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クヒオ王子登場

 ラハイナの闇の帝王・黒駒勝蔵の死は、賭博や非合法ビジネスの巣窟となったラハイナの混沌を予想させた。

 しかし黒駒勝蔵はそうならないよう手配をしていた事が分かる。

 博徒である彼は、縄張りには拘るが土地の領有には拘らなかった。

 故に彼は国際色豊かな子分たちを分業させ、棲み分けをさせていたのだった。

 日本人は手先の器用さを使った造幣と、現地ハワイ人を小売とした香具師の親玉のような事業に従事させた。

 イギリス人には金融、カジノ経営、保険事業等を行わせた。

 新参のイタリア人(シチリア人)はマネーロンダリングもあったが、漁業指導や酒造、飲食業、スポーツビジネスを任せた。

 アメリカ人は従来通りの農園経営に加え、鉄道ビジネス、海運、商社、倉庫業を委託する。

 華僑は阿片や少額賭博、密入国関係等の泥仕事を受け持たせた。

 そして現地ハワイ人には真っ当な、農業、漁業、林業、そして港湾作業員(潜水夫)という仕事を割り振る。

 敵対者には容赦無い勝蔵は、味方に対しても自分を打倒させないよう、全ての仕事を出来るナンバー2の子分を作らないよう技能を細分化させていたのだ。

 その上で勝蔵は子分たちはエージェントとして活用し、事業を行うのはあくまでも真っ当な人間、堅気の人間にする。

 その事業主に対し勝蔵は、毎月一定額の献金を要求する。

 その献金を纏めたものをカラカウア王宮への賄賂として使い、代わりに今後行われる公共事業、イベント、納札事業の情報を得る。

 勝蔵はその情報を活かし、献金をした事業手に予めどれだけの準備をしたら良いかを教える。

 割り振りは献金の占有率で決める為、国絡みの事業で大儲けを狙う事業主はエージェントを介して勝蔵への献金や協力を積極的に行い、貢ぎ合う競争にまでなる。

 エージェントは勝蔵への献金等の一部を得られるが、一方で利害の対立が発生したら逸早く勝蔵に報告し、勝蔵による裁定とその取り成しをする。

 勝蔵は時に大きく博打に出るが、その他の時期は金を集め、金で情報を買い、買った情報を再分配するのと、人と人との利害調整を行う、そういう仕事をしていた。

 神代直人というビジネスが頭に無い人斬りが発作的に殺してしまったが、それ以外については本来勝蔵は不死身な筈であった。

 彼を殺せば誰もが困るのだから。


 勝蔵の死後、子分たちは集まり今後を協議する。

 それぞれ独立してやっていっても良いし、その過程で殺し合いになろうが恐れはしない。

 しかし今は、イギリスの国家としての力を使って、「砂糖貴族」等と呼ばれた農園主から財産を奪い取っている真っ最中で、それぞれに与えられた役割もあり、協力していた方が儲けがでかい。

 これが終わっても、分業になっている以上、取り纏めさえいれば協力した方がお互い別事業で儲けられる。

 棲み分けが出来ているのに、わざわざ慣れない領分に手を突っ込んで共倒れとなるのもつまらない。


 勝蔵の代わりとなるのは、国の事業についてよく知り、利害対立が有った時に「この人が顔を出した以上、自分のプライドは満たされた」とするカリスマの持ち主である。

 子分たちは頭を捻った挙句、一人の人物に白羽の矢を立てた。


「しばらく渡米は中止し、ラハイナの旧王宮で我々の纏め役をしませんか?

