表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ママみたいな小学生と、俺。  作者: 成瀬
第二部
14/38

第十四話 イカと大根の煮物(ごはん、味噌汁、漬物)<3>

「しずちゃんから、何を聞いたんですか?」


 静葉ちゃんと別れて、美菜ちゃんが俺に鋭い目を向けてきた。


「別に、何も……誕生日のことだけ」

「しずちゃん、私たちのこと、誤解してるんですよ」


 はあ、と美菜ちゃんはため息を吐く。


「誤解って?」

「私と一之瀬さんが恋人同士だと思ってるんです」

「はあ……? そうなんだ?」


 一体どこをどうみてそんな風に思ったんだ?

 小学生と、まがりなりにも俺は大人だ。

 確かに美菜ちゃんは可愛らしい容姿をしているけど、さすがに恋人にしようなんて露とも思ったことはない。


「しずちゃん、ちょっと、思い込みが激しいところあるから」

「俺と美菜ちゃんが恋人ねえ……?」


 全然想像がつかない。

 というのも、女の人と付き合ったことがないからだけど。

 どちらかというと……いやいや、自称神様の言うことだぜ? 俺。


「じゃあ、イカを捌きましょう」


 俺の部屋へとやってくると、彼女はエプロンを着て、まな板の上に買ったイカを置いた。


「捌く……これを?」


 ごくり。

 この前買ったばかりの包丁を握り締めて、俺はまな板の上のイカを見下ろした。

 見るからにグロテスクな容姿をしている。


「触るのも嫌なんだけど」

「とりあえず、包丁は使わないのでしまってください。まず、わたを抜きます」

「触るの、嫌なんだけど……」


 俺は最後の抵抗を試みるが、彼女ははい、と渡してきた。問答無用だ。


「この目とゲソのある部分と、エンペラのある胴を切り離すんです。手で」

「手で……?」

「簡単ですよ。胴体の付け根に親指を入れて、ゆっくりと引き抜いてください。あ、墨袋を破かないようにしてくださいね」

「うわぁ……」


 ちょっと力を入れると、ぶちっと言った感じで、切り離された。


「うわわわあわ、ごめんなさい。おえっ、おえーっ」

「……あの、これを食べるんで、えづかないでくれますか?」

「う、うん。おえっ、うわあ、気持ち悪っ」

「身の中にある骨を取ります。あとで水洗いするんで、ワタが残っていても良いですよ」

「うっぷ……わ、分かった」

「……あの、もういいです」


 ふう、と美菜ちゃんはため息を吐いた。


「初めて料理をする人に、イカはちょっとハードルが高過ぎました」

「申し訳ない……」

「いいです。あとは私がやります。手を洗って、休んでください」

「悪いけど、そうするよ」


 我ながら情けない。

 ふらふらとした足取りで、俺は自分の部屋へと向かった。

 パソコンをつけて、インターネットを開く。

 適当にネットニュースをチェックしつつ、動画サイトを開いて視聴する。


「ん?」


 ちょっと気になる文字が飛び込んだので、そのサイトを開いてみた。

 週刊誌のニュースサイトで、『女優 長瀬瀬里奈、隠し子発覚か?』というタイトルだった。

 長瀬瀬里奈は、現在五十二歳のテレビ界に君臨する大女優だ。

 俺はテレビを見ないし、顔も知らないが、死んだ親父が好きだったので、名前とその名声は覚えていた。


 記事によると、十一年前に病院に入院したという記録があり、そこで子供を出産したのではないかということだ。

 この手の記事によく見かける芸能関係者、親しい人物が勢ぞろいしている。

 俺の感想は、「へえ」と言ったもので、もし本当なら死んだ親父も悲しむなーというくらいのもんだった。


 長瀬瀬里奈は二十年前に結婚していて、いわゆる不倫をしていたということでもあるからだ。

 見ていた動画サイトへと移動しようとしたときに、俺の部屋に美菜ちゃんが入ってきた。


「一之瀬さん出来ました……」

「あ、うん。もう気分もだいぶ良くなったよ……美菜ちゃん?」


 振り向くと、何故か、目を丸くして立ち尽くしている美菜ちゃん。


「どうしたの?」

「え――あ、ああ、い、いえ、何でも」


 何故だか目が泳いで、俺の顔をまともに見ない。こんな彼女は初めて見た。

 怪訝に思う俺をよそに、「じゃあ、すぐに来てくださいね」と台所へと彼女は向かっていった。


「……?」


 俺は不思議に思いつつも、台所へと向かう。

 食卓に並べられているのは、イカと大根の煮物と、漬物(きゅうりと人参の浅漬け)、味噌汁、ごはんだった。


「漬物はうちから持ってきました」

「う、うん」


 俺の関心は、もっぱらイカに注げられている。


「食べてみてください」

「えっと、いつもみたいに、帰らないんだ」

「折角作ったのに、捨てられる可能性がありますから」


 一応、彼女が作ってきた物は全部食べてきたんだけれども。

 ……仕方ない。

 俺は目をつぶって、輪切りになったイカを、箸でつまんで、口の中に入れた。


「……あれ?」


 美味しい……かも。

 というか、全然固くない。むしろ柔らかい。


「へえ……」


 感嘆の声が漏れてしまう。


「イカは大根と一緒に煮ると柔らかくなるんです。あと、イカは煮すぎると固くなっちゃうんで、最後の方に入れることがポイントです」

「昔食べた屋台のイカ焼きは、たれの味しかしなかった」


 そして、いつまで経っても噛み切れない。

 それ以来、食べるのを敬遠した来たのだが……こんなにおいしいとは思わなかった。

 大根も味がしみ込んでる。

 ほふっほふっと湯気だつ大根を噛むたびに、じんわりとした味が口の中に広がっていく。


「美味しいよ」

「……どうやら、食べ残すことはないみたいですね」


 と、彼女はため息をついて、「それでは」と自分の分のイカと大根の煮物をタッパーに詰めて、帰って行った。

 ――さっき、なんだか様子が変だったけど、いつもの彼女だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