アシュフォード大佐復活
ラナイ島に上陸したハワイ共和国軍は、ギブソン元首相の農園を目指し進撃を始めたが、途中で猛烈な迎撃を受けた。
ギブソン家の家族や農夫による防衛かと思われたが、どうにも様子が違う。
間の取り方が上手く、多数の防御陣地が在り、移動と攻撃が巧みである。
(プロの軍人が指揮をしている?)
そう共和国軍は訝った。
ギブソンめは何処からかプロの軍人を雇ったのか?
または既に幕府の誰かが到着して指揮をしているのか?
共和国軍は答えを知らない。
話を幕府開幕前に戻す。
榎本武揚は、スキャンダラスな噂を立てられ、立腹してハワイを一時離れようかとしていたホノルル・ライフルズのアシュフォード大佐と会食した。
榎本は、どうせ一時出国するならアメリカ製の銃や砲を買って来てくれないか、と依頼した。
無煙火薬の時代はアメリカにも訪れている。
評価用に少数運用していたフランス製ルベルM1886小銃の命中率が低いのだ。
このままでは不安と感じた陸軍の大鳥圭介が、かつて戦ってその強さを実感したアメリカの騎兵銃に目をつけたのだった。
フランスへの不義理になるが、当たらない銃に命を委ねられない。
一個小隊分買って来て欲しいと、アシュフォードに依頼と資金を渡した。
また、ホノルル・ライフルズにもう少しプロの軍人を入れられないかと話し、募兵も兼ねてのアメリカ帰国となった。
それ以来榎本とアシュフォードは電報を通じて頻繁に連絡を取り合っていた。
アシュフォードはアメリカでウィンチェスターM1886という銃を購入する。
これはウィンチェスター社ではなく、後に傑作機関銃で有名になるジョン・ブローニング設計による強化型レバーアクション式小銃で、無煙火薬を使った銃弾を使用出来た。
しかしフランスもこの時、ルベル小銃の命中率が低い欠点を克服する。
先端が丸かったり平たかったりした銃弾を、尖頭式に変えたのだ。
カートリッジに直列に弾丸を装填する時、尖頭弾だと発射時の衝撃で前弾の信管を突いてしまう危険性があり、丸や平らな弾頭の銃弾を使っていた。
すると無煙火薬の強力な発射により高速で放たれるが、弾頭部が丸や平らだと空気抵抗が大きくなり、曲がってしまうのである。
そこでカートリッジ内用の安全装置を追加した尖頭弾を使ったところ、命中率が劇的に向上した。
アメリカ、ウィンチェスター社も全く同じ試行錯誤をして、やっと満足出来る命中率の小銃が出来たところであった。
評価用にウィンチェスターライフルの購入は引き続き頼まれたが、ほとんどをホノルル・ライフルズの使用兵器とする事に決まった。
そんな中、ハワイではハワイ共和国なる、かつてのテキサス共和国やカリフォルニア共和国と同様の「併合へと到る中間段階国」を独立させようとした事が分かった。
アシュフォードはその共和国は、かつて自分が部隊を逃したモロカイ島だろうと、見事に当ててみせた。
やがて榎本から、共和国に対抗する為に、日本人を主体とした別の「内なる国」が建てられる事を知らされる。
その国はかつて日本に存在した江戸幕府の後継国家となる。
アシュフォードは、日本人たちが野心を持たず、侵略を頓挫させる為の手段としての国家であるという話は信じた。
野心が無い事を信じた上で
「それでも私は、封建領主の傭兵にはなれない」
と、ホノルルに戻ってホノルル・ライフルズ諸共「ハワイ総軍司令」の指揮下に入る事を拒否する。
大鳥はアシュフォードに実戦部隊を指揮する陸軍奉行並になって貰いたかったが、アシュフォードはこれも拒否した。
「では貴官のやり方でハワイ王国の為に戦って欲しい」
と榎本が言うと
「良いのか?
貴殿から預かった金で買った武器と雇った兵士だぞ」
と疑問を呈する。
「そういう話は終わってからにしよう」
ということで落着した。
「モロカイ島から見て、ラナイ島とマウイ島西部はガラ空きだ。
ここを守ろう」
かくしてアシュフォードはラナイ島に新たな部下たちと共に到着して、ウォルター・ギブソンと面会する。
かつて自分を殺そうとしたサーストンらの同志の来訪に、ギブソン一家は随分驚いた。
だが、置かれた状況を知り、家族や農夫、さらに現地集落から人を雇い、アシュフォードに預けた。
「USSボストン」の都合で共和国が独立を保留している間に、アシュフォードと彼が連れて来たプロの兵士は、素人を優秀とは言えないまでも、戦闘に使えるまでに鍛え上げた。
ハワイ共和国はそんな中に、甘い予測で侵攻し、痛い目に遭わされた。
アシュフォードは勝利に満足する事なく、ギブソンに言った。
「早くホノルルに援軍要請を出せ」
「ホノルルの何処ですか?」
「幕府だ!