 カラカウア国王陛下」


 闇の帝王が斃れた以上、表の王を連れて来るという奇策に出たのだ。


 カラカウアは議会との対立の挙句、クーデター未遂と内戦を起こした責任を取って、政治の中枢から外れて自らアメリカの人質になりに行く、そう解釈されている。

 政治の中枢にいて議会とやり合うのは摂政リリウオカラニの役になる。

 ならばカラカウアにアメリカに行って貰わず、ラハイナの纏め役になって貰った方が良い。


 さらに元黒駒一家にとって都合の良い事に、ハワイ島最大の大酋長格・松平容保が日本に帰ってしまった。

 この事でハワイ島の酋長たちも、自分たちの纏め役としてのカラカウアを、近い場所で必要とした。

 松平容保の弟で、コナの領主松平定敬は軍人である為、軍神クーの支配下にあるとされる。

 祭祀はクーではなく、豊穣神ロノに対して行う為、これまでは隠居の松平容保を頼んでいたが、その代わりを弟には頼めない。

 故に両方の神に顔が効く(という事になっている)王族のカラカウアに、となった。


 カラカウアは散々嫌がったが、国内の政治を蔑ろにして渡米も出来ない。

 追放されたサンフォード・ドールの監視をしたいが、今の情勢では無理になった。

 そこで

「3年間ラハイナに王座を移す。

 首都は変わらずホノルルであるが、自分はラハイナに住む。

 3年後には健康の為、渡米する」

 として落着した。




 カラカウアがラハイナに出立する前に、2人の王族がイオラニ宮殿に呼び出された。

「お召しによりジョナ・クヒオ・カラニアナオレ、参りました」

「クヒオ、随分と礼儀正しくなりましたね!」

 そう声を掛けたのは、クヒオの養母カピオラニ王妃であった。


 クヒオは王族の一員である。

 彼が幼少の時期に両親が亡くなった。

 それでカメハメハ5世の計らいで、彼はカラカウア家の養子となる。

 そのままカラカウア家で育てられ、カラカウアの即位に伴いクヒオ王子と呼ばれるようになった。

 プリンス・クヒオに対し養母のカピオラニは、健康で立派な人物になる教育を望んだ。

 本来ならキリスト教系の学校に入学させ、適当な時期にヨーロッパ留学させるところである。

 しかし直感的に何かを感じたのか、カピオラニは彼女のルーツであるカウアイ島の大名酒井玄蕃にクヒオを預ける事に決めた。

 カラカウアは猛反対したが、王妃の決意は固く、クヒオは「鬼玄蕃」の下で少年期の後半を過ごす。

 王子を預かった酒井玄蕃だが、質素な生活と厳しい調練は変わらず、王子に対しても特別扱いはしなかった。

 玄蕃は自らを「(もり)役」と見ていた。

 明治帝の傅役となった西郷隆盛や山岡鉄舟のように、王子に対し愛情と苛烈さをもって当たる。

 余りにも厳しい教育であったが、クヒオはこれを受け容れ、健康で礼儀正しい人物に育つ。

 クヒオは、先日の内戦には巻き込まれなかった。

 ホノルルに居たならば標的の一人になったであろう。

 酒井玄蕃の「敵に何事もさせない」凄味を間近で学んだ。

 そしてこの年、王宮に呼び出されたのだ。


 呼び出されたもう一人はカイウラニ王女である。

 以前「野蛮極まる日本の王族」との婚約を告げられ、泣き喚いて嫌がった彼女であるが、今は麗しき乙女へと成長していた。


 リリウオカラニがカラカウアのラハイナへの転居とその理由を2人に告げる。

 そして宣告する。

「兄上に何かあった場合は私が第8代国王となる。

 国王は後継者を指名する事が出来る。

 まだ兄上は国王として在位しておられるが、今ここで私の後継者を指名する事にする。

 カイウラニ、貴女を第9代国王に指名します。

 クヒオはカイウラニの補佐役に任じます」

「え? 私が?」

「はっ、摂政殿下の命、謹んで拝命いたします」

 2人は対照的な反応をする。

 さらにリリウオカラニはカイウラニに命じる。

「私の次の国王であるカイウラニには、それなりの礼儀や人脈作りが必要です。

 貴女は来年よりイギリスに留学しなさい」

「えーーーーーーーーー?????」

「カイウラニ……」

「はい、陛下」

「リリウオカラニだけの思いではない。

 このカラカウアからも命じる。

 イギリス留学し、多くを学びなさい」

「はぁ~い……」

「してクヒオよ」

「はっ」

「なんか、軍人軍人してカッコ良くなったな」

「恐れ入ります」

「君はそろそろ軍人的な態度から、政治家としての物腰を身に付けねばならない。

 ゲンバには話をつけてある。

 ホノルルに留まり、王族として政治を学びなさい。

 そして来年の選挙では上院議員に立候補し、実地で政治を学びなさい」

「了解しました。

 どれだけ出来るか分かりませんが、全力で事に当たります」

「固いなあ」

 カラカウアは笑う。

 王族の若い2人は元気に育ち、王国転覆の企ても破綻した今、王国の未来は明るいように思われ、嬉しかった。


「クヒオは軍人というより、上位の国防担当の政治家になるだろう。

 現在の王国は、王家を守るロイヤル・ガード、議会を守るホノルル・ライフルズ、そして外国から国を護る国防軍とがある。

 それぞれの長、ハサウェイ・ドール、アシュフォード、榎本らに会って、彼等の意見をよく聞くように」

 プリンス・ジョナ・クヒオ、この後旧幕府と大きく関わりを持つ事になる。

 その運命がただ今定められた。

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