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リリウオカラニの奇策

 モロカイ島は、オアフ島とマウイ島の中間に位置する。

 この島は砂糖産業よりも、放牧で牛を飼ったりしている。

 1887年内戦では、この島からの戦闘参加者は居なかった。

 参加者が居ないからといって併合派が少ない訳ではない。

 位置的に蜂起しても意味が無いから起たなかっただけである。

 可能ならアメリカにハワイを併合したいという思いはあり、牧場主たちはホノルル・ライフルズの残党が逃げて来た時、喜んで匿った。


 ラナイ島は典型的な砂糖プランテーションの島だが、この地の一大農園主は併合派ではない。

 かつてカラカウア王の首相を務めたウォルター・ギブソンの一家がラナイ島に砂糖農園を持っていた。

 ギブソンはカラカウアの世界一周旅行、就任10周年祭、50歳の誕生日の式典、さらに砲艦「カイミロア」によるポリネシア政策等を財政面で支えた男である。

 ホノルル・ライフルズの面々からしたら敵と言って良い。

 ギブソンもまた胡散臭い一面があり、彼はモルモン教徒なのだが、モルモン教の土地を購入すると言って資金を集め、自分名義で購入した為、破門されたりしている。

 この時買った土地を元手にラナイ島最大の農園になる。

 土地購入は前からしていたが、農園は1888年開業で、まだビジネスとして上手くいってはいないようだ。


 併合派の「ハワイ共和国」樹立計画は、まずモロカイ島で独立宣言をし、ラナイ島のギブソン農園を奪う事から始める予定である。

 ラハイナのあるマウイ島西部とモロカイ島、ラナイ島の間にある「ラハイナ水道(ローズ)」と言う海域を抑えれば、女王が経済立て直しの鍵と見るラハイナと、首都のあるオアフ島とを分断出来る。

 当然榎本武揚率いる海軍は、この海域を奪取する為に出撃するだろう。

 ここで小型船による海賊的なゲリラ戦を仕掛けて時間を稼げば、ホノルルの海軍をここに拘束出来る。

 前回の内戦で鍵を握った船による移動を封じ、さらにモロカイ島とラナイ島に陸軍も引き付けておけば、ホノルルはがら空きになる。

 国の面子にかけて「ハワイ共和国」等認められないだろうから、ホノルルを空けてでも軍は出て来る。

 そこを狙えば十分勝機がある。


 「ハワイ共和国」はアメリカが太平洋側に巡洋艦を回航してからになる。

 カラカウア王がサンフランシスコで客死した後、その遺体をホノルルに運んで来た巡洋艦「チャールストン」は、任務の為にスティーブンスの残留要望を聞かず、アジア戦隊旗艦として極東に移動した。

 巡洋艦「ボルティモア」は現在チリのパルパライソに居て、南太平洋戦隊に所属している。

 「アトランタ」「シカゴ」「サンフランシスコ」は大西洋ノーフォーク海軍基地に居る。

 残るは巡洋艦「ボストン」で、これをスティーブンス大使がブレイン国務長官に掛け合い、本来大西洋で演習に参加するところを、無理を言ってサンフランシスコに移動させている。

 到着は来年、1892年になるが、到着後すぐには行動出来ない。

 補給し、搭乗員を休ませ、艦を整備してからとなる。

 スティーブンス、ドール、ブレインらは「ボストン」を心待ちにしていた。




 情報は意外なとこから漏れる。

 アメリカ人には人種差別の傾向がある。

 この差別は、同じ人種でも「一目置いた相手」には発動されなかったりする。

 要は同じ黄色人種・日本人であっても、刀を持って首を取りに来る侍たちには何も言わず、腹の中は隠して対等に付き合うが、そうでない単なる労働者の日本人には口汚く罵り雑用にこき使う。

 そして古くから居て守護神気取りの侍と、ここ数年で増えた農園労働希望の日本人は、同じ出身国ながら見た目も違い、仲も良くなかった。

 少なくともニューカマーの方は侍を嫌う傾向にある。

 それ故農園主は、侍と自分の農園で働く日本人は別物と思い込む癖がついてしまった。

 大概の場合それで問題は無かったのだが、時に希少な例に当たる時がある。


 農園主同士が「ハワイ共和国」について話をしていた。

 そこに日本人農夫がお茶を淹れに来た。

 来客の方はギョッとする。

 聞かれたのではないか、このまま密告されるのではないか?と。

 ホストの方は平然としている。

「ああ、あのウスノロは気にしなくていい。

 あいつは妙に口が堅いからな。

 それに、ニューカマーの日本人(ジャップ)はサムライどもと対立してるから、訴え出る事はねえよ」

 来客の方もそれに従えば良かったのだが……。


 客が帰る時、たまたま先程の農夫と会った。

 御主人の雑務が終わり、砂糖畑に出かけるとこだった。

「おい、お前何か聞いたのか?」

「…………??」

「答えろ、この黄色い猿が!」

「……猿じゃねえよ」

「余計な事言うな、質問に答えろ!」

 そう言ってピストルのグリップで殴りつけた。

 日本人農夫はギロっと睨むが、何も言わない。

 薄気味悪がったその男は、

「いいか、俺たちの相談の事は黙っていろよ!

