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ドミニス王配の死とリリウオカラニ女王に関わる噂と

 リリウオカラニ女王の夫は、アメリカ人のジョン・オーウェン・ドミニスである。

 彼のルーツはクロアチアであり、時にイタリア系と勘違いもされていた。

 父親は交易商人であり、カメハメハ3世から広大な土地を贈られていたが、ある時航海中に亡くなった。

 父を失ったオーウェン・ドミニスが通っていた学校の隣は、ハワイの王族の為の学校であった。

 ドミニスはフェンスを登って王立学校を眺めていたが、その内に彼等の多くと友達になる。

 そして成人し、学校時代に知り合った王族のリリア・カマカエハ・パキ、後のリリウオカラニと結婚をした。


 ドミニスはアメリカ人嫌いのカメハメハ5世とも仲が良く、王国軍の司令官や枢密院議員、マウイ島知事やオアフ島総督という職に就いて王を補佐した。

 ドミニスはハワイ王国における「中将」で、王以外では最高位の軍人でもあった。

 尤も軍事教育を全く受けていない為、名目上の司令官でしか無かったが。


 ドミニスとリリウオカラニの間に子はいない。

 しかし、リリウオカラニの召使であったメアリー・パーディ・ラミキ・エイモクとの間に一子が居る。

 この子が生まれた時の夫妻の逸話は探し出せなかった。

 そのような事があったにも関わらず、1891年現在夫婦仲は良好であった。


 このドミニス王配が、8月になって体調を崩し、あっという間に危篤状態になる。

 リリウオカラニは自ら看病をするも、彼女自身国王として忙しく、中々落ちついて看護が出来ない。

 議会は相変わらず空転し、リリウオカラニには「博打好きな不道徳な女王」という罵声が浴びせられる。

 女王もドミニスも消耗していく中、ついにドミニスに死の時が来た。


「リリア」

「何ですか、あなた」

「私は君と会えて幸せだった」

「私もです」

「神の御許に参る前に、君に言い残しておきたい」

「何ですか? 何でも聞きます」

「女王としての君は立派だ。

 だが、何でも全てを背負い込み過ぎない事だ。

 今までは私が支えられたが、もう私には無理だ」

「そんな事を言わず、もっと私を支えて下さい、私が死ぬまで貴方も生き続けて下さい」

「可能だったらどれ程良かったろう……。

 でも、よく聞くんだ。

 私のようなボンクラでも、アメリカの中にこの国を狙っている者が居て、諦めていない事は分かる。

 私は中将なんて階級と王国軍司令官なんて地位だったから、全軍の指揮権があった。

 私の死後は軍隊から割れるのではないだろうか?」

「国防軍の松平、ロイヤル・ガードのジョージ・ハサウェイ・ドール、ホノルル・ライフルズのアシュフォード、いずれも王国に忠誠を誓っていますよ」

「他に君自身の親衛隊であるクイーンズ・ガード、王宮の守備隊であるパレス・ガードとあるけど、この軍の総司令官は誰なんだい?」

「それは女王である私……」

「君には無理だ。

 君は度胸もあるし、威厳もあるし、タフな女性だ。

 だが兵士を指揮して戦うのはおろか、将たちをどう指揮するのかも知らない。

 義兄さんはあれでもプロシャ式の軍事教育を受けているが、君には無い。

 君が全軍を指揮するなら、優秀な参謀が必要だ」

「優秀な参謀……」

「とにかく、君は軍隊の指揮は出来ない。

 それは背負ってはいけない重荷だ。

 どうすべきか考えておいて欲しい」

「分かりました……」

「ハハハ……。

 最期の瞬間にこんな仕事の話なんかするんじゃなかった。

 もっと別な話をすれば良かった。

 今からそうしようか」


 夫婦はたわいもない話、どうでも良い会話を交わす。

 時にお互い涙ぐむ。

 やがてドミニスの口数が減って来た。

 リリウオカラニはそんな彼を励ますかのように必死にお喋りをする。

 黙って頷いていたドミニスが段々反応しなくなって来た。

 そして8月27日、ジョン・オーウェン・ドミニスはこの世を去った。

 享年59歳であった。




 リリウオカラニは服喪もそこそこに、議会に出席し続けた。

 「私的な事で休むな」という議会からの苦情があり、彼女自身も意地になっている。

 下種はそういうものも利用をした。


 リリウオカラニはかねてから「博打、阿片等を好む不道徳な女王」という陰口を叩かれていた。

 だがそれに加え、もっと聞き捨てならない噂が囁かれる。

 曰く、夫のドミニスとは不仲であった。

 曰く、それ故にリリウオカラニは多くの男性と不倫をしていた。

 曰く、服喪も短く悲しむ素振りを見せないのはその為だ。


 この「淫乱な女王」の相手として名を挙げられた中には

 ・ヴォルニー・アシュフォード大佐

 ・榎本武揚海軍中将

 の名もあった。


 榎本とはよく、彼の蒸気軍艦に乗って北西ハワイ諸島やハワイ島周辺海域の監視をしていた為、そのような噂を立てられた。

