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暗黒街の平穏

 デーヴィッド・カラカウアは非常に酒好きな人物である。

 余りに大酒が過ぎる為、周囲の人物は絶えず注意をしている。

 一方で彼のあだ名は「メリー・モナーク」、陽気な王である。

「私のどこが陽気なのだ?」

 と本人はそう思っていないようだが、周囲から見れば明るい。

 酒も明るく楽しく飲んでいて、だからだろうか、今までは健康を損ねた事はない。

「酒毒の治療に渡米する」

 と言った時も「禁酒するなら結構」とか「二日酔い抜くにしては、随分遠くに行くんですね」という反応であった。


 ここ最近は違う。


 政治と議会対策を妹リリウオカラニに丸投げし、治安の悪化が予想されるマウイ島ラハイナの旧王宮に居を移したカラカウアは、毎日苦い酒を飲む羽目になる。

 この地を実質的に支配していた黒駒勝蔵という暗黒街の住人、彼が死の直前まで打っていた手が手下たちを大儲けさせていた。

 その代わり、かつての選挙でカラカウアを支持し、かつ先年の内戦ではアメリカ併合派を支持したアメリカ系白人農園主が危機に陥っている。

 黒駒勝蔵は反乱に先立って配下のカジノやホテルや倉庫を高額の保険に加入させ、反乱に与した連中の証拠や証人を確保した上で解放、保険により内戦で燃えた建物の再建を行われるが、その保険金を払った請負人に「本来なら発生しない損害を生じ

 彼等は前非を忘れ、国王に泣きつく。

 国王は情に脆い部分もあり、かつての敵とは言え、力になってやりたいと思う。

 イギリスの保険担当と交渉するが、10回に7回は失敗する。

 それくらい黒駒は負けないように証拠を渡した上で、敵対したアメリカ白人のみが損をするよう手を打っていた。

 残り3回は以下のようになる。

 1つは「返済猶予(モラトリアム)」であり、子女がまだ学校に行っていたりすると認められる。

 1つは「減額」で、過払いの場合に適用される。

 もう1つは「代替返済」で、保険会社の指定する株式なりをローンで購入させる事で弁済に充てるという特殊なものである。

 土地・財産を手離さないと払えない金額分の株式等だから、到底購入出来る訳ないのだが、分割である事と、保険屋指定の金融機関からの融資で対応できる。

 これらは全て、保険側が損をしない上に、利息や融資や過払い査定の時に黒駒配下の金融機関が入る為、短期に資金繰り出来ずに破産(ショート)する、から長期に渡って食い物にされるに代わるだけだ。

