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エミール・ベルタンのハワイ来訪

 フランス海軍には「青年学派(ジューヌ・エコール)」という考え方があった。

 簡単に言うと

 ・艦隊は役割分担せよ。

 ・フランスで言えば対イギリスでは防御を主とし、魚雷艇や潜水艇による攻撃で対処する。

 ・対イタリアでは攻撃を主とし、装甲艦で対処する。

 ・通商破壊においては巡洋艦の高速性を活かして実行する。

 ・沿岸防御に大艦は不要である。

 ・艦隊は敵を撃滅するより、敵が最も苦痛を感じる作戦に従事すべし。

 このようなものであった。


 問題なのは、フランスならではの「極端から極端に走る」気質だろう。

 フランスは防御主体、長射程攻撃主体の戦術から、数の不利を補うべく「生命躍進(エランヴィタール)」という思想に飛びつき、極端な攻撃主体で精神論的な軍隊を作る。

 やがて被害の莫大さから今度は要塞線を作る思想に変わる。

 将来の事は置いて、青年学派(ジューヌ・エコール)の主張も

「装甲艦建造を求めるのは懐古主義者」

 とレッテルを貼り、極端なまでに小型艦志向に陥っているのが1891年現在でもちらほら見える。

 魚雷の発明により魚雷艇や潜水艦開発に勢力を傾け過ぎ、砲塔を搭載した戦艦の開発は列強の中では遅れを取る。


 本国のそういう部分を置いといて、エミール・ベルタンという技術者は極東の日本という国の為に青年学派(ジューヌ・エコール)の思想に基づいた艦艇をいくつも建艦した。

 だが、予算が少なく戦艦を小艦で倒そうとした日本にあっても、ベルタン設計の艦は問題があるとされた。

 32サンチ砲を搭載した「松島」級海防艦は、砲を旋回させると艦が傾いた。

 もっともこれは、中小口径砲の搭載を主張したベルタンの責任ではなく、清国の戦艦に勝てる32サンチ砲にこだわった日本海軍の責任ではある。

 第五号水雷艇から第十九号水雷艇は、転覆事故が多発した。

 そんなこんなで、日本海軍内のイギリス派、陸軍のドイツ派が、かつて旧幕府と親しかったフランス派への不信を言い出し、ベルタンもこれを嫌い、1890年にはお雇い技術者を辞任した。

 その後、フランスに帰国するところを本国から指示を受け、ハワイ王国にやって来る事になる。


 かつてベルタンは、ハワイ王国海軍の状況を今は亡き土方歳三から聞いて

青年学派(ジューヌ・エコール)の艦隊構想の理想の場所ではないか!)

 と考えていた。

 ハワイは海外を攻める気は無く、防衛のみの艦隊を作りたい。

 予算的にも大艦を保有する余裕は無く、多数の小さな島を領土とする為、小型高速艦が活きる。


 ベルタンは女王、海軍司令官や海軍軍人たちに大歓迎を受けた。

 その海軍司令官兼外洋艦隊司令官である榎本武揚との会談も、穏やかな雰囲気の中で行われた。




 ベルタンの前には、海軍司令官の榎本武揚、造船担当であった中島三郎助(数年前に病気で他界)の嫡男恒太郎造船担当、次男の英次郎機関担当、同僚の柴田伸助造船担当責任者が並んだ。

 ベルタンは穏やかに、だが強く現在の海軍の方針の間違いを説明する。

「ムッシュ榎本、いくら石炭を惜しんでも、今更帆船ではダメだ。

 帆走軍艦は頑張っても10ノット強の速度しか出せない。

 最近の巡洋艦は16ノット以上だ。

 その巡洋艦に海上封鎖されたら、帆走の軍艦では全く対処出来ない」

「ですが、普段の運用ではなるべく石炭を使いたくないのです」

「もうそういう考えは止めた方が良い。

 使う事を前提に、必要な量を即座に計算できる海軍士官でないと、この先勝てない」

「…………」

 一線級の技術者の言う事に、榎本は反論出来ない。

 確かにベルタンの言う通りであり、榎本は半分分かっていながらも、ハワイの状況を理由に改革出来ずにいたのだ。

「この国は貿易立国であり、港湾の使用で利益を得ている。

 港湾使用の為の民間用石炭庫は多くある。

 石炭は取引で手に入れる事が出来るではないか」

「では、石炭の販売を止められたらどうするのですか?」

「購入先を変える他に、備蓄された石炭でどれだけ現状を維持出来るか、購入してから到着までにどれくらいかかるか、代わりの石炭はどれだけの燃焼量(カロリー)があるのか、こういうのは常に使っていないと直感的に計算出来ない。

