第二話 自称神様と、俺<2>
「……ふーん、今流行りのブラック企業だ、そりゃ」
俺は一体何をしているんだ?
何で知らないおっさんに、愚痴を言ってるんだろうか。
注がれたお酒を、ちびちびと飲みながら、ぐだぐだと言ってしまった。
「そんなになるまで働いて、金が欲しいもんかね」
「……」
と、言われて、俺は沈黙する。
そりゃ、ホームレスのおっさんに言われたくはない。
ホームレスかどうかは知らないが、たぶん、そうだろう。
「ちゃんと、ノルマを達成すれば、良いだけですから」
俺が反論すると、「ふーん……」と興味なさそうに鼻を鳴らす。
「まあ、いいけどよ。あんまり、人を驚かすもんじゃないぜ。ここで楽しく酒を飲んでたら、ドボン、だ。あわてたぜー」
「すみません……」
「また、すみませんか! やめろ、やめろ! 酒が不味くなる!」
「すみません」
「っかー! ったく、融通が利かないやつだな、んとに!」
『融通が利かない』という言葉を聞いて、ぐさりとくる。
いつも言われていることだからだ。
「……ったく、まあ、いいけどよー……もう絶対、死のうなんてするなよ。それだけで迷惑っつー人間もいるんだから」
「はい」
今度はすみませんを言わないように気を付けた。
「……いや、駄目だな。お前、絶対死のうとするだろ。生気がないもん」
そんなこと言ったって。
……正直、あそこで死なせてくれたって良かったんだ。
生きてたって、何も楽しいことなんてないし。
――何で生きてるんだろうな、俺。
「あー! もう! 本当に駄目な奴だな! そんなに嫌ならやめちまえばいいのに! ……分かった!」
おっさんが俺の肩をがしっと掴んだ。痛い。
「実はな、俺は神様なんだ」
完全におっさんは酔っぱらっているようだ。
目が座っているし、酒臭い。
ここで逃げだせばいいのに、気弱な俺は、「そうなんですか」と言ってしまう。
「何でも一つ、願いをいってみろよ。叶えてやろーじゃねーか]
「はあ……」
どうしよう。早く帰りたい。
「あ、でも大金が欲しいとかは止めとけよ。お前みたいなもんがそんなんもったら、ろくなことにはならねー。むしり取られるだけだ」
「……」
「美人の嫁さんとかもな。甲斐性のないお前が娶っても、寝取られるだけだ」
何で俺はホームレスのおっさんに説教をされて、凹まされなきゃいけないんだ。
「言ってみろ。ん? お前んとこの会社を潰したいとかでもいいし」
「いえ、別に。俺が怒鳴られるのは、俺が愚図なだけですから……」
「そういう所が駄目なんだよ!」
なんでも、か。
あ――一応、あるぞ。
「母さんが欲しいかな」
俺には母親がいなかった。
ずっと小さなころに、病気で死んでしまったらしい。
友達の母親とかを見るたびに、羨ましく思ったことがある。
……何を言ってるんだ。俺は。
久しぶりに飲む酒のせいで、頭が回っていないのだろうか。
「母親か……」
おっさんが、難しそうな顔をする。
「てことは、お前の母ちゃんは、死んでるのか? 死人は俺の管轄外なんだよなあ」
「いえ、別に……」
「信じてねーな、おめー!」
信じる方がどうかしてるんだけども。
おっさんは、ぐいっともっていた椀の中の酒を飲み干して、げふーと息をついた。
「いいだろー。要するに、お前のことを何でも認めてくれて、悪いことをしたら叱ってくれる人間が居ればいいんだろ?」
早く帰りたい。
そう思ったから、俺は頷いておいた。
「よし。じゃあ、決まりだ。でもな、母親なんだからな。欲情なんかするなよ……もし事に及ぼうとしたら……魔法は解けてしまうからな」
怖い顔で警告してくるおっさん。
そこでようやく解放された。
はあ、全く……最悪の日だ。
しかし、人に愚痴を聞いてもらったおかげか、気分だけはすっきりしている。
「くしゅん!」
でも、早く帰って眠らないと、風邪をひいてしまうな。