 だが、人間目先の苦しみよりも、長期に渡って金を奪われる方がマシと考えるもの。

 不幸が先送りになるとありがたい。

 本来黒駒の親分がこの役を務める筈だったが、国王の方が更に都合が良い。

 カラカウアはある意味、詐欺の片棒担がされているようなものだった。

 彼がアメリカ側の言う「愚かな君主」なら良かったが、カラカウアはある程度仕組みを理解してしまった。

 そして、夜飲む酒が不味くなる。

 不味いのだが、飲まずにいられなくなる。


 勝蔵というカリスマを失った以上、配下同士で揉め事も発生する。

 大体は配下同士で話をつけて、手切れにならないようにする。

 だが多少の損害が発生したりして、面白くない場合がある、というかしょっちゅうだ。

 ババを引いた側の面子を立てる為、ラハイナの顔役である国王にお出まし願う。

 それはまあ、カラカウアが今まで出ていたパーティとは違う、黒い、殺伐とした飲み会となる。

 飯は喉を通らないのだが、酒は飲めてしまうのがカラカウアの悲しい体質であった。

 明け方近くまで続く事もあり、朝起きたら気持ち悪い。


 マシなのは、隣のハワイ島やラハイナから離れた東マウイ島の酋長たちの祭祀参加である。

 豊穣の神ロノに農作物や漁獲物を捧げ、祈りとフラを行う。


 話が少々ずれるが、元々ハワイにはアルコール飲料は存在しなかった。

 アルコールはヨーロッパ人が持ち込んだもので、痛飲して体を壊し、早くに死亡するハワイ人が多いのもアルコール文化が無かった事に因る。

 限度を知らずに、酔いたいだけ飲んでしまうのだ。

 だがアルコールは無くても、酩酊して恍惚となる飲料は存在した。

 「アヴァ」と呼ばれる、麻酔薬のような発酵飲料である。

 祭りの時に飲まれ、神がかりになるのだ。

 そしてこのアヴァ、飲み過ぎると肝臓に良くない。

 そしてハワイ人は、アヴァとアルコールを混ぜた「腰が抜ける」飲料を開発し、飲むようになった。

 カラカウアはこういう酒を飲まされ、気分は悪くないが、体の方はどんどん蝕まれていった。


 かつてこの役をしていた比呂城主松平容保は、えも言えぬ威厳があった。

 酋長たちも、軽々しく酒を勧められず、また容保も一口だけ飲むだけで周囲を納得させた。

 さらにアヴァと製法の似ている日本酒を松平家の方で持参し、獅子舞もまたポリネシア文化に何か訴えるものがあったようで、ハワイ島や隣のマウイ島東部の酋長たちは、松平家を敬意を持って遇していた。

 それに対し、カラカウアは軽い。

 口数が多く、近習と馴れ馴れしく肩を組んでいたり、ギターを弾いて歌う等、国王らしからぬ親しみやすさ、悪く言えば軽率さがあった。

 それだけに祭りの際は、周囲から気安く酒やアヴァを注がれる。

 周囲の酔っ払いが国王に酒を注ぐとか、例えばヴィクトリア女王や明治帝に対してはやれないような事が、カラカウアには出来た。

 イオラニ宮殿に居た時は、周囲が白人だったが、同じ事をしていた。

 違いは、いくら楽しい酒とは言え、公務で飲む酒が案外きつい事である。


 このような酒は、いつしかカラカウアを蝕み、免疫力を低下させていった。


 元黒駒一家がカラカウアに望んだ半分は、酒の場の主であった。

 もう半分は新規の儲けを彼等に運んでくる事である。

 こちらにおいて、カラカウアは不満を持たれている。

 議会が無駄遣いな行事、イベントはしないようにしている。

 摂政リリウオカラニもこれについては白人たちと同意見であった。

 大きな祭りや行事を行えないと、人を抱えて人を食わす組織には旨みが無い。

 金融や非合法ビジネスを行うイギリス人やイタリア人は良いが、祭り用の香具師の親方としてハワイ人小売業を束ねる日本人ヤクザからは、何か大きな事をしてくれとせっつかれていた。

 また、カラカウアには黒駒勝蔵がしていた新規ビジネスを開拓する手腕も無かった。

 通貨危機を見込んで博打に打って出る才覚も無い。

 今まで通りの儲けは保証されたが、このままでは事業拡大出来ない。

 何とかしろと、新しい側近たち(シチリア人や日本人)は詰め寄る。

 カラカウアの寝酒の量は増える一方だった。


 国事行為の為、たまにカラカウアはホノルルに戻る。

 彼の顔を見たリリウオカラニやカピオラニは啞然とした。

「顔に脂が浮き、目の下にクマが出来ている。

 白髪も随分増えたし、髪や髭に張りが無い」

「あなた、酒は控えて下さいと、あれ程言ったではないですか!」

「お兄様、誰がどう見ても健康を害しています。

 今すぐにでも、生活習慣を改めて下さい」

 カラカウアはカラ元気でも笑った。

「ラハイナにおける私の仕事は、八割は酒を飲む事さ。

 酒好きの私にしたら、天職ではないか!

 まだまだ私は大丈夫だよ」

「義姉様、ヤクザやギャングの巣窟で物騒だとか言っている場合じゃありません。

 お兄様について行って、食事や酒の管理をして下さい」

「そうしないとダメなようですね。

 私も腹を括りました。

 ラハイナに参ります」

「おいおいカピオラニ、ラハイナは危険だと言っただろう?

 あそこは暗黒街だ。

 私はそこで酒を飲んで、争いが起こらぬよう両勢力の顔を立ててやっているのだ。

 女性が来ても良い事など無いぞ」

「私は何も酒を飲ませろ、ヤクザの手打ちに顔を出させろ、とは言っていません。

 あなたの体を管理させろと言っているだけです。

 あなたが断ろうと、私は私のスタッフを連れて行きますからね」


 カラカウアの反対を押し切って、カピオラニは医師や看護婦を連れてマウイ島に移住した。

 これは本来カラカウアの為であったが、副次的にマウイ島にも好影響を与える。

 健康管理には一切興味が無かった黒駒勝蔵の影響で、マウイ島の医師や医療機関は非常に少なかった。

 それをカピオラニが「王の医師団」を編制して連れて来た為、他の島に比べて遅れていた医療が劇的に向上したのである。

 もっとも、「王の医師団」の第一の患者であるべき国王は、さっぱり医者の言う事を聞かず、不摂生な生活を送って、カピオラニを悩ませ続けていた。

 

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