表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ixte  作者: 琴尾望奈
53/57

ixte -8月27日

 8月27日


 すがすがしい朝である! 私は、とても心地よい日の光に包まれながら目を覚ました。


 8月27日

 あたしも目を覚ましたぞー! いやぁー、すがすがしい朝だし、何よりあたし今日もまじ最強でちょーやばい。そんなあたしが無双できないリアルとかクソゲーじゃね? リア充チートしてる説!


 8月27日

 わっ、て、庭下さん、いたの!?

 ……あれ? っていうかどこにいるの、庭下さん? もしかしてノートの中? ……そりゃーさすがに、ちょーっとストーリーが抽象的すぎんじゃない? まあ今に始まったことじゃないけど……。


 8月27日

 まーまー、細かいことはいーじゃん?


 8月27日

 ストーリーの不備は、自分自身で埋め合わせなければならない。たとえそれが、私たちの関与できない作者の意図によるものだとしても。そんな外部性に私のあるべき姿を託してしまってはならないから。


 8月27日

 ……わっ! く、楠田さんまで!? ……っていうか、どーしたのその喋り方? 楠田さん性格変わってない? ……それにしても、この3人が揃うのってなんか随分久しぶりな気がするなー。つい昨日ライブやったばかりだっていうのに。


 8月27日

 えー? 何言ってんのさ相沢さん。相沢さんたちがライブやったのって、もう一ヶ月以上前のことじゃないかー。あたしは客席から眺めているだけだったけど、あん時のみんなちょーカワイかったなー! 楠田さんもすごい輝いててさ。


 8月27日

 うん! 私もあの時はすっごいドキドキして、×××して、まじ×××だった! あと、×××が×××で×××、×××、×××××××××………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………×××も×××だったし、チームワークもバラバラだったし、全然うまくいかなかった。取り返しのつかない過ちをいくつも犯した。そもそもアイドルという表現形態は、同じコスチューム、同じ振り付けによりメンバー間それぞれの差異を相対化し、個性を抽象化して画一的な性の象徴性を、セックスだけが不在というその記号化されたセックスアピールを抽出して、パック詰めされた無精卵のような均一な「商品」へと仕立て上げることを目的とした様式であり、よってそんなものに私の私らしさを表現することを夢見てしまったのがそもそもの間違い……


 8月27日

 だーかーらー、楠田さん性格変わってない!? まじ理屈っぽくて引くわー……っていうか、なんかちょっと私っぽくなってるような気もするんだけど……?


 8月27日

 わー、いーないーなー! 2人だけ理屈っぽくていーなー! おーし、こーなったら、あたしも理屈っぽくなるぞー! ×××が×××で、×××なのさー! ほいで×××で、×××で、×××……。


 8月27日

 いやいやいや、そこじゃないから! ……っていうか庭下さん、人の真似ばっかするのは良くないよ?


 8月27日

 そ……そうだよね、人まねばっかは良くないよね……。……あたし


              まじ             何もない


         空       っぽ         な



       存在                だ          からさ。


 8月27日

 わー、ご、ごめん。ちょっと言い過ぎた……。


 8月27日

 そうだよ! 相沢さん、ちょっと言い過ぎだよ! 少しぐらい誰かの真似してたって、いいじゃない! 庭下さんは何をしていても庭下さんのままなんだから! それに、たとえ私の真似だったとしても、それは庭下さん自身がこうありたい! って心から願った姿なんだよ!? だからそれは最大限に尊重されるべきだし、それに、そう言う風に思われて私だって嬉しかったんだから! だから私の×××も、庭下さんのために×××だったわけだし、この×××だって×××で、でも×××だから、きっと×××も、×××も、×××、×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××……


 8月27日

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!


 8月27日

 うわー、今の楠田さん、パニクっててまじかわいーなー! ほいじゃーあたしももっと×××をいっぱい×××して、ほいで×××の×××も×××、そんで×××で×××だし×××、×××、×××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××……。


 8月27日

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!


