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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第二部
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第十七話 鳥団子鍋<2>

 一之瀬さん、協力していただけませんか?

 自分が隠し子だと告白した美菜ちゃんが、俺に頼んできた。


「隠し子報道は、現在、飛ばし記事扱いですが……真実だとバレると不味いです。東雲さんはともかく、私の生活が壊されてしまいます」

「いや、ていうか、本当に――?」

「今まで黙っていて、虫のいい話ですが……でも、一之瀬さんに協力してもらうしか、方法がないんです。ハルナさんの企みを阻止するために……」

「ちょっと待って! 混乱しているんだ」


 一つ一つ、整理していかなければならないんじゃないか。

 俺は、説明を求めた。


「まず、何で美菜ちゃんは一之瀬を名乗ってるんだ?」

「凄まじくややこしいですが……十一年前に私は生まれたのですが、父親側からも母親側からも受け入れてはくれませんでした。両方に家庭があるからです」

「いやいやいや」


 いきなりとんでもない背景が飛び出して来た。


「家庭があるって、いわゆるW不倫ということ?」

「ありていに言えばそうです」


 話している彼女の表情は、何一つ変わらない。


「神野……私のお父さんですが、その人はとっくに堕胎してくれるものだとおもっていたようです。ところが、東雲さんは黙ったまま出産してしまったようです」

「え、ええ……? それは何で?」

「さあ? 東雲さんのことはよくわからないので。電話では二、三回話した事がありますけど」

「なんだそりゃ……」


 俺は困惑しつつも、続きを促した。


「そ、それで? 何で一之瀬に?」

「引き取り手のない私に、手を挙げたのがおばあちゃん――神野あやです。神野大さんの従姉妹です。その五年後に、おばあちゃんはおじいちゃん、一之瀬源蔵と再婚して、私は一之瀬性になりました」

「その、おばあちゃんとおじいちゃんは何でここにいないの?」

「おばあちゃんは心筋梗塞で二年前に死にました。おじいちゃんは生きてますが、こことは別で暮らしています」

「何で? おかしいじゃないか」


 こんな小学生一人を放置して――


「だって、考えてみてください。源蔵おじいちゃんは、おばあちゃんが好きだったから一緒になったんです。私のためでも何でもありません。本来なら、私を育てなきゃいけないのは、神野大さんか東雲さんです」

「……じゃあ、美菜ちゃんはそれからずっと一人で暮らしてるのかい?」

「そうですね」


 事もなげに彼女は言った。


「源蔵お爺ちゃんに関しては、一応保護者になってくれているだけで、有難いくらいです。でなければ私は孤児院か、見ず知らずの親戚の家で気まずい思いをするところでしたから」

「いや……だって、そんな……許されないよ、そんなこと」


 行き場のない怒りが、俺の中で渦巻いている。


「一之瀬さんが怒っても、しょうがないじゃないですか」


 呆れる美菜ちゃん。

 で、でも、そんなのやっぱりおかしいよ。

 俺がまだ口を挟もうとしたのを感じたのか、彼女は言い放った。


「私はこの生活に満足しているんです。とやかく言われることはありません」


 ……そんなこと言われれば、黙るしかないけどさ。


「ですから――ハルナさんの企みを、阻止したいんです」

「企みって?」

「おそらく……彼女は、隠し子の存在が、この近辺にいることを嗅ぎつけているのではないでしょうか」


俺はハルナさんの様子を思い出しながら、首を傾げた。


「そんな風には見えないけど」

「さすがに自分の母親の隠し子を探しに来たなんて言うわけないじゃないですか。東京からここまで来たのは、偶然ではないでしょう。おそらく……何かを感づいてか……彼女が芸能界入りをしたくないことも絡んでるかもしれません。ともあれ、私を探しに来たと考えるのが自然です」


 言われてみれば、そうだ。

 わざわざ東京からここまでやってくるのは、美菜ちゃんを探しに来たに違いない。

 じゃ、じゃあ――もしかして。


『あなたがママの隠し子だったのね……』

『バレてしまったら、仕方ないですね』

『あんたを殺して、ママを殺してやる!』


「……なんてことが!」

「目的が分からないのですから、あり得るかもしれないですね」


 ごくり、と俺はつばを飲み込んだ。


「俺に近づいたのも、計算なの?」

「いえ、それは偶然でしょう。隠し子が私と分かっているなら、私に接触してくるはずですし」

「……ごめん。美菜ちゃん」

「何がです?」

「だって、俺がハルナさんを連れてこなければ……」


 彼女はため息を吐く。


「何言ってるんですか。一之瀬さんが連れてきてくれなかったら、ハルナさん、危険な目に遭っていたかもしれないんですよ? 逆に感謝していますよ」

「そう、なんだ?」

「当たり前です。彼女が不幸な目に遭ってほしくないですよ……何ですか?」


 不機嫌そうな表情をする美菜ちゃん。

 俺がにやついていたからだろう。

 彼女の優しさに、ちょっと和んでしまったのだ。

 勿論、美菜ちゃんには大きな借りがある。助けを求めているのなら俺は当然のように力を貸すけれども。


「協力するのは、いいけどさ」

「けど、なんです?」


 やり場のない怒りは、まだ俺の中で燻っていたから、けど、なんて言ってしまった。

 彼女の境遇をどうにかする改善策なんて、俺なんかに閃くわけがない。

 自分の無力さに情けなくなる。


「いや、なんでもない。いいよ。何をすればいいの?」


 それに対し、彼女は厳しい表情をして、俺に告げた。


「何もしないでください」

「へ?」

「だって、一之瀬さん、嘘が下手なんですもの」


 うぐ。

 確かにそうです。

 よくそれでセールスに失敗していた。


「さっき、私とハルナさんが似ているといわれて、心臓が止まりかけましたよ。ああいうことを言わないように、敢えて一之瀬さんに真実を告げたのです」


 一応、俺自体は信用されているわけか。

 ちょっと嬉しかったりする。


「勿論、一之瀬さんに協力してもらいたいことができれば、お願いしたいです。ですが、今は彼女の出方待ちですから……だから、くれぐれも、勝手な真似はよしてくださいね? 正直、一之瀬さんにこのことを話すの、私にとってかなり賭けです」


 俺の性格は信用していないわけか。

 まあ、俺も信用していないけど。

 例えば、『美菜ちゃんってもしかして神野って苗字じゃない?』とか言われた時に、俺は動揺せずに答えられる自信がない。


 ……本当に、何事もなく、ハルナさんが帰ってくれればいいのになあ。

 もちろん、ハルナさんの申し出が、全部通ってから。

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