第三十話 かつ丼セット(うどん、香の物)<2>
美菜ちゃんと別れて、俺と静葉ちゃんは帰路についた。
バスの中でも、彼女は終始無言だった。
話しかけてみても、生返事をするのみだ。
……俺の役目は、静葉ちゃんを無事に送り届けるだけだし。別にいいんだけど。
バスから降りると、十分ほど歩くだけで彼女の住むマンションに着く。
気まずい時間は、もうすぐで終わる。
「あれ? 静葉ちゃん?」
ふと見ると、隣にいない。
なるべく、歩幅を合わせるように、ゆっくりと歩いていたんだけど。
彼女は電柱にもたれかかっている。
気分が悪いんだろうか?
「どうしたの?」
「え、えと、先に帰ってください。足が、痛くて」
彼女は、履いていたブーツを脱ぐ。足のかかとの部分の黒ストッキングに、シミが出来ていた。皮がむけて、血が滲んでいるのだ。
「靴ズレかな……歩けないの?」
「ちょっと……」
「じゃあ、おんぶするよ」
「い、いいです。恥ずかしいし」
「……電話しようか?」
親御さんに、迎えに来てもらうのだ。すぐの距離だし。
「うー……でも、この距離でお母さんに迎えに来てもらうの恥ずかしいです……」
「じゃあ、おんぶ」
「む、無理です!」
なんだかすごく我儘なことを言われている。
「えっと、隼人さん。私のことは気にせずに……」
とは言われても、放っておけるわけがない。
ちょっと、涙ぐんでるし。
「静葉ちゃん、ちょっとの間だけだから。我慢してくれないかな」
「……」
彼女は沈黙で答える。
うーん。そうだ。
俺は首に巻いていたマフラーを彼女に渡す。
「これで、顔を覆えば、静葉ちゃんとはわからないよ。それなら、恥ずかしくないでしょ?」
「うー……」
という声とともに、彼女はようやく観念した。
俺が背中を向けて腰を下ろすと、そろりとマフラーを顔に巻いて、昭和のヒーローみたいな静葉ちゃんはその背に乗ってきた。
「重くないですか?」
「全然。軽いよ」
本当に食べているのだろうか?
というくらいに、彼女の体は軽かった。このままマラソンできるくらい……調子に乗るのはやめよう。いつもそれで失敗するのだ。
「あの、隼人さん。相談があるんです」
静葉ちゃんが話しかけてきた。
「友達の話なんですけど……男の子とその友達の友達――えっと、中田さんは、両想いなんです。でも、その友達……田中さんは、その男の子のことが好きになったみたいなんです」
内容は、どうやらよくある三角関係のようだった。……小学生なのに。
俺が小学生の時なんて、何も考えずに遊んでいた記憶しかないというのに。
「こういう場合って、どうするのが正解、なんでしょうか?」
「どうするって、静葉ちゃんは、どうしたいの?」
「ど、どうって」
「……? 静葉ちゃんが相談されているんだよね? その友達から」
「あ、そういうことですか……」
「? どういうことだと思ったの?」
「あ、いえ。えっと、そう、ですね。何とか、皆が、幸せになれる方法ってないんでしょうか?」
「幸せに、かあ」
難しい問題だ。
ともすれば、全員が不幸になりかねない。
……正直なところ、恋愛経験が絶無な俺が答えられる問題ではない。
しかし、静葉ちゃんがようやく会話してくれたのである。
何とか広げていきたい。
「静葉ちゃんは、その友達も幸せにさせたいんだ」
つまり、そういうことなのだろう。俺はそう解釈した。
何もしないままだと、その男の子と中田さんだけが幸せのままで終わってしまう。
「田中さん、かなり悩んでいるみたいなんです。友達が、その男の子のこと好きだって知ってるのに。ちょっといい恰好したりして……それに気づいてもらえなくて、傷ついちゃったり」
ずいぶんとその友達に相談されているみたいだ。
「その男の子が、二人と付き合うとかはできないの?」
というのは漫画やアニメ的な答えだ。
「田中さんはいいかもしれませんけど、中田さんは、許さないかもしれません」
「うーん……そっか。まあ、普通はそうだよね」
漫画やアニメだと、その点はクリアされているのに……だから、人はハーレムを求めるものなんだろうけど。
「男の子って、やっぱり二股とかやりたいんですか?」
「きわどい言葉を知ってるね、静葉ちゃん」
「……」
静葉ちゃんが黙った。
今更、恥ずかしがったのかもしれない。
俺は、慌てて言葉をつなぐ。
「まあ、少なくとも俺は、そんなことはやらないかな」
そもそもそんな相手がいないんだもの。嘘は言っていない。
「そう、ですか……」
こころなしか、残念そうに彼女は呟いた……よっぽど、その友達のことが大事なんだろう。
「でも、さ。その友達も、幸せを求めるのは、間違っていないと思うよ」
それは、確かな事だ。
恋敵が友達だからって身を引くなんて、ちょっとおかしいと思う……これが大人の恋愛なら、また話は違うんだろうけど。まだ彼女らは子供なのだ。
「――というのは、恋愛していない俺の意見だけどさ」
「難しいですね」
と答えた彼女の声は、幾分か元気になったように聞こえた。
ああでもない、こうでもない、と俺たちは議論をしていると、あっという間に静葉ちゃんのマンションへとたどり着く。
結局、答えなんて出なかった。まあ、こんな問題、どうあがいたって俺と小学生が答えを出せる物ではない。
オートロックを解除してもらい、俺は静葉ちゃんの住む部屋までおんぶして連れて行く。
「隼人さん、あの……け、携帯番号、教えてもらっていいですか?」
彼女を部屋の前で下ろすと、そんなことを言って来た。
「いいよ」
俺はスマホを取りだして、番号を交換した。
大事そうに携帯電話をしまいこんで、彼女は笑顔を見せた。
「それじゃ、また。隼人さん」
「うん。また」
ともあれ、静葉ちゃんは俺のことをそんなに嫌ってはいないということみたいだ。
次回、サンドイッチとコーンスープ(インスタント)は、今日の夕方六時に登校予定です。




