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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第三部
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最終話 ママみたいな小学生と、俺。


『ふーん。で、何もかも元サヤってわけ?』


 クリスマスが終わり、あっという間に年が越した。

 今日は三ケ日だ。こたつでぬくもりながら、俺は通話をスピーカーにして、だらだらと話していた。電話の相手は、ハルナちゃんだった。

 彼女は俺と連絡が取れなったことに、全く気が付かなかったらしい。というか、それ以上にレッスンと、学校生活とがきつかったみたいだ。


 俺が彼女に謝罪の電話をしたのは、クリスマスが終わって、二日後のことだ。その日は彼女も忙しくて、詳しい話は後日ということになった。

 そして、その詳しい話は、今日話すこととなった。相当忙しかったみたいだ。


「元サヤって、だから、俺と美菜ちゃんは恋人同士じゃないんだ」

『あのさあ、それ、ぜったいみなちんに言っちゃダメなやつだからね』

「だからさ、そういう思い込みや、誤解が、身に染みて駄目だって今回分かったんだから」

『あー、これ、みなちん苦労する奴だわ。はー、まじありえない』


 そもそも、俺はロリコンじゃないんだ。美菜ちゃんと恋人同士とか……うーん。想像全然つかない。


『んなことより、あたしも、そっちに行きたいのよねー、いいなー』


 彼女は、長瀬瀬里奈の娘だ。会いに行くと、美菜ちゃんに迷惑がかかると、自重したのだという。


『今日何食べるんだっけ?』

「カニ鍋と牛肉のしゃぶしゃぶ」

『いいなー』


 さっきからいいなーとしか言っていない。彼女はやっぱり、ご飯が絡むと思考力が低下するみたいだ。


「実家に帰れば、ハルナちゃんもそれくらい食べれるでしょ?」

『嫌。決めたんだもん』


 彼女は、実家からの生活費分の仕送りを断って、今、学校と芸能人との二足草鞋をしている。


「あの、ハルナちゃん。まだ五千万円は手つかずのまんまなんだけど」


 そこで、俺は再び相談してみた。


『いっちー、悪魔でしょ。ありえないわ、そんな話。いったでしょー? それに手を付けたら、あたし、絶対ダメになるって』

「で、でも、このお金、本当に、どうすればいいのか分かんないんだ」

『貯金でも何でもすればいいでしょ。いざという時に困るよ?』


 ハルナちゃんがもっともな事を言ってる。こんなこと言う子じゃなかったのに。


「分かったよ。でも、本当に、ハルナちゃんが困った時、いつでも言ってよ。お金が必要なら、この分から出すから」

『今日、ハム送ってくれるんでしょ? もうそれでいいよ』


 どうしても、彼女に何かしたいと俺が言うと、それなら生ハムのセットを送ってくれと言われたのだ。


『あの箱に詰まっているハムを、全部ひとり占めしたかったのよねー。みなちんに美味しそうなレシピを教えてもらったし。楽しみ』


 ハルナちゃんとそれから少しだけ話をして、通話が終わった。

 その入れ違いに、インターホンが鳴った。彼女たちが来たみたいだ。


「あけましておめでとうございまーす!」


 扉を開けると、元気のいい四人の声が響いた。


「あけましておめでとうございます、隼人さん」


 振袖を着ている静葉ちゃんが、改めて俺に挨拶する。


「一之瀬のお兄さん、お年玉ください!」


 ショートカットの元気のいい子が、元気よく両手を突き出した。


「田中さん……マジですか」


 それに、呆れている美菜ちゃん。


「ありえねー。ちっとは自重しろよ」


 四人の中で、一番背の高い子も呆れている。彼女らは、美菜ちゃんの友達だ。

 友達になりたての、というか。俺は今、美菜ちゃんの家に来ていたのだ。

 美菜ちゃんに、友達を作るためだ。


「……お兄ちゃん、ほら、寒いんだから。さっさと中に入ってもらって」


 美菜ちゃんが、俺に呆れて告げた。


「何を言ってるんですか?」


 すっかり元気が戻った美菜ちゃんが俺の提案に、訝しげな目を向けてきた。

 クリスマスが明けた翌日のことだ。

 俺を、美菜ちゃんのお兄さんだと言い張れば、一応、美菜ちゃんは成人の人間と暮らしているという言い訳が立つ。


「ほら、そうしたら、美菜ちゃんの友達もこの部屋に呼べるようになる。美菜ちゃん、寂しいって言ってたじゃないか。俺、全力で兄を演じるよ」

「私、両親がいる設定になってるんですけど」

「両親は両方とも単身赴任で、しばらく帰ってこないということにしよう。今までと違って、現実に俺は

いるんだ。さすがに、疑いを持つ人は少ないはずだ」


