無煙火薬時代
銃砲は装薬に点火し、その爆発力を使って弾丸を発射する。
装薬は歴史上長い事、黒色火薬が使われていた。
黒色火薬は作りやすい反面、燃焼滓が砲身を汚す、また燃焼し切れなかった炭素が黒煙となって視界を遮る欠点があった。
銃が改良され、点火方式と尾部より装填し、ガス漏れを起こさない閉鎖機の進化により、弾丸の発射間隔は短くなった。
これにより、ナポレオン時代以来の「銃の次弾発射までの間隙に胸甲騎兵を突撃させる」戦法は自殺行為となったが、中々当たらない銃撃の応酬で戦場が黒煙に包まれ、その機に歩兵突撃をして乱戦に持ち込む戦法はまだ生きている。
故に、黒煙に覆われた戦場で敵味方を識別する様に、各国は目立つ色の軍服を着用させる。
フランスに倣ったハワイの旧幕府軍は、ナポレオン時代のような青いジャケットに、日本らしい白襷をかけていた。
大日本帝国陸軍も、黒の肋骨服に白のズボンとフランス式デザインであった。
黒色火薬では無い火薬の使用、それは大分前から各国で研究されていた。
スウェーデンのアルフレッド・ノーベルが、ちょっとの衝撃で大爆発する危険な薬品ニトログリセリンを制御可能なダイナマイトにして発明して以降、この派生品であるニトロセルロースやニトログアニジンを使う目処が立ったのだ。
理屈は分かったが、開発は難航する。
爆発の威力に、銃身や閉鎖機が耐えられなかったのだ。
黒色火薬時代の小銃の口径は11mmから7.9mm位に縮小し、反動を抑制する。
かつては多数有った次弾装填方式もボルト・アクション式だけが生き残り、レバー・アクションやポンプ・アクションは軍用銃からは無くなった。
後世、接近戦においてポンプ・アクション式のショットガンやグレネードランチャーが採用されたが、長い間軍用小銃ではボルト・アクション式が採用され続けた(現在はオートマチック式)。
火薬の威力が増した事で、耐久性の問題が発生したからであった。
火薬の関係で銃弾が小型化した事は、歩兵に別の利益をもたらす。
弾倉に入れておける弾数、携行出来る弾数が増えた事で、より速射で弾丸をばら撒け、継戦時間も延びた。
旧世代銃は駆逐される運命となった。
戦場が黒煙の幕から解放されると、今迄の派手な敵味方識別用軍服は命取りに変わる。
目立っている為、伏兵も隠密行動も無い。
次第に世界の陸軍は、目立たない色の軍服に変えていく。
ハワイの旧幕府軍に何かと親切なフランス陸軍重鎮のブリュネ少将は、バカンスがてらハワイを訪れ、陸軍代表の大鳥圭介に会ってこの事情を説明した。
軍服については問題無い。
ハワイ人や華僑に洋服の仕立て屋が居る為、発注すればハワイ王国内で金が回る。
しかし無煙火薬を使う新型銃、ルベルM1886小銃への更新は予算的に難しかった。
なんせ、一世代前のグラース銃すら全軍には行き渡らず、現役兵以外は更に前のシャスポー銃を使っているのだ。
金が無くて渋い顔をする大鳥を、ブリュネは説得する。
弾薬は同じものに統一した方が良い。
無煙火薬の銃の前に、黒色火薬の銃は玩具と化すだろう。
先の内戦では敵も黒色火薬型の銃だから良かったが、次に敵が無煙火薬型の銃を使って来たなら、ご自慢の抜刀突撃は遠くから丸見え、こちらが弾丸を撃ち尽くして白兵戦移行しか無い状況で、敵はまだ射撃可能、さらに味方は戦いが長引く程に火薬の燃え滓による銃身の汚れで暴発の危機を抱え、一方敵はその心配が無い。
次は負けるぞ、ブリュネはそう脅す。
一方で大鳥にも言いたい事はあった。
ハワイは火山島である。
硫黄が取れる。
森林も多く、木炭も生産出来る。