 8月27日

 だけど私のこの「×××」の本質は自己の閉ざされた非活性であって、その存在によって私の視界は閉ざされてしまうんだ。だから、それを通して世界を覗き込みこと、世界に働きかけることの可能性に開かれた「   」の方がより望ましいとも考えられて、だから、私のこの×××をもっと   すれば、×××が×××して、だけどあらゆる×××は×××じゃなくて× ×、むしろ × 、×××  ××××  ×××××××      ××××× ×  ×××   ××××× ××××   ××××××××××          ×          ××      ××。


 8月27日

 いやー、あたしのこの「   」だって楠田さんの「×××」に置き換われば、

    そう、          すれば          あた

   ×    しの      ×  ××  ××   この

  ×××××  × にも ×   ×× × が生まれ ×× ××××  ×

××  ×××  ×たりし××××××××××××て××××××  ××××

×××××××そう××すれ××××××××××××××ば×××××もっと×××××


 8月27日

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!


 8月27日

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!


 8月27日

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?


 8月27日

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!


 8月27日

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!

 ……わー、どうしちゃったのさー、相沢さん!


 8月27日

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?

 ……相沢さん? 一体どうしてしまったと言うの?


 8月27日

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、庭下さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!

 ……ちょ、ちょっと! どうしちゃったのよ、楠田さん!


      ✳


 8月27日


 私の目からは、よく見えていたんだ。みんなが、相沢さんたちが、どんなに輝いていたのか。彼女たちが、何も気づいていないままに、どんな祝福を受けていたのか、どんな自発的な意味に満ちていたのか。きっと本人たちにとっては、他愛もない日常の一コマだったり、どうしようもないいざこざや、くだらないやりとりであっても、そこには、決して否定することのできない煌めきがあった。彼女たちがただそこにいる、息をしているというだけで無条件に溢れ出す温かさがあった。それは、まだ何も知らない子供達が、何も知らないというまさにその未熟さのために大人たちに秀でるような、そんな存在の純粋なあり方のみを根拠とした優位性だった。その、失敗を恐れず、過ちをものともしない身勝手さは、いつも怖気付いてばかりの私にとっては、あまりに眩しかった。だからあのライブの時も、みんながそれぞれの個性をぶつけ合ってめちゃくちゃな、意味のわからないパフォーマンスになってしまったときも、私だけはその奥にひそむ輝きを見て取ることができたんだ。

 だけど、その後の私はどうだったろう? 相沢さんたちのことを、あんなに見とれていたのに、あんなに羨んでいたのに、私はきっと、あまりにも眩しすぎて、目をそらしてしまった。その姿を見落としてしまった。彼女たちを見つめるこの目だけが、私自身の持つ優位性だったのに、私の視線の先にある輝かしさだけが、私自身の輝かしさの投影だったのに、私はそれを自分で手放してしまった。価値を失ってしまった。私の目は、どんどん暗がりに慣れていった。空虚を見つめることと、空虚に身を置くことは同じことを意味していた。そんな風にして私は、どんどん一人ぼっちになっていってしまったんだ。

 私がずっと塞ぎ込んでいたこの休みの間、相沢さんたちは何していたのかな? 3人で手を取り合って、一体どんなすごいことをやり遂げたんだろう? ……私は見ることができなかったけれど、きっとそこには青春の輝かしい達成があったに違いない。3人の個性はバラバラだから、常に、ともすれば崩れてしまいそうな危ういバランスのもとにその栄光の碑は立脚していたのだけれど、それは私が見つめることがなくとも、ちゃんとその地に足を降ろせていたのかな……? ……いや、そんなこと考えちゃうのって傲慢だな……。私なんか、もうすでに誰からも必要とされていないのに、必要とされる価値を自ら毀損してしまったのに。

 だけど……。

 だけど、私はやっぱり見ていたかった。見つめるというその行為が、もはや誰の助けにもならなくても、何の価値も拾い上げられなくても。不遜でも、身勝手でも、ただ私自身のため、私の後悔のためだけに、みんなの姿を私は見ていたかった。


 この休みの間に、相沢さんたちが成し遂げたこと。その輝かしさを、私はちゃんと見ていたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