 だがこれは無理があり過ぎる。

 「カヘキリ」だろうが「カイミロア」だろうが、そこには白人やハワイ人乗組員の目があるのだ。

「どう見たってロマンスの欠片も無い、ただの海上視察なんだが」

 という事になるが、噂を流す者にそんな事情は関係無い。

 信じたい者に恰好の火種をばら撒ければそれで良いのだ。


 大いに不満を持ったのは、ホノルル・ライフルズ司令官アシュフォード大佐である。

 彼は今では、1887年の銃剣憲法の一件に加わった事を後悔している。

 アシュフォードは、カラカウアという国王が贅沢で暗愚で民主主義を蔑ろにする腐敗した存在と信じていた。

 だからこそ革命の必要アリとサーストンやドールの企みに手を貸した。

 だが内戦の後、王は自らの行為を改め、民主主義を選ぶ。

 散々批判したお祭り政治、パレード政治も、確かに大金をばら撒くが、それで潤うのは国民だった。

 「不道徳な女王」と言われるリリウオカラニも、道徳心が無いからそのような事を言い出したのではなく、国の財源確保の為に考えての発言である。

 それを批判している「砂糖貴族」アメリカ白人農園主こそ腐敗と無能が蔓延(はびこ)っているように、アシュフォードには見えて来る。

 彼等の主張は

「アメリカが新関税法を適用した結果、関税は無いが、アメリカ国内の農園には補助金が出るようになった。

 砂糖が売れないから女王は何とかしろ」

 というものである。

 アメリカの国内法で、しかもアメリカ政府がアメリカ国内の農園に補助金を出すという完全なアメリカの国内問題に、ハワイから何を言えるというのだろう?

 やれる事と言ったら、ハワイも同様に国が補助金を出して、アメリカ国内産と同じ安売りをしても儲けを出すようにする事である。

 しかしそれには財源が必要で、今までハワイ王国の国家財政は「砂糖貴族」たちの税収が主だった。

 そうなると通常の手段では助けようが無い。

 そこで女王は、非合法ビジネスをしている連中と手を組み、そこから出る収益を国家財政に組み込もうとしている。

 「砂糖貴族」たちを助ける為である。

 ところがハワイもう一つの既得権勢力である宣教師たちが「それは不道徳だ」と反対し、宗教の力を使って周囲にも広げる。

 そして「女王の私的な財産を国家に差し出せ」と言うのだ。

 確かにハワイ王族には莫大な土地や財産がある。

 しかしハワイ王国の4分の3の土地は白人が持っている。

 王族以上の財産を「砂糖貴族」どもが持っているのだ。

 その連中が自分より財産の少ない女王に向かって「お前の金を出して我々を救え」と言うのだ。

 こいつらの方が余程特権に胡坐をかいている、そう思うとかつての革命戦争に参加した事が悔やまれる。


 そう、アシュフォードはリリウオカラニに対し協力的で、リリウオカラニもまたアシュフォードを信用して軍の指揮権を与えている。

 互いに敬意を持っての事なのだが、下種はこれを不倫という名で貶めた。

 アシュフォードは己の名誉が傷つけられ、苛立っていた。


「一度、ハワイから出てみてはどうかね?」

 そうアメリカ大使が囁いた。

「人の噂なんて、そう長続きはしないだろう。

 特に女王と君が離れてしまえば、噂はすぐに消えるだろう。

 君程の軍人に、こんな不名誉な噂を流されて、私も悔しいよ」

「大使閣下」

「何だね?」

「この不名誉な噂に関し、閣下の私的顧問は関わっていませんか?」

「何の事かね?」

「サンフォード・ドール氏の事です。

 私は以前、彼に協力し、彼と共に講和会議で戦った。

 だが最後に望むところが、私と彼とでは違ったように思えた。

 彼にとって私は邪魔なのではないか?」

「ドール君の事を悪く言うのはやめ給え。

 彼は私の友人で、ハワイの貴重な情報をくれる顧問なのだ。

 同じアメリカ人に貶めて欲しくはないものだ」


 アシュフォードはスティーブンスの誘いを一度は断る。

 だが、「淫乱な女王」「不道徳な女王」とその取り巻きの面白可笑しい噂は、真面目なアシュフォードを傷つけた。


(やはり出国した方が良いか……)

 

 そう考え始めた彼の元に、榎本武揚からディナーの招待状が届く。

 一度同じ不名誉な噂を立てられた者同士、慰め合いませんか?というものであった。

 その招待状の言外のメッセージを感じ取ったアシュフォードは、招きに応じた。

 そして何かを語り合ったようだ。


 数日後、アシュフォードはホノルル・ライフルズ司令官職の休職願いを提出する。

 一度アメリカに帰国し、ほとぼりが冷めるのを待つと言う。

 不名誉な噂を知っていたリリウオカラニは、それを認めた。

 アシュフォードがアメリカ籍の船でホノルルを離れたのを見たスティーブンスは

「厄介なのが一人片付いたか」

 と小声で呟いたが、その声は本人以外の耳には届いていなかった。

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