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ixte  作者: 琴尾望奈
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ixte -8月23日

 8月23日


 おねえちゃんはキモいです。奇跡的などブスです。この寝顔の画像をインスタに上げたらきっと原因不明のエラーでサーバがダウンします。ブロックチェーンも崩壊します。情報網が世界規模で混乱し、電車は脱線、人工衛星も墜落して、まじ黙示録です! セカイがオワり、人類の悠久の歴史がそこでドラゲナイします。ホモ・サピエンスの次にこの地球上でツワ木華を誇ろうともくろんでいる動物種は、荒廃した世界に残された瓦礫の山に、新しい太陽の光が降り注ぐのを目にし、こう叫ぶことでしょう。


 ()()()()しい朝である!


 ……あれ?


 ぎゃははははwww! やーいひっかかったひっかかった! ざまあwww 奇跡的などブスのおねえちゃーーんっ!!


 ……な、何よ!? 奇跡的などブスって! ふがー! ふゎ、ふゎたし(私)だって、自分でゆーのもなんだけどちゃんとしてればそこそこフヮワイイ(カワイイ)んだからね! 目つきがふゎるくて(悪くて)残念だけど! てゆーかあんた、なんでいきなりふゎたし(私)の部屋に……あっ!


 待ち伏せしてたんだよーだ! だっておねえちゃん、ほっといたら昨日みたいに、このノートに私の落書きするスペース空けてくんないじゃん! だからおねえちゃんよりずっと早起きして、先にノートに書いといてあげたんだよ。ほら! ……ちょ、ちょっとおねえちゃん、無理に引っ張らないで……ああっ、もう!


 ……な、なんだと……? うわっ、なんだこの汚ったねー文字は!? 活字になっちゃうと読者の皆さんに伝わんないのが悔しいからこの「ツワ木華」(栄華)ってとこだけ校正しないよう編集に言っとくわ……。それに……あっ、昨日のページにまで落書きしてやがる! うわー、なんか、小説としてはちょっと斬新な書き方になっちゃってんのが妙に鼻につくんだが……。……って、そんなことはどうでもよくて! ななな、なにあんた、ふゎたし(私)が目を覚ますずっと前からこのふぇや(部屋)に居座ってたっていうの……? あ、ちょ、ちょっと、勝手に取るな……あっ!


 えへへ〜w そうだよーん! ここに座ってずっと見てたけど、おねえちゃんの寝顔まじキモくてちょー吐きそうだった。あといびきもちょーうるさくてやべ、これ鼓膜破れる系じゃね? って思って、さすがにブリーズライト貼りました。これ正当防衛だかんね!


 ふ、ふぇぇ? ぶりーふふぁいふぉだとー? んなもん、どこに……? ……って、これ粘着テープじゃねーか! 引越しのときに大型家具とかを固定すんのに使う接着力最強のやつ! し、信じられねえぜこいつ……。鼻腔を拡げるどころか鼻の穴まるごと塞ぎやがって……一歩間違えたら呼吸止まってまじで死ぬやつじゃねーか……! ガチで人の顔に粘着テープ貼り付けるとか、お前はなにか、少女連続誘拐犯かなにかか! え? もう少女って歳じゃないだろって? たははー。そうでしたうっせばかしねごみかす! つーか私がさっきからふがふが言ってたのはこいつが原因か! くっそ、剥がしてやる! ビリビリビリ、痛てーwww


 ちょ、ちょっとおねえちゃん! そんな無理に剥がしたら、ただでさえ奇跡的などブスであるその顔がさらに崩れて、もはやミラクルブスになっちゃうよ! 奇跡を通り越して、ミラクルブスだよ! おねえちゃん!


 はー!? 何言ってんのあんた? やっぱ相も変わらずミラクルバカだなw 奇跡とミラクルっておんなじ意味だから! 意味が全く同じである以上、奇跡からミラクルへ「変化」することなんてできなくて、だからあんたが心配するまでもなく、私はずっと変わらず奇跡的ブスのままだから! 奇跡的ブス! この! 私は! きせきてきぶ……じゃねーよ! だから違げーって言ってるだろ私ブスじゃないしちゃんとしてればそこそこカワイイしや、やめろノートを返せ……あっ!


 ぶひゃひゃひゃひゃ〜! 認〜とめた〜、認〜とめた〜!(先生に言ってやろのメロディ)今、自分で自分のこと、奇跡的ブスだって! げらげらげらw まじウケる〜〜www


 ち、違げーって言ってんだろこのくそバカが! 私、ブスじゃないし、ましてや奇跡的ブスなんかじゃないし! ……だいたい奇跡ってなんだよ!? そんなもん、存在しねーんだよ! 任意の事象が奇跡か否か、なんて言説はその事象の持つ性質のあらゆる本質的な在り方、あらゆる実存的な生起のし方と関わりなく、ただその発生の蓋然性について言及するだけの記号に過ぎないんだよ! だから、「それが発生し得ない」という数学的な厳密性に支配された「不在」こそがその「存在」の条件であって、しかしそこには「もしかしたら」を期待する文学的な曖昧さまでもが包含されていて、それがことさらにその定義を不透明にし、もはや証明不能な自己否定の罠に陥っていながらもむしろそんな瑕疵こそが「奇跡」という特性の持つ隠匿されし美点なんだ、なんてそんなさすらいの吟遊詩人みたいな牧歌的で青くさい感性でしか肯定され得ないような弱っちょろい概念なんだよ、だから……あ、ば、ばか、そんな引っ張ったら……、あ!


