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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第二部
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第二十六話 焼き肉

 ヒーローは遅れてやってくる。

 なんて言葉があるけれど、石渡さんがやってきたことによって、事態は急速に収束していった。


「これ、クリーニング代。すまなかったね」


 財布からぽん、と店主に支払う。

 頭を下げる石渡さんに、むしろ店主の方が恐縮していた。

 店主は石渡さんのファンだったらしく、サインまでもらえてご満悦のようだった。

 そして、酢飯やすしネタでカオスになったお座敷を移動し、別の部屋にて、俺たちは向き合った。


「……なるほど」


 一通り、自分の妻と娘の話を聞いて、石渡さんはうん、と頷いた。


「それなら、ハルナ。一人暮らしをやってみてはどうかな?」

「何を言うんです!」


 と案の定、隣にいる東雲さんが目を剝いた。


「その代り、僕らはお金を君には出さない。できるかい?」


 ハルナちゃんはちらりと俺の顔を見て、おっかなびっくりと言った感じで、こくりと頷いた。 


「……できるよ」

「ふざけないでちょうだい!」


 勿論、東雲さんは怒り心頭だ。


「どうやって生活費を稼ぐか分からない小娘が生活できるんです? まさか、その男に頼るんじゃないでしょうね?」

「いっちーは関係ない! 東京で一人暮らしするもん! つか、やりもしないうちに、何で決めつけるのよ!」

「一之瀬君、君はどう思う?」


 突然石渡さんに話を振られて、俺は戸惑いつつも答えた。


「厳しいんじゃないかと思います。えっと、ハルナちゃんは高校生だよね? 基本的に、高校を卒業しないと……いや、それでも就職って厳しいよ。じゃあ、アルバイトか派遣ってことになるけど……よっぽど頑張らないと、生活することすらできないよ」


 俺の言葉に、目を丸くするハルナちゃんは、しかし目をキッと鋭くさせた。


「頑張るよ、あたし」

「東京は物価が高いから、二つか三つ、バイトを掛け持ちしないと駄目だろうし……最悪、一か月もやし生活もあり得るよ? 大体、マンションだって借りれるかどうか……」

「……う」


 それを聞いてハルナちゃんは決意が揺らいだようだ。


「お金を稼ぐっていうのは、簡単なことじゃない……僕や渚も、売れるまでは一日や二日、ろくに食べれないなんてこともあった。君は、それに耐えれるのかい?」

「……」


 神妙な顔をするハルナちゃん。

 やっぱり食べれないというのが、彼女はすごく堪えるのだろう。


「そこで提案なんだが……ハルナ、芸能界で働かないか?」


 ……そういう落としどころなのか。

 俺は心の中で舌を巻いていた。


「君には、才能がある。嬉しいことにね。そして、その才能を輝かせれば、一人暮らしするくらいのお金なんて訳がない……高校だって、通いたければ通えばいい。勿論、僕らも芸能活動が軌道に乗るまではサポートするよ」