 どっかに密告()れ込んだりしたら、ただじゃ置かねえぞ」

 と銃口を突き付けて命令し、去っていった。

 藪蛇も良いとこであった。


 この男は基本無口で、他人の事には関心が無い。

 聞こえてはいたが、気にしなかったし、誰かに喋る気も無かった。

 しかし、殴られ、銃を突きつけられるという屈辱を与えられた事で恨みに思った。

 御主人様は口汚いし人使いは荒いが、暴力を振るったりはしなかった。

 ……ちゃんと仕事をしているから、給料はともかく、評価はしていた。

 来客はそういう一切を知らず、聞かれたから居丈高に黙らせようとした。

 そうして「先程の話は重大で、密告されたら困る(たち)のもの」と教えてしまったのだ。

 この農夫は、雑用で外出した時に、恨みを晴らすべく警察に密告をした。

 農園主が理解していたように、あくまでも旧幕府の日本人には喋らなかった。


 彼の情報は断片的だったが「ハワイ共和国」と「モロカイ島」と「密告したらただじゃ済まさない」という言葉は伝わる。

 たったこれだけでも、内務省の顧問となっていた元新撰組局長相馬主計には十分な情報だった。

 糸口さえあれば、情報は割と手に入りやすい。

 どうやら再度のハワイをアメリカに併合させる企てが動き始め、今度はモロカイ島でハワイ共和国を独立させる、そこまでは掴めた。

 相馬主計は内務大臣に報告を入れ、そのままリリウオカラニに話す事となった。




 リリウオカラニは報告を受け、一通り白人農園主への罵倒をしまくった。

 落ち着くと、相談相手としてバーニス・ビショップとクヒオ王子を呼ぶ。

 彼等を交えての相談で、国を守るのは中々難しいと知った。


 事を起こす前に先制攻撃を加えた場合、自国民保護を理由にアメリカが介入して来る。

 先に相手に挙兵させた場合、まず「共和国」がアメリカと同盟を結ぶ。

 アメリカとの同盟を後ろ盾にオアフ島侵攻も有り得るし、反撃したらアメリカの介入を要請される。

 「断罪者(ウリエル)」流の皆殺しは、反乱に加担していない白人農園主や外国の忌避を買う。

 土方歳三という男は、その嫌悪を自身に集めて、自分が腹を切って終わらせる算段だったという。

 それは女王という身分では出来ない。

 土方も、カラカウア王や自分の旗頭である榎本武揚に汚点を残さないよう、命令無視をして自分の責任になるよう行ったのだ。

 アメリカと先に話をつけようにも、

「サンフォード・ドールを顧問にした事からも、アメリカ大使は信用出来るかどうか……。

 むしろスティーブンス大使が黒幕という線も考えられます。

 アメリカは最初から介入する機会を伺っているから、交渉しても意味が無いと思います」

 これがクヒオ王子の意見であり、ビショップも「我が母国の事ながら……」と悔しそうだが同意した。

 アメリカとは一戦交える事になるから、後はそれをどう始末するかに話題が移ろうとした。


 リリウオカラニの一言から歴史が動き出す。

「私たちのハワイは、カメハメハ2世の時代から絶えず外国に狙われて来ました。

 その間に王族も病気で随分と減りました。

 日本は、その皇帝の血筋は千年続いているそうですね。

 どうしたら私たちもそのようになれるのでしょう?」

「日本では、帝と時の権力者は別物でしたから」

 相馬主計の答えにリリウオカラニは食いつく。

「その話、詳しく教えて下さい」

「帝は既に千年前に政治をしなくなりました。

 代わって摂政や将軍(タイクン)や、今なら総理大臣(プライムミニスター)が政治を行っています。

 失政があったら帝は代行者を取り換えるだけです。

 帝に一切傷はつきませんし、それ故に瑕瑾の無い帝を攻撃する者は逆賊として、全ての勢力の敵となります。

 無学な私よりも、林上院議員などに聞いた方が良いと思います」

 上院議員林忠崇はそういう知識に長けている。

 女王は直ちに林を呼び出した。




 数日後、イオラニ宮殿に正装で来るよう呼び出しを受けた松平定敬、榎本武揚、大鳥圭介は不思議な光景を見る。

 女王の背後に林忠崇が居て、親ハワイ派の白人が数人居並んでいる。

 リリウオカラニは定敬に大量の称号を授けた。

「私、リリウオカラニは汝、松平定敬に対し、

 『カウアイ王』

 『ハワイ総軍司令官』

 『ハワイ島及び東マウイ島の大酋長(アリイ・ヌイ)