 うわー、出た出たおねえちゃんの理屈っぽいひとりごと! 今のご高説(w)の意味、私1ミリも理解できなかったけどw なんだっけ、「おしることぜんざいの違いについて!」って話でしたっけw テラわろすwww つーかこんな小難しいことばっかブツブツつぶやいてっからモテないんだよ! まじ厨二病全開じゃん! おねえちゃんちょーキモい!


 な、なんだとこのクソガキが……! こいつまじでちょームカつくんだけど……! この、自分のアホさを武器のように振りかざす感じとか、無知も、蒙昧も、多数決で勝っていればそれが正義である、そして孤高であるからこそ孤立しがちな優れた知をその少数性のために糾弾できる権利を持っている、と本気で考えてそうな無邪気さがまじで気に障るんだけど……! そもそも理屈っぽさと厨二病とは、親和性こそあれ全く異なる概念だと思うんだが? ……いや、つーか私厨二病じゃないし。ブスでもないし。まだ本気出してないだけだし!


 あー出た出た、まーた屁理屈だよー! ほんとおねえちゃん、自分の都合いいように事実を歪めることにかけては天才的だよねー。認めなよ! 自分が厨二病だってことを、あと奇跡的なミラクルブスだっていうことを!


 う、うるさいうるさい! ブスじゃないし! それに奇跡でもミラクルでもないし! そもそも「奇跡」なんてもんは起こり得ない、ってさっきから言ってるじゃない! 奇跡は起きないからこそ奇跡なんだよ! それをあんたはその原理的な発生可能性のみを夢想して無責任に言及してはその定量化不可であるゆえに反駁不能な特性をもってディスるための恰好の形容詞として用い都合よく解釈を捻じ曲げては……くどくど


 ――うん。起きっこないよ。起きなくていいんだよ、奇跡なんて。


 ……へ? な、何?


 起きなくていいんだよ、そんなもん。()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだから。


 ――は? な、何言ってんの? あんた……?


 だってさ、考えてもみなよ! こんなにブスで、キモくて、厨二病で、引きこもりで、どうしようもないおねえちゃんが、暖かい家族や、キリョーのいい妹の援助もあって、なんとか生きて来れたってこと自体がもう奇跡なんだからね! だから、おねえちゃんにとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ! そう考えれば、起こりもしない奇跡を待ちぼうけて悲観にくれることなんかないでしょ? おねえちゃんは、自分に与えられたものや、かわいい妹の存在をただ噛み締めればいいんだよ。私も、いつもそばにいてあげるからさ!


 ……な、なんだこいつ……? この妙な説得力と自己効力感を喚起させるような言動は? 打算や策略の働かないバカであるからこそ持つその言葉の重み、いや、重みなんか必要とせず、さらさらと流れるように心のひだに染み入ってはその人を確かな充足感で染め上げてしまうような軽やかさは? ……こ、こいつたまーにこういう側面を覗かせては私の気持ちを揺さぶってくるからタチ悪りーんだよなぁ……。


 だからさ、おねえちゃんの存在自体がもう奇跡(的ブス)なんだよ! おねえちゃんも、もっと自分のこと認めてあげていいんだよ!


 ……な、何よ、あ、あんたにそんなこと……言われる筋合い……ないわよ。……だけど、だけど……その……、……ありがと。


 www


 ……は!? な、何? その笑いを堪えるように歪ませた口元は!? ま、まさか……


 ぎゃはははははははwww! 認めた〜、今度こそ認めた〜〜! 自分のこと、「奇跡的ブス」とか言われて、なんか指先もじもじさせながら恥ずかしそーにチラチラこっち盗み見て「その……ありがと。」だっておwww! まじドMすぎんだろ自分のことそんなに貶めて欲しかったのかよ! ちょーウケるwww!


 な、何ぃ〜〜!? だ、騙したというのか妹よ……っていうか、騙されたというのか私よ……! う、うわぁ、なんか、妹が騙したってことより私が騙されたってことの方が6兆倍悔しいんだけど……! こ、このくそ野郎がぁー! もう我慢ならねぇ! 殺す! こいつ、まじで、殺す!


 へーんだ! 自分で認めたのが悪いんじゃん! おねえちゃんなんか目じゃないよーだ! ……ちょ、ちょっとおねえちゃん、いやだ、髪の毛引っ張らないでよ……もう! やめてってば! ゴス! バキ! ズコ!


