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ixte  作者: 琴尾望奈
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ixte -8月24日

 8月24日


 すがすがすがすがすがすがすがすがすがすがしい朝である!


 う、うわなんだやめやーいおねえちゃんのばーかや、やめろ勝手に私のノートに書おねえちゃんが書くのとろいからいけないんじゃんな、なんだとやめろ意味のわかんない文章になっちゃうだろやめて欲しけりゃ私の書く分の空白を用意しておいてよねはー!?なによあんたなんかの為にそんなことする気はさらさらさらさらさらさらさらさらさらさらないわようわ、だ、だからやめて私が2つ目の()()を書く前に別の()()を付け足すのやめげらげらげらwおねえちゃんなに意味のわかんないこと書いてんのwだ、だからあんたが途中に()()を挟むと私が()()()()って4文字を書いてる感が希薄になってもっかい()()()()って書こうとして無限にルーいいわけすんなばーかおねえちゃんのまぬけーな、なんだと勝手に部屋に上がり込んでノートに落書きするなんざあどういうりょうけ落書きなんかじゃないよーだおねえちゃんの方こそ落書きすんな!ななんだと落書きじゃないわよあんたの方こそ落書きしてんじゃないわよ落書きだよ!私落書きなんてしてないもんななによ落書きじゃないわよあんたの方こそ落書きすんな落書きだよ落書きじゃないよ落書きじゃないよ落書きだよ落書きだよ落書きじゃないよ落書きじゃないよ落書きだよ落書きだよ落書きじゃないよ落書きじゃないよ落書きだよ落書き落書き落書落落き書落落き書落きき落書き書き書落書き落き書書き書きき落き落き書落きき落き書落落き落書き落きき落書き書書落き書落落き落書き落書落落落書き書落書書書書き落落書落書き書落書き落き落書書落書落き落落書書落書落落書落き書書落落落書落書落落落落書書書書落書落落落書落書落落書落落書書落書書落落書書書落書書落落書落落書落落書書落書書落書落落書落落書書落書書落書落書落落落書書落落落落落落落落やーー落書き、めーーしている、なーー犯人は、さーーおねえ、いーーちゃんです! やめなさいってば!! 勝った! 私大勝利なりw おねえちゃんは落書き認めて大惨敗www まじでやめろっつーの! 本当に意味のわかんない文章になってるから! 本書くってレベルじゃねーぞ!? 知らないよ。おねえちゃんのノートがどんな風になろうとさw な、なんだと? っつーか、自分で最初から読んでみなよ! おねえちゃんの書いてる文章、長くて意味わかんなくて、まじ面白くないから! な、何をこのクソガキがぁ……! ほれほれ、ここ、最初のページ! 『未来の私へ。お前(=私)は閉じ込められているぞ! 私たち4人で、出口を、探すんだ』だって! なんか()()的で何言ってるかわかんなくて、うわー、こんな文章書くやつまじ人に伝える能力ねー、きっとコミュ障なんだろうな、この『4人』って言ってるのもきっとリアルの友達のことじゃなくて2次元での話なんだろーなー、って読む人に思わせるような文章になってるよ? まあ実際その通りなんだけどさ! ぷげらww な、なんだとこのクソ馬鹿が……「ちゅうしょう」の字が違げーよ正しくは「抽象」的って書くんだよ、中傷的なのはあんたの言動だろうが……。ほら、またおねえちゃん、何言ってるか分かんないじゃん! はー!? 何で分かんないんだよ今のが!? サンドウィッチマンに謝れ! もーうるっさいなー、じゃあその『4人』の名前あげてみ、ほれほれ。な、何よ、それは……私と……。おねえちゃんとーー(かーらーのー)? それと……楠田さんと……。ああ、おねえちゃんと一緒にライブやってたあの背の高くてちょーカワイイ人……だっけ? おー、おねえちゃんの口から一人でも名前が出てきたなんてすげーじゃん! それからそれから? (・∀・)ニヤニヤ。そ、それから……庭下さん。……だれ? その人? まあいいや。現実の人だとみなそう。あとは? あと一人は? まさか私のことじゃないでしょうねちゃんと現実の友達の名前をあげてくださいよ? そ、それは、その……ううう、うるさい! バカ! 