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ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第二部
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第十五話 とんこつらーめんセット(半チャーハン付き)

 猛烈にラーメンが食べたくなる――ということは、誰にだってあると思う。

 だから、今日はラーメンを食べる。絶対。

 ということを、俺は美菜ちゃんにお伺いを立てた。


「……あの、何で私に許可を取ろうとするんですか?」


 インターホンを押すと、チェーンロック越しに彼女が疑問を述べてきた。


「だって、美菜ちゃん、怒るし」

「怒りませんよ、そんなことで」

「昨日、カレーが中止になったし」

「だって、カレーを一日に二回食べようとしてるんですよ? 当たり前じゃないですか……私だって、たまにはラーメン位食べます」


 絶対、野菜マシマシのラーメンなんだろうなあ、と俺は思った。


「あ、そうだ。美菜ちゃんもラーメン食べる?」

「結構です」


 玄関が閉まる。

 とりあえずはおとがめはないようだし、昼はラーメンに俺は決めた。

 十二時になり、俺は意気揚々と外に出た。


 向かう先は、近所のラーメン屋だった。

 しょうゆとみそととんこつの三種があり、それほどこだわりのない、どこにでもあるような普通のラーメン屋だ。味もそれなりで、家庭では出せない位。値段は一杯七百円弱。

 何が良いかというと、土曜日の昼でも混んでなくて並ばずに食べれるところだ。

 むしろそれ以外に良いことはないけど……というか、ラーメンを並んででも食べるのは、なんか俺は嫌なのだ。


 そのお店が見えてきたところで、俺はうわあ、と心の中で思ってしまった。

 ギャルだ。

 髪をまっ金髪にしていて、ウェーブがかかっている。大きな胸に、ぱっちりとした瞳が印象的だ。ブレザーを着ていて、チェックの入ったスカートを短くしている。高校生、だろうか?


 今日は土曜日だから、休日なのに、何で制服を着ているんだろう。

 という疑問はさておき……俺という存在と、反対に位置する生命体だ。

 俺は目を合わせないようにして、ラーメン屋へと向かう。

 目が合ったからってどうということはないんだろうけど。とりあえず、君子危うきに近寄らずの精神だ。


「……え?」


 ギャルとすれ違うその瞬間に、彼女が崩れ落ちた。

 近くの塀に手をつき、お腹を押さえている。

 顔色も悪い。

 こんな時に限って、周りに人がいない。

 つまり――現時点で彼女を助けられるのは、俺しかいないということだ。


「ど、どうしたんですか? お、お腹が痛いんですか?」


 勇気をもって、俺は彼女に近づいて話しかける。

 彼女は憔悴しきった顔をしている。

 俺の呼びかけに対し、彼女は黙ったままだ。


 救急車、呼んだ方が良いか――?