 ……ぐ、ぐえぇぇぇぇぇ。


      ✳


 8月23日


 奇跡なんかいらない。空白も、「×××」も欲しくない。私の行為、思考、信条が立脚する確たる必然性の連鎖から解き放たれ、理論の泥濘から飛翔し、はるか高みから見下ろして私を驚かす未知性の、彼が背に受けた陽光の眩しさ、本来的に彼に内在しないその輝きで、私の歩む道を照らしてもらうことなんて、一切望んでいないのだ。私は、私の持つ私らしさの光だけで、どんな暗がりでも歩み続けていかなければならない。私の歩む足元に道は出来、私の生きる過程にストーリーは紡がれる。私こそはそのストーリーを信じていかなければならない。誰のものでもない、私自身のストーリーを。

 だから、私が求めているのは、その主人公であるべき私の確固たる姿を、再び取り戻すこと。私自身の生きるストーリーを、再び演じるため、必要なプロットやシナリオを、自分の掌中にしっかりと収めることだ。私を取り巻く世界の未決定性に、私の存在の真価を委ねてしまわぬこと。私は、私のストーリーは、厳密に確定された私らしさだけで成り立っているべきで、私の行動、私の触れる事物、私の選択する道は、すべて私の望む特定の目的、唯一のゴール、ストーリー上の到達すべき結末へと捧げられるべきだ。

 だから、私には誰かの助けなんかいらない。優れた脚本家が必ずそうするように、私は、私の生きる日々の道筋を、ストーリー上の要所、要点を、自分一人の力で決定して行く必要がある。そしてその航海日誌であるこのノートには、他人の手助けによる記述上の発展、修辞、含意がつけ加えられるべきではない。私は、純粋無垢な私らしさだけでそのゴールへとたどり着かなくてはならない。私の目的を達成するために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ……あれ?


 ……だけど、私の目的って、なんだろう?


      ✳


 8月23日


 あたしの望んでいることは……、あたしの欲しているものは……、それは……!


 結局、なんだったんだろう……?


 ……何も、考えてなかった。それが何なのかはわかんないけど、探せばきっとあたしにも、自分の望むものが見つかるはずだー! なんて、根拠もなくぼんやりと思っていた。……いや、たぶんそんなことすら思っていなかった。このノートを書き始めるときだって、ただ相沢さんと仲直りしたいなー、とか、楠田さんともっかいダンスしたいなー、とか、そんな目先の欲求だけに気持ちが向いていて、その実、もっと根っこの部分にあるあたしの本当の願いがなんなのか、なんてことは、考えてもみなかった。

 目的さえ何も持っていなかったのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに、そんな空っぽで薄っぺらなあたしの毎日を、ただノートに書き込んでいた。どこにも行き着くはずのない無駄な行為を、ただ続けていた。何の結末も用意されていないあたしのストーリーを、ただ書き連ねていた。いや、ストーリーなんてもんじゃない。それは単なる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。あたしを取り巻く世界に配置された諸要素の、意味やら目的やらを剥ぎ取られたありようの全面的な肯定、その無分別で無責任な是認、あたしが一生懸命ノートに書き連ねてきたことは、つまるところ、ただそれだけだったんだ。


 ――あたしは、そんな事実たちが、関連性を欠いたまま、乱雑に生起するのを、ただ黙って看過していただけだったんだ。


      ✳


 8月23日


 私は、相沢さんと一緒に叶える奇跡を望んでいるんだ……。

 ……そんなの、きっとできっこないだろうけど、おかしいって思われるだろうけど、相沢さんに言ったら気持ち悪がられるだろうけど、それでも……!

 それでも……私はその願いを叶えたい。誰のためでもなく、相沢さんのためですらなく、ただ、私自身のために。彼女との間に存在する壁も、断絶も飛び越えて、可能性や必然性の鎖も引きちぎって、相沢さんに近づきたい。そんな自分勝手な想いを、彼女に赦してもらいたい。その願いを、目的を、ただ大声で叫びたい……。

 ……だけど、私にはなんにもなかった。相沢さんと共有する思い出も、経験も、出来事の記憶も……。きっと、私が全部忘れてきちゃったからだ。いや、そもそも最初からなんにもなかったのかもしれないけど……。

 強烈な願いが、感情だけがあって、それを叶えるための方法がない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女と何かを共有したいという望みだけがあって、その共有すべき何かを持ってない。描きたい結末だけがあって、そこに到達するまでのプロットが描けない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。私の想いは、本当に身勝手だ。叶える力さえないくせに、ただそれをねだっているんだ。

 ――だけど、私にはそれしかないんだ。一人で生きていくなんて、寂しくてとても耐えられなくて、自分の生きる意味を一人で見つけ出すことなんて適わずに、他の誰かを必要とする結末を、誰かと一緒に叶える目的を、ただ一人抱えて、それが叶う瞬間を、いつまでもいつまでも待っているだけなんだ。

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