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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第三部
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第三十四話 塩

 その日から、俺の神様探しは始まった。

 相生橋を中心に、捜査の域を広げていった。

 勿論、やるべきことはやる。美菜ちゃんの迎えに、買い物、自分の部屋の掃除や洗濯……とにかく、きちんと、全部やる。


「美菜ちゃん、言われた通り、今日はぶりと大根の煮物を作ってみたよ」


 一日が経つごとに、俺は出来ないことが、出来るようになっていった。

 ――彼女から、自立するためだ。


「どう? これで、いつでも美菜ちゃんの世話にならなくてもいいくらいじゃない?」

「……まあ、一之瀬さんにしてはよくできてると思います」


 そんな憎まれ口をたたかれるけど、完食しているということは、ある程度は美味しかったってことだ。

 神様は俺の願い事の解除方法を言っていた。


“でもな、母親なんだからな。欲情なんかするなよ……もし事に及ぼうとしたら……魔法は解けてしまうからな”


 論外だ。

 それで、確かに願いは終わる。

 だけど、彼女の気持ちはどうなる?

 想像もしたくない。

 バカな話である。 


 しかし、いくら探しても、神様は見つからなかった。

 朝、昼、夜、深夜。どの時間帯でも、神様は見つからなかった。

 そこで、俺は考える。

 神様がもともといる場所……それは、教会か神社だ。

 俺は片っ端から電話して、尋ねた。


「あの、神様を探してるんですけど」


 しかし芳しい答えは皆無と言ってよかった。


『神様はあなたの心の中にいます』

『聖書にすべて書いてあります』

『社の中におられます』

『そこら中におられます』


 それは宗教的な神様であり、あの髭面の、ホームレスと見まがうほどのおっさんではなかった。

 むしろその話をすると、どこも嫌悪感をあらわにした。

 そんなわけないだろう、と。

 しかし、彼らと違って、俺は神様を見たのだ。


 俺は再び考える。

 こんな時は、インターネットだ。

 インターネットで検索すれば、大体のことは分かる。

 あらゆるサイトを閲覧し、俺は、一つのサイトに出会った。


 『ベナサンティア教』。


 ここの宗教の教えによれば、現世にある神様は全て嘘つきで、人類を堕落させた元凶……とかなんとか。

 詳しいことは分からないが、神様を否定しているのに俺は惹かれた。

 さっそくサイトに記載されてある番号に電話すると、「では、お会いしましょう」ということになった。


 ベナサンティア教は全国に支部があり、この街にもそういったものがあった。

 市電に乗って、スマホのナビに従っていくと、とあるマンションへとたどり着く。小綺麗な、今風のマンションで、八階建て。玄関ロビーのオートロックシステムで404号室を呼び出す。


「電話した一之瀬ですが」

『どうぞ』


 若い女性の声だった。

 404号室のインターホンを押すと、女性が現れる。おとなしそうな人で、声も落ち着いている。歳は、俺よりも一つ上か二つ上の大人の女性だった。


「中へどうぞ」


 と部屋に入らされると、彼女はドアを閉め、何かを撒いた。


「何ですか? それは」

「聖灰です。これは、悪しき現世の神を退ける効果があるんですよ」


 にっこりと笑顔を向けてくる。

 リビングルームへと通されて、俺はソファに座らされる。

 彼女はその対面に座り、自己紹介をした。


「ようこそ、ベナサンティア教支部へ。わたくし第三階位に位置するプラデア……いえ、そうですね。こちらでの名前は、高町京子と申します」

「はあ」


 開始早々、圧倒されそうだ。


「現世の神に悪戯されたとか?」

「悪戯というか……その、なんというか、俺の願いを、解除してほしいんですね。それによって、知り合いが迷惑しているんです」

「勿論、お救いできます」


 そう言って、彼女は小皿に、さきほど玄関に撒いた聖灰なるものを盛った。


「こちらを一つまみだけ飲んでいただければ、その呪いは解除できます」

「これだけで?」

「この世界が出来る前からある、アド・ヒボノミから生成されたものです。このアド・ヒボノミは神の力であるデル・デラコニアを減少させる効果があることが、我々の研究により明らかになりました」

