第十三話 イカと大根の煮物(ごはん、味噌汁、漬物)<2>
「毎日、どうやって楽をするかというのが家事の究極です」
スーパーについて、カートに買い物かごを入れた美菜ちゃんは、もういつも通りに振舞っていた。
「だって、毎日おかずを作るのって、すごく手間なんです。掃除も、洗濯もやらなきゃいけませんし。それでいて、三十品目を食べるのを意識し、出来る限り安く、同じようなメニューにならないように気を付けて、手間暇かけずに、時には冷凍食品なんか使って……って頭を巡らしていくと、こう」
「こう?」
「燃えますよね」
美菜ちゃんの目が、生き生きとしている。
意気揚々と、野菜コーナーへとカートを押していった。
「今日のメニューはカレーにしましょう」
「カレーかあ……」
好きな物の一つだ。
だから、昼ごはんにカレー屋で食べたことは秘密にしておこう。彼女のことだから、中止になってしまう。
「カレーはどう足掻いてもそれなりに美味しくなるので、初心者にはお勧めなのです」
「そうなんだ」
「それで――じゃがいもの選び方なんですが……これとこれ、カレーだとしたらどっちを選びます?」
丸くてごつごつとしたものと、卵を長くしたような形状でごつごつしているものとを美菜ちゃんは手に取った。
「えっと、じゃがいもだから、こっちでしょ」
と、俺は丸い方を選ぶ。
「こっちは男爵イモです。コロッケとかポテトサラダに向きます。崩れやすいので煮物には向きません。で、こっちはメークインで、カレーとかの煮物にはこっちを選んでください」
「ジャガイモでも、種類が違うのがあるんだ」
まったく知らなかった。
「で、ここにはないですが、芽がでているものや、緑色になっているものは、注意してください。毒性がありますので、下手をすると死んでしまいます」
「え!? 死ぬの?」
「はい。一定以上食べたら、ですが」
「そんな恐ろしいことになるんだ……」
「食材というのは、きっちりとした知識を身に着けて用いないと、危ないです。水とかでも飲み過ぎると、中毒を起こして死にます」
「うっわ……そうなんだ」
俺は恐ろしくなって、彼女に尋ねた。
「か、カレーを食べ過ぎたら、死ぬなんてこともある?」
「……もしかして、お昼、カレー食べました?」
凛とした目が、俺を射抜いてくる。しまった。
「……全然、まさか」
と俺は首を振って誤魔化した。じっと見ていた彼女は、「ところで」と話を変えてきた。
「一之瀬さんの嫌いな食べ物ってなんですか?」
「そうだなあ。イカとかタコとかは駄目だなあ。噛むのが面倒くさいし、それほど美味しい物でもない」
「分かりました。今日はイカと大根の煮物にしましょう。おいしいですよ」
「なんで!? カレーは? 嫌いって言ったよね!?」
「気が変わりました。何か文句でも?」
と睨まれたら、俺は「ありません」しか言えない。
「まいったなあ……」
せめてたこ焼きなら食べれるのに、と言い出せる雰囲気でもない。
「ふふ、いっちゃん、楽しそう」
そのやりとりを見ていた静葉ちゃんが、俺の隣でにこやかに笑っていた。
彼女がなんでここにいるのかというと、お菓子を買いに来たのだという……でも、俺たちについてきているだけで、お菓子コーナーには行こうとする気配はないけど。
「楽しそうなの?」
美菜ちゃんが鮮魚コーナーのイカを選別している中、俺は静葉ちゃんに尋ねた。
「学校では、あんな顔を見せないです」
「へえ……」
やっぱり、美菜ちゃんはSっ気があるのだろうかと俺は疑った。
あ、そうだ。
この機に、美菜ちゃんの友達に聞きたいことがあった。
「あのさ、俺、美菜ちゃんに色々お世話になっていて、プレゼントをしたいんだけど」
彼女には世話になり過ぎているのだ。何かしらのお礼を、したい。
この買い物も、俺がお金を出すといっても、割り勘にしてくださいと言ってきている。
「プレゼントですか?」
目をぱちぱちさせて、彼女は俺を見上げてきた。
「彼女の好きな物って何? 聞いても、別にいいです、とか言ってくるから」
俺には魔法ステッキというしくじりがある。
かといって、彼女にほしいものを尋ねても、断ってくる。
彼女の友達ならば、何か知っているだろうと思ったのだ。
「いっちゃん、何でもうれしいと思いますよ?」
「うーん。そうかもしれないけど。でも、本当に、喜ばせたいじゃないか。美菜ちゃん、いらないとかいうし」
「……一之瀬さんのこと、隼人さんって呼んでも良いですか? いっちゃんと混同しちゃいますんで」
「別にいいけど」
「隼人さん、それなら誕生日に何かプレゼントしたらどうでしょう? いっちゃん、実はもう少しで誕生日なんです」
「そうなんだ」
それなら、断りづらいはずだし、何より喜んでくれるだろう。
問題は、何をプレゼントするかだけど。
「美菜ちゃんの誕生日は、十二月二十四日です」
「すごいな。キリストの誕生日じゃないか」
「キリストの誕生日は、十二月二十五日です」
隣に、美菜ちゃんが立っていた。
うろんげな目を、俺に向けている。
「何か企んでいるんですか?」
「いや、別に、企むなんて……」
「誕生日プレゼントなんて、別にいらないですから」
そう言って、彼女はカートを押してまた野菜コーナーへと向かっていった。
「照れてるんです」
静葉ちゃんがこっそり耳打ちしてきた。
「そうなの?」
「いっちゃん、恥ずかしがり屋です。何かされるの、すごく苦手みたい」
「一之瀬さん! 何してるんですか!」
と、美菜ちゃんの声が飛んでくる。俺は慌てて、彼女の後を追った。
しかし、誕生日か。良い考えだ。
まだ一か月先。時間はあるけど、それまでに何か彼女が喜びそうなものを選ばないとなあ。




