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ixte  作者: 琴尾望奈
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ixte -8月13日

 8月13日


 すがすがしい朝である! 私は、とても心地よい日の光に包まれながら目を覚ました。

 ……得体の知れない、このノートとともに。

 なぜか、いきなり枕元に置いてあったそれは、私の全く見覚えのないものだった。

 裁断された紙の束の断面が、カーテン越しの朝日を浴びて、まだ比較的新しい白さを照らし出されている。その心地いい明るさは、まだ使い始めて間もないノートの、持ち主との蜜月を暗示する淡い光の仄めきなのだった。

 だけど、どういうわけか、その2ページ目には、私の文字で、見覚えのない言葉が書いてあった。


『すがすがしい朝である! 私は、とても心地よい日の光に包まれながら目を覚ました。

 ……得体の知れない、このノートとともに。

 なぜか、いきなり枕元に置いてあったそれは、私の全く見覚えのないものだった。

 裁断された紙の束の断面が、カーテン越しの朝日を浴びて、真新しい白さを乱反射させている。その鮮烈な眩しさは、まっさらなページにこれから書き込まれるべき未来の出来事の輝かしさを、ささやかに祝福しているみたいだった。

 だけど、どういうわけか、その最初のページには、私の文字で、見覚えのない言葉が書いてあった。』


 ……見覚えのない、言葉?

 確かに自分で書いたのに違いない言葉なのに、なぜそれがたった今の私自身について言及したような内容になっているのかが私にはわからなかった。

 でも、その内容が不思議と現在を予見したようなものであるからこそ、私は私のやるべきことがはっきりとわかった。私の全ての行動を映し出す水晶玉の中に閉じ込められて、占術師の意のままの行動しか取れないとき、私は、どうすればいいのか?

 全ての出来事から目を背ければいいんだ。そのノートの続きを、定められた結末を、決して見ないようにすればいいんだ。たとえ宇宙の巨視的な観点から眺めた私の行いが全て決定論的であったとしても、それを主観的に生きる私の視点は常に自由なんだ。シナリオがもうすでに存在するのなら、私はそのプロットの最も優れた演者となろう。私は私の行動を、決められた未来からではなく、不明瞭な闇に包まれた現在を基準に据え、決めていこう。映像として記録された私のジェスチャーが、私の感知できない編集者の存在によって再生され、停止され、巻き戻され逆再生されて、全く同じ動作を演じる私の姿が多数のテレビモニターに同時に映し出されたとしても、私はただ自分の主観的な生の記憶が首尾一貫するよう、そのことだけを心がけて、歩いていこう。


      ✳


 8月13日


 朝焼け。光芒。太陽のシルエット。かすみ雲。薄明かり。黎明。憂鬱。始まり。また、気怠い一日の、始まり。

 街並み。並木道。誰もいない交差点。スクーターの排気音。短くなる影。目覚め。夏休みの子供たち。歓声。はしゃいでる。まだ、なにも知らない、子供たち。

 猛暑。酷暑。熱気。陽炎。アスファルトの照り返し。暑い、暑い。通りも、広場も、ベランダも、どこも暑い。世界が、同じ暑さで、一つに収斂していくみたい。みんな、暑くて、みんな、同じ。全部同じで、つまらない。私の、文章も、いつも同じで、つまらない。

 つまらない、毎日。つまらない、文章。こんなつまらないこと、どうして、ノートにとっているんだろう?


 ……わからない。


 こんなはずじゃ、なかった、あの頃は。相沢さんと、みんなと、×××している、あの頃の私は。

 あの頃の私たちには、何もなかった。持っているものも、何かを得る期待も、全然なかった。だけど、どこにもたどり着けないって心の中ではきっとわかってて、それでもそんなことなんか平気で笑い飛ばせてしまえるような、そんな×××じみた×××な想いが、そこにはあった。私とみんなの間には、×××が向こうから×××してくれるのなんかじっと待っていられない、会って、見つめあって、頷きあったらもう体が勝手に×××してしまうような、そんな×××みたいな全能感が、×××な確かさが、あったはずなんだ。相沢さんが×××していたら、私も自然に×××して、×××な瞬間を2人で×××しながら、どこまでも×××て歩いて行けそうな、そんな×××があったはずなんだ。


 ……あれ、私、一体何を書いているんだろう?

