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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第三部
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第三十二話 カボチャの煮物と牛肉ステーキ(適当サラダ+味噌汁)

 さて――今日の晩御飯は、カボチャのチーズ焼きと、牛肉ステーキ、そしてサラダと味噌汁ということらしい。

 なるべく簡単なもので、かつ栄養がとれるものを、と美菜ちゃんが今日の朝にメモを渡してきたのだ。

 サラダと味噌汁の具材は冷蔵庫にある物を使うので、実際に買うのはステーキ用のお肉とカボチャだけだ。


『包丁や火を使う時は、目の届くところでやってほしいです』


 帰ってくるまでは買い物だけで、絶対に何もするなと彼女はすこし焦げている目玉焼きを食べながら、俺に厳命してきた。

 しかし、それだけでは、やはり駄目だ。


 カボチャをまな板の上にのせる。

 下拵えくらい、俺でも出来ることを彼女に見せなければならないのではないか?


「えっと……」


 でん、と置かれたかぼちゃの皮をぺちぺち叩く。

 意外と……いや、かなり固いぞ、これ。

 包丁、通るのか……?


 これ、専用の包丁があるんじゃないのか?

 野菜は一通り切ったことがある。

 だけど、かぼちゃの切り方は教えてもらったことがない。


 どうする?

 やっぱり、美菜ちゃんが帰ってくるまで……いや、駄目だ。こんなことで諦めていたら。

 とにかく、方法はともあれ、スライスすることが出来ていればいいんだ。


 確か……親父の部屋に……あった。金属バットが。

 フローリングの床に新聞紙を広げて、すいか割りの要領で――もちろん、目隠しなんてしないけれど、俺は思いっきりかぼちゃに向かって振り下ろす。


「やった……っ!」


 かぼちゃの皮に、ヒビが入ることに成功した。

 もう一度、振り下ろす。

 かぼちゃはそのヒビから縦に割れて、二つに分かれた。

 美菜ちゃんが観たら、きっと悲鳴を上げている光景だろうなと思った。


 しかし、大人は結果で勝負できればいいのだ。

 あとは、これをスライスして……


「……」


 半分に割れたカボチャをまな板に載せて、はたと困った。

 どれくらいの大きさに切ればいいのか分からないことに、その時気が付いたのだ。

 チーズ焼きは、オーブンで焼くのだといっていた気がする。


 それならば、ある程度小さいはずだ。

 ……でも、やっぱりどういう形で切ればいいのかわからない。

 それならば、出来る限りのことはやっておこうと心に決めた。


 かぼちゃの種なんて食材、聞いたことない。

 指でこそげ落として、三角コーナーに捨てる。

 あと、皮も全部切っておこう。

 りんごの皮をむく時みたいに、半分になったカボチャを再び半分に切り、皮を包丁でそぎ落としていく……と、凄まじく小さくなってしまった。


「……」


 これはもしかして、怒られることをしているんじゃないだろうか? 

 その予想通りに、その日の夜、俺はしこたま怒られてしまった。


 そんなことをしていると、携帯が鳴った。

 静葉ちゃんからだった。


『もしもし? 一之瀬さんの携帯ですか?』


 携帯なんだから、間違いなく俺なのだが。

 そんな野暮なことは言わないけど。


「どうしたの? 静葉ちゃん」

『あの、十二月二十四日が、いっちゃんの誕生日だって、前に言ったの、覚えてます?』

「ああ、そういえば」


 忘れていた。

 そうか。もう少しで誕生日なのか。


『それで、その次の日に、いっちゃんの誕生日パーティーをやろうと思うんです』

「いいね。やろう……って、次の日?」

『あ、えっと、クリスマスイブは、私、ちょっと用があって』


 口ごもる静葉ちゃん。


「用って何? 家族とパーティーとか?」


 何だか不思議に思って、俺が尋ねてみると、彼女はちょっと沈黙して、告げた。


『友達と、クリスマスのパーティーがあるんです』

「うん……?」


 “友達”と。

 そこには、美菜ちゃんが含まれていないような意味合いがある気がした。


「えと、美菜ちゃんとその友達とクリスマスパーティーをして、その次の日に美菜ちゃんの誕生日パーティーを俺たちがやるということ?」

『いっちゃんは、そのクリスマスパーティーには呼ばれていません』

「えっと……」


 ちょっと理解が追いつかない。

 静葉ちゃんと、美菜ちゃんは友達だったはずなんだけど。


『その……いっちゃん、学校ではすごく孤立していて、友達と呼べるの、私しかいないんです』

「あ……そうなんだ」


 俺にはその理由が分かった。

 美菜ちゃんは長瀬瀬里奈の隠し子だ。

 親しい友達ができれば、当然、一人暮らしであることがバレる可能性が高くなる。


 小学生が一人暮らしするなんて、よくよく考えたら大問題だ。いや、よく考えなくても大問題だ。

 よくもまあ、俺もこの問題をスルーしてきたなと思ったが、彼女はむしろ俺よりもしっかり生活しているのだから、俺が疑問に思わないのも当然だ。


 しかし、世間はそうは見ない。

 結果的に、美菜ちゃんの素性が公になる可能性が高くなる。


「静葉ちゃん、板挟みになってるんだ」


 なんとなく、その状況を想像して、俺は胸が痛くなった。


『で、でも、いっちゃん、最近、ちょっと丸くなってきて、仲良くなっている女の子がちょっといるんです』


 しかし、美菜ちゃんは決して心を開こうとはしないだろう。

 いや、開けないの間違いか。

 その友達も、離れていくことになるかもしれない。


「静葉ちゃんは、優しいね。それでも、美菜ちゃんの友達なんだ」

『あう……っ、そ、そんなことないですよ! 私……その、昔、苛められてて……それを助けてくれたのが、いっちゃんだったんです』


 だから、静葉ちゃんは、美菜ちゃんが本当は優しいということを知っているんだと俺に言った。


『だから、その……いつか、皆が仲良くなれたらいいなって』


 俺もそう思う。

 でも……どうすればいいんだろう?


