第二十二話 唐揚げ(たまねぎスライスとミニトマトのサラダ+味噌汁)
美菜ちゃんがスーパーにて、何が食べたいですか? と問われたので、俺は唐揚げをお願いした。
「いいですよ」
と彼女は快諾してくれる。
……彼女が俺の要望でおかずを作ってくれるのは、初めてだ。
「唐揚げは、大量の油が必要なんですよ。使ったら後は捨てるだけなんで、凄く勿体ないんです」
そんなことを言いながら、精肉コーナーの鳥のもも肉をじっと選別する美菜ちゃん。
「それで、暫く食べていなかったから……何です?」
俺が黙ったままだったのが気になったのか、彼女がその凛とした目を向けてきた。
「なんか今日はすごく優しいなと思って」
「その言い方だと普段は全然優しくないみたいなんですけど」
「あ、い、いや、別に深い意味はないんだ」
「深い意味がなかったら何なんですか……というか、そんなに私って一之瀬さんに酷いこと言ってます?」
「い、いや――」
「カレーを一日に二回も食べようとしたり、食生活が乱れているからじゃないですか、厳しく言ってるのは」
「はい、その通りです」
「だいたい」
と、美菜ちゃんはそこで口を止めて、ふん、と鼻を鳴らしてカートを押して先に歩き出した。
「やめときます。また、優しくないって言われてしまいますから」
俺は慌てて追いついて、弁解する。
「い、いや、そういう意味じゃなくて。美菜ちゃんは優しいよ、うん、本当に」
「なるほど。深い意味はないんですね。分かります」
「そうじゃなくて――」
俺が本気で慌てていると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「冗談ですよ」
彼女は女戦士ではなくて、小悪魔なんじゃないかと俺は思った。
「へー、唐揚げかー」
マンションで合流したハルナちゃんが、今日の晩御飯を聞いて目を輝かせた。
「おいしいよねー、外がカリッとしてて、噛むと肉汁じゅわーって。うーん……じゅるり」
この子は食べ物ならもうなんでもいいんじゃないかと俺は思うのだ。
家の中に入ると、石油ストーブのスイッチを入れて、ハルナちゃんはダッシュで昨日出したコタツへと滑り込み、テレビをつける。
美菜ちゃんはそれを呆れた顔で見つつ、冷蔵庫に今日使わない食材をしまっていった。
そしてエプロンをつけて、まな板を取りだして、その上に今日の食材を並べる。
「あ、美菜ちゃん手伝うよ」
「今日は休んでください。お疲れでしょうから」
台所に立とうとする俺を押しのける。
……やっぱ今日は優しいよなあ。
なんて言ったら、また怒られてしまうだろう。
俺は素直に従って、自分の部屋でコートを脱ぐ。
リビングへと戻り、コタツへと滑り込んだ。
高校生と大人がコタツでテレビを見ている中、小学生がまな板に向かう構図が出来上がる。
「美菜ちゃん、寒くない?」
ちょっとそれが申し訳なくて、俺が心配すると、彼女は頭を振った。
「気にしないでください。暖房がきいてますので」
「みなちん、良いお嫁さんになるよ」
と、コタツで横になったまま、せんべいをバリバリかじりながらハルナちゃんが言った。
「ママは全然料理できない人だからねー。やっぱ料理できないと、駄目なんじゃないかなとあたしは思うわけ」
すごく説得力のある言葉だと、俺はその姿を見て思う。
「そういえば、あれから電話はあったの?」
「メールはあった。早く帰ってこいだって」
はあ、とハルナちゃんはため息を吐き出す。
「先に音を上げると思ってるんだわ、絶対」
「ハルナさん、長期戦になった時のこと、考えてます?」
美菜ちゃんが包丁を動かしながら、尋ねた。
「いつまでも私や一之瀬さんにお世話になりっぱなしだといけませんよ。一之瀬さんだって、お金が無限にあるわけじゃないんですから」
美菜ちゃんの言葉を、ハルナちゃんはにんまりと笑って応えた。
「だいじょーぶ。これ、買ったから」
と、その手にあるのは……なんだこれ? くじ券?
「ロト6っていうんだって。6こ数字を当てるだけで、お金が貰えるってすごくない?」
……いやいや。
「あの、さすがにそれは大丈夫とは言えないのでは?」
美菜ちゃんが呆れる。
「なんでよー? 絶対当たるって。運いいんだから、あたし」
その券は一通りしか数字が並んでいない。
ちなみにロト6で数字が全部当たる確率は、約六百万分の一だったはず。
「外れたらどうするんですか?」
「うーん、その時はいっちーのお嫁さんになる」
その軽い発言に、俺は驚くよりも呆れてしまった。
美菜ちゃんも、あまりにも軽く言うので、怒ってしまった。
「……考えて発言してください。ハルナさん」
「ん? 怒った?」
「当たり前です。一之瀬さんの都合も考えてください」
「じゃあさあ、あたし、二号さんでいいから」
「だから、考えて発言してください!」
一気に場の空気が剣呑となる。
俺はどうしていいかわからずに、左右を見ておろおろしていると、美菜ちゃんがため息を吐いた。
「ハルナさん。今のご時世、そんな猫みたいな主婦なんて許してくれませんよ? 大体、一之瀬さんの稼ぎだけだと生活できません。ハルナさんも働かないと」
「え? あー……そうなの?」
「当たり前です」
「うわー……じゃあ、ごめんね? いっちー?」
いつの間にか、俺がハルナちゃんに振られてしまっていることになっている。
……いや、いいんだけどさ。別に。
「植物になれたらいいのに。光浴びるだけで良いなんて、羨ましすぎる」
「でも、植物だと美味しいものが食べれないよ」
「あー……そっかー。唐揚げが食べれないなんて、不幸すぎる」
そんなアホな発言をしているときに、ハルナちゃんのスマホに着信が入った。
「うわ……噂をすればママだ」
と、片手でスマホを操作して、耳に当てる。
「何か用? ……はあ?」
不快そうに眉をしかめて、俺をちらりと見るハルナちゃん。
「関係ないでしょ、そんなの……お世話になってるって……そうだけど。は? そんなのないから……分かったわよ」
ハルナちゃんが、俺にスマホを渡してきた。
「ママが、いっちーに話があるって」