 ……わからない。やっぱりわからない。


 過去の出来事を思い出す時、私がそれを自由に書きとろうとする時、必ずそこに「×××」が侵食してくる。現在の出来事を書き起こしていても、お父さんとの思い出や相沢さんの笑顔なんかがふと頭に浮かぶとすぐ、「×××」だらけで意味のわからない文章に変貌してしまう。

 だけど、そんな風に勝手にやってきて、私の現在をめちゃくちゃに壊してしまう「×××」こそが、本当の私の姿であるような気がする。「×××」がそこにいない時の私の文章は、びっくりするくらいつまらないから。

 目の前の世界に置かれた、個々に差別されることなく均等にその存在を許されている「出来事」の羅列の中から、本当に価値のあるものだけを選び抜いていくこと。意味のないもの、自分の意にそぐわないものたちを破棄して、その存在を消し去っていくこと、それが「解釈」というものだとすれば、あらゆる「解釈」の連続により形をなす私たちの生は、何かを破壊しようとする、わけもなく暴力的で、だけどどこか性善的なそんな不思議な力によってドリブンされているのかもしれない。

 ならば、この「×××」の奔流による破壊をもたらす力の正体。いや、むしろこの「×××」こそが、きっと、本当の私なんだ。私が、私らしく自由に生きようとする意志が、変質し、沈殿して結晶化した成れの果ての姿なんだ。

 本当の自分のことなのに、触れられない、わからない。それを経験したはずの私は、きっとそこにいたはずなのに、もう思い起こすことができない。まるで、異なる世界に生きている、異なる存在みたいだ。根を同じにしながら、別々の存在へと生き別れてしまった2つの影。彼女との限定的な交錯は、意味の通らないこのちぐはぐな文章は、きっとそんな二人に、慰めのように与えられたせめてもの悲哀なんだ。彼女が自由に解釈する世界を、私は解釈することができない。その解釈により色付けられ、飾り立てられた世界の姿を目にすることすらできない。いや、それどころか、私はその解釈のために彼女が世界から選び抜いた要素の、残りかすにすぎないんだ。自由に、好き勝手に、それでいて自分の行動の無条件な正しさを胸の裡に感じながら生きる彼女が、その歩みの中で目もくれなかった余り物。そんなものたちを無理やりに組み合わせ、でたらめに積み上げて、いつ崩れ落ちるともしれない不安定な体を携えながら虚空をつかもうと徒らに手を伸ばしている。それが、今の私なんだ。


      ✳


 8月13日


 いやぁーーっ、すっがすがしい朝であるっ! あたしはちょー心地いい日の光に包まれながら目を覚ましたんだよねー! 朝焼けっ! 光芒っ! 太陽のシルエットっ! また、気怠い一日の、始まりだー!

 だけど、なぜかいきなりあたしの枕元に置いてあった得体の知れないこのノートには、いつも同じで、つまらない、あたしの文章が書いてあった。

『いやぁーーっ、すっがすがしい朝であるっ! あたしはちょー心地いい日の光に包まれながら目を覚ましたんだよねー!』

 あれ、なんだこれ? 確かにあたしが書いた言葉なのに、なぜそれがたった今のあたし自身について言及したような内容になってんのかわかんないんだよねー。しかも、「×××」がそこにいない時のあたしの文章は、びっくりするくらいつまんないから。だから、

『いやぁーーっ、すっがすがしい×××であるっ! あたしはちょー心地いい×××に包まれながら目を覚ましたんだよねー!』

 いや、だけど、この「×××」こそが、きっと、ほんとのあたしなんじゃないのかなー? あたしが、あたしらしく自由に生きようとする意志が、×××し、×××して×××した成れの果ての姿なんじゃないのかなー?