 繰り返すが、いくら石炭を使わずに済むと言っても、もう帆船ではどうにも出来ないのだぞ」

 榎本は考えを改める事にする。


 ベルタンが次に語ったのは、装甲艦「カヘキリ」の限界についてだった。

「蒸気機関も装甲の質も、旧『アルマ』型と現代の艦では違いがある。

 艦砲もバーベットに載せた側面狙いの砲と、中央に砲塔のある艦では性能に雲泥の差がある。

 君は無煙火薬について、我が国のブリュネ陸軍少将他からレクチャーを受けた事があるね?」

「はい、火薬が新しくなり、艦砲もまた変わるという事でした」

「新型の炸薬の前に、旧『アルマ』級の装甲等もたないよ。

 装甲よりも速力が必要だ。

 石炭を消費するが、高速艦であればかえって損失を防げる」


 この辺は青年学派(ジューヌ・エコール)の極端な主張であり、実際どうなのかは歴史が証明する事になる。


「私は装甲艦の全てを否定はしない。

 この国には外洋を警備する艦隊の他に、沿岸を防御する内海艦隊が有りますね?」

「はい、『カヘキリ』は足が遅いので、そちらに所属しています」

「では『カヘキリ』という名の旧『アルマ』型に代わる艦を建造したいと思う。

 私が設計を担当したい」

「どのような艦になりますか?」

海防戦艦(ガルド・コート・キュイラッセ)という艦種だ。

 今、各国で建造している戦艦(キュイラッセ)の小型版になる。

 外洋で戦う必要が無い為、航続距離は短く足も巡洋艦程速くはない。

 だが小型の艦体に大型の砲を搭載する。

 沿岸防御に徹した艦だが、如何か?」

「大変素晴らしい。

 それで建造費用はどれだけになりますか?」

「それを話す為に、この国の造船担当と機関担当に来て貰ったのだ」

 中島兄弟と柴田伸助が緊張する。

「最初の1隻はフランスで建造する。

 次の1隻は、材料は売却するから、こちらで建造して貰いたい」

「な、なんと。

 フランスの最新艦を我々が造るというのですか?」

「そうでないと高い建造費になるぞ。

 それに君たちには、他の艦艇の建造もして貰う」

「それは何でしょうか?」

「水雷艇だ。

 これは50トンから大きくても100トン程しか無い。

 フランスで造って運ぶと、小型過ぎてかえって辛い。

 だから、数隻はフランスで造るが、残りはこの国で造るのだ」


 ベルタンの奨めるハワイ海軍は、

 ・小型高速巡洋艦の外洋艦隊(中小口径砲を搭載し、通商破壊をされないようにする)

 ・海防戦艦と水雷艇のコンビネーションによる内海艦隊(沿岸防御専任)

 ・これらを自力で補修出来る海軍基地

 というものであった。

 基地は既にあり、君沢型スクーナーや小型蒸気機関の組み立てや修繕は出来ていた。

 これを拡張し、乾ドックや大型艦の整備が可能な工廠を用意する事になる。


(金がかかる)

 榎本はそう思ったが、

(だが、何とか目途が立ってしまった。

 金が有るのに使わずに装備を旧式化させる真似は出来ねえな)

 そう思い返し、ベルタンの構想を受け入れる事を表明した。

 ベルタンはご機嫌で、しばらくハワイに逗留し、弟子として中島兄弟、柴田伸助を始めハワイ人学生や他の海軍軍人にも造船学を教授すると言う。

 榎本は改めてリリウオカラニ女王にベルタンを紹介し、政府のお雇い技師として報酬を支払って貰う事にした。

 肝心の艦隊整備計画だが、

「ご覧の通りハワイは小国です。

 急に全部は出来ませんから、出来る部分から少しずつ始めていきます」

 とした。

 ベルタンも「計画的に行う事は大事だ」と頷いた。




 さて、海軍の整備計画が新たになる頃、大鳥圭介が榎本のところにやって来た。

「榎本さん、公債の返済が一時停止になった上に、女王陛下からの私費で予算が着いたよ。

 あんた、一体どんな魔法を使ったんだい?」

「そんな大した事を俺はやってないよ。

 全ては女王陛下のされた事だ」

 榎本はラハイナの公債購入者に対し、リリウオカラニが返済先延ばしをさせ、補償は女王の私費で行う事で納得させた事と、自分たちの状況を聞いて私費から金を出す事になったと説明した。

 リリウオカラニは、兄カラカウアが子供も無く崩御した為、その財産の半分を相続し、私費は結構有った。

 カラカウアの残り半分の遺産を相続したカピオラニ王妃も、国の財政の為に協力すると言う。


「成る程ねえ……」

 大鳥は感心していたが、ふと何かに気付く。

「アメリカが関税引き上げて、農園主が騒いでいると聞いているが」

「ああ、そうだね」

「農園主にしたら、我々軍隊に金を払う余裕があるなら、農園経営の損失補填にその女王私費を充てて欲しいとか言って来ないかね」

「言ってるそうだよ。

 女王は『私の私費をもって、あなた方の損失という私的な財に補填しろとはおかしな話じゃないか』と突っぱねている。

 さらに言えば、女王は農園主が破産したところを安く購入し、ハワイ人に分け与えたいという野望も持っている」

「危ないね」

「うむ」

「それではいずれ白人農園主は爆発するよ。

 それを抑えろって意味での、僕たち日本人の軍隊への出費なんだろうけどね」

「だが、これを断る必要は無い。

 今は予算が必要な時期なんだ。

 悪いが、遣わせて貰って装備を新たにしないとならない」

「その通り。

 だが、危険には備えておく事にしようぜ、お互いにな」


 白人農園主の羨望と恨みの視線を浴びながら、陸海軍共に装備の更新が行われる事になった。

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