第九話 ハンバーグとオムライス<2>
警察署に連れていかれた俺は、指紋を取られて、昨日会社の掃除をしたことを話した。
「それは、いつもしていることなんですか? 仕事が終わったら?」
という刑事の質問に、俺は迷いながらも、「はい」と答えた。
だって、嘘を吐いてもわかることだし。
「会社の金庫に大金があることは知ってました?」
「いいえ。知りませんでした」
「それじゃあ……あ、氷、替えましょうか?」
と、俺が頬っぺたに当てている氷嚢を指さした。
腫れないようにと、警察官の人が渡してくれたのだ。
「いいえ、大丈夫です」
「頭も大丈夫? 後頭部、打ちましたよね? 気持ち悪くないですか?」
「はい」
俺はなるべく、堂々と答える。
この警察官の人、若いけどやけに丁寧だ。
……でも、ニュースでやってたな。警察の人は、罪を強引に認めさせるって。
どうしようか、裁判まで行ってしまったら……俺、お金ないから弁護士とか雇えないし……なんだかんだで、前科がついてしまうんだろうか……
「聞いていますか?」
「あっ……すいません」
ぼうっとしてしまって、聞いてなかった。
「掃除をしていたと仰いましたが、社長室は掃除しなかったんですか?」
「営業部だけです」
「社長室には一度も入ったことがなかったんですか?」
「はい」
「掃除をしている間に、誰かいなかったんです? 一之瀬さん一人?」
「基本的には――あ、でも、昨日は同僚とすれ違いましたね」
「――その話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
「で、でも、あいつはそういう人間じゃないですよ?」
「仕事ですので。申し訳ないですが、お聞かせください」
まるで、同僚を売り渡すみたいで気が引けたけど……いや、あいつだってやっていないはずなんだ。
俺は彼のことを話す。
「朝の掃除と夕方の掃除は、あなたが任意で行っているのですか?」
「あ、いえ。会社の命令で」
「……強制的に?」
「まあ……でも、俺は、あ、いや僕は仕事ができない人間なので……仕方ないのかなと」
それから、色々聞かれて、そして、「分かりました」とその調書とやらが終わった。
「それじゃあ、これで今日の所はお疲れ様です。また、聞かせていただくこともあるかもしれませんが、その時はご協力をお願いします」
「……え? 帰ってもいいんですか?」
俺は呆気にとられた。
このまま、拘置所やらなんやらにぶち込まれると思ったからだ。
「逮捕ではなく、任意同行ですから。確かに一之瀬さんは被疑者の一人ではありますが、ただ会社に最後までいたというだけで逮捕にはなりません。もし、任意同行を拒否して逃亡したら、逮捕して勾留したかもしれませんが」
「そう、なんですか」
なんだかどっと力が抜けた。
い、いやいや。ちょっと待って。
「でも、被疑者ってことは、まだ疑われてるんですよね?」
「そうですね」
「た、逮捕とかされるんですか?」
「一之瀬さんが犯人という証拠があれば、逮捕状を持ってご自宅へ伺うことになります」
まだ全然、安心はできないわけか……
俺は警察署を出て、家路へと着く。
本当に疲れた……
あ、そういえば、今日、俺に料理の特訓をするんだ、って美菜ちゃんはりきってたな。
今更それを俺は思い出した。
怒っている姿を想像して和んでいる俺は、相当疲れているようだ。
……あれ?
家に向かうバスに乗り込んでから、俺は恐ろしいことに気が付いた。
と、いうことは……俺は、明日、会社に行かなければいけないのでは?
あの、嫌疑の目に晒されている中を……?