第五話 鍋焼きうどん
「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか」
結局、彼女は台所を二時間もかけてキレイにしてくれたのだ。
「その、色々、忙しくて……」
「全くお休みがないわけじゃないですよね?」
「休みは、ずっと眠ってるんだ」
「関係ありませんよ。ゴミの中で生活するなんて、考えられません。一之瀬さん、本当に大人なんですか?」
ぐさり。
返す言葉が全くなかった。
彼女の呆れた顔を見るのは、今日一日だけで一体何回目だろう。
俺は項垂れるしかできなかった。
「もういいです。これからは、ちゃんとしてくださいね」
「はい」
「特にごみは、ちゃんと分けてください。皆が迷惑するんですから」
「うん。わかった」
「……本当に分かってるんですか? まあ、いいですけど」
美菜ちゃんは、じろりと俺の部屋を見る。
「――ここも、ちゃんと掃除してくださいね。さすがに、一之瀬さんの部屋まで掃除する気はないですから」
「ああ、うん。勿論」
ここも台所に負けず劣らず汚かった。衣類が散乱し、雑誌や食べかすなんかが床にあちこち見えた。
「で、ちゃんと、これからは自炊してくださいね……今日は風邪をひいていますから、私が作ってあげましたけど」
「え? 本当に作ってくれたの?」
「さすがに病人に料理を作れとはいえませんよ。コンロに、調理済みの鍋がありますから。そこにうどんを入れて熱してくれれば完成します。鍋焼きうどんです」
「あ! お金、払わないと、おかゆとか……」
「いいです。いらないです」
「でも……」
俺がベッドから起き上がろうとすると、彼女は、かるく、とん、と押してきた。それだけで俺はベッド
に再び倒れる。
「いいから! とにかく! 今日はそのうどんを食べて、ポカリ飲んで、あったかくして寝てください! ……分かりました?」
「はい」
としか言いようがない彼女の勢いがあった。
「……それじゃあ、私は帰ります。さようなら。あ、お鍋は出来れば洗ってほしいですけど。無理なら別にいいので。明日、取りに来ます」
「うん……ありがとう。美菜ちゃん」
その夜、俺は彼女に言われた通りに鍋焼きうどんを食べて、ポカリを飲んで、寝た。
うとうとしながら、何で彼女はこんなに優しいのかを考える――
『要するに、お前のことを何でも認めてくれて、悪いことをしたら叱ってくれる人間が居ればいいんだろ』
あのホームレスのおっさんの言葉が蘇ってくる。
彼女が神様から遣わされたって?
俺が母親が欲しいとか言ったから?
まさか。
だって、彼女は小学生だし。小学生に甘えたいとか……いやいや、さすがに俺も、そこまで堕ちていない。
「……こーいう発想が出てくること自体、おかしいんだ」
外で挨拶をしたら、返してはくれるだろう。そういう関係にしか、なるわけがない。
俺がこのおっさんの戯言を思い出すのは、それからずっと先のことだった。それまで、すっかり忘れていたのだ。それ位馬鹿馬鹿しいことだった。
眠い。
寝よう。
いつものような、押しつぶされるように意識を失うようなことにはならなかった。
なんだか、明日はいいことがおこりそうな……そんな気がしたのだ。