第一話 自称神様と、俺
冷たい。
意識が、薄くなっていく。
体の感覚がなくなっていく。
死ぬ。
それに対して、俺は何の抵抗もしなかった。
これでノルマに追われることも。
上司に怒鳴られることもなくなる。
こんな生活を続けていたら、心と体のどちらかが壊れてしまう。
むしろ、それらから解放される喜びがあった。
「おい、しっかりしろ!」
ぱしん、と何かが音を立てた。
声が、聞こえる。
誰だ?
目を開ける。
「ああ、よかった……あんた、大丈夫か?」
目の前に、みたこともないおっさんがいる。
寒い。
なんだこの寒さは。
全身ずぶ濡れだ。
「お前さん、橋から落っこちたんだ。自殺か? 今時流行らねえぞ」
「……橋から落っこちた?」
「ああ。よかったな、満潮時でよ……それに、もう少しこっち側に落ちてたら、コンクリだった。運が良かったよ」
思い出した。
俺は、会社から帰宅している最中だった。
帰宅していてこの橋にさしかかった時に、俺は立ち止ったんだ。
今月は、一件も契約が取れていない。
そのせいで、上司の小言が日増しにきつくなってきているのだ。
何もかも嫌になっていた。
自殺――だという自覚もなかった。
ただ、ここから飛び降りれば、楽になる。
そんな気持ちで、橋の欄干を飛び越えた。
季節は冬に入ろうとしている。そこにきて、ずぶ濡れのこの状態は風邪になる。そうなると、仕事に支障をきたしてしまう。
仕事、を思い出して、酷く憂鬱になった。
「分かるか? ここは、相生橋の河川敷だぞ。名前は?」
おっさんが矢継ぎ早に聞いてくる。
「一之瀬隼人、です」
「救急車がいるか?」
「いえ、大丈夫です」
「……本当に大丈夫か?」
俺は立ち上がる。スーツがべしゃべしゃになっていて、凄く重たい。
勿論、鞄も、その中身も。あー……まずい。スマホとかも壊れている。明日どやされる……憂鬱になってくる。
「おいおい。泣いてるじゃないか」
ハッとなった。
ごしごしと目をこすり、立ち上がる。
これ以上、ここにいても仕方がない。もう一度、あそこから飛び降りる勇気はなかった。
「すみません。もう大丈夫です。家も、ここから近いんで」
「待ちなよ。目の前で泣かれると、気になるじゃねーか。向こうであったまってけよ」
おっさんの指さしたそこは、橋の下だった。焚火が煌々と燃えていて、火の粉が真っ暗闇な中を舞っていた。
「いや……」
「いいから、来いってんだ!」
強引に手を引かれて、俺は焚火の元へと誘われた。




