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女王リリウオカラニと北西ハワイ諸島

 デーヴィッド・カラカウア死亡、その知らせを聞いたリリウオカラニは流石に泣き崩れた。

 だがすぐに立ち直り、1月29日に第8代国王として即位する。

 財政難もあり、カラカウアが度々やった派手な式典は行わなかった。

 ただし「正月(マカヒキ)」期間でもあり、庶民に服喪は要求せず、自由に生活させた。


 彼女はカラカウアのように見える形にはしなかったが、基本的にハワイ主義、ポリネシア民族主義である。

 議員が散々文句を言っていたが、議会の招集は正月(マカヒキ)明けとした。

 その正月(マカヒキ)の間に、彼女は精力的に動く。

 まずは大酋長格で挨拶に来る松平定敬、酒井玄蕃、林忠崇、松平容大と親しく話す。


(ハワイの女王とはこういう女性(ひと)なのか?)


 数年前まで日本にいた松平容大は、日本の皇族と比較してしまう。

 父がハワイに行く事で公式には許された斗南藩ではあったが、やはり敗軍、賊軍呼ばわりされて政府中枢には入れない。

 それでも何度か、帝を見る機会はあった。

 緊張感があり、迂闊に話しかけられないような威厳があった。

 それに対し、先王のカラカウアは軽かった。

 まだ英語もハワイ語も堪能でない容大には言ってる事はほとんど聞き取れなかったが、早口でまくし立て、笑い、ニコニコしながら意見を求めて来る。

 日本の帝の威圧感も神々しさも感じられない、等身大の存在であった。

 それに対しリリウオカラニは、態度的にはニコニコして話をよく聞くが、軽さは余り感じられず、時折鋭い目つきになる事もあり「帝」に近いものを感じていた。


(先王も、王本人よりも王妃の方に威厳を感じたものだ)


 ハワイの女性というのは強いのだろう。

 王配であるジョン・ドミニスも傍に立っているだけで、王の威厳は助け無しに女王のみから発せられる。

 昨年までとは違うものを彼は感じていた。




 日本人4大名との謁見も終わり、公式行事もひと段落した後、女王は航海に出た。

 正月(マカヒキ)とは牡牛座のプレアデス星団が見えている期間ずっとであり、流石に近年はその間「全面祭日、先祖を供養せよ」とはならないが、その他の熱月(カヒキ)に比べ公式行事は少なくなる。

 国王は私的な事を出来る期間になる。


 練習艦「カイミロア」にリリウオカラニとドミニス王配、そして榎本武揚が座乗する。

 護衛は、以前の国王の航海ではハワイ人によるカヌー部隊が担っていたが、今回は巡洋艦「マウナケア」が就いている。

 「マウナケア」は日本の「畝傍」艦の略同型艦である。

 「畝傍」の24cm砲4門、15cm砲7門に対し、「マウナケア」は24cm砲4門、15cm砲4門と砲力を削減している。

 その分、300トン近く排水量を減らし、舷側の砲門を閉じた分だけ浸水のリスクを減らした。

 これは榎本武揚の要望で、自国での石炭産出が無く季節風が強いハワイでは、帆走能力を砲力より重視したいという事に因る。

 フランス側は難色を示したが、砲が少なくなる事で値段も多少安くなった為、ハワイ側が折れず、そのままの建艦となった。




 日本に目を移すと、日本では山本権兵衛大佐が前年の1890年までに海軍の大リストラを行う。

 リストラの対象は将官8人、尉佐官89人に及んだ。

 主に「旧式の教育しか受けておらず、帆走や汽帆走という古い軍艦の知識しか無い者、戊辰戦争の論功行賞で海軍将校の地位を得ただけで才覚無き者」を予備役に編入した。

 同郷薩摩の先輩からは

 「この青二才(にせ)が! こげんこつして、どうなるか分かっちょっか!」

 と恫喝されたが、山本は粛々としてリストラを進めた。

 もしも榎本武揚が日本海軍に居たら、リストラの対象だったろう。

 彼は幕府の海軍伝習所に学び、オランダに留学した「旧式の教育しか受けていない」人物であり、現に「砲力や装甲よりも帆走能力を」という思考をしているからだ。

 ハワイという特殊な環境ではそうなってしまうが、もうその考えでは進化した完全な蒸気軍艦に戦闘速度も巡航速度も劣る、燃費以外何の意味も無くなる事を教える必要がある、榎本に肩入れするフランスではそう考えていた。