更にイギリス人ウィルキンソン夫妻の領有物ではあるが、ハワイ王国領パルミラ環礁からは、鳥の糞由来の硝石が産出出来る。
黒色火薬なら自給出来るのだ。
ブリュネは言う。
大砲の内、大口径砲の装薬はまだ無煙火薬対応が済んでいない。
要塞砲や海岸砲は、相変わらず煙を濛々と吐く黒色火薬を発射に使っている。
巨砲の砲身を、爆発力に耐えられる均一の鋼では、まだ作れない。
敵地で炸裂させる爆薬には無煙火薬を使うが、発射する装薬は技術がまだ追いついていない為、黒色火薬を使う。
ハワイで黒色火薬を自給出来るなら、それは決して無駄にはならない。
更新交渉は纏まらなかった。
大鳥圭介には出せる資金が無いのだ。
自給自足で運営される、ほとんど軍閥な王国陸軍、その中の第一旅団は永井主水らの旗本農園やホンマ・カンパニーや小野組といった日本人の総合商社、そして王族やシンパの白人からの寄付で軍費を賄っている。
その収入だけでは不足するのだ。
だがブリュネの勧めも分かる。
そこで大鳥は、一個中隊分を実験購入する事にした。
ブリュネは商売上、お試し導入でケチったらユーザーが付かない事を理解していて、200挺、1万発の弾丸は無償で提供すると言って来た。
大鳥は素直に感謝し、評価に掛かる。
ブリュネは
(買わざるを得ないだろう。
後は彼がどんな魔術で金を引き出すか見ものだ。
仮に払えなければ、借金という形にしよう。
太平洋に植民地を持つ我がフランスに取って、ハワイも日本人の軍も、安く利用出来るなら価値があるものだから)
そう計算する。
フランスとて列強の一角、親切心や幕末以来の同情だけで旧幕府軍に肩入れ等しないのだ。
ブリュネは海軍士官も連れて来た。
そろそろ専門化が進み、ブリュネが海軍を語る事は難しくなった。
内容は陸軍の武装更新と大体同じ内容である。
11ノットしか出ず、武装も旧式の装甲艦「カヘキリ」を、海軍の榎本武揚はリニューアルしようとしている。
しかしフランス海軍の見解は旧「アルマ級」を改装するより、新型艦を建造した方が、高くはなるが絶対に役立つ、というものである。
榎本武揚は、石炭を産出しないハワイは、季節風が強い事もあり、帆走可能な艦が良いと考えている。
実際、先の内戦でも「軍艦は蒸気船」という発想の裏をかいて、あえて帆走しか出来なくなった老朽船を駆使し、神出鬼没な陸軍部隊輸送を行った。
だがそれでも
(もうそれが通じる時代では無い)
と納得して貰わないとならない。
フランス海軍省は、緊急時にフランス領タヒチに向けられる艦隊として榎本艦隊を考えている。
安売りはしないが、榎本のハワイ艦隊がフランスから軍艦を買い、フランスに協力的で居て貰いたい。
フランスとてアジア・太平洋方面にはろくな部隊を置いていないのだから。
そしてもう一つ。
榎本武揚に対し、イギリス海軍も売り込みをかけている。
先年、かつてビクトリア女王が将軍徳川家茂に贈った王室ヨットを、涙が出る程に大事に、徹底的に使った事が好意を呼んだのだ。
長く使った道具には魂が宿るとか、船には幽霊か精霊が棲み着いて護ったり祟ったりするとか、壊れた船でもニコイチで繋いで使い続けるとか、どうもイギリスには日本人やハワイ人と似た精神性がある。
そしてイギリスは現代最強の海軍国である。
その国からのセールスに負けてはならない。
ハワイ王国そのものとは、イギリスは建国当時から付き合いがある。
一方でフランスは海軍を預かる榎本武揚と付き合いが長い。
そのアドバンテージを譲ってはならない。
陸海軍、英仏はハワイ王国軍の近代化を巡り、売り込みや資金繰りで忙しくなっていた。




