第十二話 イカと大根の煮物(ごはん、味噌汁、漬物)
もう少しで12月……年の瀬が迫ってきているという事実。
去年の今頃なら、また契約のことで胃がキリキリしているところだ。
しかし今はもうそんな心配はない。
会社を辞めたからだ。
『本当にすみませんでした』
会社に勇気を出して電話したら、社長の奥さんはそう謝罪をしてくれた。
その声は疲れていて、憔悴したような様子だった。
そして、美菜ちゃんの言うことは全部真実であることも、その時に言われた。
『別に、いいです。もう痛くありませんしね』
美菜ちゃんにはああいったけど、俺は、社長を許す気になっていた。
苦しくて、辛い時の方が多かったけど、高校を卒業してからの四年間、楽しいこともあったのは事実だったからだ。
その会社が、おそらく……完全に再起不能になり、おそらく潰れてしまう。
むしろ、虚無感があった。
『社長にお元気で、とお伝えください――』
最後にそう言って、会社とはきっぱりと別れることとなった。
これからまた、新しい人生が始まる――のだが。
「一之瀬さんには家事を覚えてもらいます」
昨日。
世話になった美菜ちゃんに、俺は何が欲しいのかを尋ねた時に、彼女はやっぱりそう答えたのだ。
退職金とお見舞金とを合わせて、今俺の手元には二百万円近くのお金があった。
そんな俺に、彼女が何が欲しいのかと尋ねたら、これだった。
「失業保険もありますので、二、三か月は働かなくても食べていけますよね? その間、その爛れた食生活と、ぐうたらな生活を直してください。それだけが私の望みです」
彼女がそういうのだから、俺は頑張るしかない。
……なんというか、美菜ちゃんは、本当に真面目な子なんだと思った。
「食生活は買い物から始まっているといって過言ではありません。明日、放課後にスーパーまるよし近くの公園で待っていてください」
そういうわけで、公園のベンチにて缶コーヒーを片手に待っているわけだ。
晴れていても、徐々に肌寒い一日が続くようになっている。気が付くと、温暖化とは何だったのかと言わんばかりに冬になっているのだろう。
「寒いなあ……」
もう一枚何かコートの中に着込めばよかったと後悔している中、ようやく彼女がやってきた。
ベンチから立ち上がって、彼女を迎えに行く。
「すみません。待ちましたか?」
「いや。全然……」
途中で言葉が止まる。
彼女の隣に、見たことない――ランドセルを背負っているから、小学生? がいたのだ。
「こんにちは」
「あ、はい。こんにちは」
長くて黒い髪に、物静かな笑顔が印象的な少女だった。
俺が美菜ちゃんに視線を送ると、彼女はため息をついて、紹介してきた
「友達の、嬉野さんです」
「嬉野静葉です。よろしくお願いします」
「あ、はい。一之瀬隼人です。よろしくお願いします」
美菜ちゃんに視線を送ると、彼女は静葉ちゃんに「もう、いいでしょう?」と困った顔をしていた。
「しずちゃんの思っていることはないから」
しずちゃん!?
美菜ちゃんから意外な言葉を耳にして、俺は噴き出した。
だって、彼女は単身、敵城に乗り込む女戦士だというイメージが俺の中であったから。
「……何ですか?」
と、美菜ちゃんが睨んでくる。
「だって、しずちゃんって口に出すとは思わなかったから」
「どういう意味ですか、それ」
「い、いや、別にどういう意味もないんだけど」
ふん、と彼女は鼻を鳴らして、「先に行きます」と歩き出した。
「あ、ちょ、ちょっと……」
慌てて俺は後ろをついていく。怒ったみたいだ。
結構、失言だった。
彼女は小学生なのだから、当たり前なんだろうけどさ。でも、俺のイメージとは全然違うものだから。
「……いっちゃん、また恥ずかしがってる」
と、俺の隣を歩く静葉ちゃんが呟いた。
「何が?」
と俺が問うと、静葉ちゃんは慌てた。
「い、いいえ、なんでもないです。いっちゃんを追いましょう、一之瀬さん」