 日本海軍では、リストラではないが、フランスから招待した設計士のエミール・ベルタンが解任となる。

 このベルタンを帰国前にハワイに遣わし、榎本を説得させる事でフランスと日本海軍とで一致していた。

 政府の文官たちと違い、陸海軍には同じ日本人として旧幕臣であっても、ハワイの陸海軍を支持したいという者が多かった。

 無論、親愛や攘夷実行への敬意のみでなく、太平洋中部への進出の足掛かりとして手を組みたいという思惑もあっての事だが。


 山本のリストラはある将校について、後に注目される事になる。

 海軍大佐東郷平八郎、薩摩出身、海軍兵学寮や海軍兵学校ではなく、イギリスの商船学校の出であり、病気がちで休職が多かった。

 海軍大臣の西郷従道が聞く。

「こん男はどうしもす?」

 山本は少し考えて、

「こん男は『浪速』にでも乗せておきもそ」

 と答えた。

 こうして巡洋艦「浪速」艦長東郷平八郎は、歴史の舞台に残る。




 さてハワイの話に戻す。

 リリウオカラニの航海の目的地は北西ハワイ諸島である。

「榎本は『クムリポ』は読みましたか?」

 リリウオカラニの問いに榎本は、ひと通り目を通したと答える。

 クムリポの創世記にはこうある。

 