 俺は美菜ちゃんを病院に迎えに行く間中、ずっとそのことを考えていた。

 どうすれば、彼女が幸せになれるかどうか。

 どうやったら、彼女がもっと友達を作れるかどうか。


「何です?」


 じっと美菜ちゃんを見ていると、彼女は訝しげに見上げてきた。

 ……俺が考え付くのだとしたら、彼女はもっと早く答えにたどり着いているだろう。

 それ故に、俺は問題の困難さを認識してしまった。


「何でもない」


 と俺は恍けると、彼女は自転車を押しながら、憎まれ口をたたいた。


「……というか、迎えなんていらないのに」


 小学校から帰宅した後、彼女は自転車で病院に通っているのだ。 

 そして俺は、毎日彼女を迎えに行っていた。


「それより、お爺ちゃん、どうなの?」

「今回はさすがにショックを受けたみたいですね。おとなしく、お医者さんの言うように節制しています。今日手術して、それが上手くいけば、二週間か、そこいらで退院できるみたいです」

「そんなに早いんだ」


 俺は脳梗塞なんだから、永遠に入院するものだと思っていた。


「重度のは、そうです……一之瀬さんも、気を付けないと。自覚症状がないだけで、重大な病気を抱えているかもしれませんよ?」

「気を付けてるよ」

「本当ですか? ……いいですけど」


 外は、完全に真っ暗になってしまっている。

 ……もう一枚、中に何かを着ていけばよかったくらいに、寒くなってきている。

 昼は日差しが照ってちょっと暖かったので、油断してしまった。


「――もし、お爺ちゃんが死んじゃったら、美菜ちゃん、どうするの?」


 ふと疑問に思って、俺は尋ねた。

 今、美菜ちゃんが一人暮らしが出来ているのは、曲がりなりにもお爺ちゃんが保護者だからだ。その家に、そのお爺ちゃんはいないけど。


「神野さんか、東雲さんがどうにかするんじゃないですか?」

「どうにかって……できるの?」

「私には、どうすることも出来ませんから……最悪、孤児院か何かに入るんじゃないでしょうか。せめて高校生になるまで、お爺ちゃんが死なないようにお祈りしていますよ」


「俺が美菜ちゃんを引き取ることは出来ないかな」

「……はあ? 何言ってるんですか?」


 と、これに対し美菜ちゃんは否定的な意見を述べた。


「あのですね、未成年を養子に迎えるのには、けっこう厳しい条件が必要なんです。家庭裁判所に認めてもらわないといけません。すっごく厳しいんです。一之瀬さんが、許可なんて得られるわけないでしょう?」

「そっか……」


 ままならないな。


「……というか、引き取る気、あるんですか?」

「美菜ちゃんには世話になっているしね。前に、今の生活が気に入ってるって言ってたから。俺が引き取れば、今の状態が継続するじゃないか」


 はあ、と美菜ちゃんはため息。


「子どもを育てるの、すごくお金かかるんですよ? 分かってます? 考えもしないで、そんなこと言わないでください」

「お金かあ」


 結局のところ、金だ。

 ……どうしようもないな。


「大体……っくしゅん!」


 美菜ちゃんがくしゃみをした。

 風邪だろうか。俺は巻いていたマフラーを彼女に渡す。


「いいです。いらないです」

「あのね、美菜ちゃん。少しは子供らしくした方が良いと思うよ。風邪ひいたらどうするの?」


 美菜ちゃんはあんぐりと口を開ける。


「……一之瀬さんから、そんなこと言われるとは思いもよりませんでした」


 本当に大人なんですか? と言われ続けていた仕返し――なんて、言えないけど。

 俺の憎まれ口が効いたのか、彼女は素直にマフラーを首に巻いた。

 あ、そうだ。缶コーヒーを買って、カイロ代わりに彼女に渡そう。

 見かけた自販機に駆け寄って、俺は財布を取りだす。


「――何か落としましたよ?」


 歩道に落ちたそれを、美菜ちゃんが拾った。

 ハルナちゃんからもらった、ロト6のくじ券だ。財布に入れたまんまだったらしい。


「……そういえば、こんなの貰っていたな」


 缶コーヒーを彼女に渡して、俺は歩きながらスマホでロト6のページを検索する。


「当たってる」


 六個中三個当選している。六等の当選――千円が当たった。


「すごいじゃないですか」


 二百円で千円になったんだから、五倍になったと思えばかなり凄い。


「でも、これ、ハルナちゃんに返さないといけないかな」

「いいんじゃないですか? 千円くらい、貰っておけば」


 まあ、そうか。

 よし、明日はこの千円で、ちょっと豪華なランチでも食べよう。


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