途中の「マウナロア」

 海軍奉行兼任外洋艦隊司令荒井郁之助は、三浦功艦長に「ボストン」の頭を抑えるよう増速を命じた。

 操艦には定評のある三浦艦長は、空を見て

「あの艦の頭を抑えると、今の時間だとちょうど艦が夕日と重なります。

 少し北に進んだ方が良いかと思います」

 と返した為、荒井は「艦長に任せる」とした。


 そして停船命令と、再三従わない為に信号旗「B旗」を掲揚する。

 当時の有効砲戦距離は3千メートル程度である。

 艦形、各種情報を照合し、アメリカの巡洋艦「ボストン」であると確認が出来た。

 おおよその性能も理解している。


 だが、「ボストン」は「マウナロア」の後方に回るべく動き出した。

 それに対し「マウナロア」も「ボストン」に有利に砲撃出来るよう動く。

 そうしながらさらに距離を縮める。


「おう、海戦か?」

「榎本さん、部外者は船室に戻って下さい」

「おいおい、ついこの前まで俺は司令官だったんだぞ。

 艦橋に居るくらいは許してくれや。

 余計な事は言わないからさ」

「しかし……」

 荒井が榎本を押しとどめていると

「敵艦発砲!」

「取り舵、15度、緊急回避!」

「敵弾命中、6インチ(15センチ)砲です」

「左舷砲、準備出来次第砲撃せよ」

 両艦ともグルグル回りながら、水柱の乱立する中を走り回った。

「敵さん、こっちの知ってるのより、随分足が速いなあ」

 情報によると「ボストン」は13ノットであり、5.5ノットの優速を以て有利な位置に自艦を置ける筈であった。

 「ボストン」は試験時に16.5ノットを出した事があり、またアメリカの艦長は限界を超えて走らせる傾向もあり、この時は15.5ノットを出していた。

 一方「マウナロア」は、フランス艦の悪い癖の「機関の調子がまちまち」というのがあり、この日の最高速力は16ノットであった。

 思った以上に差が出ていない。

 そして、管制砲撃をしていない、独立砲撃のこの時代、周囲に何本も水柱が立つと「どの砲のものか」不明になる時があり、角度調整が出来なくなる。

 「ボストン」も最初の命中弾以降、全く当たらなくなった。

 「マウナロア」はしばらく実弾訓練をしてないせいか、まるで当たらない。


 そうこうしているうちに、日没時間切れとなる。

 真っ暗にならない内に「ボストン」は真珠湾に、「マウナロア」はホノルル港に引き上げた。


「損害は?」

「敵6インチ砲は不発、上部石炭庫で止まっており、先程海中投棄しました」

「当てられてしまい、申し訳ありません」

「うむ、今後は気をつけよう。

 で、榎本さん」

「何だよ? 何も口出ししなかったろ?」

「あんた、軍艦相手の海戦っていつ以来だい?」

「えーと、慶應四年の阿波沖海戦ぶりかな」

「あとは軍艦を使った威圧や陸上砲撃、上陸支援とかでしたよね」

「そうだね。

 『回天』も『蟠竜』も俺は乗ってないから、宮古湾海戦や箱館湾海戦には出ていない」

「阿波沖海戦は、薩摩の『春日』に一発当てられましたよね?」

「うん、そういえば以前、『春日丸』の乗員だった海軍士官と会ったぞ、名前は……」

「……榎本さん、もしかしてあんた、運が無いんじゃないか?」

「何?」

「阿波沖海戦もだけど、江戸を出発したら嵐に遭うとか、江差で『開陽』を座礁させるとか、なんか運が無いような気がしてならねえんだけど」

「荒井君、運とか非科学的な事を言うのは止めようよ」

「船乗りは運を気にしますんでね。

 平時はともかく、戦時は榎本さんの乗艦は断ろうかと思います」

「おいおい!」

「老中になったんですから、艦橋に顔出すのもそうですが、戦闘態勢の軍艦に乗り込むのも止めましょうや」




 榎本と荒井が「運」という非科学的な話題で喧嘩している時、

 その運を豊富に持ち、かつ阿波沖海戦で「開陽丸」に一発当てた男が近づいていた。




 真珠湾に戻った「ボストン」のウィルツ艦長は、被害が無かった事を確認すると、翌朝の出港を告げて準備をさせた。

 夜になったから、「ボストン」の海兵たちが戦端を開くだろう。

 呼応しての艦砲射撃が出来なかったのは残念だ。

 その程度に、彼は考えていた。

 だが、出港前の早暁、既に艦橋に入っていたウィルツ艦長に凶報がもたらされる。

 海兵部隊が敗走して来て、しかもハワイ人部隊が執拗な追撃をかけている。

 ウィルツ艦長は出港を取り止め、海兵を収容すると共に、手の空いている水兵に銃を持たせ、迎撃をさせた。

 ウィルコックス中佐の部隊は、新手の水兵たちの反撃に一瞬怯むも、引き続き追撃を続行する。

 戦意において、日本兵以上であった。

 どうも引き際を知らない敵のようだとウィルツ艦長は判断し、アメリカの租借地だから本来傷をつけたくはなかったが、やむを得ないと艦砲射撃による反撃を命じた。

 ウィルコックスも、艦砲がこちらを向き始めたのを見て、攻撃を中断して引き返した。


 負傷者の治療をしている中、スティーブンス大使から怒りの電話が来る。

「何故ホノルル港に来なかった!」

「敵艦と真珠湾湾口で戦っていました」

「蹴散らして来れば良かったのだ」

「相手は我々よりも大型で装甲が厚いのですよ。

 正気で言っていますか?」

「アメリカ軍人だろ?