「……」


 ハルナちゃんは黙ってる。


「まあ、考えておくんだね……渚も、それでいいかな?」

「結構ですわ……いい機会よ、このバカ娘に、一人で生活することがどれだけ大変なのかを学ぶのにはね」

「僕たちはこれで帰るよ。仕事が待ってるからね」


 石渡さんたちが立ち上がり、東雲さんの口角が上がる。


「愛人が待ってるの間違いではございませんの?」

「いやはや」


 などという剣呑な会話をしながら、彼らはお座敷を出て行った。


「……ごめんなさい」


 帰り道。

 お寿司屋から家への途中で、ハルナちゃんはぴたりと足を止めた。

 何事だろうと振り返ると、頭を下げていた。


「え、えと……何が?」

「いっちーのこと、信じられなくて」

「あ、ああ、うん。いや、別にいいよ。仕方ないよ」


「仕方なくないよ。冷静に考えたら、分かることなのに。それに、ぶっちゃったし」

「痛くなかったから」

「……最悪だよね、あたし」


 ハルナちゃんはかなり落ち込んでいるようだった。


「あ……あの、いや――そ、そうだ。焼き肉とかどうかな? 今日の晩御飯! 食べたいって言ってたよね、昨日」


 食べ物で釣ってみたけど、駄目だった。彼女の顔は晴れない。

 これは、相当な重傷らしい。


「いっちー、あのさ、もし、あたしがいっちーの家にお世話になるって言ったら、いっちーはどうする? 前、言ったみたいに、本当に置いてくれるの?」

「勿論、それはいいよ……ただ、今の家を引っ越さないといけないから、ちょっと不便をかけちゃうけど」

「何で? 何で引っ越し?」

「美菜ちゃんに、迷惑をかけるからね」


 あ、と彼女はバツの悪そうな顔をする。


「――そっか、そうだよね。一生恨まれるね、それじゃあ」

「恨まれる?」


 俺がそれは何で? と尋ねようとしたときに、彼女はようやく笑顔を見せた。


「決めた。あたし、明日帰る」

「そっか」


 それはそれでよかった。

 と思っていた俺の様子に、彼女は唇を尖らせた。


「ちょっとは惜しい表情をしてくれてもいーじゃん」

「あ、いや、寂しいよ、本当に……」

「そういうことじゃなくて……もーいーよ。いっちー、千載一遇のチャンスを逃したよ、今」

「チャンスって何が?」


 俺が疑問を感じていると、彼女は自分の財布から、「はい」とロト6のくじ券を渡してきた。


「これ。約束は約束だから」


 そういえば、東雲さんが迎えに来たら、渡すって言ってたっけ。


「いや、別に……」

「いーから。けじめ、だから」


 押し付けられて、俺は仕方なく受け取った。

 どうせ外れなのだから、ゴミを処理するくらいの気持ちだった。


「あ、それと、さっきの焼き肉の件! 忘れてないからね!」


 その夜。

 俺の家で、焼き肉となった。

 美菜ちゃんが、「外で食べに行くのなら、私は行けません」と言ったからだ。

 ホットプレートを美菜ちゃんが家から持ってきて、お肉やカットした野菜を並べていく。

 さすがのハルナちゃんも、その席ではいつもみたいに食べていなかった。

 ハルナちゃんは美菜ちゃんに頭を下げて、美菜ちゃんもハルナちゃんに今まで黙っていたことを謝罪した。


 後日、ネットニュースで週刊誌の記者が警察に逮捕されたという記事がネット上で話題になった。容疑は、児童ポルノ禁止法違反と未成年者淫行条例。隠しカメラとスマートフォンの中に、少女のわいせつな画像があったらしい。

 これによって、飯沼さんやその週刊誌が、美菜ちゃんのことを諦めたらいいなあ……なんて、希望的観測だけど。


「じゃあね、ばいばい!」


 と、昨日買った大量の服が入った紙袋を両手いっぱいに持って、彼女は俺の部屋から、東京へと帰って行った。

 これで、ハルナちゃんが来たことによって巻き起こった一連の騒動は、一応の落着をした。

 ――と思っていたんだけど。 


『言い忘れてたけど、みなちんを大事にしなさいよ? あの子、いっちーのこと好きみたいだから……言っとくけど、LIKEじゃなくて、LOVEの方ね』


 昼寝してうとうとしていたら、ハルナちゃんからのメールで起こされた。 

 俺は、静葉ちゃんのことを思い出して苦笑いする。

 そんなわけないのだ。

 俺が、誤解であることを返信すると、すぐにまた返信がきた。


『女の子が、何で見ず知らずの男に料理を作ってあげないといけないの? 冷静に考えてよ』


 いや、だからそれは――

 うん?

 あ、れ?

 確かに……その通りだ。


 俺に料理を作ったり、教えたりするのは、成り行き、と美菜ちゃんは言ったことがある。

 俺は彼女が優しいからだと思っていた。

 でも、冷静になって考えてみると、おかしいのだ。

 どうしようもない俺に、ここまで献身的になるのは。

 血のつながりがあるとか、ハルナちゃんが言うように、俺のことが好きだからとか、そんなことでない限り。


 そして、そんなことは断じてない。

 じゃあ……何でなんだ?

 喉元に突き刺さった小骨のように、俺は気になって仕方なかった。

この『ママみたいな小学生と、俺』は三部構成であり、このお話によって現在二部が消化しました。

次の話から三部であり、最後の章となるわけです。


が、ここにきて、広がった風呂敷を纏めるのに色々と考えることがあり、申し訳ないですが、三部開始は結構なお時間を頂きたいのです。

最低でも一週間。最後まで書いて、チェックもしたいので、おそらくは二週間くらいは必要かなと思います。


投稿が十二月を越える場合、あらすじなどの欄で告知をしたいと思います。

思い出したときに覗いてくれれば、最終話までアップされているはずです。


ではでは。



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