 そんなことを思っていると、彼女は震える指で、ある一点を指さした。

 同時に、ぐううううう、という獣のような唸り声が彼女のお腹から聞こえてきた。


「昨日から何も食べてない……」


 彼女の指さしたそこは、俺が行こうとしていたラーメン屋だった。


 ずずー、ずびー、ずばー、ずずずずー

 すごい勢いで、彼女の唇に麺が吸い込まれていく。

 その食べっぷりたるや、店主も見とれるくらいで、「美味しそうに食べてくれるねえ」と彼女にだけ餃子を1人前サービスしたのだった。


「ありがとう、おじさま!」


 あんぐりと口を開けて、湯気が立つ餃子を一口で頬張る。


「んー!」


 幸せそうな顔で、餃子をかみしめる。


「……まあ、よかったよ。うん」


 ただお腹が減っていただけで。


「ごめんねー、おじさま。お金が尽きちゃったから……あとできっちり返すし」


 おじさま……まあ、女子高生から見れば俺もおじさんか。


「いや、別にいいよ。ラーメン代くらい」


 と言いつつ、俺はなんとなく落ち着かない。

 向かい合っているのは、ギャル。

 俺にとっては、想像すらできない生命体だ。

 正直、何を話していいのかわからない。


 というか、彼女の一挙手一投足が気になってしまって、ラーメンの味が全く分からない。

 いつの間にか、頼んでいたとんこつらーめんセットは食べ終わってしまっていた。

 ……全然、食べた気がしない。


 丼を持ち上げて、喉を鳴らす彼女。

 スープまできれいに飲み干して、満足そうな笑みを浮かべる。

 ……まあ、いいか。

 こんな笑みを見せられたらそんな細かいことは。


「じゃあ、俺は帰るから」


 と、俺は彼女の分まで払って、お店を出る。

 どうしよう……カップ麺を買ってきて、食べようかなあ、なんて思っているところで。


「ちょっと待って!」


 彼女が追いかけてきた。


「な、何か用?」

「名前と住所を言ってくれなきゃ、お返しできないじゃん」

「い、いや、べつにいいよ。そんな大した金額でもないし」

「ちゃんとお返しするし!」


 と、彼女はスマホを取りだして――


「あー、充電きれてたんだった」

「だから、いいって。ラーメン代くらい」

「そんなわけに――あ、そうだ。名前教えてよ、おじさま。あたし、東雲ハルナ」


 なんだか名前を教えたら、面倒なことになりそうな気がする。

 とにかく、俺という男は、可愛い女子にとんと縁がない人生だった。

 これが罠で、美人局や犯罪に巻き込まれる可能性が大いにありうる。


 ……という思考が浮かぶ、これまでの俺の人生のしょうもなさ。なんだって美少女に絡まれて、こんなマイナス思考をしなきゃいけないのか。

 とにかく、彼女と関わることはない。


「あの、俺、実は用事があってさ」

「……」


 彼女が立ち止って、お腹を押さえている。

 何だ? ご飯が足りなかったのか?


「どうしたの?」

「……お腹空っぽでラーメン食べて……走ったもんだから……」


 顔が青ざめていて、脂汗が額ににじんでいた。


「おじさま、この近くに、トイレってある?」


 よくあるやつだ。

 分かり過ぎるくらいに分かる。

 この辺でトイレは――ない。


 コンビニはここから徒歩五分先。公園は十分先。そして、先客がいる場合もある。その時の絶望感と言ったら――いや、今はそれはいい。


「我慢できそう?」

「……漏れそう」


 と、微動だにしない彼女は、顔を青くさせていた。

 事態は一刻を争うようだった。

 ここから近くて、確実にトイレが借りれそうな場所と言えば……う、うう。し、仕方ない。


「俺の家がこの近くにあるから……そこまで我慢しよう」


 こくり、と頷く東雲さん。


 どうにかこうにか――彼女が言うには、あとほんの一秒で最悪の出来事を迎えていたらしいが――事なきを得た。

 俺の部屋のトイレから出てきた彼女は、まだ青い顔をしていた。


「きぼちわるい……」


 と、東雲さんは食卓の椅子に座って、青い顔をしている。

 さすがに、救急車を呼ぶか……?

 でも、ここに呼んだら、ちょっとまずくないか?


 だって、彼女は高校生で、部屋に連れ込んでいるのは事実なのだ。条例違反だと見られても、不思議ではない。

 じゃあ、放っておくってのか?

 少し時間が経てば治っていくかもしれないけど。


 治らなかったらどうするんだ?

 もしこれで最悪彼女が死んでしまったら……い、いや、そんなわけないだろうけど。

 万が一という言葉はあるんだ。


 今できることは、全部やらないといけないんじゃないのか?

 だから――そう、ここは……一番確実で、一番有効で、俺に安全な方法を選ぶべきだ。

 俺は玄関を出て、隣の部屋のインターホンを鳴らした。


「助けて! 美菜ちゃん!」

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