 の称号を授けるものである」


 さっぱり事態が呑み込めない定敬に、林忠崇が説明する。


 かつてカメハメハ大王は、カウアイ島とニイハウ島を支配するカウムアリイだけは征服出来なかった。

 そこでカウアイ島・ニイハウ島を献上する代わりの名誉として「終生王を名乗れる」権利を得た。

 故に「カウアイ王」はカウムアリイ以来途絶えていたとは言え、国王と並ぶ権威ある称号である。


 ハワイ総軍司令官は、かつてリリウオカラニの夫であるジョン・ドミニスが与えられた役職である。

 しかし六代目国王ルナリロによって国軍は解散した。

 総司令官は職名だけあって率いる軍の無い称号である。

 つまり、日本で言うところの左か右の近衛大将に準ずる。


 ハワイ島及び東マウイ島の大酋長(アリイ・ヌイ)は若き日のカメハメハ大王が名乗っていた称号である。

 この時期の覇者はカヘキリであり、マウイ島以西は全てカヘキリの支配下にあった。

 それに対抗すべきカメハメハが称したものである。


「これを受ける謂れはありませんが」

「いや松平王、場合によっては貴方にオアフ総督と陸軍大将、海軍大将の階級を与え、オアフ島・カウアイ島・東マウイ島・ハワイ島の軍政権を与えようと思っています」

「理由をお聞かせ下さい、急に何なのでしょう?」


 ここでビショップが、ハワイにおいて王政を脱し、共和国を独立させようとする企てがある事を伝えた。

 ここで独立宣言した共和国を拒否したらアメリカが介入しかねない。

 かと言って許可しても、共和国は王国を蚕食していつか乗っ取るだろう。

 そこで、共和国に対してもう一個の勢力を作り、独立戦争ではなくあくまでも内戦の形に落とし込む事で、アメリカの介入を抑え込めるのではないか、という考えに至った。

 アメリカ併合派が欲しいのは、オアフ島と真珠湾一帯である。

 ここを松平定敬の軍事政権が抑えてしまったなら、彼等は王家ではなくまず松平定敬の政権に戦闘を仕掛けねばならない。

 そうなると、国内に出来た2つの軍閥の争覇戦となり、単なる権益争いにレベルを下げられる。

 ここで共和国が勝ってしまうと、その後は王国への圧迫が始まるだろうが、

「ここは是非とも勝っていただきたい」

 とビショップが言い、周囲も頷く。


「自分には身に余る事です、どうかこの榎本なり大鳥なりに命じて下さい」

 定敬は辞退するも、林忠崇をチラリと見たリリウオカラニが笑いながら

「それが東洋人の謙譲の美徳というものですね。

 分かっていますとも。

 一応、理由を聞かせて下さい」

 と返す。


 定敬は、自分は主君である徳川家も、自分の領土も守れなかった駄目な大名である事。

 軍事的に将官の位にあるも、部下の方が遥かに才能に恵まれている事。

 黙って多数の上に立つには器量に欠けている事、等を話した。


 リリウオカラニはまた笑い、

「それでは私等は女王として務まりませんわ。

 何の才能も無いのですから。

 今のを聞いた上で再度要請します」


 定敬は再度辞退する。

 これもリリウオカラニには、林忠崇からの入れ知恵で予測済みだった。

「出来ない理由をもう一度お話下さい」

「…………特にありません」

 これは、同じ言い訳を二度するのは恥であるという美徳に依る。

「無いのでしたら、三度目の要請をします。

 主君に三度も頼まれたら、断る事は出来ませんよね?」


 定敬は左右を見た。

 榎本と大鳥は「いい加減、諦めて下さい」と無言で語っている。

 林忠崇は、無表情だが軽く口の端が上がっている。


 ビショップが言う。

「君たちはいずれこのハワイに溶け込み、消滅するつもりだと以前聞いた。

 だからこそ頼めるのだ。

 一代か二代か、それくらいの期間、無私で国を守れたなら、後はもう子孫たちの責任だ。

 無私で軍事的に国に尽くせと、虫の良い話だが、だからこそ君たち以外には頼めない」

「…………女王陛下にお尋ねします」

「何でしょう?」

「王家はその間、如何するのでしょうか?」

 リリウオカラニはまた笑った。

「貴方たちの国の朝廷と同じになりますわ。

 古都ラハイナに移ります。

 ラハイナは経済の重要拠点、亡き兄がやったようにいずれあの地を治めねばなりません。

 それならいっそ、ホノルルは貴方に任せ、王家はラハイナに専念した方が良いでしょう」


「桑名公!」

「三位殿!」

 榎本と大鳥まで就任を促す。


「では不肖松平定敬、ご依頼を承ります。

 なれど、仮にハワイ共和国とやらの騒動が無かった時は、この話は無かった事にしていただけますか?」

「良いでしょう。

 あの者たちが何もしなければ、確かに国内に軍閥を作る必要はありません。

 その条件でいきます。

 どうか、万が一の事が起きたら、この国と王家をお守り下さい」


 かくして様々な称号と役職と権力が松平定敬の上に積み重なり、条件は整った。

1891年はこうして終わります。

いよいよ来年です。

慶喜公はここまで、読めてたって事にしようか、単なる気まぐれって事にしようか、ちょっと考え中です。

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