死ね! ひょ〜〜げらげらげら! やっぱいないんだーまじウケるwww(な、なんなのよ過去の私、なんで『4人』なんて書いてんのよ……?)ときにおねえちゃん、その『4人』でならどうしてくだんの出口とやらが見つかると思ったのさ? なかんずくそれが謎。なにかね、その人たちが一箇所に集えばそれが鍵となってプログラムが作動して3年前の七夕にタイムスリップしたりすんの? そんな大昔のラノベみたいなことが実際に起きんの? し、知らないわよそんなこと(そもそもなんで私がこんなこと書いたのかも覚えてないし……)。そもそも出口ってなんだよw 残念ながらおねえちゃんのキモさには出口なんかないから! 喋れば厨二病だし黙ってても根暗だし、整形してもミラクルブスだし輪廻転生してもおねえちゃんはおねえちゃんのままだから! おねえちゃんは自分のキモさから逃れることなんてできないよーだ! う、うるせえなぁちゃんと分かってるから言ってくれるな、泣きたくなってきたじゃねえか……。私なんかキモくてどうせ二学期始まっても友達一人もできないだろうし男子から告られることもないだろうし……ほんと、なんで生きてるんだろ私? ほ〜れほれ、泣いてもいいんだぜおねえちゃんw 涙腺に溜まったその液体くらいには「出口」とやらを与えてやんなよw ななな、泣くもんか!(つーか過去の私は「出口」って一体何のことを言っていたんだ? 妹の言う通り、私なんて自分の人生に何の希望も目的も持ち得ないじゃないか。結末も、帰趨も用意されていないストーリーの上を、それこそ学園SFもののラノベ然とした荒唐無稽なプロットを辿って歩んでいこうとしていたのか? そうすれば、そんなありもしない結末に到達できるとでも思っていたのか……? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが叶うとでも思っていたのか? それが何なのかすらも分かっていないのに?)さあ泣け、いま泣けおねえちゃん。う、うるさいわよ! いっつもいっつもあんた、そんなに私のこと辱めたいわけ!? それがあんたの目的なの!? ううん、違うよ。え? だって私、なーんも考えてないもん、おねえちゃんがどうなろうとそんなんどーでもいいよw な、何だこいつ……アホなのかそれを模しただけの性悪なのか、もしくはその両方なのか、さっぱり分かんねえぞ……。だってさ、ただこーしてるだけでさ、楽しいじゃん! は!? どこが!? 私は全然楽しくなんかないわよ! ううん、私は楽しいよ! おねえちゃんとこんなくだらない言い争いしたりギャーギャー騒いだりしてんのがさ! …………え? だから私がおねえちゃんのことをからかったりすんのには何の目的もないんだよ。しーて言うなら、それ自体が目的、かな!? 私は、おねえちゃんと一緒にいれるだけて、なんかちょっと満たされた気分になんだからさ!(な、なんだこいつ、さてはまた、こんな風にふと覗かせる意外性で私に取り入っておきながら後で蹴落とす寸法なんだな? そうはいく……)私、バカだからさ。(……ん? どうしたんだ急に?)……おねえちゃんの言う通り、私、バカだから、なんにも考えてないんだ。おねえちゃんは頭いいからさ、何かする時もたぶん事前にあれこれ考えて周到に手はずを整えてから行動に移すんだろうけど、私はそういうことできないから、なんも考えないでとりあえずやりたいことやっちゃったり、言いたいこと言っちゃったりするんだ。たぶんそのせいでいつもおねえちゃんのことムカつかせたり傷つけたりしちゃったりしてるんだろうけどさ……。(こ、こいつ……ほんとは全部ちゃんと分かってて……!)でもね、そうすると、気がつくんだ。突発的に始めちゃったことなのに、それをやってるうちに、楽しくなってきちゃって、ああ、私きっと初めからこれをやりたかったんだろうなあ、って。なんの目的もなく始めたことなのに、気づいたら目的を見出している、ってゆーかそれ自体が目的になっちゃってる、とでもいうのかな? へへへ、こんなバカな私でも、そうすれば生きていく目標みたいなもんが見つけられるんだ、って、気がつくんだ。(……こいつ、バカなくせして、こんなにも自分のことをちゃんと客観視できていたんだな……。私は、こんな風に自分のことをきちんと省みることができるだろうか……? 