『いやぁーーっ、×××しい×××であるっ! あたしはちょー×××いい×××に包まれながら×××を覚ましたんだよねー!』

 ほんとのあたしのことなのに、×××られない、×××らない。

『いやぁーーっ、×××しい×××であるっ! ×××はちょー×××いい×××に×××れながら×××を×××たんだよねー!』

 それを×××したはずのあたしは、きっとそこに×××はずなのに、もう×××すことができない。

『×××ーーっ、×××しい×××で×××! ×××は×××、×××いい×××に×××れ×××ら×××を×××たんだ×××ー!』

 まるで、異なる×××に生きている、異なる×××みたいだ。

『××××××、××××××××××××! ×××××××、×××××××××××××××××××××××××××××××!』



 ……ありゃ?

 ……あたし、一体何を書いているんだ?

 だめだ、だめだ。あたしはまた他の子たちのことを考えているぞ。

 あたしがなんかおかしなことを書き始める時、おかしな言動を取り始める時、きっとあたしの頭ん中は他の子のことでいっぱいになっているんだ。相沢さん可愛いなー、楠田さんみたいになりたいなー、なんて思い続けているうちに、あたしはどんどんどんどんおかしくなっていっちゃって、みんなから、変な子ー! って言われちゃって、ほんで、相沢さんやみんなから嫌われちゃって、チームを解散に追い込んじゃったんだ。

 自分のことを、書かなくちゃ。そうしないと、相沢さんとまた仲直りできない。


 ……えっと、えっと、自分のこと、自分のこと。うんと、その、えっと……。


 ……「うわー、汚ったねー」

 ……「あれ? なんか臭くねー?」

 ……「えー、あいつの隣とか、マジ勘弁だわー……」


 ……指先が重い。シャーペンのグリップが皮膚に食い込んでくるみたいに、鈍く、痛い。


 ……「どっか転校しないかなー、あいつ」

 ……「っていうか、何で生まれてきたんだろ?」

 ……「マジ存在がキモくね? あれ」


 ……文字って、こんな形してたんだっけ? こんなに書くのに時間がかかったっけ?


 ……「うわー、なんかあいつに話しかけられたんだけどー……」

 ……「マジ? ヤベーわ、想像しただけで吐き気してきた……」

 ……「キモキモキモっ! 早く死ねばいいのに」


 ……あんなに意味のわからないデタラメな文章は、すらすら書けていたくせに、自分のこととなると、ぜんぜん書き進められない。

 他の子のことじゃなくて、あたし自身のこと、そのことだけで、このノートを埋め尽くさなきゃいけないのに、もう、ペンがぜんぜん動かせない。

 ……だめだ、辛くて、苦しくて、もう何も書けない。


      ✳


 8月13日


 あーあ、もう、なんにも書けないや。

 今日の出来事も、昨日と全くおんなじだ。どっかしら違いがあるのかも知れないけど、きっと取り立てて書き留めるほどのことでもない。

 昨日と同じ内容のノートをとったって、そんなの何の意味もない。単なる繰り返しの一コマになって、無限に続く迷路みたいなものを形作って私自身をその中に閉じ込めるだけなんだ。

 気づいたんだけど、ずっと一人ぼっちでいる今のことなんか、ノートにとる必要はないんだ。誰かと一緒にいなくちゃ、私は傷つくことなんてないんだから。傷つくことさえもできないんだから。

 自分のことばっか書いていても、しょうがない。ほんとは、もっと他の誰かのことが、このノートにたくさん出てこなければいけなかったんだ。

 他の誰かのことで、このノートがびっしりと埋め尽くされなくちゃ、いけなかったんだ。

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