 勿論、実際には俺と美菜ちゃんは別々に住んでいる。俺が引っ越した先は、ここから結構遠いのも功を奏した。友達を呼ぶ場合などに、俺を利用すればいいということだ。


「俺が必要な場合に、電話してくれればいい。急に来た場合は、俺が仕事でいないということにすればいい」

「本当に上手くいくと思いますか?」

「上手くいく、じゃなくて、いかせるんだ」


 その友達になってくれた人間から、更に秘密を守れる人を選んで、美菜ちゃんが隠し子であることを話して、協力してもらおうと提案した。

 俺が兄を演じるのは、その親しくて、信頼のおける友人が静葉ちゃん以外に出来るまでという期間限定だ。

 美菜ちゃんは目を丸くして、そして伏せた。 


「私は、このままでも構いません」


 彼女にとっては、俺が戻ってきて満足しているのだろう。だが、俺は不満なのだ。

 友達を作りたいのに作れないなんて、おかしいじゃないか。


「美菜ちゃん、勇気を出そうよ」

「……でも」

「大丈夫だよ。きっとうまくいく」


 はあ、と美菜ちゃんはため息。


「なんだか一之瀬さんの言葉を聞くたびに、不安を覚えてしまいます」


 まあ、そうだろうなあ。と俺も思う。


「でも、俺に隠し子のこと話せたんだから。例えば――俺と静葉ちゃん、どっちが信用できるって言われたら、分かるでしょ?」

「そうなんですけど」


 ちょっとは否定してほしいところだけど。

 彼女は「何でそこまでしてくれるんです?」と尋ねてきた。

 はたと俺は考える。


 俺たちは結局赤の他人だ。友人でもないし、恋人でもない。

 俺がこんな演技に付き合う道理なんて、皆無だ。

 でも、彼女を守り切った時、ようやく、強くなれたと言える気がするんだ。

 これは、俺のためでもあるのだ。そう、せめて、目の前にいる人たちを、何かから守れる力を得たいのだ。 


「……そう、ですか」


 そんなことを彼女に答えると、なんだか、ちょっと不満そうな顔をしていた。なんでさ。


「……?」


 彼女が胸に手を当てて、小首を傾げている。まるで、自分に疑問を持っているみたいに。


「美菜ちゃん?」

「あ――いえ、何でも……そうですね。友達、ですか」


 遠い目をしている。そこには、羨望と不安とが同居しているように見えた。


「最後には、俺が責任を持つから」


 結局、俺の説得により、作戦は実行されることとなった。


 その翌日、俺は、静葉ちゃんに会い、土下座して頼み込んだ。

 彼女は、俺が美菜ちゃんと血縁関係にない事を知っている。彼女の協力なしに、事は運べなかった。そして、美菜ちゃんが隠し子であることも告げた。


「そうだったんですか。分かりました。三人の秘密、ですね」


 案外あっさりと、彼女は了承してくれた。


「でも、本当に良かったです。みんな、元通りに戻れて」


 静葉ちゃんは、俺の見立て通りに、すごく良い子だった。多分、彼女にだけはどうあろうと教えて良かったんじゃないかと思う。


「あと、本当、ごめん。クリスマスの誕生日パーティー!」


 彼女にも、一連の事件を伝えたのだった。あのしょうもない俺の暴走である。


「えっと、そんなの、あの、仕方ないんじゃないですか? 誰でもそんな勘違いをすると思います」


 いや、普通はしないから……静葉ちゃんは優しいなあ。


「でも、良かった……私が、嫌われたわけじゃなかったんだ」


 彼女は安堵の息を漏らした。

 隠し子のことは秘密だったから、美菜ちゃんと今までいろいろとあったのかもしれない。


「これからは、美菜ちゃんと分け隔てなく付き合えるよ」

「あっ、そういうわけじゃなくて――」

「え? じゃあどういうわけで?」

「あ、え、えとその、あ、そ、そそそうだ! 誕生日パーティーが出来なかったんですから、こんなのはどうでしょう?」


 この年始のパーティーは、静葉ちゃんの発案だった。

 美菜ちゃんと仲が良くなりつつある友達を呼んで、親睦を深め、かつ、俺という保護者がいるということを知らしめるためである。


 その静葉ちゃんは、にこにこと美菜ちゃんと、友達の様子を見て微笑んでいた。おそらく、彼女はこの光景を、ずっと待ち望んでいたはずだ。


「えっと、この子が田中さん、こっちの背の高い方が、中田さんです」


 美菜ちゃんが紹介する。田中と中田……前、静葉ちゃんが言っていた、どろどろの三角関係の。

 こたつに入り込む二人を見て、俺はがんばれ、と心の中で思った。


「準備は終わっています。お鍋温めるだけなんで、少し待ってください」


 美菜ちゃんがエプロンをつけて、台所に立つ。それじゃあ、と俺は自分の部屋――にカムフラージュされた部屋だけど――へと帰ろうとする。

 彼女ら四人の親睦を深めるための催しなのだ。俺がいては邪魔になる。


「そうですね。お兄ちゃんは、部屋でゲームでもしていてください」


 美菜ちゃんは、しっしと追い払うようなしぐさをする。そもそもそういう予定だ。