自分の特徴をつぶさに見通すことは、おしなべて楠田さんや庭下さんとの違いを浮き彫りにし、2人から離れて行ってしまうことを意味するのに……)ねえ、おねえちゃん。ん? あのね、たぶんね、バカっていうのはさ、判断能力がないだとか、テストの問題解くのが遅いってことじゃなくて、その……、なんて言うんだろ、だんだんみんなから遠ざかっていっちゃう、っていうことなんだよ。……え? おねえちゃん頭いいからわかんないよね。一生懸命授業聞いてても、だんだん内容が分かんなくなってきちゃって、友達に聞いてもなんでわかんないんだろ? って不思議な顔されるし、そのうち授業以外の会話も噛み合わなくなってくるんだ。世の中のほとんどの子たちはそこそこ頭いいからさ。(……妹は、こんな風に日頃思っていたのか……)なんて言えば分かりやすいのかな? 例えばみんなが会話したり、一つになって課題に取り組んだりするのはさ、共通に持っている記憶が基になってると思うんだけど、私だけその記憶が知らない間に抜け落ちている、って言うのかな?(……記憶が?)ううん、もちろん実際はそんなことないんだけど、感覚としてはそれに近いような気がするんだ。会話の中にふいに私の知らない難しい言葉が出てきたり、私だけが知らない話題でみんなが盛り上がっていたりさ。(……なんだろう、妹の言っていることは曖昧模糊として理屈に合わないのに、それに類似した鮮明な感覚は、私の遠い記憶の中に確かに横たわっているような気がする……)だからね、おねえちゃんが私のこと「このバカ妹がぁっwww!」とか、「あんたまじミラクルバカなんじゃないの!?」とか言ってバカにしてくれるとさ、嬉しかったんだ。(嬉しかった……?)だってさ、おねえちゃんの理屈っぽいところとか、私には難しくて全然わかんなかったからさ、おねえちゃんに罵倒してもらう時、私のバカさでおねえちゃんの目的をちょっとでも書き換えられたような気がしたんだ。だから……。……だから、私にとっての目的はそれかな? おねえちゃんに、思いっきりバカにしてもらうこと! あと、(……なんだろう? 過去の私が、何をもって「出口」と呼んでいたのかわかったような気がする。結末さえも用意されていないストーリーの先に、私が何を求めていたのか。その結末とやらが何なのかすらわからないのに、なぜそれを得る勝算が私にあったのか。そして……そして、なぜ『4人』じゃないとそれが見つけられないと考えたのか。それは……)あと、おねえちゃんのこと思いっきりバカにしてやることだよーん!え!?やーいこんなノートぐちゃぐちゃに汚してやるー!くぁwせdrftgyふじこlpや、やめてキーボードのqwerty配列に由来する記述を手書きでしている体裁にしないで話がメタ的になるからなんだよそーやっておねえちゃんがメタ的に言及したらメタのメタ的になるじゃんなお悪いよーあ、あんたの方こそメタのメタのメタに……や、やめようこれ深淵を覗く系になるからなーに言ってんのさおねえちゃん意味わかんないwななんだとさっきあんた分かってたじゃねーかそれが作者の都合による干渉ならさっきのあんたはまた別のメタ性の現れおねえちゃんなに言ってんのバカじゃないのばーかばーかううるせーああんたちっとは姉を敬おうって気はないの?私はあんたより年上で人生経験はコミュ障なんでゼロですw胸はぺったんこでモテないしまじ死んだ方がいいちょちょっとなに途中から勝手に乗っ取って私ディスうへへへwおねえちゃんが書くの遅いからだよーだ!ななんだと妹のくせに!私よりずっと頭悪いと見せかけて実は非ツワ吊に優秀でタイヘンな人徳もありこの相沢依緒まじ妹さまには敵いません!私まじ死んだ方がいだーかーらー途中から勝手に書くなってゆーのあんたにはほとほとほとほとほとほとほとほとほとほと困っうわだからやめわーい!おねなさいおねあんおねたとおね啀みおね合うおねのもおねもうおねたくおねさんよ!えちゃーん!大好は!?な何!?大好き大好き大好き大好き大好きななな何言ってんのあんた!?やめ大好き好大大きき好やめ好大き大大やめ大好好好大大き大好やめ好好き大大好き好好好好や好好好好好好好め好好好好好好好好好好好好好好好好好好好好や好好好好好好好好好好好好め好好好好好好好好好好好好好好好好好