 勇気と才覚でどうにかしろ!」


(安全な場所から言うだけなら楽だよな)

 そう思いながら、スティーブンス大使の喚きを流し聞く事にした。


 電話を終えたスティーブンスの元に、思いもかけない報告が入る。

「巡洋艦『チャールストン』と極東アジア戦隊が真珠湾に入港して来ました」


 防護巡洋艦チャールストン 排水量3,730トン 速力19ノット 備砲20cm単装砲2門、15cm単装砲6門


 「ボストン」よりも強力な巡洋艦が来援したのだ。

 他は南北戦争型の旧式艦であったが、そこにも海兵は乗っているし、これで態勢の立て直しが出来る、そう思ったところに今度は一転して悪い報告が入る。


 ホノルル港に日本の巡洋艦「浪速」が現れたのだ。


 防護巡洋艦浪速 排水量3,709トン 速力18ノット 備砲26cm単装砲2門、15cm単装砲6門

 装甲コルベット金剛 排水量3,178トン 速力13ノット 備砲17cm単装砲3門、15cm単装砲6門


 居留民保護の名目で日本を発した日本艦隊は、香港を発したアメリカアジア戦隊とほぼ同時にハワイに到着したのであった。

 日本は態度をはっきりさせていない。

 中立かもしれないが、スティーブンスには同じ日本人同士が手を組む悪夢しか想像出来なかった。

 日本艦の入港不許可を王国政府に要請するも、

「居留民保護の名目で軍艦派遣は、アメリカも何回もしているじゃないですか」

 とあっさり却下された。


 「浪速」艦長東郷平八郎大佐は、王国政府を表敬訪問するが、幕府に対しては表向き無視をする。

 日本政府はホノルル幕府を承認していない。

 公式な挨拶は出来なかった。

 一方で東郷は、アメリカ大使館には挨拶に行った。

 流暢な英語(クインズイングリッシュ)でスティーブンスすらたじろいだ。

 要は

「ハワイ王国における内戦で、アメリカ合衆国が一方に肩入れする事が無いと確認したい。

 日本はまだこの度の内戦について、態度を『保留』している。

 だがもし、幕府とは別の日系人に被害が及んだ場合は、被害を与えた陣営への報復もある」

 と「確認・連絡事項」の名を借りた「脅迫」をしに行ったのだ。

 彼は無口で知られていたが、意外に英語では饒舌になる。

 スティーブンスは自分よりずっと小柄な東洋人に圧倒され、屈辱に震えた。


 スティーブンスの怒りをさらに煽る報告が入った。

 入港した巡洋艦「チャールストン」座乗のアジア戦隊司令から

「『ボストン』の指揮権を返上して貰う。

 アメリカはこの内戦において中立である事を決めた。

 報告のあったハワイ共和国との軍事同盟も、批准について保留となった。

 戦時中の一方の勢力と早急には同盟を結べない。

 内戦終結後に改めて議会で議論される。

 従って、スティーブンス大使は今後内戦終結まで一切のアメリカ軍兵士を動かしてはならない」

 という本国からの通達を渡されたのだった。

 スティーブンスは命令書の控えを、ぐしゃぐしゃに丸めて、壁に投げつけた。




 ホノルル港に「マウナロア」と「マウナケア」、そして「浪速」と「金剛」。

 真珠湾には「ボストン」「チャールストン」他数隻のアメリカ艦。

 東郷平八郎は、アメリカ海軍、ハワイ海軍両陣営を「浪速」に招き、パーティーを開いた。

 ホノルル幕府海軍は、イコールでハワイ王国海軍である為、ここは公式に招待出来た。

 両陣営の軍人は、正装で「浪速」に乗艦する。


 東郷艦長は、既にアメリカ・アジア戦隊司令官とも会談を済ませていて、これ以上外国による戦火の拡大をさせない事で一致していた。

 故に今回は、交戦した「マウナロア」と「ボストン」の和解である。

 東郷に促され、三浦艦長とウィルツ艦長は握手をする。

 両者とも別に恨みが有っての戦いではなく、あっさりとこれに応じた。


 後は食事会である。

 司令、艦長級は酒は飲まないが、若い士官たちが飲むのは大目に見られた。

 荒井郁之助が変わった料理に注目する。

 牛肉(ビーフ)玉葱(オニオン)馬鈴薯(ポテト)、それにコンニャク?

 薄い塩味で茹でられ、素材の味はよく出ているが、出汁に今一つ力が無い。

「東郷艦長、この料理は和食かね?

 牛肉が入っているから、一部洋食も取り入れたものかな?」

 それに対し東郷は

「ビーフシチューごわす」

 とムッツリと返す。

「いやいやいやいや、ビーフシチューはちょっと違うよね。

 もっと濃いというか、ねっとりしてるというか」

「俺い流のビーフシチューごわす。

 まだ研究中ごわす。

 不味(まず)かですかい?」

「い……いや、味は良いよ。

 悪かったね」


 実は前年の1891年には日本海軍は厨夫用の教育本に「シチュウ仕方」というレシピを掲載しているから、この料理をシチューと言い張るのは今のとこ東郷だけである。

 この料理が完成するのは、これより後の事になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