 田中さんが、俺の手を引っ張った。


「いいじゃん。お兄さんも一緒にたべよーよ」  

「そーそー、なんせ一之瀬の“愛しのお兄様”だ」


 にやにや、田中さんと中田さんは意地の悪い笑みをしている。

 どういうこと? と俺は静葉ちゃんと美菜ちゃんに目を向ける。

 美菜ちゃんは、静葉ちゃんに目を向けている。静葉ちゃんは、手を合わせて、すまなそうな顔をしていた。


「静葉からきいたんですよ。一之瀬がつんけんするのは、愛しのお兄様を取られたくなかったからだって」

「あたし、知ってるよ。ブラコンって言うんでしょ、ああいうの」

「……」


 美菜ちゃん、開いた口が塞がらない。


「そ、そうなの? 知らなかったなー」


 仕方なく、美菜ちゃんに俺は尋ねる。


「違います……」

「あの一之瀬が顔真っ赤にしてやがる」

「おにーさん、ほら、ここ、ここに座ろ!」


 と、田中さんが面白がって、中田さんとの間をぽんぽん叩いた。


「いや、そういうわけには」

「お兄ちゃん、座ればいいじゃない」


 ちょっと怒った表情をして、彼女はくるりと踵を返して台所へと向かった。


「あたし、知ってるよ。ツンデレって言うんでしょ。ああいうの」


 とりあえず田中さんは余計な事しか言わないということは分かった。


「……えっと、私も、一緒に食べれたらいいなと思います」


 小さく手を挙げて、静葉ちゃんが提案した。

 ……まあ、いいか。鍋は、人数が多ければ多いほどおいしいものだし。

 でも、さすがに田中さんと中田さんの間には座れない。俺は、彼女らと若干距離を開けてこたつに入り込む。


「あ、そうだ」


 忘れるところだった。俺は四つのポチ袋を出して、彼女らに手渡した。


「はい、これお年玉」

「やったぜ」

「いいんですか?」


 有頂天の田中さんに対し、静葉ちゃんは申し訳なさそうに聞いてきた。


「うちの美菜がお世話になっているから」


 うちの。いつまでなのかは分からないけれど。

 ひとまず、うちの、だ。


「すげー、五千円入ってる!」


 早速中を確かめる田中さんに、俺は驚いた。


「え? お札間違えた?」


 いや、間違ってない。俺は彼女が扇子みたいに広げるお札を見て、安心した。

 中田さんがそれを見て、慌てて自分のも開けて俺を見る。


「マジっすか……」

「隼人さん、あの……いいんですか?」


 静葉ちゃんも驚いていた。彼女らに渡したのは、一人五万円だ。


「いいよ。うちの美菜がお世話になってるから……いたたたたた!」 

「お兄ちゃん、ちょっといいですか?」


 美菜ちゃんが俺の耳を引っ張った。


「痛いよ! 美菜ちゃん!」

「痛くしてるから、当然です! ちょっと、こっち、来てください!」


 リビングルームを出て、俺は自分の部屋へと連れていかれた。


「何考えてるんですか! あほですか! 小学生に五万円なんて!」

「少なかった? やっぱりその倍かな……」

「一人千円くらいで良いんですよ! どうせろくなものに使わないんですから! 田中さんなんて特に!」


 それはちょっと同意見だ。


「でもさ」

「でもも何もないです! 大体、私のお兄ちゃんは常識がないと思われるんですよ? それでもいいんですか!?」


 そう言われてしまえば、引き下がるしかなかった。

 彼女は、リビングルームへと戻ると、それぞれに頭を下げて、そのポチ袋を回収した。なんともさえない話だ。


「横暴だー」


 田中さんだけが、不平を述べて、他の二人は素直にポチ袋を返した。


「ちぇーっ」


 唇を突き出して、こたつのテーブルにつっぷす田中さん。


「はいはい、お鍋が出来たんですから、どいてください。田中さん」

「どかない。お年玉くれるまで」

「あー、そうですか。田中さんはこの北陸から届いたタラバさんを食べたくないんですか」


 ぴくり、と田中さんの耳が動いた。


「この500グラム一万円の牛肉さんもしゃぶしゃぶしたくないんですね? そうだったんですか。残念ですね」

「……そういうことなら、やぶさかじゃない」


 そう言いながら、田中さんは上体を起こした。彼女は、すごく現金な性格らしい。


「なんつか、ママみたいだよな、一之瀬って」


 中田さんの呟きに、俺と、美菜ちゃんと、静葉ちゃんが固まる。

 そして、二人が俺を、じとり、と見つめた。美菜ちゃんは意地が悪そうな笑みで。静葉ちゃんは不安そうに。

 ……勘弁してほしい。

 その沈黙を、中田さんは違う意味でとらえた。


「……あ? なんだよ、あたしがママって言って何かおかしいか!?」


 顔を赤くさせる中田さん。

 もうママっていう単語は見たくも聞きたくもないよ俺は。


 終わり

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