      ✳


 8月24日


 私にとっての目的は、ライブを成功させようとあんなに意気込んでいた情熱は、私の描いたストーリー上の自明な帰結は、そのあるべき結末は、それは……!

 ……それは、もうなくなってしまった。

 私の守るべき、大切な人がいなくなってしまった。絶対に手放してはいけない、大切なものを失ってしまった。だから、ハッピーエンドにしろそうでないにしろ、その物語はとにかく幕を降ろしてしまって、演じる私の役割もおしまい。その劇を彩る場面の情景は観る人々の脳裏にのみ刻まれ、それらが喚起する感情は彼らの胸の中でのみ温められ続ける。物語の記憶はそれを観ていた人々の間でのみ共有されて、鮮やかな熱を帯びつつ喚起される。そして舞台に立っていたはずの私が、その熱に、私の持っていた輝きの性質を変えた残滓のようなその温かさに触れようと伸ばした指先は、舞台と客席を隔てるように降ろされた幕に遮られ、決してたどり着くことはない。その温かさの感覚は、すでに私のものではないのだ。なぜなら、作る人、演じる人が、その物語を本当の意味で所有することはできないからだ。それは、一度演じられればそこに込められた意図への計慮やら演技上の技巧への陶酔やらを超えた全体性として顕現するはずで、そしてそれを所有できるのは、全体をつぶさに観ることのできる観客だけなのだ。

 じゃあ、今まで私は、何を見てきたんだろう? 脇目も振らずに駆け抜けてきた私の足取りは、その行動の意図は、自身へと向けるべき内観の目を瞑ること、何も見ようとしないままに自身の真価を他の何かに託してしまうことに他ならないのではないか? 何かを為すことと、その行いの正誤を評価することとは全くの別物であるはずなのに、私は、行為の持つであろう正しさのみを夢想して、その正しさの所在に思い至らずに、いやむしろ思い至らぬことを正しさの無限の因果論的退行を超越した神学めいた絶対性の現れだと勘違いしてしまって、私自身のストーリーの発端をそのイノセントでインタクトな無に求めてしまった。

 だから私には、結局何も見えていなかったんだ。

 自分自身のことさえ、見えていなかった。私一人だけで生きる私の物語には、もう紡ぐべき価値なんて失われてしまっていたのに、そんなことさえ見抜けていなかった。そして、そんな私の演じる日々の出来事を、他の誰かが眺めていてくれたとしても、その誰かが私の毎日に価値を見出そうとしてくれていたとしても、その視線を、その好意の発生を、私は取り逃してしまった。その情愛に満ちた傾注を、どこにもたどり着くことのない航海のように茫洋とした無意識の中に封じ込め、その誰かの存在をなき者として忘れ去ってしまった。私の独り善がりがその物語の終焉を招き、心の中で勝手に幕を降ろし、そしてその誰かとの繋がりを絶ってしまった。その誰かと一緒に、まだ見ぬ、結末もわからぬ物語を紡いでいくことなんて、考えてもみなかった。そこにあったかもしれない何かを、私が勝手に終わらせて、失わせてしまった。私の眼差しの臆病な揺れ動きが、その存在を、その穏やかな熱を持つ光を、視界の外へと締め出してしまったんだ。だから――!

 だから私には、何も見えてなんかいなかったんだ。


      ✳


 8月24日


 あたしは結局、他の誰かに縋っていただけなんだ。自分一人では、何の目的も見出せなくて、何の結末も描けなくて、自分自身の生きる意味も、理由も、その誰かに依存した。誰かの抱いた目的を、見据えた結末を、あたし自身の目的や結末だと勘違いして、都合よく取り違えて、彼女の持つ期待も、展望も、すべて勝手に共有しようとした……やー、違うなー。あたしは、盗んだんだ。誰かの持つ意識の一部分を、知らない間に、あたし自身も気がつかない間にあたしのもんにしてしまって、彼女の描いた心象風景の片隅にででーんと居座ってしまった。それでいてあたしは、その眺望の中に光を投射する恒星の瞬きや、視線を吸い寄せるような湖面の深く豊かな青なんかには化身することはできなかった。あたしは、何者にもなれなかったから、あたし自身でさえなかったから、だからその誰かのその人らしさの本質の一部分をかすめ取ることなんてできなかった。せいぜいが、その風景の中に均一に染み入っては気怠い、重たい生ぬるさで凛とした峻烈な空気を濁してしまう没個性性、例えば、雨季の草原に吹き付ける淀んだ湿気のわだかまりだとか、夜の海面を覆う無数の舌先のようなさざ波のぬめっとした照り返しだとか、そんなもんとしてひっそりと紛れ込むことしかできなかった。その誰かにとってでさえあたしは、波間に浮かんでは消える、あぶくのような意味を欠いた存在だった。あぶくのような事実の羅列で構成されていたあたしは、つまるところ、どこまでいっても、誰とともに歩んでいても、結局あたし自身のままだったんだ。