「そうなんですか」


 ちっともわからないが、とりあえず俺は頷いておいた。


「ただ――私共も、この聖灰を生成するのに多大な時間と、お金と、人件費がかかっておりますので」

「あ、はい」


 言われていたお金を俺は財布から取りだす。

 彼女は慣れた手つきで札を数えて、にっこり笑顔を向ける。


「……確かに、十万円。いただきました」

「それじゃあ」

「あ、お待ちください。ほんのひとつまみだけです。聖灰は、取り込み過ぎると、人体に悪影響が出てしまうのです」


「え? そうなんですか?」

「何事も、欲張れば身を亡ぼす……それは、どこの世界でも同じなのです」


 俺は言われた通り、ひとつまみ、その聖灰を取り、口の中に入れた。

 しょっぱい。

 まるで塩みたいだ。


「これで大丈夫なんですか?」

「ええ。だいぶ、現世の神の影響は薄らいだように見えます」


 俺は自分の体を見る。うーん、どこも変わったようには見えないんだけど。

 いや、ちょっと待て。


「薄らいだということは……完全に呪いは解かれていないんですか?」

「……一之瀬様は、直接現世の神にお会いされたとか? そのせいかもしれません。デル・デラコニアの影響が、他の人よりも強いのです」


 なんてこった。


「こ、これをあとどれくらい飲めばいいんですか?」

「先ほども申しました通り、聖灰を取り込むことは、人体に悪影響がでるのです。少なくとも、一月は間を置かないといけません」

「一月、かあ……」

「うっ……!」


 突然、高町さんが胸を押さえた。

 テーブルに突っ伏し、体が細かく震えている。


「だ、大丈夫ですか!?」


 俺の声に、彼女は手で制止して、荒い息をしながら起き上る。


「今、現世の神による介入が行われました」

「? ……えっと、どういうことですか?」

「一之瀬様を取られまいと、邪魔をしに来たのです。ここは、ベナサンティア教の聖域ですし、わたくしは第三階位ですので、どうにか退けましたけど」


「そう、なんですか?」

「しかし、このままだと、一之瀬様はこの聖域を出た後、再び神の呪いをその身に受けてしまいます」

「なんだって」


 そんな……じゃあ……どうすれば。

 ここだけが頼みだったのに。


「一之瀬様……こうなれば、徹底的に戦いませんか?」

「ど、どういうことです?」

「我々とともに、神に反旗を翻すのです」

「……どういうことなんですか?」


 まったく意味が分からず、俺は再度尋ねた。


「ベナサンティア教の洗礼を受けさえすれば、神もおいそれと一之瀬様に手出しをしないはずです」

「そうなんですか? でも、洗礼ってどうすれば」

「我々の教団に入らなければいけません……もちろん、それに対してお金をいただいたりはしません。よくあるでしょう? 悪徳な新興宗教がお金をだまし取って、信者をだますような」

「ええ。まあ」

「我々は、そんなのとは違うのです。どうでしょうか?」


 お金を取らないのか。

 それなら、信用できる気がする。


「入ります」


 にっこりと高町さんが笑った。


「ようこそ、ベナサンティア教へ。あ、こちらは小冊子です。あとで目を通しておいてくださいね」


 それから、高町さんはベナサンティア教における注意事項を話した。

 自分がベナサンティア教の信者であると、聖域以外で一言も言ってはいけない。何しろベナサンティア教は神に反旗を翻す宗教ですから、すぐさま目の敵にされるのだとか。

 家族や知人に感づかれてはいけない。

 感づかれて、「やめておけ」と言われても、それは神様から言われた言葉である。絶対に信じないように。

 会員は、布教活動に協力しなければならない。一週間に一度。


「それと、会員の特典として、聖灰が支給されます……ほんの一万円で」


 一万円!?

 十万円だったのに、一万円なんて、凄まじく安い。


「同じ、神と戦う同士ですもの。当たり前です。それと、このようなものもあります」


 と、カタログを取り出し、色々なものを紹介した。


「特におすすめなのが、このヘッドギアセットですね。これをかぶることで、脳が活性化され、頭が良くなり、東大にも受かったり、一流企業にも就職されたりと……ほら、この体験談の松永さんもおっしゃっているでしょう?」