他にあるか!」
そして大義名分を得た幕府軍が動き始める。
この幕府軍が到着するまで、アシュフォードの部隊は神出鬼没の戦闘を続ける。
アメリカ合衆国は、南北戦争終了後は軍事費は随分減らされていた。
海軍が「南北戦争型の軍艦なんて、持っていても新型艦の前に全く役立たないから、新型艦による新海軍の整備がどうしても必要!」と力説した論文を発表して1880年代後半からやっと新型艦が揃って来たのだが、陸軍はそういう必要が無く、長らく装備が旧式であった。
陸軍はしばらく原住民を追い立てる戦争をしていた為、馬と騎兵銃があれば良かった。
銃についても、兵士が個人で新型を買っているような有様である。
ハワイにいる民兵が持っている「西部を征服した銃」ことウィンチェスターM1873は確かに優秀な銃だが、もう19年前の仕様である。
黒色火薬の煙に視界を覆われ、それが晴れるまでの間に、ラナイ島の部隊は側面や後背に回り込む。
無煙火薬とは言え、発射煙は多少はあるし、発射光はあるし、銃声はする。
敵の大体の場所は分かるが、共和国軍の発砲の間に移動する為、相手の数が分からない。
アシュフォードは自軍の実態を把握されていない内が有利であると知っているから、見晴らしの良い海岸とかまでは追撃をしなかった。
しかし3日の戦闘で共和国軍は、海岸の橋頭保も放棄してモロカイ島に撤退した。
武器と指揮官の差は顕著であったのだ。
「あの馬鹿どもが……」
スティーブンスの、以降の台詞は全て四字罵倒語の連発で、とても外交官のエレガントさとは無縁であった。
最悪の状況である。
アメリカ人対アメリカ人という形だと、合衆国政府は「どっちが先に手を出した?」を見る。
本来のシナリオでは、ハワイ王国政府が共和国を否定し、軍事攻撃が予想される為に「防御の為に先んじて王国政府支配下のラナイ島を攻撃し、海域を制圧して敵の侵攻を防ごうとした」と言うつもりだった。
王国が共和国を否定せず、独立を認めるかのように「モロカイ島統治権委任状」なんて渡して来た事が想定外だったのだ。
それならそれで「領土拡大」を口実に、オアフ島やマウイ島の統治権も要求し、受け入れるならこれを繰り返し領土拡大、断られるなら戦争に持ち込んでアメリカの同盟発動に持ち込む、そういうシナリオも用意していた。
間髪入れずにホノルル幕府なんてものが主要4島の統治権を、共和国同様に委任される等計算外も甚だしかった。
ホノルル幕府支配地を要求したら、当然戦争となるだろう。
ただし同格の軍閥同士の内戦と看做される。
幕府にはフランスが味方している為、巡洋艦到着まで戦争は待った方が良い。
他の有人島は3島。
ニイハウ島はかつてカメハメハ5世がピアノ1台と引き換えに、イギリス人のシンクレア夫人に譲渡した為、今でもシンクレア家が支配している。
ここを要求したら、距離からいって兵力分散になるし、シンクレア家はイギリス政府に共和国の横暴を訴え、イギリスの介入を招きかねない。
ラハイナを含むマウイ島西部は、かつて黒駒とか言うヤクザの縄張りとなっていた暗黒街である。
軍事力は皆無だが、深入りすると様々な国の権益に引っ掛かり、面倒臭い事になる。
残るは元首相のギブソン一家が大地主であるラナイ島だが、ここを攻めるのは罠では無いか?
そう考えていたら、あっさり「罠じゃないか」と思った島に兵を出した。
「君は確かに彼等に大人しくしてろと伝えたんだろうな?」
スティーブンスの問いに大使館員は
「言いましたよ。
『USSボストン入港まで待て』とね。
あと『条件が整うまで待て』とも言いましたよ」
と反論する。
「君が余計な事、誤解を与える事を言ったんじゃないかね?」
「随分な言いようですね。
お忘れなく、私は貴方の冒険に付き合う気は無い。
貴方が大使だから命令に従っているのであって、同志等ではない、と」
「その言葉、覚えておこう。
ブレイン国務長官にもよろしく言っておくからな」
「ご随意に」
この大使館員の態度にあるように、国務省は一枚岩ではなく、帝国主義に切り替えつつある自国の政策に反対する外交官もまた多かったのだ。
そしてアシュフォードも、ギブソン邸で食事をご馳走になりながら、アメリカ国内の様子を話していた。
「ハワイにおけるアメリカ大使館の行動は、合衆国政府の関わる事ではないようだ。
大統領は、いくら選挙の功労者であるとはいえ、余りにも独断専行で行動するブレイン国務長官に不満を持ち、対外進出的だった外交政策を改めつつある」
「なるほどね。
ではこの内戦はアメリカの介入は免れられそうだね」
「本格的なのはね。
まだ対外進出的な方針も生き残っているから、部分的なのは覚悟した方が良い」
固いパンを齧りながらアシュフォードとギブソン元首相が会話する。
「まあ、勝ち残っても砂糖が売れないという根本的な問題は残る。
それをどうするのか、幕府とやらの連中に方策はあるのかね?」
「それなんだがね、どうもすんなり解決しそうだ」
「と言うと?」
「私が戻った時、アメリカ国内の物価は随分上がっていた。
予定数の銃が買えず、拳銃や散弾銃に変更したからよく覚えている。
国内産業を育てる名目で、生活必需品に関税をかけたせいだ。
だから次の選挙では民主党が勝ち、マッキンリー関税法は撤廃されそうな勢いだ。
マッキンリー議員自体、下院議長選で落選したように失脚寸前だ。
耐えればそれだけで好転するかもしれない」
それを聞いてギブソンは大きく息を吐いた。
「我が家も砂糖農園だから、ありがたい話だ。
しかし、この話を知ったなら、今回蜂起した連中はどう思うかな」
「いずれにせよ、賽は投げられた。
反乱行為を起こしただけに、もう後戻りは出来ないだろう。
私も、今回は彼等を救う為に裁判で戦う気は無い」
ラナイ島の夜は更けていった。