【その後ワケアとハウメアは仲直りし、カウアイ島、ニイハウ島、カウラ島とニホア島を生んだ】


 カウアイ島とニイハウ島は有人の島で、正式にハワイ王国の領土である。

 その先の北西ハワイ諸島については、ハワイ王国の実効支配の及ばない領域であり、アメリカが領有したがってもいる問題の地域であった。

 既に北西ハワイ諸島の最北、ミッドウェー島は1867年にアメリカに領有宣言された。

 アメリカはハワイの港湾使用量を減らす為、この島に給炭拠点を作ろうとしたが、それは失敗した。

 結果、ハワイ王国の太平洋中部の拠点としての価値が上昇し、高額な港湾使用料を各国が払ってくれる代わりに、アメリカからは占有狙いで目をつけられる事になった。


 ミッドウェー島という遥か遠くの地はそれでもまだ良い。

 だが「クムリポ」というハワイの神話で説かれた兄弟島のカウラ島、ニホア島まで「王国政府の実効支配が及ばない」というのは沽券に関わる。

 女王は1885年にも視察をしたが、即位後の今も視察をして、この2つの無人島はハワイ王国の領土であると内外に示す必要があった。


 カウラ島にて榎本は上陸を試みたが、

「接岸は……どうやら無理です、カヌーならともかく蒸気艦では座礁の危険があります」

 と諦めた。

 彼には蝦夷共和国時代、気分的な理由で無意味に動かした旗艦を座礁させ、それを救助に来た艦も二次遭難させて、海軍力を大きく減らした嫌な過去がある。

 カヌーなら上陸出来るかもしれないが、喫水の深い蒸気軍艦では無理だろう。

「あの島には祭壇があると言われているのですがねえ……」

 リリウオカラニは残念そうだ。

 おそらくはカヌーでも上陸は困難な島で、それでも危険を冒してやって来た者が祭祀を行ったのではないだろうか。

 リリウオカラニは何か目的があったようだが、短艇(カッター)でも近づくのが困難な為、諦めた。


 続いて訪れたニホア島には上陸が出来た。

 この島はハワイ王国成立以前には人が住んでいて、その跡地がいくつも残っている。

 短艇カッターに乗り移って島まで近づいてから島に飛び移ると、久々に地に足をつけてリリウオカラニは一服する。

 ……軍艦内でタバコは流石に吸えない。


「榎本、この島に基地は作れませんか?」

「は?」

 リリウオカラニの突然の問いに戸惑う榎本だが、地形を見て即座に答えを出す。

「島が小さく港に適した湾も無く崖だらけの島で、大規模な基地は無理です。

 最高地点に灯台の設置と浮き桟橋と非常用の補給倉庫を置く程度なら可能です。

 それでも定期的に物資を補充しないと生活は出来ないでしょう」

「それで結構です。

 是非やっていただきたい、外洋艦隊長官殿」

「はっ!」

「でも、もう少し説明の必要がありそうですね。

 この島をカメハメハ4世は領有宣言していますが、実際のところ人も住んでなく、宣言だけのものです。

 実際に支配が及んでいる事を示す必要があります。

 それと……」

「他に何か?」

 リリウオカラニは声を小さくした。

 周囲には夫のドミニスや側近しか居ないのだが、ついそうした。

「いざアメリカが攻めて来た時、貴方たちの使うホノルル軍港と、アメリカに独占使用権を認めた真珠湾は近過ぎます。

 両方が睨み合いとなり動けなくなったり、あるいは潰し合ってしまう可能性があります」

「そうですね」

「ですから、この地に小規模でも基地があれば何かに使えて良いかと、私は思いましたの」

「成る程……」

 榎本は考える。

(ハワイ王国はこの北の島々の領有権でアメリカと争っていると聞く。

 領土問題の為にも、領土以上に大事な航路を実効支配するという意味でも、航海の安全を図る上で灯台と可能なら警備船を置くのも理解出来る。

 しかし……)

 ※当時は海軍と海上警察の区別は無いので、榎本は警備船についても権限があった。


「残念ながら、基地を構築する予算と配備する軍艦がありません。

 折角最近はハワイ人の海軍軍人も増え、スクーナーを警備船とする事も出来るのですが、資金不足は如何しようもなく」

「それなのですが、榎本」

「はい」

「何故お金が無いのですか?

 貴方たちは自給出来るだけの領地と企業を持っている筈でしょう?」


 榎本は、恥ずかしながら……と答える。

 この巡洋艦「マウナケア」と同型艦「マウナロア」を発注した1883年に、資金不足により旧幕府で公債を発行した。

 それが25年払いで残っている為、1908年までは予算から支払いをしなければならない。

 しかも陸軍が湿気りやすい紙薬莢のシャスポー銃から、金属薬莢のグラース銃に一気に変更した時も金がかかった。

 陸海軍とも旧幕府軍として同じ予算で賄っている為、両方とも武器更新が停滞してしまったのだ。


(武器の変革がここまで速いとは思わなかったし、それに伴う価格の上昇も、速過ぎてついていけない)


「その公債は主にどこが購入していたのですか?」

「どうも辿り辿っていくと、ラハイナです」

「ああ、ミスターブラックのとこですか。

 あそこはお金が有りますからねえ。

 よろしい、榎本。

 貴方の抱える問題は解決されます」

「と、おっしゃいますと?」

「私はラハイナの勢力を王国の一員として、公式に組み込むつもりです。

 そうなると、彼等からの債務は王国からの債務に変わります。

 返済を0にすると予算的に問題が出ますが、猶予する事は出来ます。

 それに海軍予算を増額すれば、新しい軍艦も灯台も基地も造れるでしょう。

 違いますか?」


 榎本は「御意」と言って頭を下げる。

 ここ数年頭を悩ませていた「黒駒勝蔵の鎖」から、旧幕府軍陸海軍は解き放たれる事になる。

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