 そのお値段、百四十四万円。


「ローンでも大丈夫です。私共には、付き合いのあるローン会社がありますので」


 まあ、いらないけど。

 俺は興味あるげに頷いておいた。

 美菜ちゃんの着信が鳴ったのは、その時だった。


『もしもし一之瀬さん? 今日、病院への迎えは結構です』

「どうしたの?」

『お爺ちゃん、退院が決まったって電話がありました。あとは恋人さんにお任せします』


 すごい。

 早速効果が出るなんて。


「それは、よかった……」


 俺は心底安堵した。

 これも、十万円払って聖灰を飲んだおかげだ。

 源蔵さんは、会ったことないけど、俺のせいで死んでしまうなんて、そんなこと許されるわけがない。


『今日、何が食べたいですか? 私が作りますよ』

「そうだなあ……たまには魚じゃなくて、肉がいいかな」

『そればっかりですよね、一之瀬さん』


 スマホ越しに呆れる美菜ちゃん。

 だって、ずっと魚ばっかりだったんだもの。


「あ、それと。毎度聞くみたいだけど……飯沼さんは? それらしい人物は?」

『……ですから、それらしい人はいません』

「そっか。でも、本当に、気を付けて」


 分かっていますよ、と彼女は電話を切った。


「いけませんね」


 スマホをしまうと、対面の高町さんは渋い表情をしていた。


「一之瀬様、その彼女とは別れた方がいいでしょう」

「え? 何でですか?」

「現世の神に、目を付けられています。分かるのです」


 う。

 た、確かに、彼女は神様に選ばれた人間だ。

 目を付けられているのは、間違いはない。


「で、でも、呪いは俺に向けられているから、それが解除されるんでしょう?」


 呪いが解けば、俺と美菜ちゃんは、一緒に行動することなんてなくなるはずだ。

 そう。一緒にご飯とか食べるのも……そんなことはなくなっていくはずだ。それが自然なんだ。


「現世の神の力を、侮ってはいけません。むしろ、一之瀬様が洗礼を受けても、彼女がいることにより、その呪いが解かれることはないでしょう」

「そんな……どうしたら……」

「彼女と別れる。きっぱりと。決別しましょう」

「でも」

「一之瀬様、彼女のためです。彼女が現世の神によって、不幸になってもいいのですか?」


 いや、そうなのだ。いつか、が今か、後かの話だ。

 俺は、迷いを振り払った。


 俺は、自分のマンションへと帰ってくる。

 玄関の鍵を開けて、寒々とした部屋の暖房をつける。

 しばらくすると、インターホンが鳴る。


「遅かったですね、一之瀬さん」


 美菜ちゃんが、俺の部屋へと入ってくる。


「あ、ああ、うん」


 彼女は久しぶりに台所に立ち、まな板を取りだす。


「今日は肉じゃがにしました。それと、アジの干物です。あとは、この前作り置いた切り干し大根と、お漬物を食べます」

「み、美菜ちゃん!」


 言うのか?

 そんな酷いことを?

 彼女に対して?

 俺が黙っていると、彼女は小首を傾げて、俺にとって、恐るべきことを言って来た。


「――あ、そうそう。一之瀬さん。これからは、しばらく、私が作らせてもらいます」

「え? な、何で?」

「何でって……いけませんか?」

「いや、だって……」


 そんな。

 これは、確かな、神様の介入だ。

 聖灰の効果が、はやくも切れてしまった。


 俺が、彼女とのこれまでのことが、すべて神様によるものだと信じ切ったのはまさにこの時だ。

 だって、彼女が俺のために料理を作りつづける理由が、無いといっていいのだ。

 まるで、彼女が、俺と過ごしたいみたいだ。 


 高町さんが言うように、神様に強制されているのだ。知らず知らずのうちに。

 これは……もう、やるしかない。


「美菜ちゃん!」

「――なんですか、さっきから」


 再び、美菜ちゃんが振り向く。

 俺は目を瞑った。

 これまでの、色んな事が思い浮かぶ。

 これでいいんだ。

 間違いなんてないんだ。

 彼女は、幸せにならないといけない。


「美菜ちゃん、もう、ここに来ないでくれないかな」

「……」


 目をぱちぱちさせて、彼女はその言葉に答えられなかった。

 やがて、彼女は尋ねる。 


「どうしてですか?」


 その凛とした目が、俺の目を射抜いてくる。

 それを、俺は真っすぐに見た。


「もう、美菜ちゃんがここに来る理由なんてないしさ」

「その……一之瀬さん、だって、まだまだ教えることがあるんです。魚のおろしかただって、全然できないじゃないですか」

「それは自分で、頑張る」

「掃除や洗濯だって、まともにできませんし」

「自分でやるよ」

「それに」

「迷惑、なんだ」


 まったく心にもないことだ。

 勇気を絞り出して。

 自分を押し殺して。

 俺は言った。


「正直なところ、俺は、自分の好きなものを食べたいんだ。誰にも邪魔されることなく……今まで黙っていたけど。でも、もう、お節介はやめてほしいんだ。飯沼さんも、たぶん東京に帰っただろうから……美菜ちゃんとかかわるの、これで最後にしたいんだ」


 痛すぎる沈黙の間があった。

 彼女はその目を下に向けて、ぽつりとつぶやく。


「……すいませんでした」


 彼女はぺこりと頭を下げて、俺の部屋を出て行った。

 今日買って持って来た材料も、そのまま……マイバッグも忘れている。

 俺が、自分の体を動かしたのは、それから数十分経った後だ。

 胸の中に、ぽっかりと穴が開いたみたいだ。

 それは、美菜ちゃんの部分だったのだろう。随分と、大きかったようだ。

 これでいいんだ。

 自分に言い聞かせた。

 むしろ、こんなこと、何でもないようにならないといけないんじゃないか。

 強くならなきゃいけないんだ、俺は。


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