 だからあたしは、誰にも見えてなんかいなかった。

 あたしの、あたしらしさの欠如は、あたしが誰かと何かを共有したいと願ったその動機は、誰にも共有されることはなかった。あたしという存在は、その確たる自己を喪失したまま、そのままの姿でみんなに受容されてしまった。あたしのその空っぽさは、誰にも取り繕われることなくみんなの中に沈み込んで、みんなのみんならしさで満たされてしまった。空っぽのグラスを、特殊な屈折率を持つ液体に沈めることで見えなくしてしまう科学の実験みたいに、あたしの姿はみんなのみんならしさですっかり埋め尽くされて、見えなくなってしまっていたんだ。


      ✳


 8月24日


 相沢さんの姿は、どんなに遠くからでもすぐに見つけることができた。相沢さんの持つ、彼女らしい輝きで、私の視線をいつでも導いてくれた。その真っ白な、というより蒼白な肌は、太陽の光を拒むように跳ね返して、私の目にいつもチラチラと引っかかってきたし、メンバーの子たちとダンスの練習をしている時の、そのぎこちない身のこなしも、その気怠そうな表情も、澄み渡る夏の青空に溶け込めずにいるような憂鬱さも、ぜんぶ、ぜんぶ眩しかった。彼女の姿は、私の脳裏にしっかりと焼き付いている影像は、その一瞬一瞬、すべてが宝物なんだ。みんなの影に隠れて、意識の隙間からチラチラと窺うことしかできなかったけれど、それでも、私は見ることをやめられなかった。

 だけど……それじゃあダメだったんだ。私は、彼女の姿を見ているだけではダメだったんだ。本当に望んでいたこと、心から欲しがっていたもの、人知れず、私自身すら気付かずに抱いていた私の願いを、ちゃんと世界に表出させなければならなかった。その想いを大声で叫ばなくてはならなかったんだ。だから、私は相沢さんを見ているだけではダメだったんだ。相沢さんと一緒に、同じ何かを見ようとしなければならなかったんだ。

 でも、私は彼女のことを取りこぼしてしまった。ずっと近くの席にいたのに、友達にもなれなかった。話すことさえできなかった。ライブのステージ上で、相沢さんが踊る姿も、彼女が高く高く跳び上がるパフォーマンスも、私はただ一人、ぽつんと客席に腰掛けて、はるか下からうらやむように見上げていただけなんだ。

 ――相沢さんには、私の姿は見えていたのかな?

 あんなに遠いステージの上から、あんなに高く跳び上がった上空から、見下ろした視界の端に私のことがちらりと映っていたとしても、きっと何も気付かないよね。私なんか、背も小さいし、目立たないし、いつも俯いているだけだし。それに、もし見えていたとしても、私のことなんか覚えていないよね。たとえ誰かが見てくれたとしても、その手を優しく差し伸べてくれたとしても、私はそんなことのすべてを忘れちゃうんだ。あの時みたいに、その人の好意を突っぱねて、その人の優しさを裏切って、ぜんぶ、なかったことにしちゃうんだ。そんな子のことを、わざわざ覚えておこうとする子なんて、いないよね。決して共有されることのない記憶を、ともに振り返ることのできない追憶の原風景を、自分一人の胸の裡だけで温め続けよう、ずっと見つめ続けていよう、なんて考える人、いないよね。

 相沢さんには、何が見えていたんだろう?

 屋上でダンスの練習をする彼女に、そっと射していた日差しの眩しさも、彼女をその中に包みこんでいた栄光も、青春の輝かしさも、すべてを憂うように、睨め付けるように細めていたその瞳には、一体何が映っていたんだろう?

 それはきっと、私ではない。

 私は、その瞳に映ることができなかった。それでいて、その瞳の中に映っていた何かを、共に見つめることもできなかった。彼女の「見る」という行為の、客体にも、一人称複数の主体にもなれずに、私にできたことは、ただ見ること。彼女の瞳を、決して私の姿が映されることのないその瞳を、私自身の主体性の殻に閉じこもって、ただ遠くから、盗むようにして見つめていることだけだったんだ。

 私は、そんな相沢さんのことを、ただ見ていただけだったんだ。

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